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15-2

 リュシアン様は私の手を引いて玄関の外に引っ張る。


「急いで来たから馬しかないんだが大丈夫か?」


「ええ、もちろんです。リュシアン様と馬に乗れるなんて嬉しいですわ」


「じゃあ、早速行こう」


 私は手を引くリュシアン様に慌てて言った。


「あっ、ちょっと待ってください。屋敷を出る前にすることが……」


「すること? ああ、そうか。荷物があるよな」


「それもなんですが、それよりもベアトリス様にご挨拶を……」


 私がそう言うと、リュシアン様は不思議そうな顔をする。それから納得したようにうなずいた。


「幽霊がいるんだったっけ。わかった。別れの挨拶をしてこい」


 リュシアン様は苦笑いで、本当にベアトリス様がいるのだと信じている様子ではなかった。けれど許可をもらえたので、私は玄関のところまで戻り、まだそこに立ってこちらを見ていたベアトリス様に頭を下げる。



「ベアトリス様、今日までありがとうございました。あなたがいたおかげで、お屋敷で一人でいても寂しくありませんでした」


 ベアトリス様はじぃっとこちらを見るだけだったけれど、気にせずに続ける。


「それにお料理や洗濯で戸惑う私に色々教えてくれたり、お茶づくりを手伝ってくれたり……。私、幽閉生活も結構楽しかったです。全部ベアトリス様のおかげです」


 ベアトリス様が小さくうなずくのが見えた。相変わらずその顔に表情はない。……けれど、なんとなく彼女が寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 ベアトリス様はゆっくりこちらに近づき、私の頭を撫でるように手を置いた。


「ベアトリスさ……」


 ベアトリス様は見上げる私の顔を見てにっこり微笑んだ。いつもの無表情が嘘のようなとても優しい顔。


 私があっけに取られてその顔を見ていると、突然大きな風が吹く。庭の葉が舞い上がったのか、私の頬に風に吹かれて飛んできた葉があたる。


 庭のほうに顔を遣り、振り返ったときにはベアトリス様は姿を消していた。


 これでお別れ。そう思うと寂しさで胸を締め付けられる。



「レーヌ……今の風は……」


 後ろを見ると、リュシアン様が戸惑い顔でこちらを見ていた。あまりにもタイミングよく吹いた風に、さすがに驚いたのかもしれない。


「ベアトリス様、物には触れられないけれど風を起こすことはできるみたいなんです」


 そう答えたら、リュシアン様は驚いたような戸惑ったような、複雑な顔をしていた。



 その後、私は急いで荷物をまとめてお屋敷を後にした。


 今回は馬車ではないので、トランクやかさばるドレスは置いていくことにして、最低限の荷物だけ鞄に詰める。


 ここに来た当初は一ヶ月という幽閉期間が絶望的に長く感じたのに、いざ出るとなると寂しい気がしてしまうから不思議だ。


 私は急ぎ足で、厨房や洗濯室、応接間などを一つ一つ見ながら進む。


 屋敷も庭もはじめよりは随分綺麗になったと思うけれど、完全に整えきれなかったことが心残りだ。ベアトリス様が少しでも暮らしやすくなっていたらいいのだけれど。


 最後に玄関からもう一度屋敷を眺め、私はリュシアン様の待つ門へ駆けて行った。



「支度は終わったか」


「はい。もう大丈夫です」


「なら行こう。そこに馬を休ませている」


 リュシアン様に手招きされ、門から足を踏み出した。以前ははじかれてしまった門は今回何の抵抗もせずに私を通してくれた。この屋敷とは本当にお別れなのだと実感する。


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