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13.山岳の村 其の一

 俺――【レイ】は、二人を連れて村の中心部にある家に向かう。

 ここには個人的に何度もお世話になっている夫婦が住んでいて、訪ねると中から見知った顔の女性が出てきてくれた。


「おやまぁ、レイじゃあないかねぇ、いらっしゃい!」


 彼女はこちらの顔を見た途端、いつもと変わらない元気な笑顔で出迎えてくれる。

 ところがセージとイオリは、隠れるようにスルリと自分の後ろに潜り込んでしまった。

 どうしたのだろうか。


 この宅の戸口から直ぐは土間造りになっていて、奥の方に台所と、手前に大きな食台が置かれている。

 その食台では初老の男――ここの主人が木の実らしきものをツマミに飲んでおり、自分には片手を挙げて挨拶してくれた。


「こんにちは。突然で申し訳ないけど、一晩お世話になってもいいかな?」

「勿論いいに決まってるさねぇ!何なら住んでくれたって構わないよ……ほら、アンタ!お茶を注いどくれっ」


 急なお願いなのに、ニコニコ顔の奥さんは快諾してくれ、後ろの主人にビシッと指示を飛ばす。


「へぇへぇ」


 対する主人はのんびりしている。

 竈に手を伸ばすと、ヒョイと鉄瓶を持ち上げて薬草茶を淹れてくれた。


「ハハ……ありがとう。ほら、二人も挨拶して?このご夫婦は俺が最初にこの村に立ち寄った時から、何かと世話してくれたんだ」


 自分の影からヒョコリと二人が顔を出した。

 村に着くなり雄叫びを上げていた先程までの勢いは何処へやら、借りてきた猫みたいに大人しい。


「……イオリデス」

「セージデス……お世話になりマス」


 ここでようやく子供の存在に気付いたらしい彼女は、目をまるくした。


「おや、よろしくねぇ!レイ、どうしたんだいこの子らは?麓から連れてきたのかい?」

「ええと……」


 何と説明したものか。

 しかし俺が何か言うより早く、応えたのは主人だった。


「こんな辺鄙な山にわざわざ連れて来んだろうよ。神域から降りて来たんだろ」


 ピシリと言い当てる。

 口調はのんびりとしているが結構鋭い人だ。


「へぇっまた!?それに、二人もかい?いやこーしちゃいられない、村の連中に……」

「まあまあ落ち着けや、ほれ茶が入ったぞ」

「アンタ!お茶なんか飲んでる場合じゃあないだろさっ」


 慌てふためく妻に宥める旦那。

 案外良い相性なのかもしれない。

 オメェが淹れろっつたろ、と呟きながらも主人は一息ついた。


「先ずは座ってもらおうや。ほれ見ろ、みんな泥だらけじゃねぇか」

「ああ……そうだねぇごめんよぉ!ほら座っとくれ」


 今度は主人が出した指示に我に返った奥さんが席を勧めてくれる。

 うん、やはり心根の優しい人達だ。






 ***






 席についたオレ――【セージ】は、真っ先にテーブルに出されたお茶の匂いを嗅いでみた。

 となりに座るレイが、飲みやすいよ、と言うので信じて飲んでみる。

 ……うん、飲み……やすいか?コレ。

 あのじーちゃんのお茶に比べたら何でも飲みやすいとは思うけども。


「レイ兄のお茶がいい……」


 ボツリと本音をぶつけてみた。

 コラ、とレイが嗜めるけども、こちとらあのお茶のせいですっかりお茶に疑心暗鬼なのでね!

 だけどこの夫婦は、懐いてるねぇ、と笑ってくれた。


「飲み慣れないかもしれないがね、この山の薬草は、病気知らず、なのさね」


 おばちゃんがニコニコと教えてくれるのに、少し驚いた。

 大切なレイを連れて行っちゃう自分たちを、村の人たちは歓迎してくれないと思っていたのに。


「ところであの時と同じなら、レイもこの子らを見送ったあとは戻って来るのだろう?」


 しかしついにおばちゃんが確信を突いてくるのに、ドキリとした。


「いや……」

「キュイエール様は回復されたんだろうが。ならこんな辺鄙な山に何時までも居るもんじゃねぇや」


 またしても、レイが答える前においちゃんが前に出る。なかなかにお強いですな。


「そりゃあレイも旅人だけどさぁ……あーあこの村の女共の生き甲斐が無くなっちまうよぉ〜」

「バカオメェ、この顔に性別はねぇよ。男衆はおろか子供も老人も全員泣くぞ」

「ええと……?」


 何だか嘆き始めた夫婦に、ついていけない様子のレイが戸惑っている。

 ちょっとレアな光景かもしれない。


「けどなぁ、いつかこんな日が来るってぇのは分かってた事だろが……寝取られる前に出て行くべきだ」

「そうさねぇ……計画する者も大分増えてきたし、ここらが潮どきなのかもねぇ」

「あの……?」


 おっと、だいぶ不穏な空気になってきましたよ?

 ますます困った顔のレイをよそに、イオリもポツリと呟くし。


「そういえば、ここへ来る途中も結構見られてたな、かも」


 ま〜たしかに、物珍しげな視線に混じって突き刺さるような視線も感じたよね。

 やっぱ気のせいじゃなかったのな!

 何人かの子供に紛れてギラギラとした目の大人もこっそりと付いてきててさ〜。

 レイは気付いてないのか慣れてるのか、特に気にもしてないようだったけど……大人数に後を付けられるのはちょっとコワかったよな。

 てゆーかレイさんは我々の保護者なんだから、もーちょっとしっかりしてほしいですな。


「そりゃ目立たねぇワケねぇからなぁ。こりゃ長居は出来ねぇぞ、レイ」

「アンタ!皆には言わずに出ろって事かい?あぁでも、その方がいいかもねぇ……暴動が起きる」

「えぇ〜……」


 幸い、ここん家のご夫婦は危機管理がしっかりしてくれているよーだ。

 結論、明日朝早くの出立に備えて今夜は早く寝ようということになった。






 ・・・・






『いっただっきまーす!!』


 イオリと二人、元気よく手を合わせましたとも。

 だって今、自分たちの目の前には念願のお肉料理がずらりと並んでいるんだもん!


 夜明けと共に出立することが決まったあと、お肉オーラダダ漏れのオレたちに気付いたご夫婦が急ピッチで作ってくれたんだ。

 まことにありがとうございますいただきます二回目!!


 ひとまず目の前のお皿から取る。

 ヤクモウっていう動物のお肉を、この村では一度燻製にし、熟成させたものを調理するんだって。

 ロールケーキのように丸いこのお肉はどこにも焼き目がついていないんだけど、もしかして蒸し料理かな?

 プルップルのロールの中心にお野菜的なのがチラチラ見えて、たっぷりとクリームのようなチーズがかかっていて匂いがもう堪らないですなぁ〜……よし!


「ふっ……ふまぃい!!」


 一切れ口に入れた瞬間からバクハツ的に美味かった。

 お口からこぼれそうなプルップルをなんとか押し込めば、噛むごとにジュワジュワととろけていく感じがオドロキの新食感だよね!

 あれ、オレちゃんと噛んでる?飲んでるの??

 チラリとイオリを見れば、彼女はソーセージに齧り付いていた。

 パリッと皮が弾けるたびに、膨らんだほっぺたから肉汁がポタポタと零れ落ちている。

 目をキラキラと輝かせているからそっちも絶対に美味いんだろう。

 他にもすでにじっくり時間をかけて仕込まれていたんであろう頬肉のオーブン焼きに、スネ肉のシチューなどどれも最高に美味い!

 突撃訪問だったはずなのにどっから出てきたんだろーか……ホントにこれ食べていいヤツなの?

 いただいちゃってますけどね!!


 小粒のお豆を蒸かしたってのも手渡されて、ご飯の代わりかなと思って食べてみる。

 若干パサっとする食感だったけど、お肉と一緒に食べるとお肉の脂でふっくらしてほのかに甘くてやっぱり美味しくて……これもおかわりした。


「イオリ、口にいっぱい付いてるよ」

「あ……あり、がとう……」


 二人して夢中になって食べていると、手を伸ばしたレイがイオリの口元を指で拭う。

 それにイオリは照れたのか、頬を赤く染めていた。

 オレは思わず咳き込む。


「あーあ、セージもかっ込むから……」


 レイが手渡す水を一気に飲み干した。

 ……ふぅ、何か幻でも見た気がする。

 ともあれスバラシイお肉の宴はあっという間に終わりを迎えましたとさ。ごちそー様でした!!


 幸せな余韻に浸っていると、食べ終えたばかりのレイが早々に席を立つ。


「イオリはコレで机拭いてくれる。セージはこっちの皿を運んでね」


 布巾をイオリに手渡し、オレには手招きをする。

 言われたとおりにキッチンに立つおばちゃんにお皿を渡して振り返ると、イオリと目が合った……気がしたんだけど、どーやら違ったみたいだ。

 何だろうと近づいてみても、イオリはこっちを見ていなかった。


 胸がザワリとする。


 イオリの視線を追ったその先にいたのは、レイだった。






 ・・・・






 廊下の奥にある部屋に案内され、オレは思いきり藁ベッドにダイブした。

 続いて入ってきたイオリは、そばの小さなイスに腰かける。


「ふぃ〜食べたぁ!」

「満腹だね~」


 部屋の片隅には、急ぎで運んでくれたらしい藁が山積みになっていた。

 これでもう一つベッドを作れということだろーな、ジツに助かる。


「んーと、オレとレイ兄はこっちでいいか。あや……い、イオリは新しいベッドに寝なよっ」


 やっぱり名前呼びはまだ慣れそうにないかも……

 実はこの世界に来て最初に二人で決めたルールが、このお互いの名前呼びなんだけども。


 ―― レイさんも名前で名乗ってたし、自分たちもそうしよう


 そう提案されたんだけど……照れるもんは照れるんだよな。


「あ〜……一人で使っていい、の?」


 いつもと同じく、母ちゃんに教え込まれたレディファースト!なのに、イオリはどこかぎこちなく尋ねてきた。

 どうしたんだろーか。

 今日は……いやこの村に来た頃から様子が少しおかしい気がする。


「いいに決まってんじゃん、だって女子なんだし!」


 よく分からないが、とにかく明るく努めようと起き上がりざまにビシッと言ってみる。

 その瞬間、ちょうど部屋に入ってきたレイに向かって言い放つカタチとなった。


「……うん、俺に何か言ったかな?」


 ニコリと笑うその口はきれいなUの字を描いてるのに、瞳からは凍えるような冷気を感じるよーな。

 薄ら寒いはずなのに汗が止まらないのはナンデテスカネ?


「イエ、オニーサンニイッタワケデハナイデス」


 正直に言った。


「そう、ならこのタライを持って先にお風呂に入っておいで。下着だけ洗ったら暖炉で乾かしておいてくれるって」

「えーでもぉ、こーゆーのは女性優先……」

「……うん?」

「イエ、イッテキマス」


 ここは素直が一番だ。

 お先にお湯をいただくことにした。

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