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17.山麓の村 其の一

 太陽がすっかり高くなったころ。


 ほんの少しだけ気が済んだらしい男の計らいで、オレ――【セージ】とイオリは、村の川沿いにある公衆浴場へと連れて行かれた。

 ここは村人が交代で管理していて、日中は好きな時に利用できるんだそーだ。

 ここでも二人まとめて放り込まれたオレは、いよいよ覚悟を決めて一緒に入ることにした。

 とはいえ、あまり相手を見ないようにはしていたけれども。


(昨日もいつの間にか一緒に寝てたしな)


 雑念を払うようにただひたすらに頭を洗い続ければ、ワシワシと泡立った泡が、プチプチと弾けて水になって流れていく。

 レイに教わったんだけど、この世界には水辺の近くにぬめり気のある白い蔦がわりと何処にでも生えていて、その葉やら茎部分やらを千切って泡立てると、汚れがキレイに落ちてくれるのだという。

 ちなみに食べれないこともないけれど、あまり美味しくないよ、とも言われた。


 お昼時だからだろうか。オレたち以外に利用者は現れないまま、チャポンと湯船に浸かる。


「しっかし、やっぱレイ兄って変わってたんだなぁ~」


 さっきのあの二人のやり取りに、今までの強行軍を思い返す。

 あの頃は立て続けに色々なことが起こっては、ただひたすら流されるままに動き回って、無我夢中で下ってきたけれど……あらためて思うに、だいぶ異常な道のりだったよな。


「うん、あの時はまだ気持ちが混乱してたのかもしれない。よくあんな崖下りようと思ったよね、ボクたち……」


 イオリも思い出したのか、フルリと身震いした。

 旅の初日……レイの家を出て森の中を進むまでは、まだ楽しく歩いていた気もするけど、やたら大きな森を抜けた途端に一変した景色を、どーやらイオリも、今でも昨日のことのようにハッキリと覚えているらしい。


 あの、吸っても吸っても空気が足りないような、澄み渡った空の下……の更に下というか、自分たちの足下を白い雲が流れていって。

 冷たい風が吹き付ける中、雲と同じ色の岩肌が下へ下へと延々と続く道のりは……うん、どう考えてもあれは道じゃあない。

 進めないし進まないし進むもんじゃあない!

 ……普通はね。


 しかし我らがレイさんは魔王のごとく、そこを進めと言ったのである。

 オレたちをロープに括り付け、切り立った岩肌の僅かな窪みを指し示し、滝を見れば迷わずオレたち二人を抱えて飛び込んだ。それらを道と呼びながら。


「うん……あの人は異常だな」

「うん……これからは気を付けようね」


 イオリと静かに頷き合う。

 温まったはずなのに、少し寒気が残る風呂となった。






 ・・・・






「うっす!お風呂いただいて参りました!!」

「……戻りましたー」


「おう戻ったか。よし、ちゃんと身綺麗になったな。服はキツくねぇか?」


 集会所とやらに戻ると、例の男が待ち構えていた。オレたちを一瞥すると満足そうに頷く。

 第一印象としてはアレだったけど、それはこの人なりの心配だったみたいだし、こーやって親切にオレたちの世話も焼いてくれるし、どーやらこの人もいい人っぽい。

 ……ちょっぴりお顔がコワイけど。


 今夜オレたちが泊まるらしいこの施設は普段から上の村の人も利用してて、彼らの使う道具や服が適当に持ち込まれては、そのまま置いていかれるらしかった。

 さっきイオリと着替えたこの部屋着も、同じ年頃の子供が置いていったものだそーで、風呂に向かう時に男から適当に持たされたものだ。

 村の人たちとおそろいの、独特な模様の刺繍がカッコイイ。


 テキトーな感じでお茶を注ぎながら問う男にテキトーに頷き、勧められるがままにテーブルへと着く。


「あれ、レイ兄は?」

「ん、飯作らせてる」


 お茶を受け取りながら部屋を見渡すオレに、男は無愛想に答えるあたり、もしかしたらまだ少し怒っているのかもしれない。

 お風呂もレイだけ勧められなかったし、なんだかレイだけお客様扱いされていないよーな?


「あーっと、おにーさんってレイ兄と仲いいんですか?」

「んぁ?あーそーいや名乗ってなかったな、俺ぁヤカラってんだ。敬語なんて気持ちワリーから適当に話してくれや」


 何となく間が持たなくて、おずおずと話題を振ると、男――ヤカラは面倒臭そうに、パタパタと手を振った。


「そーさなぁ、レイとは……もう五年は経つか。仲いいっつーか年も近ぇし飯処はここしか無ぇし、よく顔合わせてるってだけだな。しょっちゅう腹空かして下りて来てよ……ったく少しは自分の分も蓄えとけっつってんのに、戻る時は上の連中の物資優先で運ぶもんだから全然貯まりゃしねぇ。ひょいひょい行き来出来るからって、怪我して動けなくなったら終わりだっつってんのによ」


 こちらが名乗る間もなく、文句なのか心配なのかよく分からないことをツラツラと語り始めたヤカラを前に、思わずイオリと顔を見合わせる。


「……これは、仲いいってことだよね?」

「てゆーか、あのヒトが勝手にお節介焼いてるだけじゃない」

「イオリ、ソレはシーッ」


 ヤカラに聞こえないように嗜める。

 コソコソと話してはいるが、イオリの口調は怒ってるかのようにぶっきらぼうだ。

 どうやらヤカラのことが気に入らないらしい。


(そういえば、さっきオレの腕が引っ張られた時も怒ってたっけ)


 あの時のヤカラは怪我の心配をしてくれたからなんだけど、イオリは何故かまだ警戒心を解いていないようだ。


「そーいやぁアンタらは何者なんだ?以前にも子供が山に降ろされたとは聞いてっけどよ、こーして話してみるとフツーのガキだもんなぁ。本当は何処から来たんだよ?」

「ふぁっ!?あーっとえーっとぉ……」


 ふいにヤカラが話題を振ってくるが、内容がだいぶ答えづらい。

 どうしようか?本当のことを言ってもいいものだろーか?

 慌てていると、イオリが助け船を出してくれた。


「海の方だよ。どーなってんのかはボクたちも分かんない」

「へーぇ、アンタらすっげぇ遠い所から来たんだな」


 だいぶ素っ気ないが、イオリの返答にヤカラは納得してくれたようだった。


「こんな奥深い山にわざわざ呼び寄せるなんざ、神竜もご苦労なこって。んじゃあ山での生活も慣れなくて苦労したろ……あぁでもレイに合わせられたって事は、その辺は加護的なの授かってて楽勝だったとか……」

『いや、フツーに死にかけましたけど?』


 楽観的な解釈に速攻でハモれば、ヤカラは一瞬固まったよーだけど、すぐに目を細めて苦い顔をした。


「そーだよな。んな都合いいもんじゃなくて、ちゃんとアンタらが頑張って付いていったんだよな。いや大したもんだぜ。俺も前に、簡単に往来出来る秘術でもあんのかと思って、アイツに付いていった事あったけどよ……そーゆーのじゃあ無かったもんな」


 語るその目が遥か遠くを見つめていて、少し同情した。どうやら我々は、同じ目に合った者同士らしい。


「なんか、色々と心配してくれてありがと」

「おう、いいって事よ。ゆっくり休んでってくれよな」


 イオリの口調が柔らかくなっている。

 どーやら気持ちが通じあったらしく、この二人は互いに労りあっていた。


「ねぇ何か、不穏な空気感じるのだけど?」


 そうこうしてるうちに料理が出来上がったようで、むこうの部屋からヒョッコリとレイが出てきた。

 その手には美味しそうな匂いのするお鍋を抱えている。


「レイ。飯が終わったらもう一度説教だからな」

「えぇ、嫌だけど」

「駄目だ。コイツらが安心して旅を続ける為にも、ちゃんとその頭に叩き込まなきゃならねぇ」

「え、何でちょっと責められてるの?というか、ちゃんと安全優先で動いてるって、あの時もキミに言ったし?」

「だぁからっ、アンタに足んねぇのは安全じゃなくて安心感だっつったろ!」


 テキパキと配膳をしながらも続く二人のやり取りに、オレとイオリは長い溜め息をつく。


「やっぱ仲良しじゃん」

「ね〜……」






 ***






 カチャカチャと、食卓にカトラリーの音が響く。


 となりでとても美味しそうに頬張るセージを横目に、ボク――【イオリ】は、ゆっくり丁寧に食べ進める。

 だいぶ遅くなったが、今日のランチはオムレツとチキンソテー、それにトマトとチーズのスープだ。


 気のせいか、料理に使われる材料が日ごとに多くなってきた気がする。昨日の村でも思ったけど、こんなに頂いてもいいものなのだろうか?

 ぼんやりと、()()()と比べてみる。

 この村はぐるりと森に囲まれてはいるが、その外側は険しい岩山に囲まれている。

 たとえるならば、昔懐かし系アニメの、アルプスに住む少女が主人公の舞台に似ているだろうか。

 その岩山を延々と下りてきたというのに尚、この辺りもまだ高地といっていいだろう。

 上の村でもそうだったが、たっぷりと料理が出てくるのはありがたいが、運搬や高地での飼育や栽培の手間を鑑みると旅人に振る舞ってる場合じゃあない気がするのだが。

 それとも、レイがそれ相応の報酬を支払っていたりするのだろうか?いや、もしかしたら逆に、レイがこの周辺の村人たちに尽力したからこその、彼らからの返礼なのかもしれない。


 しばし逡巡してみたが諦めた。そもそもが向こうの常識とは違うだろうし、つらつら考えてみても出せる答えではない。

 あとでレイに聞いてみたほうがきっと早い。


「ああそーいやレイ。アルゴに会ったか?」

「いや、俺の所には来てないけど……アルが来てるの?」

「一昨日な。元気にしてるかって聞かれたぞ」

「もう、だから直接会いに来てくれればいいのに。飛び回れるんだからさ」

「何時だったか自分の風で気流が乱れると竜に怒られるって言ってたぜ。その割には頻繁に来るけどな、アイツ。まー直ぐ帰るけどよ」

「なんか会えたら会えたで、俺の顔見ると不機嫌になるんだよね、何なんだろ。あぁでも来てたんなら言伝頼みたかったのになぁ。まだその辺飛んでないかな」


 料理を口に運びながらも繰り出される二人のやり取りに、思わず眉根を寄せる。

 飛ぶ、とはどういった意味なのか。

 ()()()にもヘリ的な乗り物があるのか?それとも魔法的なやつだろうか?

 何それワクワクする。


「そりゃあアレだろ、自分の姉貴が絡んでるからだろ?別嬪らしいじゃねーか」

「……彼女は、関係ないだろ」

「何にせよコイツらの前でケンカすんじゃねぇぞ。何年か前にアイツがブチギレた時、竜巻が起こって大変だったんだからな」


 何でもないトーンに度々混じる不可解なワードに脳内処理が追いつかず、そこまで聞いた時点でそっと心を閉じた。

 世の中には知らなくて良いことも、関わらない方が良いこともたくさん、ある。


 美味しい食事にありつけるだけ感謝しよう。

 ボクは粛々と食事を続けた。

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