14-1
ジスレーヌが幽閉されて、もう三週間経つだろうか。俺は落ち着かない気持ちで部屋にやって来たトマスに尋ねる。
「トマス、ジスレーヌはまだ戻ってこないのか」
「来ませんよ……。幽閉期間は一ヶ月だとリュシアン様も知っているでしょう」
トマスは呆れ顔でこちらを見る。
わかっている。わかっているけれど、一ヶ月がこんなに長いとは思わなかったのだ。
「私はジスレーヌ様がリュシアン様から離れていてくれたほうが安心しますけどね……」
トマスは溜め息交じりに言った。
トマスはジスレーヌが俺にしょっちゅう毒を盛ったり刺そうとしたりしてくることを知っているため、彼女をよく思っていないのだ。
「それにしても大丈夫ですかね、ジスレーヌ様。裁きの家に入った人間は大抵幽閉中か、帰ってから数ヶ月後に亡くなってますけど」
何気ない口調でそんなことを言われ、耳を疑った。幽閉された者が亡くなる?
「亡くなるとは一体どういうことだ」
「えっ、リュシアン様知らなかったんですか? あの屋敷に入れられた罪人は、幽閉以上の罰を与えられるわけでもないのになぜかどんどん弱っていって最終的には亡くなるんですよ。だからこんなに貴族たちから恐れられているんです」
「な……っ!? そんな話は聞いてないぞ! ただの気味の悪い噂のある屋敷としか……」
屋敷が呪われているという話は聞いていた。しかし、そんなものくだらない噂だとしか思えなかった。
ジスレーヌが魔女の幽霊が出るなんて話をしていたので、呆れつつオレリアから幽閉された人間の資料をもらってきたが、そこには彼らが亡くなったなんて記述どこにも書かれていなかった。
一体どういうことなのだ。危険はないと思ったからこそ、ジスレーヌを裁きの家に入れると決めたのに……。
「そんなに心配しなくても、鏡の通信で毎日姿を見ているのでしょう? あの人は悪運が強そうですし、生きて帰って来るんじゃないですか」
青ざめる俺に、トマスはなだめるように言う。
確かに鏡に映るジスレーヌはいつも元気そうだ。幽閉されて最初の頃こそ怯えた様子だったが、最近では楽しげに植物を育てた話や料理をした話なんかをしてくる。
けれど、幽閉された者の多くが亡くなっているなんて話を聞いてしまっては、とても落ち着いて幽閉期間が終わるのを待てそうにない。
「なぁ、トマス。今すぐジスレーヌを連れ戻せないのか。あいつは俺の婚約者で、いずれ王妃になるのだぞ。何かあっては問題だろう」
「そういうことを不安視して役人が必死に止めていたんじゃないですか。リュシアン様がそれを押し切ったんでしょう? 大きな理由もなく幽閉を解けば反感を買いますよ」
トマスは淡々と言う。
返す言葉もなかった。俺はあの時、正式な裁判に持ち込まれてジスレーヌが投獄でもされたらと恐れ、青い顔をして止める役人の言葉を退けたのだ。自分の判断の軽率さが悔やまれる。
いや、そもそもあの女が毒を盛ったのが全て悪いのだが……。
「リュシアン様、それよりもそろそろお茶会が始まる時間ですよ。皆さん、お待ちしているはずです」
頭を抱える俺に構わず、トマスは淡々と言った。
今日の午後からは、貴族令嬢たちとのお茶会の予定が入っている。奇しくもメンバーはジスレーヌが俺に毒を盛ったあのお茶会とほぼ同じ。
しかし、今はのんびり令嬢たちとお茶を飲みながら話す気分になんてとてもなれない。
「嫌だ。俺はジスレーヌを迎えに行く」
「何を言ってるんですか。皆さん、リュシアン様を待っているんですよ」
「しかし……」
「三週間無事だったんですから、ジスレーヌ様だってすぐにどうにかなることはありませんよ。どうしても不安なら、ジスレーヌ様が体調を崩したとか口実を考えて根回ししてから出しましょう」
トマスにせっつかれ、仕方なくのろのろとお茶会の開かれる部屋まで向かう。
トマスの言う通り、三週間何ともなかったのだから、短期間で大きな変化があるとは考えにくい。それならきちんと根回ししてから幽閉を解いたほうが後腐れがないだろう。
そう考えても気分は全く落ち着かず、どんよりした気分で部屋に足を踏み入れた。