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6-3

 屋敷での生活に少しだけ慣れ始めたそんなある日。


 私はいつも通り、洗濯室でドレスを洗っていた。すると、突然空気がひんやりと冷めて、あの女性の幽霊が姿を現した。


 幽霊はいつも通り、感情のない目でじっとこちらを見つめている。もう彼女にも慣れ始めた私は、気にせず洗濯を続けることにした。しかし、いつもならすぐに消える幽霊は今日に限ってなかなか消えない。


「……あの、何かご用でしょうか……?」


 じっと見つめていられるのに耐えられなくなり、思い切って尋ねてみる。すると幽霊は目をぱちくりした。


 それからすぅっとこちらに歩いてきて、洗濯物の入った鍋の横にしゃがむ。


 不思議に思って見ていると、幽霊は鍋の下を指さした。


「……?」


 つられるように視線を動かすと、鍋の下の台になっている部分に、引き出しがついているのに気がつく。ただの台だと思って、そんなところまで見ていなかった。幽霊はこれを開けろと言っているのだろうか。


 どきどきしながら開けてみると、そこにはいくつも石鹸が入っていた。手に取ってみると、少し古びてはいるようだけれど、問題なく使えそうに見える。


「あの……もしかして石鹸の場所を教えてくれたんですか?」


 尋ねると幽霊はこくりとうなずいた。呆気に取られて目を瞬かせる。お礼を言う前に幽霊はぱっと姿を消してしまった。


「あの幽霊……もしかしていい人なのかな……?」


 私は見つけたばかりの石鹸を握りしめ、思わず呟いた。



***


 それから幽霊は、これまでより頻繁に姿を現すようになった。


 たとえば私が料理していると、いつの間にか横に立っていて、料理の様子をじっと見ているのだ。


 不思議に思ってお皿を差し出してみたが、首をふるふる横に振られた。私があまりにも下手な料理を作るので、気になったのかもしれない。


 そう思っていたら、次の日はレシピ本を見ている最中からじっとこちらを見ていた。


 私が野菜のクリーム煮のページを読んでいると、眉をひそめて難しい顔をする。彼女が無表情以外の顔を見せるのは初めてなので、少し戸惑った。


 ちょっと気まずくなりながら次のページをめくると、幽霊の眉間のしわが深くなる。私はなぜ彼女を不機嫌にさせてしまっているのだろう。


 ページをめくり続けると、ようやく彼女の顔から険しさが消えた。そしてうっすら透ける指で開いたページを指さす。そこにはサンドイッチのレシピが書かれていた。


「これを作れってことですか?」


 尋ねると、幽霊はこくりとうなずいた。


 不思議に思いながら指示通りサンドイッチを作る。


 幽霊はサンドイッチが食べたいのだろうか。それとも、サンドイッチを作ることには何らかの深い意味が? 理由のわからないまま黒パンを半分に切って、その中に切った野菜を挟む。


(あ……結構おいしそうにできたかも)


 少なくともいつもの料理のように、生焼けだったり、焦げていたりはしない。ただ切って挟んだだけだから当然なのだけれど。野菜は少々切り方が雑とはいえ、挟んでしまえばよくわからない。


「ええと……これでいいでしょうか?」


 尋ねると幽霊はこくんとうなずいた。表情は変わらないけれど、心なしか満足そうな顔をしているように見えた。


「あの、食べますか? 幽霊って食べ物を食べられるのかな。それとも、これ、何かに使うんですか?」


 幽霊はこの問いには首を横に振る。不思議に思いながら、私はサンドイッチを持って食堂に向かった。


 移動中、幽霊はなぜかずっとついてきた。テーブルにつき、ぱくりとかぶりつく。


「おいしい!」


 黒パンのサンドイッチはとてもおいしかった。硬くてパサパサしている黒パンが、中に野菜が入っていることでみずみずしく感じる。


 何より、料理が成功するのは初めてで、感動が余計においしく感じさせた。


 私が声を上げたのを見ると、幽霊はまるで用事が済んだかのようにふっと消えてしまった。


(もしかして、私が作れそうな料理を教えてくれただけ……?)


 思えば私は料理の難易度なんて気にせず、好みでメニューを選んで毎回失敗していた。あの幽霊はそんな私に呆れて、私レベルでも作れそうなレシピを勧めてくれたのかもしれない。


(やっぱりいい人よね、あの幽霊……?)


 私はなんだか不思議な気持ちになりながら、サンドイッチと幽霊のいた場所を交互に眺めた。


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