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どきどきしながらティーポットに茶葉を入れ、焜炉でお湯を沸かして注いだ。不思議なことに、茶色の茶葉が染めたお湯は、乾燥させる前の薬草と同じ鮮やかな青色をしていた。
カップにお茶を注ぐと、ふわりといい香りが厨房いっぱいに広がる。
「ベアトリス様! すごい! 薬草茶が完成しました!」
嬉しくなってそう言うと、ベアトリス様もほんの少しだけ表情を緩める。
早速一口飲んでみた。
少し酸味があって、ほんのり甘い味がする。体の芯が緩むような感覚がした。
「おいしいです、ベアトリス様。それに、体がリラックスする感じがします。ベアトリス様のレシピはすごいですね」
ベアトリス様はこくんとうなずいた。なんだか得意げに見えるのは気のせいだろうか。
「できるならベアトリス様にも飲んでもらいたいです。やっぱり幽霊って飲んだり食べたりはできないのでしょうか?」
そう問いかけると、ベアトリス様はじっとこちらを見る。そして私が手に持つカップに顔を近づけた。
ベアトリス様はすっとカップから顔を離す。量が減っているようには見えなかった。しかし、なんだかお茶の色が薄くなっているような気がする。
「ベアトリス様、お茶を飲めるんですか?」
ベアトリス様は首を傾げた後、曖昧にうなずいた。飲めるということだろうか。
「じゃあ、私、今日からベアトリス様の分のお茶と、食事も用意します!」
元気に言ったのに、ベアトリス様に真顔で首を横に振られてしまった。
「い、いりませんか」
ベアトリス様はこくんとうなずく。何か言いたげに口をぱくぱくしていたけれど、声は聞こえなかった。
「わかりました。じゃあ、薬草茶を作った時だけでもまた飲んでください」
そう言ったら、ベアトリス様はうなずいてくれた。
「リュシアン様にも飲ませてあげたいな……」
無意識にそう呟いたら、ベアトリス様は首を傾げた。
「あ、言ってませんでしたね。リュシアン様っていうのは、私の婚約者です。リュシアン・ロジェ・シェラージュ様。すっごくかっこいいんですよ! しかも王子様なんです」
うっとりしながら言うと、ベアトリス様は真顔のまま、小さくうなずく。
「ベアトリス様のおかげでこのお屋敷も結構楽しいんですが、リュシアン様に会えないのだけはとてもつらいんです……。何をしていても、リュシアン様がここにいたらなぁって思ってしまって。お庭に咲いていた綺麗な花を一緒に見たいなとか、完成したお茶を飲んでほしいなとか」
私の言葉を、ベアトリス様はうんうん真剣な顔でうなずきながら聞いてくれた。調子に乗ってどんどん言葉が出てくる。
「私がだめだめなせいでよく怒られちゃうんですが、リュシアン様は根はとっても優しい人なんです。
私が失態を犯しても、王宮の部屋に数週間閉じ込めるだけで許してくれるんですよ。あんまり度が過ぎると、蹴られたり叩かれたりしてしまいますが、大抵のことは閉じ込めるだけでなかったことにしてくれます。
今回はいつもより厳しくて、こちらのお屋敷に送られてしまいましたが……」
ちょっと悲しくなりながらそう言うと、ベアトリス様は目を見開いた。
そして先ほどと同じように、今度はちょっと焦った様子で、口をぱくぱくさせる。しかし残念なことに私には何を言っているのかわからなかった。
けれど、なんとなく言いたいことはわかる。
「やっぱりベアトリス様も、ほかのことはともかく王都から離れたお屋敷に送るのはひどいと思いますよね……」
ベアトリス様はなぜか首を横に振っている。私は不思議に思いながらも続けた。
「しかも、リュシアン様、一緒にお茶会に出ていたご令嬢たちが私が毒を入れるのを見たと言ったのを鵜呑みにして、ろくに調査もしないままここに送ることに決めたんです。私、そのときだけは少しだけリュシアン様を恨んでしまいました」
ベアトリス様は困惑顔で、首を縦に振っている。やはり、ベアトリス様もこの件に関してだけはひどいと思うのだろう。
「でも、いいんです。リュシアン様と婚約できた私は、世界一幸せな人間ですから。一ヶ月幽閉されるくらい平気です!」
笑顔で言ったら、ベアトリス様が引いたような目でこちらを見てきた気がするけれど、多分気のせいだ。