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15.山岳の村 其の三

 よっぽど恥ずかしい話なのか、照れくさいのか……

 そう思ったとき、恐ろしくも衝撃的な可能性が落雷のごとくオレ――【セージ】の脳内を駆け巡った。


(まっ、まさかレイ兄をっ……すっ、好きになっちゃったとかっ!?)


 なんということでしょう。

 しかし、それならば全ての辻褄が合ってしまう。

 異世界に放り出された少女が心身ともに心細い状況でイケメンに優しくされたならばっ。


(てことは……伝えたいこと、ってもしや)


 一、協力しろ ……何を?イヤなんですけど?

 二、応援してくれ ……いやムリなんですけど?

 三、見守ってくれ ……辛いんですけどぉお!!


 最悪なシチュエーションに、オレの脳内はさらなる可能性を導き出してしまう。


(いや待てっ、もしかしたらもうすでに……つっ、つき合っちゃってたりっ!?)


 ………………っ!!

 オレは思わず頭を抱えた。

 いったい何してやがってんですかねあの大人っイケメンだからって犯罪だぞこのロリコ〈規制用語〉……と、まだそうとも決まってないのに頭の中でレイに詰め寄って思いっきりガックンガックンいわしちゃう。


 くそぅ……脳内のくせに全然グラつかないなんてっ!

 頭の中でさえ敵わないなんてっ!!


「くそぅっ、ワシは認めんぞっ!!」


 最終的に結婚報告しに来る二人を想像し、駄々をこねるお父さんの気持ちとシンクロした。






 ***






 自分――【イオリ】は、悩んでいた。

 決意も新たに髪を切り、何度も逡巡した末にやっとセージを外へと連れ出すことができた。

 なのに……


(ちゃんと……言わなきゃ)


 何度もそう考えてみては、やはり無理だと気持ちを塞ぐ。

 それでも、()()()に来てからずっと続けているその葛藤に終止符を打てたのは、レイのあの一言だった。


 ―― 自分らしく生きてみればいい


 そう言ってレイは、あらためて髪型の提案をしてくれた。

 耳の後ろから後頭部にかけて頭の下半分だけをバッサリと短くカットしてから、上半分は整えるだけにしてもらい、ゆるくまとめた髪を小さなお団子にして括っている。

 これならば解いてしまえば、いつもとさほど変わらなく見える仕組みだ。

 いわゆる、アレンジツーブロックともいう。


 心身ともにサッパリし、今なら!と思ったものの……向き合った途端にやはり怖くなる。

 しかも何やら相手の、セージの様子がおかしい。

 突然頭を抱えたかと思えば、認めんぞ、的な言葉を呟いているようなんだけど?

 ……その言葉が、怖いというのに。


(早く言わなきゃ、いけないのに)


 早い方がいい。

 時が経てば経つほどに、仲良くなればなるほどに。


(騙したままでは、いけないのに……)


 おそらくセージは向こう(元の世界)での自分を知っている分、そのショックは大きいはずだ。

 ……嫌われるかも、しれない。


 ズキンと胸が痛む。

 自分が楽になるために、ただそれだけのために相手の信じている幻想をぶち壊すのか――と。

 このまま上手く演じていれば、この友情が壊れることはきっとないハズなのに――と。


 順調な旅を続けていくためにも、このままの関係でいられれば、あるいは。


(それが嫌だから、ここに居るんだ!)


 助け合える仲間が欲しい。信じ合える友が欲しい。

 いつか旅に出て、そんな相手を見つけられたら。

 あの暗い部屋の窓から、何も見えない空を見上げてそう願う日々に。


(そこに居るのは、もう嫌だから!)


 今、目の前にあるのはその『可能性』だ。

 仲良しごっこのお人形には、もう戻らない。


「セージっ!」

「ぅあはいっ!?」


 意を決し呼びかける。

 ビクンとセージが跳ね上がった。

 今度こそまっすぐに目を見つめて言い放つ。



「じ、つは……実は、ボクっ……男なんだっ!!」






 ・・・・






 息の詰まるような沈黙が流れた。


「………………は?」


 息を吐いただけのその呟きに、思わず息を飲む。

 見開かれたその目線が、凶器となって自分に突き刺さった。ニゲダシタイ。

 だけども、なけなしの勇気を振り絞る。


「だ、から……本当は男、だったんだ。その……女のフリをしてて……だか……」

「いやいやいや、そんなそんな?」


 黙っててごめん、と言おうとするもセージに遮られる。

 混乱しているのかいないのか、片手を掲げてブンブンと振っている彼は……いや、目の焦点が合っていない。だいぶ混乱しているようだ。


 どうしよう、焦る。

 まさかここまで言って信じてもらえないパターンは想定していなかった。

 一瞬、相手がそう言うのならばそれで良いのでは?と逃げそうになるが……ここまで来て引き下がるワケにはいかない。

 彼に受け入れてもらわなければ、何も始まらない。

 自分の服に手をかけて腰紐を一息に外すと、大きく胸元を開いて見せる。


「ほらっ見ろっ!ボクは男なんだっ!!」


 勢いよく高らかに宣言した。

 ――そして。


「うっ、うわぁああっ!?」


 その行動は、セージのキャパシティを決壊させるのに十分効果があったようだ。

 ドンっと自分を突き飛ばし、セージはそのまま何処かへと走り出してしまう。


「っ!セーっ……」


 呼び止めようと試みるも、自分ももう、限界だった。






 ***






 衝動のままに、オレ――【セージ】は走る。

 行き先も定まらないまま、ただ夢中で駆け走った。


 ガクンっと足がもつれる。

 もとより夜目が利く方だったのに、よっぽど気が動転していたんだろう。

 足を踏み外した勢いのまま、ゴロゴロと転がる。

 どうやら下り坂となっていたようだ。

 運良く途中で止まれたのが幸いか。


 そのまま、草むらに足を投げ出したまま、ギュウと目を閉じる。

 草と埃の匂いがする。


 到底受け入れ難い現実が、ズッシリと自分にのしかかり、グルグルと渦巻く思考に飲み込まれてゆく。

 もう、これ以上は何も考えたくない。

 考えたくないのに……


 草むらに倒れたまま、オレは動かない。






 ・・・・






「こんなところで、何やってるの?」


 暗闇の中に、知ってる声が流れる。

 やわらかい葉っぱのように、優しい声。


 どのくらいそうしてたのか分からない。

 だけどそんなことは、どうでもいい。

 ただひたすらモヤモヤする感情を、グルグル渦巻くこの吐き気を、抑え込むのでいっぱいいっぱいなんだ。


 放っておいてほしい。


「イオリが心配してたよ」


 その名前は言うな!と心の中で叫ぶ。

 ザクザクと草と砂利を踏む音は近づいてきて、蹲ってる自分のすぐそばで止まった。


 ………………。


 ひたすらひたすら、無言を貫く。

 頭の中でおんなじ言葉を何度も繰り返していた。

 殴られたようだった。

 胸の真ん中を思いっきり貫通して、ビリビリに破られた皮膚が黒い液体にトプリと染まっていくような。


 ウソだ。嘘だ。嘘だ!! 何で……

 その二言を繰り返す。


 ウソだ。嘘だ。嘘だ!! 何で……

 ()()とは何だろう。


「友だちだと思ってたのに」


 老人のようなしわがれた声が漏れる。

 これが自分の声なのかと思う。


「友だちなのに……()()……騙したんだよ」


 ずっと、ずっと騙してたのか。

 オレだけじゃなくて、クラスのみんなも先生も、町の人たちも。

 世界中を騙してた。

 何で……


「人の、気持ちを……踏みにじってたんだ」


 胸が渦巻く。ドス黒くて気持ち悪い。

 吐き出したくて、言葉を吐き出した。


「もう…………友達なんかじゃ、ない」


 吐き出したあとの穴にまた、黒い液体が溜まっていく。

 吐き気は消えなかった。






 ***






 今にも沈みきろうとしている夕陽が、なけなしの温もりを辺りに放つ。

 少し傾斜のついた草むらの上で、膝を抱えるセージの体は冷たい風にとっくに冷え切ってしまったことだろう。


 薄明かりに晒された背中はまだ小さく、押し殺した泣き声は風に消える。

 その背中を、俺――【レイ】は、手を伸ばし触れたりはしない。

 自分が介入してはいけないし、解決を示してはいけない。

 俺は、セージでもイオリでもない。


「そうだね」


 空に向かって言葉を投げ掛ける。

 遥か遠くの山々は、その稜線を宵闇に馴染ませようとしていた。


「セージがそう思うのなら、それはセージにとっての 『本当のこと』なんだね」


 周りがどう推測しようと、それを受け止めるのは当人だ。

 セージは、俺でもない。


「セージにとっての 本当のこと、は、イオリにとっても、()()なのかな」


 友達の気持ちを、『踏み躙る為に、騙してた』事を伝えたのは、()()なのか。


 セージはイオリでも、ない。

 そんなことは、彼等にも分かり切っていることだ。


「セージにとっての本当のイオリは……()()なの?」


 本当のイオリは、きっと、あんな風に傷付いたように笑わない。

 と、俺はそう思うけども。






 ***






 静かに流れるレイの声は、暗闇の中に溶けていく。


 ぽっかりと空いたオレ――【セージ】の、胸の穴の中で、渦巻いていた黒い液体とレイの言葉は、溶け合いあって()()を映し出していた。


 いつもの中学校。チャイムが鳴っている。

 自分は級友とともに駆け出していく。


 校庭からふと見上げれば、教室の窓からこちらを眺めている『いつもの顔』……時間が巻き戻る。


 チャイムが鳴っている。級友とともに駆け出す自分と目が合う、いつもの顔。時間が巻き戻る。


 チャイムが鳴っている。級友が校庭へと駆け出す中、 オレは、いつもの顔の前で立ち止まる。


 『一緒に遊ぼうよ』


 その一言が、言えなかった。

 いつも、どこか寂しそうに見てる顔。


 (もしかしたら、一緒に遊びたいのかも)


 そう思っていたのに、言わなかった言葉。

 肩を叩こうとした手を、引っ込めたのは……


 『そんなワケないか』 という思い込みだった。


 (……知ってた、くせに)


 いつも記憶の片隅で、静かにキレイに笑うオンナノコ。

 近寄り難くて、それでも何となく気になって。

 ……もしかしたらソレは、淡い感情だったのかもしれないけれど。


「遊びたかったよ」


 吐き出した声。

 だけど、今度は、気持ち悪くならなかった。


 きっと、ずっとモヤモヤと抱えていたソレを、もう一度吐き出してみる。


「一緒に遊ぼうって、言いたかったんだ。ずっと……もっと早く……おっオトコだって知ってたら、もっと早く誘えてたし!!」


 結果、罪をなすりつけるようなセリフになってしまっ……チガウソウジャナイ。


(そうじゃないんだ)


 言いたくても言えなかったのは、


(勇気が出なかった)


 傷付けたかったワケじゃない。


(怖かったんだ……)


 傷付きたくなかったから。


(……ゴメン)


「オレも黙ってて、ごめん……」


 怖かったのは、寂しかったのは、オレも同じだった。


「オレも友達になりたかったよ」


 友達になるのに、男も女も関係ないじゃんか。


「そんなんで……嫌いになるワケないじゃんか」


 この言葉は、どこに届くんだろう。

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