貧乏男爵家のガリ勉令嬢のその後
あらすじにも記載しましたが、こちらは続編となります。こちらのお話だけでは「?」となる可能性がございます。
R5.5.30 後ろの方にコンラート視点の話を追加しています。
「え? 侯爵邸へ行く?」
「はい。2週間後の休日に私の家へと行きますので予定を空けておいてもらえますか?」
私はベティーナ・アルタマン。しがない貧乏男爵家の長女。そして目の前に御座す見目麗しい、数多のご令嬢の視線を釘付けにし、頭脳明晰で爵位も高位貴族のこのお方はコンラート・ブランディス侯爵令息様。
なんと、見た目が平凡すぎて婚約の打診を全て断られた、勉強が出来る以外なんの取柄もない私の婚約者様だ。もう一度言う。なんの取柄もない、平凡な顔の、家庭菜園で野菜を作り食費を浮かせなければならないほどの貧乏男爵家の私の婚約者なのだ。
一体全体何がどうしてこうなったのか・・・。今でも夢なんじゃないのかと思う今日この頃。
私は弟の学費を稼ぐために、結婚を諦め勉強に勤しみ良いところへと就職することだけを考えていたはずなのに。気が付けば、私には絶対に手が届かない高貴な方と婚約してしまったのだ。
それも向こうから是非に、と請われて。
まあそれからの私の生きにくさったらありゃしない。元々ボッチで友達なんかいない私だけど、さらに輪をかけてご令嬢たちから目の敵にされてしまっている。女の嫉妬のなんと怖いことか・・・。
ただ、コンラート様は第二王子殿下の側近候補でもあり、私と殿下もその繋がりで知り合いだから何かをされる、といったことはないのが救いだけども。
学園は寮生活が義務付けられているけど、休日となれば家に帰ってもいい。それで毎週私の天使である弟のヨアヒムの為に休日は家へと帰り食事を作る。
そして特段の予定がなければコンラート様も我が家にきて、質素な我が家の食事を嬉しそうに食べていくのだ。最近は一緒に畑仕事なんかもするようになってしまって、ブランディス家の皆さまが怒っていらっしゃるんじゃないかと気が気じゃない。
そんな中、ブランディス様の家へと招待されてしまった。・・・私、殺されるんじゃないだろうか。
「難しく考えなくても大丈夫ですよ。婚約が成立したあの日以来、お会いできていませんから貴女に会いたいと懇願されているんですよ。私も貴女も一心不乱に勉強してますからね。忙しいからと伝えてはいたんですがいい加減に連れて来いとうるさくて・・・。どうも貴女のことが気に入ったらしく次はいつ会える? と最近はこればっかりです」
「はぁ・・・。わかりました。2週間後、死ぬ覚悟をしておきます」
「私の話聞いてます? 気楽でいいですからね? 大丈夫ですか?」
大丈夫なわけないです。私の命日となるかもしれないのに・・・。
そして死ぬ覚悟もできないままあっという間に2週間が過ぎ、侯爵家へ伺う時がやってきてしまった。ああ・・・なんだか胃のあたりがしくしく痛む気がする・・・。
コンラート様のお迎えにより、馬車へ乗り込み侯爵邸へとずんずん進んでいく。前に一度、侯爵邸へと行ったことがあるけどあの時はあまりにも現実味がなさ過ぎて頭がぽわぽわしていたから余計なことは考えられなかったけれど、あれからしばらく日が経った今は恐怖しか感じていない。
「大丈夫ですか? 顔色があまりよくありませんが」
「は、はい。あの・・・緊張しておりまして・・・」
「私が側にいますから安心してください」
そう言ってカチカチに固まる私の手を優しく握ってくださった。その手の温かさに少しだけ、少しだけだけど力を抜くことができた。
こんな平凡顔の貧乏男爵家の私が婚約者だなんて、本当はブランディス家だって嫌なんじゃないだろうか。もしかしたら今日は婚約を解消される可能性もあるだろう。殺されるよりかはマシだし、そうなったらコンラート様のためにも受け入れた方がいいだろう。
コンラート様も私のことを好きだと言ってくださっているけど、私なんかよりもっと相応しい方がいらっしゃるのは間違いないのだから。
「・・・また変なことを考えているような気がする」
ぼそりと呟いたコンラート様の声は私の耳には届かなった。
ぐるぐる考えを巡らせていたらあっという間に目的地へと到着する。コンラート様の手を取り馬車を降りる。目の前には以前と変わらぬ大豪邸が聳え立っていて、さらに緊張が増し心臓がドキドキとうるさい。口から出てしまってもおかしくないほどの鼓動だ。
コンラート様にエスコートされ屋敷の中へと足を踏み入れると、なんとコンラート様のお母様が待ち受けていた。そしてその後ろには可愛いお仕着せを着た侯爵家のメイドの方々がずらり。
「ベティーナさん、ようこそブランディス家へ。・・・お覚悟はよろしくて?」
「え? は?」
挨拶も出来ず固まった私を無視して、侯爵夫人は右手をゆっくりと上へと上げた。そしてキッ! と目に力を籠め、上げた手を一気に下へ振り下ろす。
「皆さん! やっておしまいなさい!!」
「「「かしこまりましたっ!!」」」
「は? 何? 何? なになになになにー---!?」
侯爵夫人の一言で後ろに控えていたメイド達が一斉に私の元へと駆けてくる。皆の目が怖い! 怖すぎる! さながら獲物を狩る捕食者の目だ。
がしりと私の体を掴んだと思ったらそのまま持ち上げられどこかへと連行される。そんな華奢な体のどこにそんな力が!?
「え!? ちょ!? コンラート様ー!! 助けてくださいー!」
「・・・すみません。頑張ってください、ベティーナ」
側にいるって言ったのに、あっさりと捨てられた私はそのままどこかの部屋へと入れられた。
「さあ、あまり時間がありません! 迅速、かつ丁寧に! 最高の仕上がりを目指しますよ!」
「「はい!」」
何が起こっているのかわからない私は、メイドの皆様に服をひん剥かれお風呂へと入れられた。混乱しすぎたせいで、何も話せず何もできず、ただただされるがまま体を洗われた。
髪も洗い終わったと思ったら、浴室内にあるベッドに寝かされ今度は顔に何かを塗りたぐられグニグニと揉まれる。そして同時に体も同様に揉まれ始めた。
「いだだだだだ!」
さすがにあまりの痛さに叫んでしまう。何、何、何なの!? 新手の拷問か何かですか!?
「あまりお手入れをなさっておられないでしょうから痛いのも仕方ありません。溜まった老廃物を流していますから我慢してくださいね。美しくなるためには我慢です! さぁいきますよ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
それから全身揉み解されドロドロの何かを塗りたぐられ、浴室から出たころにはぐったりと体力と気力の全てを使い果たしていた。
「休んでいる暇はありませんわ! さぁさぁお着替えいたしますよ!」
ぐったりしている私に関係なくメイドのお姉様方は私にドレスを着せていく。さすがは侯爵家のメイド様。手際が大変よく無駄な動きが全くない。
あれよあれよと着付けが終わると、椅子にポンと座らされ髪のセットとメイクを施された。そしてあっという間に私の身支度が終わっていた。
あれ? 私は何しにここへ来たんだったかしら? 間違っても綺麗に着飾るためにここへ来たんじゃないはず。
未だ混乱しっぱなしの私の前に姿見が置かれた。
「お疲れさまでした、ベティーナ様。見違えるようになりましたわ。ご覧くださいませ」
そう言われ鏡を覗けば、知らない誰かが映っていた。ぽかんとした間抜けな顔をさらしている。いやだわ、それなりに美少女なのにそんな顔をしたら台無しじゃないの。勿体ない、と首をかしげると向こうの少女も首をかしげる。・・・ん?
右手をさっと上げてみれば、少女もさっと手を上げる。さっと下ろしてみれば少女もさっと腕を下ろす。・・・あら?
反対の手をさっと上げてみれば少女も以下同文。
「はぁぁ!? これ、私!?」
叫んで立ち上がれば目の前の少女も立ち上がる。間違いない。それなりに美少女だと思った女の子は私だった。
「左様でございます、ベティーナ様。元々の素材は悪くありませんのに、日に焼けてぼろぼろだった肌や手入れを怠っていた髪の毛で本来の美しさが見劣りしていたのです。磨き上げればこの通り。お化粧もすればとても美しいご令嬢ですわ」
いや待って。顔全然違うんですけど!? これが私だなんて信じられない・・・。
「今日はあまり時間がございませんでしたが、この短時間でも大変美しくなられましたわ。引き締まった体のお陰で体のラインは大変美しいですし、肌も髪も艶を取り戻せばとても綺麗です。磨きがいのある方でわたくし共も大変楽しゅうございました」
なんてこと。侯爵家のメイド様恐るべしっ! 平凡顔をここまで綺麗にするメイク技術の高さっ! 凄すぎる!
「コンラート様もさぞ驚かれることでしょう。素材の良さを見抜いた奥様はさすがですわ」
確かにお金がないから化粧水とか買えないし、当然肌の手入れなんてしたことないし日に焼けてぼろぼろだった自覚はある。髪だって洗いざらしで手入なんてしたことない。メイク品なんて当然手が出せないからお化粧だってしたことない。
なのに、今の私はどこぞのご令嬢かと見まがうほどの見た目になっている。いや、私も一応貴族のはしくれだしご令嬢ではあるんだけど・・・。
ちょっと手を入れただけでこんな風に変われるだなんて思ってもいなかった。自分は平凡顔だと思っていたしそれが普通だと思っていたから。
だからこんな私がコンラート様の隣に立つなんておこがましいという気持ちが消えなかった。
呆然と鏡に映る自分を見つめていたらコンコンと扉をノックする音が聞こえた。入って来たのは侯爵夫人だった。
「あら。やっぱり思った通り。とても綺麗になったわね。もっと早くこうしたかったんだけど、あの子がなかなか連れてこないからやきもきしたわ」
「侯爵夫人、あの何と言っていいのか・・・」
「ふふ。お気になさらないで。うちに嫁いでくれるんだもの。これくらいはさせてくれなきゃ。それにとってもかわいいのにもったいないってずっと思っていたのよ」
可愛いだなんて・・・。こんな風に言ってもらえるなんて思わなかったから嬉しいけど恥ずかしくてもじもじとしてしまう。
「あの・・・。私がコンラート様と結婚するのは、その、嫌ではないのですか?」
「え? どうして?」
「あの・・・今は皆さんのおかげでこう綺麗にはなれましたが、平凡顔は平凡顔ですし、家は貧乏ですし、取柄はありませんし、畑仕事はするし、もっと相応しい方がいらっしゃるのではないかと思っていまして・・・」
「あらそんなこと? 私はむしろ感謝したいくらいよ?」
へ? なんで?
「貴女がコンラートの考えを変えてくれたのでしょう? あの子、昔っから出来が良すぎて可愛くなかったのよね。なんでもすぐに出来てしまうし見た目も良いからモテるでしょう?
傲慢ではなかったけれど、それに近いところはあったのよ。だけど貴女があの子の心をへし折ってくれたじゃない。それで上には上がいるってやっとわかってくれて、考えを改めてくれたのよね。
もしあのままだったら、本当に傲慢な大人になっていたかもしれないの。そうなる前にボキッとやってくれて助かったわ」
なんというか、嫌われていなくて良かった。むしろ好意的で助かった。
「旦那様も貴女のことを気に入っているの。婚約の時、色々と話をした中で女性目線での意見がとても為になったと仰っていてね。自分たちが気づかないところを指摘してくれたことが良かったみたい。早く王宮に就職してほしいって今からもうノリノリよ」
ひょわっ! 期待値が高すぎて逆に困る! だけど、嫌がられるどころか歓迎してくれてるんだってわかってほっとした。
そんな時コンコンとまたノックの音が聞こえてきた。
「あら、来たわね。いいわよ、入りなさい」
「失礼します。ベティーナ、大丈夫でし・・・・・・・・・・・」
「・・・あらやだ、この子。ベティちゃんが可愛くて固まったわ。面白い顔だこと」
「・・・・・・・・・ベティーナ、ですか?」
「は、はい。そうです、私です。・・・あの、変、じゃない、ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
どうしよう。コンラート様が何も言ってくれない。自分じゃびっくりするくらい綺麗になったと思ったんだけど、気に入らなかったのかしら。メイド様達の渾身の力作なのに。
「コンラート、貴方こんな朴念仁だったかしら。何か気の利いた一言くらい言えないの?」
「あ、いえ。その・・・綺麗になって、驚いてしまって・・・・・・・・・・・クソっこんなの連れて歩けるわけないだろうっ」
「え?」
見れば顔は赤いし、嫌じゃないとは思うけど、目をそらしてこっちを見てくれなくなったしどうしたらいいの? 何か最後に呟いたけど小さくて聞き取れなかったし。
「はぁ。まあいいわ。2人っきりにしてあげるからちゃんと褒めてあげなさいね。じゃベティちゃん、また夕食時に会いましょう」
そういって侯爵夫人とメイド様達は部屋を出て行ってしまった。
無言でたたずむコンラート様と2人でどうしろと・・・。どうしていいかわからず立ちっぱなしもなんだから、ととりあえずソファに座ることを提案した。
が、座ってもちらちらとこちらを伺うだけで何も発しないコンラート様。どうすりゃいいんだコレは。
「・・・あの、せっかく綺麗にしていただいたのですが来た時の姿に戻りましょうか」
「いや、そのままで!・・・すみません」
「いえ・・・」
また黙ってしまった。どうしよう・・・。なんかすごく気まずいんですけど。口元に手を当てて下を向いていたコンラート様が、意を決したかのように顔を上げられた。
「すみません。その・・・あまりにも綺麗になってしまったので何と言っていいのかわからなかったんです」
「え?」
「以前、貴女を『世界一美しい』と言ったことを覚えていますか?」
もちろん覚えている。当然だ。目が可笑しいのかと思って医者に行くことをお勧めしたのだから。
「あの時の言葉は本心です。私にはどんな貴女であっても世界一美しいことには変わりありません。ですが、ここまで美しくなってしまうと心配になってしまって・・・」
「心配? 何がです?」
「他の男共が貴女に手を出す可能性を、です」
他の男の人に手を出されるですって? まさか。あるわけない。確かに化粧をしたら多少は見られるようにはなったと思う。だけど元を正せば平凡顔だ。すっぴんを見れば100年の恋も冷めるってもんでしょう。
そう言ったのだけど・・・。
「以前、母上に言われました。元の素材はいいのだから磨けば光るだろう。艶やかな髪、みずみずしい肌、たったそれだけでも見違えるだろうと。そうなれば貴女の自信にもなる。
貴女は以前、私の隣に立つのに分不相応だと言ったことがありましたね。我が家は貴女を歓迎しています。ですが貴女は不安に思っている。本当にそれでいいのかと」
その通りだ。コンラート様にはもっと相応しいご令嬢がいると思っている。だから婚約したとはいえ、本当にそれでいいのかと悩む毎日だった。
鏡を見れば見るほど不釣り合いだと思うし、学園ではあんな地味で華やかさの欠片もない人がコンラート様の婚約者だなんて、と陰で言われていた。その通りだとも思ったし反論する気もなかった。
「ですから今日は貴女に自信をつけていただくためにこういった機会を設けたのです。騙すような形になってしまい申し訳ありませんでした」
「そんな! 謝らないでください! 私の為にここまでしていただいて感謝しています。正直私も驚きました。ちゃんと手入れをすれば綺麗になれるんだと初めて知りました。私は私自身を諦めていたんです。何もしてこなかった私がいけなかったんです。本当に申し訳ありませんでした」
お金がなかったから高い物を買ったりなんて確かに出来なかった。だけど、それはただの言い訳だったんじゃないかと今は思う。お金がなくたって出来ることはあったはずだ。だけどそれすら考えもせず、どうせ平凡顔なんだからと諦めてしまっていた。
そんな私を好きだと言ってくれて婚約してくれたコンラート様に出会えた私はなんて幸運なんだろうか。これからは私だって勉強だけじゃなく、色んなことに努力しないといけないんだ。
こんな私を選んでくださったコンラート様と離れたくない。もう二度とこんな方と出会えることはないだろう。
「いえ、それにある意味失敗したのではと今では思っています」
「失敗、ですか?」
「ええ。ここまで綺麗になったことで貴女に近づこうとする人も出てくるでしょう。以前のままならそんな心配もなかったのに。綺麗な貴女を知っているのは自分だけでいいのに、と。今の貴女を他の男の目に触れさせるのは嫌なんです。なんというか・・・浅ましくて格好悪いことも承知しています。ですが・・・。どうしても嫌なんです」
「コンラート様・・・」
今の私がコンラート様をそこまで不安にさせているなんて思いもしなかった。
「コンラート様。私の方が不安でいっぱいです。もともと見目麗しくてご令嬢方の人気も高くって、そんな方が私の婚約者で、いつか私なんて捨てられて他の人のところにいっちゃうんじゃないかって思っていました。ほら、私って平凡顔だから。だけど今、コンラート様のお気持ちを聞いて私と一緒なんだって思って、嬉しいと思っている自分がいるんです。酷いでしょ?」
「酷いなど・・・」
「今後、私に他の男性が近づいたとしてもきっと心は動かないと思います。だって今の変わった私を好きになったとしたらそれは上辺だけですもの。コンラート様は私の中身を好いてくれたのですよね? 私はそんなコンラート様が好きですし、そんなコンラート様が私を好きになってくださったのですもの。他の人を好きになんてなれません」
「ベティーナ・・・」
ソファから立ち上がり側までやってくると私の前に跪いた。
「私は貴女だけがいてくれたらそれでいい。きっと気持ちは変わることはありません。私とずっと、生涯共に過ごしてくださいますか?」
「はい。私もコンラート様だけです。もう卑屈になったりしません。貴方の隣に立つことに恥じないように努めます。ずっとお側にいさせてください」
そう言うとそっと私を抱きしめてくださった。他に相応しい人がいるとかもう思わない。私が相応しいと思ってもらえるように努力するだけだ。
「一つ約束してください。どうしてもの場合を除き、そのように着飾ることをしないで欲しいのです。・・・他の男に見せるなんて我慢なりません。格好悪いのはわかっているのですが、その、どうしても・・・」
なんて可愛い人なんだろうか。元々着飾ることが好きなわけでもないし、そんなささやかなお願いなんてお願いに入らない。
「ふふ。わかりました。どうしてもの場合だけにします」
2人でくすりと笑った後は、優しい口づけが降って来た。
その後は綺麗に変身した私をお披露目するかのように、侯爵家の皆様と夕食をご一緒した。
「ふふふ。地味だの華やかさの欠片もないなどと言ったご令嬢方の反応が見てみたいわ。ベティちゃんのこれからが楽しみね」
ん? なんで侯爵夫人がそれを知っているの??
「あら、旦那様は宰相よ? いろんな伝手があっていろいろなお話が聞けるのよ。学園には第二王子もいらっしゃるし、その婚約者の公爵家のご令嬢だっていらっしゃる。
ベティちゃんはうちが認めているの。それなのに外野がぴーちくぱーちくうるさいのよね。悔しかったらベティちゃんを超える何かを示してほしいわ。何もせず人を貶めることだけ立派なご令嬢なんてうちには必要ないもの」
「確かにそうですね。見た目が美しいだけならそこら中にいます。それしかないご令嬢はいりません。邪魔なだけです。それと母上、勝手にベティなど愛称で呼ばないでください」
おおう・・・。夫人もコンラート様もなかなかに毒舌・・・。
「あらいやだ! 母親の私にまで嫉妬するの? 貴方、そんなんじゃ愛想つかされるわよ。気持ち悪い。そうだ、ベティちゃん! 今度私にも貴女の手料理を食べさせてほしいの。いいかしら?」
「何言ってるんですか!? ダメです、絶対ダメです。私が許しませんよそんなこと」
「散々自慢しておいて何なのよ。私だってベティちゃんのお料理が食べたいの! ね、いいわよね? 今度作って食べさせて」
「却下です」
私が口を挟む暇もなく、コンラート様と夫人は言い争っている。それを侯爵家当主の宰相様はにこにこと嬉しそうに眺めている。ちらりと正面をみれば苦笑したコンラート様のお兄様。
「あの・・・これは一体どうしたらいいんでしょうか」
「放っといて良いと思うよ。いつもあんな感じだから。それより今度一緒に出掛けないかい? 私の婚約者を紹介するから・・・」
「兄上! 一体何を言っているんですか!? ベティーナを連れていくなんて許しませんからね」
「そうよ! 最初にお出かけするのは母親である私よ!?」
「なんでそうなるんですか!? 私との時間が無くなるじゃないですか!? 却下します!」
「ははは! 君が来て我が家はなんとも賑やかだ。今度、王宮を案内してあげよう。先に職場を見学するのもいいだろう。そうだな、来週の・・・」
「父上まで!? 却下します! 王宮の案内も私がします!」
ははは・・・この状況は一体なんなんだろうか。今日ここへ来るときは婚約の解消を受け入れなきゃとかマイナスのことばっかり考えていたのに、いざ蓋を開けてみれば私の事を大歓迎の侯爵家。
「あはははは! すみません、なんだか可笑しくてっ。お誘いいただきありがとうございます。嬉しいです」
「ベティちゃん、今度私とお出かけしましょ! ドレスを見繕ってあげるわ! うーんとおしゃれして出かけましょうね!」
「なっ!? ダメです! それだけはダメです!」
「ベティーナ嬢、笑った顔も凄くかわいいね。これだけ可愛いと周りの男が黙っていないね」
「兄上! ベティーナを見ないでください。減ります」
こうして楽しい侯爵家の訪問を終えた。この日から私は少し変わった。
私が綺麗に磨かれたあの日、帰り際侯爵夫人、いやお義母様から化粧品など一式をいただいた。それを使って毎日ちゃんと手入れをするようになった。
せっかく綺麗になった肌や髪を元のぼろぼろな状態に戻したくなかったのだ。髪型も自分でするのに限界はあるけど、綺麗に見えるよう気を付けるようになったし、歩く姿勢やちょっとした仕草も気を付けるようになった。
コンラート様に恥をかかせないために。
「ベティーナ様、最近とても綺麗になりましたわね。コンラート様が不機嫌な理由がわかりましたわ」
今日はコンラート様、王子殿下、そして殿下の婚約者のジェシカ様と4人で昼食を食べている。
「いえ、ジェシカ様を見ていると私なんてまだまだです」
メイクは白粉を軽くつけているだけしかしていないのだけど、最近綺麗になったと言われることが増えた。
「髪や肌はもちろんですけど、立ち居振る舞いも綺麗になりましたからそれだけで見違えるような感じですわ。以前の貴女より自信が溢れているようで好感が持てましてよ。それにね、貴女のことを気にしだした男性がちらほらいらっしゃるの。ご存知?」
「は? んな馬鹿な・・・。あ、失礼しました」
公爵令嬢のジェシカ様に向かってなんて口を聞いたの私!? 不注意でぽろっと口から言葉が出てしまうこの癖なんとかしないと・・・。
「くくく。いや、本当に綺麗になったよ。おかげでコンラートが日に日に不機嫌になっていくからフォローよろしく頼むね」
「殿下まで・・・」
そっと隣を見てみればぶすっとした顔のコンラート様。なにこれ可愛いんだけど。
「・・・結局こうなるんですね。はぁ・・・・・ベティ、お願いですからどこにも行かないでくださいね」
不安げな顔で私の手を握るコンラート様。カタンっと音がした方を向けば、カトラリーを落としポカンと口を開けた殿下とジェシカ様。あら、さすがの王族や公爵家の方でも驚いたらこうなるのね。
「・・・お前、そんな顔するようになったんだな」
「・・・何かしら、見てはいけないものを見てしまったような気持ちですわ」
昔のコンラート様のことは知らないから何とも言えないけど、お義母様や殿下の仰っていたことを思い返せば、自信なさげな行動や表情は今まで絶対あり得なかったのだろう。
「大丈夫ですコンラート様。コンラート様こそどこにも行かないでくださいね?」
少しでも安心してもらえるようにそう言って握られた手を握り返した。
「はい、貴女に誓います」
そうにこやかに返されそのまま手の甲にちゅっとキスを一つ落とされた。するとまたガタっとお二人の方から音がする。
「・・・ジェシカ、僕は一体何を見てしまったんだろうか」
「・・・殿下、わたくしも驚きすぎて・・・。こんな甘い事をされる方ではありませんもの。信じられませんわ」
その実況、ものすごく恥ずかしいので黙っててもらえませんかね?
それからの日々は、大きく変わることなく相も変わらず勉強に勤しんだ。
婚約が成立してから侯爵家から援助を受けて節約生活はしなくてもよくなったけど、家庭菜園はそのまま継続して続けていくことになった。コンラート様がここの野菜を気に入ってしまわれたから。
そしてこの野菜を持って侯爵家へ行き、お義母様のご希望でつたない私の手料理をふるまうことになった。もうその時のコンラート様のイライラ具合は凄かった。最後まで「ベティの料理は私だけの物なのに・・・なんであの人たちに食べさせなきゃいけないんだ」なんてぶつぶつ言っていた。
私は家の援助のこともあったから感謝の気持ちを込めて、恩返しになんてならないけどそういう気持ちを込めて食べていただきたかったから困った。
どうしようかな、と困った私は悩んだ末コンラート様に屈んでもらって、その麗しい唇にキスを一つ贈った。
いきなりで驚いたコンラート様は「・・・仕方ないですね」と困った顔をしながらもご機嫌になってくれた。・・・今後、もし喧嘩したらこの手を使おうと密かに思った。
こんな私のキス一つでご機嫌になってくれるのなら安い物だ。ちょっとした羞恥を飲み込んでしまえばいい方向へ変わるのだから。
・・・はぁ。この人が可愛くて困る。あのコンラート様がこんな顔を見せてくれるのも私だけなんだから。
一番の問題であった、ヨアヒムの学費の件も解決し、本当ならここまで勉強を頑張らなくてもいいのだけど婚約者として、ライバルとして途中放棄は出来ない。卒業するまでとことん2人で勝負して学園を卒業した。
今は王宮で無事就職が出来、毎日忙しさに追われている。覚えることもやることも多くて大変だけどとても充実した毎日だ。
「ベティ、お待たせしました」
「コンラート様。お疲れさまでした」
コンラート様は第二王子殿下の側近として働いている。同じ王宮で働いているから時間が合えば一緒に帰っている。
「・・・今日は久しぶりに貴女のシチューが食べたいのですがいいですか?」
「はい。腕によりをかけて作りますね」
結婚式は来月に控えている。もうすぐ私は正式にコンラート様の妻となる。その日が待ち遠しくもあっという間だったな、と時間が過ぎる早さに驚かずにはいられない。
今私はとても幸せだ。この幸せがずっと続くよう馬車の窓から見える星に祈った。
◇
コンラートside
「この私が……2位!? 1位は、ベティーナ・アルタマン……?」
学院へ入学して初めての試験。私はまさかの2位という、信じられないことを経験した。
私を抜き1位を取ったベティーナ・アルタマン。確か彼女は男爵家の令嬢で、身なりが良いとは言えない地味な令嬢。私と同じクラスだから成績が良いのは間違いないが、まさか私を追い抜く存在が、ましてやそれが女性だったとは……。
この出来事で関わるようになった彼女が、後の私の妻になる人だとその時は夢にも思わなかった。
非常に頭の切れる宰相である父を持つ私は、その血の影響か器用で幼い時から割と何でも出来る方だった。
勉学はもちろん、ピアノ、乗馬、剣術など、やればすぐにある程度は出来るようになった。
我が家は文官の家系だ。兄も非常に優秀だが、それは勉学においての話だ。私のようにあれもこれもなんでも出来るという訳ではなかった。
それで当時から調子に乗っていたんだろうと、今ならばわかる。
幼い時に王宮で開かれた茶会に参加した時の事だ。茶会とはいうがその実、第二王子の側近候補として歳の近い子息を集めての面接だ。幅広く集まった令息は男爵家から公爵家まで集められ、それぞれ数人ずつのテーブルに別れて座ることになった。
そして第二王子であるテオドール殿下がそれぞれのテーブルへ回り会話をされる。そしてその中である程度ふるいにかけられ、後に選ばれたものが茶会へと呼ばれ、最終的に5人ほど側近候補として絞られる。
その茶会で私が座ったテーブルは6人の令息で固められた。1人1人顔を伺えば緊張しているのか、顔色はあまりよくない様だった。
王宮など初めて訪れただろうから緊張するのもわからなくもない。だが、これくらいの事でそこまで緊張してるようでは側近候補として認められないだろうな、と私は1人冷めた目で見ていた。
言葉数は少ないが、それぞれが自己紹介などを交え会話をし始める。
「緊張していて…」
「僕もです…良かった」
などお互いの傷をなめ合うような会話で、私は正直情けないと思っていた。私も声を掛けれれば返答する。だが自ら話しかけるという事はしなかった。ここで会話をしたところで身になることなどないと思っていた。
こんな令息たちばかりならば、側近候補として私が選ばれるのは間違いないだろう。私の方がずっと優秀なのは目に見えている。
やがてテオドール殿下がお見えになる。皆緊張した面持ちで自己紹介をした。
「ブランディス侯爵家次男のコンラート・ブランディスと申します。本日はお招きいただき、また殿下に拝謁出来ましたこと恐悦至極に存じます」
「ブランディス侯爵家、といえば、君の父君は現宰相だったね。君が宰相の次男か。よろしく」
殿下は緊張してたどたどしくでしか挨拶の出来ない令息でも優しく微笑み、挨拶を交わしている。そして一人一人名前を聞き、その家の領地であれば特産品を、私のように父が王宮に勤めていたりすればそのことを、それぞれに一言付けたし応えていた。
この茶会で殿下とお会いしたのは10歳だ。その時既に殿下の頭の中は、茶会に招かれた令息の背景を頭に叩き込んでいたのだ。
この人ならば、側近として将来仕えてもいい。
当時の私は生意気にもそんなことを思っていた。
殿下とは短い時間だったが言葉を交わし、ほどなくして茶会はお開きとなった。そして後日、私の家に王宮からの茶会の招待状が届く。
「まぁ当たり前でしょうね。あの席にいた令息と私を比べれば」
「コンラート。確かに貴方は優秀だけど、そのままだといつかは痛い目に遭うわよ」
「母上。それは私以上の人がいれば、ですよね。もしそうならば早くそんな人に出会いたいものですよ」
「はぁ…そういうことじゃないのよ、全く。私は忠告したわよ」
母上はこうやって私にその傲慢な態度を改めるようにと戒める。だが、私以上の、私が認める人など先日お会いした殿下ぐらいだった。愚かな私は母上の忠告の意味を正しく理解していなかったのだ。
「やあコンラート。今日も来てくれて嬉しいよ」
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
前回の茶会から三分の一ほどに減った令息たち。今回は2つのテーブルに別れて集まることになった。その分殿下との会話は以前よりも長く取られた。
「以前も思っていたけど君はとても優秀なんだね」
「とんでもございません。殿下の足元にも及びません」
本心ではそんなことを思ってもいないが、相手は王族。失礼があってはいけない。へりくだり、嘘を付くのは当たり前だ。
今回も特に何も起こらず殿下との時間は終わった。殿下が席を立ち、もう一つのテーブルへと移られる際私の側へと来られ耳元で囁いた。
「君はとても優秀だけど、とても高慢なところが目立つね。そんな君が苦汁を嘗める姿を見てみたいよ」
私の肩をぽんぽんと叩き、他のテーブルへと移られた殿下。
私はその言葉を言われてどきりとした。自分が殿下にそのように映っていたとは。
もしかして、まさかこの私が側近候補から外れるのでは……。他の誰よりも優秀だという自覚があるのに。
初めて私はそんな不安に襲われることになる。
だが杞憂なことにその不安は現実になることはなかった。後日、正式に側近候補として取り立てると王宮からの知らせが届く。
それからの私は時々王宮へと赴き、殿下と時間を過ごすことになった。
「コンラート。これからよろしくね。君がどう変わっていくのかとても楽しみだよ」
「……殿下。よろしくお願いいたします」
顔は笑っているが腹の中では何を考えているのかわからない。幼くとも王族。その辺りの教育は、一貴族とは違いしっかりとなされているようだった。
それからは、あの茶会のようなことを言われることはなかった。私はまだ、そのままで変わることはなかった。
やがて成長し学院へと入学する。入学試験で私は首席合格だった。殿下は次席。
優秀な殿下ではあるが、勉学においては私が一歩前に出ている。
「うん、流石コンラートだね。僕の予想通りだった」
結果を見て殿下はにこやかにそう仰った。
だが、入学後初の試験で私は2位へと転落することになる。
「この私が……2位!? 1位は、ベティーナ・アルタマン……?」
「ははは。君を打ち負かす存在が出てくるとは。しかも相手は女性か。アルタマン男爵家といえば、確か父親は王宮で働く文官だったかな。
君は早々に出鼻をくじかれたね」
殿下はさも楽しそうに笑っていた。
だが私の耳は殿下の言葉を正しく聞き取れていなかった。それどころではなかった。
まさか私が勉学で負けるとは。それも、女性に。
真っ先に来たのは怒りだった。すぐさま目線を動かし、あの地味な令嬢の姿を見つける。顔が歓喜に満ち溢れ体は少し震えているようだった。そのままさっと身をひるがえし、場所を移すようだった。
一言言ってやらねば。
私も後を付いていこうと体の向きを変えた時。
「コンラート。勘違いするなよ。君が負けたのは彼女のせいじゃない。自分のせいだ」
ちらっと殿下へ視線を動かせば、無表情で冷たい目線を向けられていた。その言葉と視線で一気に頭の中が冷えていく。
殿下と初めてお会いしてから一度としてそんな表情を向けられたことなどない。表面上はいつもにこやかで微笑みを絶やさない。こんなにはっきりと感情を露にした顔を見たのは初めてだった。
「……わかって、います」
絞り出すように返事をし、彼女の後を追いかけた。
何を話すかは決まっていない。だが、私を2位へと落とした彼女と話をしてみたかった。
少し走って行けば彼女の姿を見つけることが出来た。彼女はそのまま学園の奥、庭園の方向へと向かっているようだった。
そのまま距離を少し開け後を付けて行く。やがて庭園へ着くと彼女はふるふると体を震わせ直後、高笑いと珍妙なダンスを踊り始めた。
「よっしゃー-----!! やった! やったわ! 1位よ! 1位になったのよ! 最っ高の気分だわ! あははははは! 平凡顔だろうが関係ないわ! 結果が全てよ! あはははは!」
な、なんだあれは…。男爵家のご令嬢だったよな?
あんな令嬢は見た事がない。飛んだり跳ねたり回ったり。
他の令嬢とは違い身なりは貧相であっても貴族令嬢。しかもあの成績を叩きだすほどならば、つんと澄ましているのかと思っていた。
私の想像の斜め上をいく姿を見て、私1人怒りに飲まれたことが急に恥ずかしくなってしまった。
「1位おめでとうございます。アルタマン嬢」
「うひぃっ!?」
そう声を掛ければびくりと体を震わせ、ぎこちなくこちらへ首を向ける。
目が合えば、さーっと青ざめていくのが手に取るように分かった。
私と目が合った令嬢は頬を赤らめることはあっても青ざめることはなかった。つくづく変わった令嬢だ。
少し話をしようと思ったものの、予定があるとその場から走って逃げられてしまった。
普通の令嬢ならばこちらから望んでいなくても話しかけたりしてくるほどなのに。
逃げられた。この私が。この私に話しかけられたのに、青ざめ逃げられた。
「………信じられない」
1人残された庭園で、私はぽつりとそう零すのがせいぜいだった。
「おかえり。どうだった?」
一度教室へと戻れば殿下がそう声を掛けて来た。もうあの冷たい表情ではなく、いつも通りの殿下だった。
「……逃げられました」
「逃げられた…? 君が? 令嬢に?」
「…はい。青ざめて逃げて行きました。ですので話をする事は出来ませんでした」
「ぶはっ! あーはっはっはっは! き、君がっ……令嬢に逃げられた! あはははは! しかも青ざめてっ……! くくくくくっ……」
殿下は私が令嬢からどういった目で見られているか知っている。その私がまさか令嬢に逃げられるとは思っていなかったようで、腹を抱えて笑っている。
「ひーっひーっ……アルタマン嬢は、流石だね。君を、こんなにも翻弄するなんて。くくく。あー、おかしかった。
で。君はこれからどうするのかな? 彼女をどうしたかったのかな?」
「わ、たしは……」
私はどうしたかったのだろうか。話をして、どうするつもりだったのだろうか。
「彼女は自分の力で今回の成績を残した。それは彼女の努力の結果だ。君が努力をしていないとは言わないよ。だけど、なんでも卒なくこなし頭のいい君でもこうやって足元をすくわれることがある。学園での試験だったからいいものの、もしこれが僕と関係のある重大な仕事だったなら?」
殿下にそう言われてハッとした。
「もしそうだったなら、君は側近として重大なミスを犯すところだったんだよ。君より優秀な人間など他にいる。その人間は君に自分が優秀だとは見せないだろう。そうして君の隙をつき蹴落とそうとする。
今の君のままだったなら、きっと取り返しのつかないことにもなりかねない。君のその高慢さが油断を招くことになるんだよ。
よかったね。彼女がそうなる前に君に知らしめてくれた。そのことをよく考えるといいよ」
また私の肩をぽんぽんと叩き、そのまま殿下は寮へと戻られるようだ。その後に付き私も自室へと戻ることにした。
1人自室で考えていた。今までの自分のことを。
母上にも幼い時から言われていたこと。そして今回殿下に言われたこと。
私は自分は大丈夫だと、優秀だから大丈夫だと、今にして思えば根拠のない自信に満ちていた。
それをたった一人の女性に打ち砕かれた。簡単に。
私は間違っていたんだ。それを周りは諭そうとしていたのに、正しく理解せずいた私はなんと愚かだったのか。
あの成績発表では怒りが湧いた。なぜか。悔しかったからだ。
初めて私は『悔しい』という感情に襲われた。屈辱だった。
『コンラート。勘違いするなよ。君が負けたのは彼女のせいじゃない。自分のせいだ』
あの時殿下に言われなければ、きっと私は彼女を詰っていただろう。酷い言葉を投げかけただろう。
自分の未熟さをこれほどまでに感じたことはなかった。それに気づかされた。手遅れになる前に。
ならば彼女には感謝を伝えなければ。そして私のライバルとなってもらい、正々堂々と勝負がしたい。私も本気になった。本気の彼女と勝負がしたい。
明日に伝えてみよう。話をしてみよう。そう決めた。
そして翌日、彼女に声を掛けてみた。だが非常に怯えた表情をされてしまう。
「昨日は走って去ってしまわれましたが、お体の調子が悪かったのですか?」
また逃げられてはたまらない。逃がさないと目線で訴えた。もちろん表面上は誰からも好かれる微笑みを携えて。
すると謝罪の言葉を叫びながら凄まじい勢いで土下座をするアルタマン嬢。周りは何事かと視線が集まってくる。
まさかの展開で私も微動だにすることが出来なかった。
そこへ側にいた殿下が「お、お前っ、嫌われてるじゃないかっ…」と笑いだす。こちらとしては笑い事じゃない。
これ以上視線を集めることは得策ではないため、彼女の手をとり立たせる。そのまま有無を言わせない様、昼食時時間を取る様約束をさせた。
昼食時、びくびくとする彼女に少しイライラしてしまい、少々キツイ事を言ってしまった。それを殿下に窘められ、私が話したかったことはそうじゃないと思い直す。隣から呆れた視線が突き刺さっている。
「アルタマン嬢、そんなに怯えなくても大丈夫だ。
コンラートは態度にはあまり出さないがなかなかの自信家でね。成績も優秀、顔も、まぁ私よりは劣るがかなり綺麗な顔をしている。女性はこぞってコンラートと仲良くなりたいと憧れる存在でもある」
「……ええ、はい。そうですね。存じております」
私のフォローを入れるためか、殿下が自分の自慢を交えながらそんなことを仰った。
……勉学では勝てずとも、顔は私に勝っているとそう思っていたんですね。なるほど。
「そんなコンラートが学力で打ち負かされ、声を掛けたら逃げられてかなりショックを受けてしまったようでね。こんなことは今まで無かったからどうしていいのかわからなかったんだ」
「え? ショックだったんですか?」
「そう。信じられないだろう? 何をやっても他の追随を許さず女性にだってモテたコンラートなのに、君には全部ひっくり返されてしまった。だから昨日のこいつは落ち込みがすごくてね。いやぁ、良いものを見せてもらったよ」
「殿下! そんなことは今はいいのです!」
全く。余計なことまで話し出す殿下。だが、せっかく殿下が下さったチャンスだ。ここを利用しないでどうする。
「……なんというか、私は今まで私以上の成績を出すものに出会ったことはありませんでした。何かをやれば簡単になんでも出来てしまう。自分の力を過信していました。いい気になっていたんです。でも貴女が現れた。今回の試験は手を抜かず全力を出しました。ですが結果は貴女に負けてしまいました」
「……すみません」
「勘違いしないでください。謝ってほしいわけではありません。私の方こそ感謝を申し上げたいと思ったのです」
隣から殿下の視線を感じる。きっと私を見定めているのだろう。
「へ? 感謝? 暴言ではなく?」
「…………貴女は私を何だと思っているのですか?」
……隣で殿下が笑いをこらえて震えている。もういっそのこと声を出して笑ってくれ。
「初めこそイラつきはしましたが、上には上がいる。そう知らしめてくれました。私の目を覚ましてくださいました。
――だから私は貴女をライバルに決めました」
「はい!? ライバル!?」
「次こそは貴女に勝ちます。負けません。覚悟してください」
「そういう訳だ。こいつは今まで負けたことがないからね。初めての敗北で闘志を燃やしてしまった。だからこいつの為にも君はライバルとして頑張ってほしい。よろしくね」
「……はい」
彼女の顔は非常に困惑していた。だが、私が変わるきっかけを殿下も後押ししてくれた。卑怯だとは思うが、殿下からもこう言われてしまっては断れはしない。
これで私は自分の実力を、限界を試すことが出来る。油断なんてするものか。必ず彼女との勝負に勝つ。
そう思っていたのに――。
次に訪れた2度目の試験。私はいつも以上に真剣に取り組んだ。その結果、私は1位だった。だが。
「は……? アルタマン嬢が、5位?」
2位ならばわかる。だが、前回から大きく落とし5位……? 彼女が? 放課後も図書室で一心不乱に勉強している彼女が?
そんなに今回の試験は難しかっただろうか…。思い返してみるが、しっかりと勉強していればさほど難しい問題ではなかったはずだ。では一体なぜ…?
視線を動かせばすぐに彼女の姿を見つけることが出来た。そしてその表情はほっと胸をなでおろした表情だった。
もしや手を抜いた…? それもわざと……?
その可能性を考えたら私の怒りを止めることが出来なかった。
「ベティーナ・アルタマン!!」
彼女の元へ行き、逃げられない様壁に手をつき行く先を塞いだ。
「どういうことですか? なんですかあの成績は! あれが貴女の実力ですか!!
…まさか貴女、わざと手を抜いたんじゃないでしょうね」
私がそう言えば、彼女はびくりと体を震わせた。目線はうろつき私の顔を見ようともしない。
「……なんてことを」
なんてことをしてくれたんだ貴女はッ!
私が貴女をライバルと認め、私が変わるきっかけとなったのにッ! そのために勝負を挑んだのにッ! それをッ! 貴女はッ!
「貴女は……貴女は私を侮辱する気ですか!? こんなことをされて私が喜ぶとでも!? なぜ手を抜いたりしたんだ!? 貴女は私を嘗めすぎだ!」
あまりの侮辱に怒りが爆発し、壁を殴りつけそのままの勢いで彼女を怒鳴りつけた。
「あ…ごめ……な、さ…」
カタカタと震え、一筋の涙が頬を伝う。
その時初めて彼女がどれほど私に怯えていたか、私はか弱い女性に高圧的に怒鳴りつけてしまったことに気が付いた。
ハッとして行く先を塞いだ手が緩んだ。その隙を付き彼女は駆け出し逃げ出した。
それを私は呆然と見ているしか出来なかった。
「あ……私はっ……」
なんてことをしてしまったんだ。謝らなければ……。
彼女を追いかけようと足を向けた時、私の腕を掴み動きを止められる。視線を向ければそれは殿下だった。
「待て。今彼女を追いかければ更に追い詰めてしまうだろう。ここは一旦彼女に時間をあげた方がいい。それにお前に話しておくことがある。場所を変えるぞ」
そのまま殿下に連れられて向かった先は個室のあるカフェテリアだった。その一室に入るなり殿下が口を開いた。
「はぁ…。君がここまで愚かだったとは思わなかったよ」
殿下のその言葉がグサリと突き刺さる。こんな風にはっきりと言われたことなど今までになかった。
殿下だけじゃない。他の誰にだって、愚かだと突き付けられたのは初めてだ。
「君は今、アルタマン嬢がどのような状況にあるのか知らないんだな」
「え……?」
それからの殿下が語られた話は私が全く知らない話だった。
アルタマン嬢が他の令嬢から嫌がらせを受けていたこと。
それも私が関わるようになったことが発端だった。
今回、彼女がわざと手を抜いたのも私とのライバル関係を清算し、令嬢たちから嫌がらせを受けない為。
「君は自分でもわかっていただろう? ご令嬢からどのように見られていたのか。だが君は誰か1人のご令嬢と仲を深めることはしなかった。それなのに君はアルタマン嬢とライバル関係という特別な関係を築き、関わり始めた。それを見たご令嬢がどのような行動に移すのか、どのような結果になるのかまでは考えていなかった」
そうだ。私はご令嬢からどのような目で見られているのか痛いほどにわかっている。わかっているつもりだった。
「君は自分の事だけを考えていたんだよ。彼女がどのような目に遭っているかもわからずに。周りを見ることを怠っていたんだよ君は。情報を得るという事を君はしなかった。
これって側近候補としてこの先危なっかしくて君をこのままにはしておけないね」
「も、申し訳……」
「謝るのは僕にじゃない。これ以上僕を幻滅させないでくれ」
そして殿下は私の横を通り過ぎカフェテリアを出ていった。
1人残された私は殿下の言葉を頭の中で反芻する。
幻滅――。
今までの高慢な態度を取り続けていた私が変わるきっかけとなったのに、私はその事だけしか考えていなかった。それで起こった今回の事。
何も情報を得ようとはせず、目に見えることだけを追いかけ、他の事を知らず、彼女を詰った。彼女だけを詰った。それも他の目がある中で。
それを見た令嬢たちは気分が良かっただろう。自らが望んだとおりになったのだから。
私は人に踊らされていた。足元をすくわれた。これが今まで私が行ってきたことの結果だ。
私は失敗を犯した。側近候補として考え行動しなければならないことを怠った。殿下にああ言われるのも納得だ。
そして打ちひしがれた私はいつの間にか自室へと戻っていた。そして一人何をするわけでもなく、椅子に腰かけていた時。殿下が私の部屋を訪ねて来た。
「アルタマン嬢が倒れた。今王宮へ運ぶ手配をしている」
「え!? 倒れた!?」
聞けば、殿下の婚約者であるジェシカ様がアルタマン嬢の部屋を訪ねると高熱を出し倒れているところを発見したそうだ。
殿下はアルタマン嬢が嫌がらせを受けていることを知っていて、ジェシカ様にその様子を見ているよう事前に手を回していたんだ。
殿下と共に王宮へと赴き、アルタマン嬢の姿を一目見ると熱にうなされ苦しそうにしていた。
申し訳なさで胸が張り裂けそうになり、殿下の執務室へと向かう。その中にはジェシカ嬢が待っていた。
「1人雨の中泣いていたそうですわ。そして寮へ戻れば令嬢数人で詰っていたそうですわよ。それもさも楽しそうに」
ジェシカ様も普段はおっとりとした雰囲気で、常に微笑みを忘れない。殿下の婚約者として完璧なご令嬢だ。
そのジェシカ様も私を見る目が冷えていた。
「ベティーナ様の心情を考えた事がありまして? 彼女は男爵家。上から何かを言われれば断ることのできない立場。きっと迷惑でしたでしょうね。おまけにこんな嫌がらせまでされて。
そしてその発端となった貴方は威圧的に彼女に怒鳴った。男性にあんな風にされて恐怖を感じないとでも? 殿下の側近候補としてありながら自分勝手な振る舞い、呆れましたわ」
私は何も言い返すことが出来なかった。出来るわけがなかった。
「側近候補として殿下の側に侍っている貴方の行動は、それを取り立てている殿下の評判に繋がるいうことがわかっていませんでしたのね」
その通りだ。これ以上聞きたくない言葉だが、そう言われても仕方のないことを私はしてしまった。甘んじて受けるしかない。
私は愚かだ。愚か以外の何者でもない。
「殿下。貴方の婚約者として申しますわ。彼がこのままであれば、側近候補として取り立てることをおやめになった方がよろしいですわよ。今後のご公務に差し支え兼ねませんもの」
「ああ、わかっているよ」
「ではわたくしは失礼いたしますわ」
殿下に見事なまでの礼をして彼女は執務室を出ていった。
「これ以上僕からは何も言わないよ。彼女が全て代弁してくれたからね。学院内の小さな事とはいえ、君のとった行動は褒められたことじゃない。
さ、君も帰ったらいいよ。そして今後の事をよく考えたらいい」
「……いえ、仮眠室をお借りします。考えるのはそこでもできますから」
「……好きにするといい」
退室の挨拶をし、私も執務室を出た。そのまま仮眠室へと向かい、ベッドへと腰掛ける。
正直ここに残っても私に出来ることは何もない。アルタマン嬢には医師も看護人も付いて手厚い看護を受けている。
でもここから去ることが出来なかった。彼女の側にいたいと思っていた。
気が付いたらすぐに謝罪をしよう。そして今後は彼女が不利な状況にならないようにしなければ。周りに目を向け予測をし、調べ上げ、悪意があって起こるであろうことを封殺する。それが出来なければいけない立場だ。それも上手く立ち回って。
やがてアルタマン嬢の熱も下がり意識が戻った。
そして面会が出来ると許可を得、直ぐに彼女に謝罪をした。何を言われてもいいと思っていた。その権利は彼女にある。
だけど彼女は、嫌がらせされたことを私のせいだとわかっていても、それについて言う事はなかった。
謝罪を込めて何でもすると言えば、彼女は恐れ多いと受け取らなかった。お互いその押し問答で揉めだすと殿下が仲裁された。
殿下のフォローで私が壊された部屋の物を弁償させてもらえることになった。そしてまだライバルで居続けて欲しいとそんなことまでお願いされた。
殿下は私を見捨てなかった。まだチャンスをくれた。その思いを無駄にはしない。まだ私を必要としてくれているのなら、それに応えられる人間にならなければ。
「…わかりました。これからは私も手を抜くなんてことはいたしません。正々堂々と勝負します」
半ば呆れながらもそんなことを言ってくれたアルタマン嬢。こんな目に遭ったのに、そう決意してくれた。私はもう二度と貴女をこんな目に遭わせない。ライバルで良かったと思わせて見せる。
「アルタマン嬢! ありがとうございます!」
この時初めて彼女は頬を赤らめた。その姿がとても新鮮で嬉しいと感じた。
それからの私たちは以前よりも距離が近くなった。
彼女が1人、図書室で勉強をしていれば同席するようになった。
昼食時はなるべく誘うようにした。
沢山会話をするようになった。
彼女からも警戒が完全に解け打ち解けた。
そのお陰で周りのご令嬢の悪意ある視線は彼女に向く。彼女たちが何かする前に私が動き、何もできないようにした。念のために彼女たちの家を調べ弱みを握っておくことも忘れない。
そうやってきたおかげで表立って何かをする令嬢はいなくなった。
だがそれをアルタマン嬢が知る必要はない。何も知らず、ただ私の横で微笑んでいればそれでいいのだ。
そう。私はアルタマン嬢に惚れた。
彼女の隣は居心地がいい。他のご令嬢とは違い、無駄に香水をつけることはないしギラギラと着飾ることもしない。媚びた目線を送ることもないし、気持ち悪く言い寄っても来ない。
あくまでも自然体。素のままで私と接してくれる。
そして楽しそうに笑うその姿がとても綺麗だと思った。
彼女は自分の事を平凡だと言う。家も貧乏で縁談も全て断られるような地味な女だと。
だが彼女の心はどこまでも澄んでいて、自分を犠牲にして弟の為にと努力が出来る。家族のことだから当然なのかもしれないが、自分の幸せを捨て弟の為にと邁進する。
人を妬むこともなく、自分の運命を受け入れ、なおかつ自分で切り開こうとする。私が側にいるのに頼るそぶりなど一つもない。
こんな女が他にいるだろうか。
彼女が欲しい。私の、私だけの彼女が欲しい。
そして私は父上に彼女に婚約の打診を送りたいことを相談した。一つ懸念があるとすれば爵位が釣り合わないこと。だがそれで諦めるつもりなど毛頭なかった。
彼女がいかに素晴らしい人間か、どれほどの努力家か、彼女が嫁いでくれれば我が家にとってどれほどの利点があるのか。そして私がどれほど彼女を恋い慕っているのか全て説明するつもりだった。
「やっとその気になったか。その言葉を聞くのをどれほど待っていたか」
「はい?」
気合を入れて説得するつもりだったのに、話をする前に父上からは了承を貰ってしまった。というかその言葉を待っていたと。
「お前は私が何も知らないとでも思っていたのか?」
なるほど。それで全てを理解した。父上は自分で調べていたのか。彼女の事を。彼女と私の事を。
「お前がここまで変わったのはアルタマン嬢のお陰だ。あのままのお前だったなら、殿下の側近どころか王宮で働くことを許すつもりはなかった。
そんな彼女を迎え入れるのに断る理由などあるまい」
そこからはとんとん拍子に進み、彼女と婚約を結ぶことが出来た。
その時の私は歓喜で打ち震えていた。彼女もとても嬉しそうだった。
だがやがて彼女の顔は憂いを帯びるようになる。
理由は『見た目が平凡な自分がコンラート様の隣にたつなどおこがましい』だった。
私がベティーナをいくら綺麗だと言っても「医者に行け」と言われる始末。
母上にどうすればいいか相談すれば、家に連れて来いと。
「女は化けるのよ。あの子はそれを知らないだけ。元の素材はいいのだから磨けば光るわ。私に任せなさい。あの子に自信を付けさせてあげる」
同じ女性だからだろう。母上の言葉が心強かった。
半ば騙すようにしてベティーナを家へ連れてくる。使用人に連れ去れる彼女を見た時は申し訳なさと同時に期待が膨らんだ。
ベティーナの準備が出来たと言われ、彼女が居る部屋へと赴けば。あり得ないほどに輝く彼女がそこにいた。
あまりの変貌ぶりに言葉を発することなどできなかった。何も着飾ることをしなくとも、彼女は十分に美しい。なのに。
これは危険だ。こんな彼女を他の男が見たらどうなる? 今まで見向きもしなかったのに目の色を変えて手を出してくるかもしれない。
今後、何かしらのパーティーなどに出席せざるを得ないこともある。そんな時は最低限着飾ることも必要だ。だけど、そうではない時は。
他の男に見せないで欲しい。私だけに見せて欲しい。他の男が君をその目に移すことを考えただけで虫唾が走る。
自分がこんなに独占欲の強い男だとは思わなかった。だけど抑えが利かない。これはダメだ。危険すぎる!
「今後、私に他の男性が近づいたとしてもきっと心は動かないと思います。だって今の変わった私を好きになったとしたらそれは上辺だけですもの。コンラート様は私の中身を好いてくれたのですよね? 私はそんなコンラート様が好きですし、そんなコンラート様が私を好きになってくださったのですもの。他の人を好きになんてなれません」
「ベティーナ……」
私だけを好いてくれると言うのなら。私も貴女に誓います。
「私は貴女だけがいてくれたらそれでいい。きっと気持ちは変わることはありません。私とずっと、生涯共に過ごしてくださいますか?」
「はい。私もコンラート様だけです。もう卑屈になったりしません。貴方の隣に立つことに恥じないように努めます。ずっとお側にいさせてください」
どんな姿でも彼女の美しさは衰えることはない。
愛する人をそっと抱きしめて、初めての口づけを交わした。それはとても柔らかく繊細で、甘美な味がした。
「ははっ」
「? コンラート様? いきなり笑い出してどうしたんです? 何か面白いことでも書いてあったんですか?」
不思議な顔をして、ハーブティーの入ったカップを手渡すベティ。それを受け取り、読みかけの本をそっと閉じる。
「ああ、いえ。ちょっと昔の事を思い出していたんですよ。貴女と出会った時の事を」
「何か面白い事でもありましたっけ?」
私の隣に腰掛け首を傾げる彼女。今は化粧を落とし素の顔だ。
私は彼女の素の顔が一番好きだ。彼女本来の美しさが溢れ出ている。
「私の人生最大の転換期ですよ。恐らく今までで一番興味深い出来事です。ですがもうすぐそれも塗り替わりそうですが」
彼女の大きくなったお腹をそっと撫でる。彼女は今私の子供を身籠っている。
「早く会いたいですね。男でしょうか、女でしょうか。どちらでもいいですが、私と貴女の子なら頭のいい優秀な子になるでしょうね」
「…もう、気が早いですよコンラート様」
まだ生まれてくるまでには少し時間がある。だけど私は待ち切れない。貴女との家族が増えるのだから。
「「あ」」
妻となった彼女のお腹を撫でていれば、ぽこんと蹴った動きが手に伝わって来た。
「ふふ。きっと『お父様ってば慌てすぎ』って言ってるのかもしれませんね」
愛おしそうにお腹を撫でる妻の横顔はいつも以上に美しかった。私の、私だけの『知の女神』。
渡されたハーブティーを飲みながら、これまでの事に想いを馳せる。彼女と過ごす時間は何年経っても心が穏やかで居心地がいい。
たまに喧嘩をすることはあれど、彼女からの口づけを受ければすぐに許してしまう。私はずっと彼女に踊らされっぱなしだ。
だがそれもいい。どんな日々も彼女が居れば色褪せることなどない。
「さて、夜も更けましたね。休みましょうか」
飲み干したハーブティーのカップを置き、彼女を支えて立ち上がらせる。そのまま手を取りベッドへエスコートする。
今日も彼女と共に一日を終える。その繰り返しが幸せで心地いい。
「おやすみ、ベティ」
「おやすみなさい、コンラート様」
いつものように彼女の髪を撫でてキスを一つ。どんなに毎日忙しくとも、これを忘れたことなど一度もない。
そしてまた明日、彼女との1日を過ごしていく。
ありがとうベティーナ。この幸せがずっと続くよう、私は貴女の為に生きていくよ。
~Fin~
最後までお読みいただきありがとうございました!!