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8-2

「あ、幽霊さん。こんにちは」


 タイミングがいいなと思いながら挨拶をすると、魔女は目をぱちくりする。あいかわらず無表情だけれど、私が声をかけたとき彼女は何となく嬉しそうにしているように感じた。


 私は確認したかったことを尋ねてみる。


「幽霊さん、本名はベアトリス様っていうんですか?」


 魔女は動かず、ただじっとこちらを見つめていた。私は続ける。


「なんとなくあなたはベアトリス様なんじゃないかって気がしていたので、昨日来た監視係さんに確認したんです。そうしたら、特徴も一致していたので……」


 そう言うと魔女はしばらく動かないままこちらを見た後、こくりとうなずいた。


「やっぱり! じゃあ、今日から幽霊さんはやめてベアトリス様って呼びますね」


 ベアトリス様はまた静かにうなずく。名前で呼ぶことを許してくれたらしい。


「実は、今朝洗濯室でベアトリス様宛ての手紙を見つけたんです。それで気になって中身を見ちゃいました。……勝手にごめんなさい」


 私がそう言って手紙の束を見せると、ベアトリス様がわずかに驚いた顔をした。彼女の目はじっと手紙の束を食い入るように見ている。


「ベアトリス様、色んな方から感謝されていたんですね。お薬や宝石を送って、体調の悪い方にはアドバイスしてあげたりもして」


 ベアトリス様が気になっているようだったので、手紙を開いて見せると、彼女は真剣にそれを眺めていた。


「それで……私、前から気になっていたことがあるんですけれど」


 そう言うとベアトリス様は手紙から目を離し、こちらに視線を向ける。


「ベアトリス様、もしかして冤罪で幽閉されたのではないですか?」


 ベアトリス様は何の反応も示さなかった。目をぱちくりしたり、首を振ったりすることもなく、じぃっとこちらを見つめる。数秒間沈黙が続いた後、ベアトリス様は眉根を寄せて困ったような顔をした。


「ベアトリスさ……」


 私が何か言う前に、ベアトリス様はふっと姿を消してしまった。



***


 しばらく部屋に留まったまま、ベアトリス様のことを考えていた。


 答えてくれなかったので真実はわからないけれど、もしも予想通り彼女が無実の罪を着せられて幽閉されたとしたら。


 過酷な取り調べを受け、幼い子供とも引き離され、最後にはお屋敷で弱ったまま亡くなって。あんまりではないだろうか。


 そんな仕打ちを受けながらも彼女はお屋敷の中から人助けを続けていた。幽霊になった今だって、人を憎んでいるようには見えない。


 私は彼女のために何かしてあげたくなった。


 もう死んでしまった人間相手に何ができるかはわからない。けれど、私には彼女の姿が見えるのだし、何かできることはあるのではないだろうか。



「うーん、たとえば、幽閉期間が終わるまでにお屋敷を綺麗にしておくとか……?」


 ベアトリス様はこのお屋敷に住んでいる……住んでいるといっていいのかわからないけれど、ずっとここにいるようだし、現在の埃を被って庭も荒れ放題のお屋敷よりも、綺麗なお屋敷のほうが心地良いのではなかろうか。


 もっといい方法がありそうだけれど、今は思いつかないのでとにかく思いついたことをやってみよう。荒れ放題になっているお庭も草むしりをしたらきっとすっきりするはずだ。



 私は早速、お屋敷の中から掃除を始めることにした。


 早速倉庫に行って、箒とバケツ、雑巾を数枚持ってくる。一階の応接間から、順番に部屋を回って掃除していった。


 箒で床を掃いて、床を拭いて、家具を磨いて。そうしているうちに、どんよりとしていたお屋敷の空気が、澄み渡っていくような気がした。


 午前中いっぱいかけて応接間と食堂と厨房を掃除した私は、ぐったりと疲れ切っていた。応接間のソファに腰掛けて、少しの間休憩する。


「よし! 続きやらないと!」


 わざと声に出して気合を入れる。


 気分転換も兼ねて、午後はお庭に出て、荒れ放題の草を何とかすることにした。


 玄関を出て、初めて庭の中へ足を踏み入れる。


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