本の中
三題噺もどき―ひゃくにじゅういち。
※流血表現アリ※
お題:朝・文庫本・忘れられない
「――ん、、、」
どこからか差し込んだ光の、あまりの眩しさに目が覚めた。
眩しい…。
いつの間に眠っていたようで、体のあちこちが軋む。
椅子に座り、机に突っ伏した状態で寝ていたようだ。
枕代わりにしていた腕が痺れている。
長時間座っていたのか、腰のあたりが痛い。
「……、」
というか、ここは…
―あぁ、そうか、そういえば私は本を探しに、図書館に来ていたのだった。
ゆっくりと、頭を上げると、目の前に文庫本が重ねられていた。
おおかた、読んでいる途中で眠くなって、そのまま寝落ちたという所だろう。
日当たりのいい場所に座ってしまったようだから、仕方ないと言えば仕方ない。
本を下敷きにして寝ていなかっただけ、よかったかもしれない。
それなりに本を大切に扱うように教育を受けてきた賜物である。
「……、」
なんとなく、文庫本のタイトルに目を通しながらも、自分がどの本を読んでいたのかピンとこないので、一旦その本たちは置いておくことにした。
そこから意識を反らし、うつぶせのままに顔を上げていただけの状態から脱することにする。
上体をゆっくりとおこし、痺れが若干残る腕を、前に伸ばす。
軽く伸びをし、固まった体をほぐしていく。
どれだけの時間寝ていたのか、体のあちこちが痛む。
関節という関節が、ギシキシと悲鳴を上げているようだ。
「……、」
次いで、先程よりは覚醒に近づいてきた頭を回転させ、現状の把握に努める。
探しに来た本が、目の前に積まれている文庫本でないことは確かなのだ。
なぜ、ここにこの本たちが積まれているのか分からないのだが…。
探している途中で面白そうな本を見つけて、読んでみたくなった…という所だろうけど。
読んでいる途中で寝落ちて、内容もあまり思い出せないようなものであれば、想像していたよりは面白くなかった、というか性に合わなかったのだろう。
「……、」
で、あれば、この本たちはそろそろ本棚に戻してあげなくては。
ここの図書館の利用者はたいして多くはないが、もしかしたら、ということもある。
世間は案外狭いのだ。
これを欲している人間がたまたま、今、ここに来てしまう、という可能性は、全くのゼロではないのだ。
必然というのは信じていないが、偶然というものはあると思っているから。
さっさとこの子たちを返してあげよう。
「……、」
そうと決まれば、あとは動くだけである。
ついでに時間も確認しよう。受付のあたりに時計があったはずだ。
一応スマホは持っているのだが、あれはやかましくて見たくないので、鞄の奥底に沈めている。
そのため、底から取り出すのも面倒なのだ。
何より、スマホを開いて、何かしらの連絡が来ていた場合が厄介なので、見たくも触りたくもない。
「……、」
本を手に取り、さて―と腰を上げる。
鞄は、特に問題はないと思うが、念の為持っていくことにしよう。
この日本で、この静かな図書館という空間でそんなことは起こらないとは思うが、万が一というものはある。
足元に置いていた鞄を持ち上げる。
白い、小さめの手提げバックである。
もとより持ち物は少ない方なので、今回のバックの中身もスマホと財布とその他必要最低限のものしか入っていない。
その程度、だからそこまで重くはないのだが―
「……?」
持ち上げた鞄が、やけに重かった。
何か間違えて入れていたか―?
確かに、朝家を出るときに、飲み物ぐらい持って行けと渡されたが、それは車の中に置いてきたはずだ。館内は飲食禁止だ。
だとしても、こんなに重くなるわけがない。
肩にかけた紐が食い込んで痛いぐらいの重さなのだが。
厚めの本を5~6冊入れればこれぐらいの重さになるのか…?
いや、そもそも本はまだ借りていないはずなのだが……ま、いいか。
とりあえず、この本を棚に返すことが優先である。
鞄の中身を確認しようとも思ったが、万が一間違えて入っていたら面倒だし―やめておいた。
「……、」
重くはあるが、運べない重さではないので、そのまま本棚へと向かう。
この文庫本は確か、奥の方の本棚に同じ背表紙のものが並んでいたはずだから、これもそのあたりだろう。
「……、」
静かな館内を進んでいく。
やけに人が少ない…というより、私以外いない気がする。
カウンターが見えないせいで、ここに居るはずの人たちもいないように思える。
「……」
―よくわからない胸騒ぎに襲われる。
自然、足が速くなる。
しかし、足を速めた分、肩にかけている鞄が重くなっている、気がする。
手に持っている本も、心なしか重くなっている、
「―――っぉ」
瞬間、重さに耐えきれず足が絡まる。勢いあまって転んでしまった。
その拍子に鞄が地面に落ち、手に持っていた本は放り出されてしまう。
本だけは、と思い手を伸ばす
――――べちゃ
「??」
なんの音だ―?
本が、落ちる音、では、ない
鞄が落ちた音でもない、
何か、濡れているものを、上から落としたような、
その音に気を引かれ、本も地面に落ちてしまう。
―ドチャ――ベチャベチャー―――
「????」
だから、なんの音だ。
この音は
私は、何を落とした?
なんの
混乱する頭を起こし、転んだ拍子に俯いてしまった顔を上げる。
そこに、あるはずの、本の無事を確認しようと。
「っひ!?」
しかし、本があるはずの場所にあったのは、見覚えのある
顔、
忘れもしない、忘れられるわけもない、
一生頭から、離れない、人間
「
私のせいで、
私がすべて悪くて、
私の、わたし、の
「
だけど、なぜ、いま、ここに、
その、それが、あるのだ。
ニヤリと笑うその顔は、脳裏に焼き付いて、消えることのない
あの人、
目の前にあるそれは、
首から下が、ないせいで、
そこから、
ジワリ―と赤が、染み出している。
その顔が、
その様が、
見るに堪えなくて、視線を逸らす。
俯き、落とした、鞄の中身が、見える
「―――
ゴロ―
と、底からあの、顔が、転がり出てきた。
白いはずの鞄が、赤くなっている。
それもまた。そこから、ニヤリと笑い、
私を馬鹿にするように、
責めるように
睨みつけている
「―――――――
恐怖と、後悔に襲われ、限界を迎えた私の脳みそは、これ以上の情報を、シャットダウンした。
「――ん、、、」
いつの間に眠っていたのか、どこかから漏れてくる光に起こされる。
頭を預けていた腕が痺れている。
時間を確認しようと、足元に置いていた鞄を持ち上げ、膝の上に置く。
スマホは嫌いなのだが、仕方あるまい。
「ん?」
持ち上げた鞄の底が、ほんの少し、赤くなっていた。
何かのインクが漏れたのだろうか。