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ホラー

激安スーパーの訳ありバイトは、時給がいいし現物支給の特別手当までくれるのに長くは続けられない

作者: 鞠目

「金がない時は、つい業務内容を無視してさ、時給がいい仕事にばかり目がいかねえか? おれ、一時期本当に金欠で、カードを止められた時があったんだよ。あの時はもう仕事を選ぶ余裕なんて微塵もなかったな」

 どこか遠い目をしながら、マグカップのコーヒーをずずずと音を立ててすするこの男。日曜日の夕方、緑のロゴのカフェチェーンの二人席で一人コーヒーを飲んでいると、この男は突然私の前の席にどかっと座り、聞いてもいないのに自分の昔話を始めた。

「お姉ちゃんも求人サイトを使ったことぐらいあるだろう? あれでな、こだわり検索の機能で求人を絞り込んでよ、金がすぐに手に入りそうな仕事ばかり毎日調べてたわけ」

 ぼさぼさの白髪に無精髭。男が口を開くたびに見える歯は、ヤニで黄ばんでいて歯並びもかなり悪い。時折り目の下のあたりをぴくりと痙攣させながら話す清潔感のないこの男を、私は何故か無視することができなかった。男は私が席を立たないこといいことに、馴れ馴れしい態度で話し続ける。

「いろんな仕事をしたなあ。土方に警備員、深夜に棚卸しをする仕事。あと、あんまり大きな声で言えねえこともいっぱいした。でも、一番金払いがよかったのは激安スーパーの食品加工の仕事だった。まあ、内容は訳ありだったけどよ」

 昔の女を思い出すような声で、「あの仕事を見つけるにはコツがいるんだよなあ」と話す男は、少し寂しそうにも見える。ついさっきまで、にちゃにちゃと笑いながら話していたのに。感情の起伏が激しいのか、対面で見ていると表情がかなり忙しない。

 でも、食品加工の仕事が一番金払いがよかった、そのことが私には引っかかった。人に言えないような仕事よりも、食品加工の仕事の方が金払いがいい。実際そんなことがあるのだろうか?

「不思議だろう? 最初はおれも不思議だった。でも、仕事をやってみたら理由なんかすぐにわかったぜ」

 顔に出ていたのだろう。私の反応が嬉しかったのか、男は嬉しそうにそう言うと、近くを通りかかった店員に「お兄ちゃん、水もらえねえか?」と声をかけた。店員が水を持ってくる間、男はちびりちびりとコーヒーを飲み続け、続きが気になる私を無視して話を全く進めなかった。


「この辺にはないんだが、ローカルのすごく安いスーパーでよ、テレビにもたまに出てるな。芸能人がわざとらしく『安すぎる』とか『この値段は信じられない』だとか言って、安い肉や魚、惣菜や加工品を騒ぎながら買い漁る番組、見たことねえか? あれに出てたんだよ。お姉ちゃんも名前ぐらい聞いたことあると思うぞ」

 そう言って男は周りをきょろきょろと見渡してから、小声であるスーパーの名前を口にした。たしかにそれは一部のエリアでそこそこの知名度のあるスーパーだった。私も名前だけは知っている。

「あそこのもんなんて基本買わねえ方がいいのによ、芸能人は安い安いって褒めるからおかしいよな。何で安いか考えてみろってんだ。おれな、あそこのプルコギ用の生肉を買ったことがあるんだけど、いざ焼こうとしたら3cmぐらいの虫が入ってたんだ。虫だぞ虫。怖くないか?」

 異物混入。しかも、虫。

 白いトレイに詰まった赤い生肉、その肉に埋もれて死んでいる虫。生肉から出たドリップやプルコギのタレで、ぬらりと濡れて柔らかくふやけた黒い死骸が頭に浮かぶ。数秒後、膝の上に置いていたショルダーバッグから、私は大慌てでハンカチを取り出し口を抑えた。

「まあ、普通じゃ考えられないぐらい安いからよ、おれも文句なんて言えねえんだわ。やっぱり安い肉には臭いとか、油がぎとぎとしてるとか、安い理由があるから仕方ねえ。でも、流石におれも虫が入ってた時は食えなかったなあ」

 男は私の様子なんて気に留めることもなくそう言うと、ずずずとコーヒーをすすった。


「で、仕事内容なんだが、訳ありとはいえスーパーの仕事だから、冷蔵庫の中での作業とか、荷物の積み下ろしとかの肉体労働だと勝手に想像してたらさ、思ってた仕事と全く違ったんだよな」

 男の発言に、私はハンカチを口に当てたまま首を傾げた。私も時給のいい仕事だから冷蔵庫や冷凍庫の中での作業を想像していたのだ。好奇心を抑えきれず男を見ると、男は『やっぱり不思議に思うよな』とでも言いたげな顔で私を見ている。

「どう言えばいいんだろうなあ。まあ、簡単に言えば調理前の食材の下処理だ。よく言えば下処理だが、ありゃ食べるものにする処理とは言えたもんじゃねえ。どちらかと言うと薬漬けだな」

 古い映画に出てくる気弱なヒロインのように両手でマグカップを持ち、男は苦虫を噛み潰したような顔で俯きながら言った。なんだか芝居じみた仕草だなと思って見ていると、男は自分の手を見てはっと目を見開き、慌ててマグカップをテーブルに置いた。


 下処理、薬漬け、その言葉からとりあえずあまり口にしない方がいい食料品が作られていることがわかる。激安スーパーの闇を垣間見ているような気がして、少し落ち着かない気持ちになる。

「でっけえプールみたいな所に野菜が大量に浮いてるんだ。そこに全身タイツみたいな薄い水着を着て、野菜を水に沈めながら、ざぶざぶとひたすら歩き回るのが仕事だ。消毒液みたいな水だから、それで洗ったことになるんだとよ。水は何かの薬品らしくて、いつも白く濁ってやがるんだ。それがまた臭いし目は痛いしで最悪なんだよな」

 辛そうな過去を思い出しながら語る男を見て、どうしてこの人は聞いてもいないのにべらべらと話すのだろうと不思議に思った。でも、そう思いつつも私は続きが気になって仕方がない。その結果、「あの、野菜って何が浮いてるんですか?」と、ついに私は男に声をかけてしまった。

 私が話しかけると男は勢いよく顔を上げた。さっきまでの苦しげな様子はなくなり、男の目は獲物を見つけた肉食獣のように輝いている。気のせいかもしれないが、どこか笑っているようにすら見える。

「いろんな野菜があったなあ。プールの中の野菜は決まっていつも一種類。白菜の日があれば、にんじんの日もあるし、もやしの日も、きゅうりの日もあった。一番多かったのは白菜だ。噂では白菜はキムチになるって聞いたな」

 キムチの野菜なんて正直言って元の色がどんな色をしていたかなんてよくわからない。きっと多少傷んでいても気がつかないだろう。激安スーパーのキムチは焼肉店や定食屋、居酒屋でも出ていると聞く。もしかしたら知らないうちに私も食べているかもしれない。私は顔から血の気が引くのを感じた。


「肌がな、荒れるんだ。もう目も当てられねえぐらいに」

「肌、ですか?」

「そうだ。水着が安っぽいからか、水が少しずつ染み込んでくるんだよな。それで肌がやられるんだ」

 沈んだトーンでぽつりぽつりと呟く男に、私も声のトーンがつられた。でも、内心では強い薬品を使っているなら肌が荒れるのは当然だろうなと思った。

 もしかして今も肌荒れに悩んでいるんだろうか? 気になった私は失礼を承知で男の手や指、顔などの肌の状態を見てみた。しかし、男の肌に荒れた様子は見られない。

 よく考えてみれば男がバイトをしていたのが昔のことなら、もう肌荒れが治っているのは当然のことだった。短絡思考だった数分前の自分に私は少し呆れてしまった。私はいつも慎重さが足りない。

「でもよ、その肌荒れ対策に特別手当てがあったんだ、現物支給の」

 特別手当。ハンドクリームか、肌荒れを治すための塗り薬のようなものだろうか? 肌荒れ対策の現物支給と聞いて想像できるものといえばそんなところだ。

 どうせ大量仕入れで安く買い付けたものを配っているのだろう。自分の予想に自信があった私は「ハンドクリームかなにかですか?」と男に聞いた。

 特別手当の内容を私にあっさり当てられて多少は驚くかと思っていたが、男は私の想定外の反応をした。私に向かって焦らすように「まあ、そう急かすなってお姉ちゃん」と言う男は、顔に嫌な笑みを浮かべている。粘着質な笑顔に、私は思わず嫌悪感を持った。しかし、そんな私の視線を気にする様子もなく、男はにやにやしながらコーヒーをすする。


「仕事が終わるとな、帰る前に社員に呼ばれてよ、茶封筒を渡されるんだ。ぺらぺらのうっすいうっすい封筒をな」

「封筒ですか?」

「ああ、封筒だ。いつも同じ、百均で売ってそうな細くて安っぽい封筒を手渡され、すぐにその場で開けるように指示されるんだ。それで中を開けるとな、入ってるんだ。肌が」

「肌?」

 私は理解が追いつかずおうむ返しをしてしまった。

「ああ、肌だよ。皮膚って言った方がわかるか? 表面に産毛が生えた、人間の肌が支給されるんだ」

 なにそれ、意味不明過ぎる。男が話す日本語は理解ができるが、全く意味がわからない。肌荒れの対策に人間の皮膚が手当てとして渡される。何故? それは本当に皮膚なのか? その皮膚はもともと誰の皮膚だったんだ? 疑問が次々と生まれて頭の中を埋め尽くしていく。

「ああ、説明不足だな。もちろん支給されるのは若い人の肌で、肌荒れもなかったさ。ただ右手の手の甲とか、左頬とか、顎、みたいにパーツごとにランダムで支給されるから、受け取ってみないと何がもらえるかわからねえんだ」

 戸惑う私を見た男が補足説明をしてくれたが、ますます私の頭は混乱した。毛が生えた皮膚の支給。あまりにも気持ち悪過ぎる。私は胃酸が逆流するのを感じたが、なんとかそれ抑え込み、それからコーヒーを一口飲んだ。


「その、もらった皮膚はどうするんです?」

 喉の奥が若干ひりひりするのを感じながら私が質問すると、男は不思議そうな顔で私を見つめた。

「どうって、貼るに決まってるだろ。自分の肌の上に乗せて押さえると勝手に引っ付いて馴染むんだよ。貼らずに持ち帰るのは禁止されてたから、毎回受け取ったその場で貼り付けてたな」

 支給された皮膚を貼り付ける? 貼り付けると若い肌が馴染む? この男は何の話をしているのだろう、そんなことがあり得るはずがない。私はそこで初めて男には虚言癖があるのではないかと引っかかり始めた。そもそも激安スーパーの仕事内容から怪しいのだし、肌が配られるなんてできの悪い冗談にもほどがある。私は男の暇つぶしに巻き込まれているのかもしれない。

「貼り付けた肌はすごいんだぜ? 不思議なもんで貼り付けてないところは薬に負けて荒れてくるのに、一度貼り付けた場所はずーっと綺麗なまんまなんだよ」

 さっきまで辛そうに話していたくせに、今度は自慢げに話してくる。きっとこの男はでたらめを話す自分に酔ってるんだ。私は目の前の男を、感情の起伏が激しい虚言癖の男だと断定した。

 さっきまで話の続きが気になっていたのに、嘘だと思うと一気に気分が萎えてしまった。その後も男は、「貼り付けた皮膚が勝手に動くことがあるから、感情に対して表情や態度がちぐはぐになることがある」「配られる部位がダブったら上から重ねる」「全身から一度も貼り付けたことのない部分がなくなったら、バイトを辞めさせられる」そんなことを態度や表情を何度も何度も変えながら話していたが、私は生返事をしながら話が終わるのを待っていた。


「いやあ、こんなに誰かと話したのは久しぶりだ。すまんな、お姉ちゃん」

 話すだけ話して満足したのか、機嫌の良さそうな顔で男はそう言うと、「よっこらせ」と言いながら席を立った。そして、どこに置いていたのかわからないが、杖を持ってゆっくり歩き出した。テーブルには男が飲み終えたコーヒーのマグカップが残っている。

 杖。杖? 男はそんな歳には見えなかった。せいぜい六十代かそこらだと思っていたが、今私の目の前をゆっくりと歩き去ろうとする男の動きはもっと年上に見える。


 ぱさり。


 わざとらしい音と共に、通路に白いカードが落ちた。顔写真に住所の記載、運転免許証だった。

「あの、落としましたよ」

 考えるよりも先に体が動き、私は免許証を拾いに向かいながら男を呼び止めた。拾う時に、いけないと思いつつも男の個人情報に視線が流れる。

 男の生年月日を見て私の思考が止まる。細かな計算は苦手だが、私の想像よりも男がかなり高齢だということはすぐにわかった。

「ん? あー、すまんすまん、落としちまったか」

 杖を片手にゆっくりと振り返る男の動きは、確かに免許証から計算しただいたいの年齢に相応しい動作だ。でも、男の顔にはシワが少なく、なんなら肌は艶々としている。はっきり言って年齢に対して肌が綺麗すぎるのだ。別に美容に詳しいわけではないが、この肌はあまりにも不自然すぎる。

「拾ってくれてありがとうな」

 免許証を手渡す時、私は男から向けられた笑顔を見て、この男の話は嘘じゃなかったのかもしれないと思わずにはいられなかった。見れば見るほど肌が綺麗すぎる。この男、やっぱり何かがおかしい。

「とんでもない、お気をつけて」そう言おうとした時だ。男は私の発言を遮り、私の耳元へすっと顔を寄せた。

「気になるなら調べてみるといい。あの仕事を見つけるにはコツがいるんだ。サイトは…………」

 体感にして約十秒ほどだろうか。有名な求人サイトと聞きなれない検索ワードを私の耳元で呟くと、男はゆっくりとその場を後にした。

 

 男の話は本当かもしれない。

 男を見送ってから、指定された求人サイトで言われた通りに調べると、確かに激安スーパーの求人がヒットした。いや、正確に言うと求人はその一件しかヒットしなかった。

 ヒットした求人の業務内容は食品加工だった。もちろん時給は異様に高い。

 不思議なもので、企業名で調べてもその求人はヒットせず、他のレジ打ちや棚卸しの仕事しか出てこない。私はそこで男が言っていたコツという意味がわかった。

 男は年齢の割に異様に若い肌をしていた。そして、言われた通りに調べたら怪しい求人が見つかった。これは事実だ。私にはこれらを否定する材料がない。

 じゃあ、この仕事をすれば私も若い肌を手に入れることができるんじゃないか? 不安要素はたくさんあるが、やり方次第では大金を掴むことだって可能かもしれない。こんなことならもっと男の話を真面目に聞いておくべきだった。私は数分前の愚行を心の中で嘆いた。

 好奇心のままに動くのは、経験上危険なことぐらい私だって理解している。このまま求人に応募すれば良くない結末が私を待ち構えているのは明白だ。私は一度深呼吸をしてからそっとサイトを閉じた。


 男と話していたせいで、私のコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。冷めたコーヒーが不味いとは言わないが、せっかく買ったのにもったいないと思った。

 冷たく苦い液体を喉に流し込みながら、やるべきことを考えてみる。何事にも事前準備が肝心だ。これを怠ると失敗する。

 とりあえず私はスマートフォンのメモ帳に、明日のやることとして「社内規定 副業の項目確認」とメモを残した。人事部が以前教えてくれた気がするが、もうよく覚えていない。もし副業禁止なら、ちゃんと対策を考えなくちゃいけない。


 さて、あとは何をしておくべきだろう?


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)出だしがとても良かったですね。全く知らない男がカフェで寛いでいるなかで突然現れて奇妙な話をしてくる……そこ男の話す内容が現実離れしているのですが、どうしても気になってくる。不思議な読…
[一言] 発想が天才的。 そして扱いづらいネタを見事にホラーとして完成させてる。 すごい! 男の語り口調や、途中で焦らしたりするのが上手いなって思いました。 話に引き込まれ、特別支給の内容が気になっ…
[良い点] 駄目だ、ヤバい、マズい、近づかない方がいい、関わらない方が良いと分かっているのに……それでも引き込まれてしまうのは人間のサガなのかも知れないですね。 幾ら若々しいままで肌がいられるとしても…
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