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2-3

 土曜日。ここ数日は晴れが続いていたが、今日ほどの快晴な日はなかったと思う。天高く昇った太陽の光と穏やかな春風が心地よい。まさしく絶好の行楽日和とあって、俺が乗っている電車には家族連れが大勢乗っていた。

 今日は集落の駅集合という約束になっている。もうすぐ到着だ。


 電車を降り改札を出たところで、後ろから呼び止められた。


「リョートくん、おはようございます。同じ電車だったみたいですね」


「ん、おはようございます、こだちさん…………おお」


 振り返ってこだちさんに挨拶した俺だが、思わず彼女の私服姿に見とれてしまう。今日のこだちさんは先日のような制服ではない。淡い色のデニムに、上は白のスキッパーシャツ。胸元のリングペンダントが服装のシンプルさの中でアクセントになっている。流石、ワガママボディだけあって様になっている。


「あ、あのリョートくん……」


 俺が思わずジロジロ見ていると、こだちさんが少しだけ顔を赤くしていた。


「ふふっ、何ですか? 私の私服姿に見惚れてしまったのですか?」


「おうふ……」


 若干照れ臭そうにしつつ、こだちさんが笑いかける。俺は口から魂が抜けていくのを感じた。




 こだちさんと2人揃って駅の階段を降りる。駅前のロータリーには、すでに天川が待っていた。


「おはよう。来たね」


「おっす」


「おはようございます、天川さん」


 天川は風に揺られる長い髪をかき分けながら、俺たちを見上げる。天川の服装といえば、白いシャツの上に黒いパーカーを羽織り、黒のミニスカとニーソで足は晒さず。黒が好きらしくこんな感じの格好の時が多い。学校でも似たような格好で、制服を着ているところを見た事がない。いつもこの上なく地味なのだが、オシャレとかに興味がないんだろう。見てくれはいいんだからこいつが着飾ったらすごいことになるだろうにな……


「あの、リョート」


 俺が思わずジロジロ見ていると、 天川が顔を赤くして…………いなかった。むしろ、俺にとてつもなく冷ややかな視線を送っていた。


「ジロジロ見て何なの? 目玉抉り取られたいの?」


「さっきとの落差」


 物騒なことを言う天川。もっとこだちさんを見習ってほしい。


「それで、今日はどうするんですか? またあの川に行くんですか?」


 こだちさんが天川にした質問。俺にとっても重要なことだ。なにせ、場合によってはまたシャケと一緒に水遊びしなければならなくなるのだ。一応リュックの中には着替えが入っているが、出来れば今日も乾いたままでいたい。

しかし、そんな俺の心配は天川の言葉によって杞憂に終わる。


「川へは行かない。少なくとも、あのシャケに根本的な原因はない。でも、今のところ事態があの辺りでのみ起きている以上、原因はこの集落にあるはず。今日はそれを探す」


「探すって、どうやってです?」


「捜査の基本。キミたち警察が得意とすること……聞き込みだよ」


 俺とこだちさんは顔を見合わせる。なんだか、今日は前回とは違い地味な作業になりそうだ。




 俺たちはそれぞれで担当する区域を割り振って聞き込み開始。俺は集落の北側担当になったのだが……


「人がいねえ」


 辺りは田んぼやら畑やらで建物のない開けた場所で、風が走る音しか聞こえない。とっても気持ちのいい陽気なのはいいが、聞き込みするにはまず人を見つけねば。


10分ほど歩くと、畑で作業しているおばあさんがいた。第1村人発見。


「すみません、ちょっといいですか!」


 俺が道から呼びかけると、おばあさんはのしのしと近付いて来てくれた。


「えっと、最近川の方で妙なシャケが発生してる件について調査していまして。最近、何か変わったことはありませんでしたか」


 おばあさんは俺の言葉にふむふむと頷くと。


「ワタシは姫路ユキエといいます。歳は92になりますよ」


「92歳! お元気ですねえ…………いやそうじゃなくて。最近この辺りで変わったことはありませんでしたか?」


 俺の質問に、おばあさんはしばし沈黙し……


「……………………ハァ?」


 どうやら聞き取れなかったらしい。俺は顔を近付け、声を張り上げて言った。


「最近! 変わった事! ありませんかッ!」


 おばあさんがほうほうと頷いている。流石に聞こえただろう。と思っていると。


「最近あったいい事? 敬老会で目をつけていた岡山さんと、結構いい感じになったんですよ」


「よし分かった。次行こう!」




 おばあさんに「ありがとうございましたあああ!」と叫んで別れた後、次に出会ったのは遊びに行く途中の小学生集団。どこに行くのか聞いてみると。


「えっ、川に行くのか? あそこはイカれたシャケがいっぱいいて危ないぞ?」


「川岸にはおりないもん。薬局のみちの橋で、シャケがかけてくる水をだれがいちばんよけられるか勝負するんだよ」


 何というか、小学生は逞しいなぁ……


「そうか。でも、くれぐれも気をつけるんだぞ?」


「はーい! 約束するよ、おにーさん!」


 俺の右に立っていた三つ編みの女の子が元気に返事をする。こういう天真爛漫な子はいい。普段鉄仮面を見ているので、この輝くような笑顔には癒される。俺の口元もつい緩んでしまうというものだ。

 そんな俺の顔を見て、ちょっと目つきの悪い男の子が、抑揚のない声で言った。


「母上に聞いたことがある。小さな女の子をみて気持ち悪い顔でニヤニヤしている大人は、ろりこんっていうんだって」


 その場の空気に亀裂が入る。全員の視線が、その男の子に集まる。当の目つきの悪い子は全く気にする様子がなく、言葉を続ける。


「ろりこんを見たら近付いてはいけませんって。すぐにケーサツにツーホーだって、母上が言ってたよ」


 子供に何を教えてんのさ母上。


 目つきの悪い子の言葉に、女の子が不安そうな目で俺を見上げ、恐る恐る口を開いた。


「おにーさん、ろりこんさんなの?」


「そんなわけないだろ。お兄さんはお巡りさんと友達なんだよ? ところで、最近川にシャケがいっぱいいるけど、このあたりで他に変わったことはない? どんなことでもいいから」


 話が妙な方向に行く前に本題に入る。俺の質問を受け、小学生たちは顔を見合わせる。


「変わったこと……」


「わたしは思いつかないな……」


「はいはーい! あるよ、変わったこと!」


三つ編みの女の子が右手を高く上げてアピールする。俺が「何があったの?」と聞いてみると。


「えっとね、きのうね、クラスの三原くんにこくはくされたの!」


「へえ、すごいね!」


 どうやらシャケに関して有益な情報はないようだ。そう簡単にはいかないか。まだ時間はたっぷりあるし、この子の話は最後まで聞いてあげよう。


「でもね、わたしはおことわりしたの」


「そうなの? どうして?」


「だってタイプじゃなかったんだもん。今までだってみんなそう。いろんな男子にこくはくされたけど、どの子もタイプじゃなかったわ」


「「「ッ……!」」」


 なんともませた女の子の発言に、何人かの男の子が気まずそうに顔を逸らした。


 …………なるほど。なかなか複雑な関係性だなこの子たち。最近の小学生ってこんなもんなの?


 俺が時代の変化に想いを馳せていると、後ろの男の子の様子など全く見えていないであろう三つ編みの女の子が、さらなる爆弾を投下する。


「えっとね、でもね…………。わたし、おにーさんのことは結構タイプだよ!」


「えっ」


「「「!?」」」


 顔を逸らしていた男の子たちが一斉に俺を睨んだ。人生で初めて嫉妬という感情を向けられている気がする。そんな状況には微塵も気付かない女の子が、俺を見上げながら一歩近付いてきた。


「だ、だから、えっとね。わたしと、コイビトになってくれませんか?」


 男子たちの視線が怖い!


 俺はしゃがんで三つ編みの子と目線を合わせて言う。


「ご、ごめんな。すごく嬉しいけど、お兄さん、今は君とは恋人になれないや。法律とか条例とかそっち的にもアレだし。でも、もし君が大きくなって、気持ちが変わらないままだったら、その時は恋人になろっか」


「ホントに!? やくそくだよ!」


「ああ、約束だ」


 俺がそう言うと、頬に手を当て、ふやけたような笑顔を浮かべる女の子。俺は微笑ましい思いで眺める。もし俺に妹がいたら、こんな気分なのだろうか。

 と、目つきの悪い男の子がこちらをじっと見て……


「お兄さん、やっぱりろりこ」


「次! 次行こうか!」




 男の子たちに白い目で見送られながら、俺は集落の中心方面へ向かう。今のところ、有力な情報はなし。というかまともに情報収集できていない。そろそろ話の通じる人に出会いたい。


 10分ほど歩いていると、前を歩いているお姉さんを発見。俺は声を掛けてみる。


「すみません、ちょっといいですか?」


俺の声に気付いたお姉さんが振り返ると……


「ぐすっ……ひっく……うぅ……」


 大粒の涙を流していた。あまりに予想外のことに、俺はうろたえてしまう。


「えっ、ちょっ、大丈夫ですか!?」


 どうしていいか分からず、俺がアワアワしていると。


「ふ……ふええええええええん!」


 お姉さんは堰が切れたように泣き叫んでしまった。




 5分ほどたって、お姉さんはようやく落ち着いてきたようだ。俺の貸したハンカチで顔を拭いて、泣きはらした目で俺を見る。


「ごめんね、見苦しいところを見せて」


「いえ、気にしないでください。……何かあったんですか?」


 俺が恐る恐る質問すると、お姉さんは目を伏せる。


「……まあ、端的に言うとね? 3年付き合ってた彼氏にフラれちゃって。仕事も手につかなくなっちゃって、気分を変えようと思って生まれ故郷のここに帰ってきたの。でも、不意に彼のことを思い出してしまって……」


 再び溢れてきた涙を、お姉さんはハンカチで拭う。俺はなんと言うべきか途方に暮れていた。そっち方面の経験がゼロの俺にはハードルが高すぎる。考えに考え抜いた結果。


「げ、元気出してください。ここは辛さに耐えて、前に進みましょう。お姉さんは魅力的だし、すぐにいい人が見つかりますよ」


 俺はテンプレのような励ましの言葉しか出てこなかった。きっと吾妻ならもっと気の利いたこと言えるんだろうな。だが、お姉さんは俺の言葉に顔を上げる。


「……本当? 私、前に進んでもいいのな」


「いいに決まってますよ」


「私が魅力的って、嘘じゃないよね?」


「俺は魅力的だと思いますよ」


「じゃあ……キミが私と付き合ってよ」


 泣きはらした目で見上げながら縋るように言ったお姉さんに、俺は即答した。


「いやそれはちょっと」


「なんでよ!」


俺の返答に激昂したお姉さんは俺の胸元に掴みかかってきた。


「私のこと魅力的って言ったじゃない! それなのに! もう、男はどいつもこいつも勝手なんだ!元オトコが言うのもなんだけど!」


「やっぱり! あんたお姉さんじゃなくてオネエさんだろ!申し訳ないが俺にそっちのケはない!」


 長い髪を後ろで束ねていて、後ろ姿は女性っぽい。だがいざ正面切って話してみると、角ばった顔立ちや低い声から溢れる男らしさ。突っ込むのも野暮だと思い今まで平静を装って話していたが。


「そっちってどっちよ! 私はオンナよ! 8割ぐらいは!」


「だとしてもちょっと待て! とりあえず手を……手を離せぇ! クソ、なんつう怪力だ! 俺はおしとやかな女の子がいいんだ!」


胸ぐらを掴むオネエさんの手を振り払おうとするが、俺の力ではビクともしない。オネエさんは鼻息荒く、何故かどんどん顔を近づけてきた。


「男はみんな嘘つきだわ。こうなったら、言い訳出来ないよう既成事実を……」


「!? 待て、早まるな! そういうことは、愛がないとしちゃいけないと……やめろお! 瞳を閉じるなあ! 謝るから! 謝るから許してええええ!」







 ざるの上から薄墨色の麺を箸でつまみ、つゆの入ったお猪口へ運ぶ。艶々の麺につゆをしっかり絡ませてから、それを口に運び……


「ずるずる」


「ずるずるずる」


「ずるずるずるずる」


俺、天川、こだちさんは同時に蕎麦を吸い込んだ。


 聞き込みを終えた後に俺たちは合流し、この集落の蕎麦屋で昼食をとりながら情報を共有することになった。


「それじゃあ、まずはこだちから聞こうか」


 天川がそう言ってこだちさんに話を振る。天川はこだちさんのこと呼び捨てなのか。しかしこだちさん本人が気にするそぶりを見せないということは、前からずっとこうなんだろう。


「私からですね。猟師さんや駐在さんに聞いた話なんですけど、川でシャケが目撃され始めた同時期から、集落の周辺で猪や鹿を見かけるようになったそうです。山に入れば動物なんていくらでもいるのでしょうが、人の居住域で見かけるのはあまりないことだそうです。それらの動物は川のシャケとは違って、異常な様子は見られないので、関係性は不明ですね。ほかにもいろんな方にお話を伺ったのですが、特に目ぼしい情報はなかったです」


「さすがこだちさん。 着実に情報を集めてきましたねずるずる」


「でもあまり役立ちそうにない情報ずるずる」


「蕎麦をすすりながら話さないでください! そう言うなら、天川さんは役立つ情報を手に入れたというのですか?」


 こだちさんがムッとした表情で天川を見た。天川は箸を置き、上品にハンカチで口元を拭った後話し始める。


「私が得た情報は2つ。1つ目、これは改めて確認ということになるけど、やはりシャケはあの場所にのみ現れている。ここより上流や下流では見ていないと、川釣りに来ていた男が言っていた。2つ目。川の向こうにある農園で、桃の木が倒されたという妙な事案が、1週間前にあった。木は何か大きな力で無理矢理折られたようだという。これはシャケが現れた時期と重なる。ほかに有力情報がなければ、午後は農園を訪れてみるつもり。私からは以上」


「むむ、しっかり情報を集めてますねずるずる」


「もはや俺たちいらないんじゃないのずるずる」


「……さっき蕎麦をすするなって言ったのは誰? まあいい、それよりもリョート。キミは何か掴んでないの?」


 天川が視線を俺に向けてきた。俺は蕎麦を飲み込み、午前中を振り返りながら話す。


「そうだな。俺が掴んだ情報といえば……。お年寄りに小学生にオネエさん。十人十色だけれど、どんな人でも恋の悩みは尽きることはないんだなあ、人間だもの」


「……キミは一体何をしてきたの?」


「リョートくん、もしかしてサボってたんですか?」


 ごまかしようもなく、女性陣に冷たい目線を浴びせられた俺は、焦りながら釈明しようとする。


「いや、俺なりに頑張った結果なんですよ。でも……」


「どうして集落の異常を調べに行って、恋バナを持って帰ってくるんだか」


「リョートくん、見損ないましたよ」


「しょーがないだろ、まともに話の通じる人に出会えなかったんだよ! てか、なんで俺の時だけしっかり箸置いて真面目に聞くんだよ! 蕎麦すすってろよ!」

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