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10.山下り 其の一

 オレ――【セージ】とイオリが部屋を出ると、予想通りレイはキッチンにいた。

 なんでかイスではなく床の上に座っているけれど。


 ここにずっと居たんだろう、冷めたマグカップがテーブルに置かれていた。

 あぐらをかいたレイの前には大きな布が敷かれてて、その面積いっぱいにいろんな道具が整然と並んでて……なんかちょっと面白そうだ。


「何やってんの?」

「ん、装備の点検」


 オレの問いに、彼は手にしていたロープを床に置く。


「これでひと通り終えたかな。後は個別に詰めていくだけ」


 レイはポンポンッと、横に置いたバッグを叩いてみせた。


「えっ、レイサン出掛けるの?」


 驚いたイオリにレイは苦笑する。


「そうだよ、この家を閉じて山を下りるんだ。キミ達も自分の分は自分で詰めるように」


 そう言って、オレたちにもバッグを手渡してくるけれど。


「……旅に、出るの?」


 イオリはまだ呆然としているようだ。


「ん? イヤだった?」

「嫌じゃないっ……嫌じゃないけど」


 レイの問いに、イオリは困ったようにオレと顔を見合わせる。

 そりゃあねぇ〜、二人で旅に出ようと決意して、それを告げに来たらもうすでに旅の準備が始められていたのって……ねぇ。

 拍子抜けというか何というか。

 

「何でオレたちの考えてたコトが分かっ……ハッ、サイコメトラーか!」


 勘が鋭いとは思っていたけど、本当に心を読んでいたとはっ。


「何、それ? よく分からないけど、いつまでもここに居たって仕方ないでしょ?」


 オレのツッコミも、レイには伝わらない。


「元々ここは人間が住む場所でもないし、キミ達が何をするにしても、この世界で生きる術を身に付けなきゃいけないだろ……それに何より」


『……何より?』


 レイが真っ直ぐに、オレたち二人を見た。


「食料が尽きた。よって朝一で出発するからね」


 急いで準備しなければならないことだけは、よーく分かった。






 ・・・・






「うっわぁあ〜、雲の海だぁ!」

 

 翌朝、家を出たオレたちが目にしたのは、一面に広がる雲海だった。

 太陽の光を受け止めて、キラキラと波打っている。

 オレとイオリの吐く息が白い靄となって、光の中に溶けていった。


「おまたせ、二人とも」


 レイの声に振り向くと、そこには髪の短い青年が立っていた。


「あれっレイサン、髪切ったの?」


 イオリの言葉に、レイは少し照れたように頬を掻く。


「まぁ何ていうか、願掛けみたいなものかな」


 わりとバッサリ切ってきたよーで、昨日まで隠れていた首すじが顕になってる。

 あんなにキレイな髪を切っちゃうなんてちょっとモッタイナイのでは? とも思ったけど、これはこれでよくお似合いだ。

 ゆったりとしたシャツにロングカーディガンとゆー中性的なイメージだった格好も、今はジャストサイズのシャツにズボンと、シンプルで動きやすそうな服に着替えている。

 うむ、羽織ったコートが軽やかですな。

 いつものストールも巻いているけれど、これならちゃんとお兄さんっぽく見え……昨日よりだいぶマシには見え……てるはず……ですよ? うん。


(お兄ちゃん、かぁ)


 ふと、考えてみる。

 昨日会ったばかりだってのに、このレイって人はとにかくとても……かなり面倒見がよくって、オレたちの手当ても衣食住の世話も、それが当たり前のようにしてくれるんだ。

 正体不明なはずのオレたちの心にも何時間だって寄り添ってくれて、昨日だって、オレたちの分の旅の荷物も用意してくれて、持つべき道具の一つひとつを、丁寧に教えてくれたりもした。


 この人は心からオレたち二人のためにしてくれてるんだなと、そう思う。

 でも……何でだろう?


「……そんなに変だった?」


 ぼんやりと眺めていたら、レイが困ったように聞いてきた。


「ううん、いーと思うよ。レイ兄ちゃん……レイ兄!」 


 うん、しっくりきた。

 レイの目が、一瞬大きく見開いた。

 しっくりこなかったんだろうか……そう不安になったのは一瞬で。


「……うん、ありがとう。セージ」


 まるで大切なモノを慈しむように、嬉しそうに、レイは微笑んだ。

 さりげに何て呼ぼうかずっと迷ってたし、お互いにしっくりきたようでなによりですな。


「さ、行こうか」

『うんっ』


 いよいよ出発だ。

 さっきまで幻想的に広がっていた雲海はとっくに薄れ、いつもの緑がちらちらとのぞき始めている。

 そんな中、はるか彼方にキラリと何かが光った。


「ね、あれ、もしかして湖だよね!」


 イオリが手前の柵から大きく身を乗り出す。


「あっイオリ! そこは……」


 慌てて発したレイの制止をかき消すように、バキィッと音を立てて柵が崩れ、イオリの姿が柵の向こう――崖下へと一瞬でかき消える。


「あゃっ……イオリぃ!?」


 慌ててのぞき込むと、思いのほか近くでイオリと目が合った。

 よく見れば崖というより緩い傾斜だ。

 コロンと一回転でもしたのか、イオリはストンと足を放り出して座っている。

 見上げた顔とちょうどかち合っていた。

 これならケガはしてないかな、よし!


「ごめんイオリっ注意が遅れた」


 レイが駆け寄り、イオリに手を差し伸べた。

 しかしイオリは痛がるどころか、満面の笑みを浮かべている。


「ふっ、ふふふ……あはははっ」


 ついには一人で笑い転げてしまう。

 レイとオレは思わず顔を見合わせた。


「……このコはいつもこうなの?」

「えっと、ワリとそーかも?」


 彼の質問に、今までのイオリを振り返ってみる。

 一緒に行動し始めてまだ三日目だけど、思えば彼女はちょいちょいこうなっていたよーに思う。

 笑い上戸ってやつかもしれない。


「っあ〜イッタい! でも楽しいっ」


 彼女は心底楽しそうに笑う。


「生きてるって思う!!」


 その声は澄んだ青空に高く響いた。






 ・・・・






 それから山下りは順調に進んだ。

 ええ、それはもう順調にレイ()()は進んでいましたとも。


 藪を避け、岩場を降り、森の中の道無き道(・・・・)を、我らがレイさんは右へ左へとスイスイ突き進む……ってこんなん、オレたち二人とも付いていくのでいっぱいいっぱいなんだけど!?

 ちなみにどうして道が判るのかと訊ねたら、【森の番人】の道を通っているからね、と答えられましたよ。

 道とは何だっけ?

 オレは考えるのをやめた。


 道中でその森の番人とやらに遭遇した時は早速詰んだと思ったよね。

 レイの後ろに潜り込んでイオリとともにプルプル震えながら死を待っていたら、レイとは軽く挨拶らしきものをしただけで、相手はゆっくりすれ違うとそのまま去っていったけど。

 ……あれ、助かったん?

 どうやらレイ曰く、彼らは動物を食さないとのこと。

 基本温厚で、森を荒らそうとしない限りはむしろ友好的なのだという。

 あんだけガタイ良くて草食系なんだ? とはちょっぴり思ったけど……そうね、ゴリラもそうだもんね、たぶん!

 オレはなんにも考えないことにした。






 ***






「……体力ないねぇ」


 俺――【レイ】は溜め息混じりに呟く。

 歩き始めた頃は見るもの全てが珍しいのか、煩いくらいにハシャイでいたのに、いつの間にか静かになっていた。

 物音すらしなくなったので後ろを振り返ると、さっき通り過ぎた筈の岩場の上でグッタリとしている。

 具合でも悪くなったのかと近付いてみると、肩で大きく息をしており、絶え絶えに「もうムリ」と言われた。


「仕方ないなぁ。こっち下りた所に川があるから、そこで休憩しようか。ほら、頑張って」


 何とか二人の手を引いて、近くの渓流に連れて行く。

 川辺りに着くと、二人は元気よく水遊びを始めた。

 どういうことなのか。


「おーい、二人とも陸から離れないで。そこから流れが変わっているから……あっ」


 早速セージが流される。

 ちょうどその先で水浴びをしていたらしい森の番人が、セージを掬い上げてくれた。

 一応、その先が水の溜まり場になってはいて、そこでセージも回収することは出来たのたけど……ともあれ助かって良かった。


 森の番人に礼を言って、セージの服を乾かす為に火を興す。

 ついでに何故かセージの服に引っ掛かっていた魚二匹も焼いて、予定より早めの朝食にしよう。






 ***






――パチッパチパチ……


 自分――【イオリ】の前で、焚き木が爆ぜる。

 レイはさっさとその辺りの小枝を拾って組み上げ、あっという間に火をつけてしまった。

 すぐ横の大きな岩には、びしょ濡れたセージの服を貼り付けてある。

 ちなみに当の本人は、レイのストールでグルグル巻きにされている。


 自分の目の前……焚き火との間には、先程セージが穫った? 魚が小枝に通され、ジリジリと焼かれていた。

 ポタポタとその身の脂を滴らせ、時折り痙攣しながら焼かれる魚の姿に、何とも言えない気持ちになる。

 

(頑張って生きてきたのだろうにな)


 突然命を奪われて、食される。

 こちらとしては奪うというその気すらなかったのに。

 自分にこの命を食べる資格があるのだろうか……そうつらつらと考えている間にも魚はこんがりと焼かれていき、最初の一串はセージに手渡された。

 思わず見守る。

 彼はとっても嬉しそうに、いただきます! と元気よく言って齧り付き、何とも幸せそうな顔で咀嚼する。

 申し訳なさの一欠片も感じないのだが、キミはそれでいいのか。

 というか、そんなに美味しいの?


 ズイッと目の前に魚が差し出された。

 どうやらこちらも焼き上がったらしい。

 チラとレイを見る。

 彼は食べないのだろうかと思ったら、セージからひと口貰っていた。

 それならこちらを差し上げたのに。

 しかしそう言えば、食べられないのかと疑われるだろう。

 どこから食べるべきかしばし迷い、見様見真似でセージと同じように背中側からいくことにした。

 勇気を出して齧り付く。

 ……美味しい。

 見た感じ水分が抜けて硬そうなのに、歯を入れるとパリッと皮が破れ熱々の身がホロリと出てきた。

 あっさりとした舌触りなのに、噛む度にジュワリと旨味が溢れてくる。

 レイが焼く前にまぶしていた塩がいい感じだ。

 コレハオイシイ。

 セージと二人で黙々と平らげる。ごちそう様でした。


 あっという間の食事にもうこれで終わりかと思ったら、レイは食べ終わったあとの魚の骨をポイと火の中に放り込む。

 燃やして処分するのかと見ていたら、もう一度火の中から取り出してこちらに手渡してきた。

 こうしてよく焼くと食べられるのだと言う。

 コレモオイシカッタ。

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