1.ドロップ
薄暗闇の部屋に、明かりが灯る―――
廊下から響いていた靴音の主が点けたのだろう。
足音たちはズカズカと部屋に入り、口々に歓声をあげた。
「おお…なんと素晴らしいコレクションでしょう!」
「こんなにも希少な美術品を、これほどに集められるとは!」
「流石は綾ノ瀬財閥のご当主ですな、その手腕も審美眼も一流であられる」
この部屋の広さは小学校の教室くらいだろうか。
一抱えはありそうな柱が等間隔で並んでおり、それぞれの中央部分にはガラス張りのケースがはめられている。
中には壺や掛け軸など、多種多様な品が一点一点恭しく展示されていた。
さして広くもない空間に、大人たちの声がうるさく響く。
たった一人を褒めそやす声たちに、そのたった一人が漸く応えた。
「まぁそうですね……我が財閥にとっては収集するのも身嗜みの一つとして教えられていますから。さ、こちらをご覧下さい」
淡々と、何の感情も乗せてないような男の声。
しかし表情だけは嬉し気に目を細め、美しい笑みを浮かべていた。
細長い指がある一点を指し、皆の視線をそちらに誘導する。
「おぉ…これが例の宝石ですな!?」
「確か…ある一族が信仰し、奉っていた神の化身とされているとか。しかし…なんという美しさだ…」
「本当に!これ程の存在を放つ宝石がこんな田舎町の得体の知れぬ宗教家に扱われていたとは勿体無い…こうして綾ノ瀬様の御手元に渡ってこそ、この宝石も輝き増せるというものですなぁ」
元気よく囀る声たちはしかし、ある一点に吸い込まれるように静かになっていく。
彼らの視線は鑑賞柱の中央に座す、たった一粒の"石"に注がれていた。
それは…『宝石』と呼ぶには些か物足りないような『石』だった。
大きさはちょうどピンポン玉位だろうか?つるりと丸いその玉は全体的にくすんだ赤色で……
―――例えるなら、赤のチョークを捏ねて作った泥だんごだな
気になる所があるとすれば『石』ではなく、その玉座から幾本も延びている"チューブのようなモノ"についてだろうか。
「ふふ、皆様。実はこの石には常に電流を流しておりましてね」
綾ノ瀬、と呼ばれた男は上品な笑みを貼り付ける。
―――本当につまらなさそうに笑む男だ
その男はコンコンッと石を囲んだガラス板を叩いてみせた。
「これは――」
「失礼します、先代がお呼びです」
その言葉に被せたのは従者の声だった。手早くノックをして端的に用件を告げる。
しかし主人は特に怒ることもなく、先程までと同じ機械的な笑みを形造る。
「まったくあの人は……すみませんが皆様、一度戻らせていただきますね」
そう言ってこの場にいる大人たちを引き連れて行き……
この部屋は再び静寂と薄闇に包まれるのだった。