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4-3





「天川、いるか?」


 ドアを開けいつもの部屋に入る。コーヒーの香りが鼻をくすぐるが、正面のデスクに天川はいなかった。彼女の姿が見えないことを憂うという、俺にしては珍しい心持ちでいたら。


「や、こんにちは」


「!?」


 誰もいないと思っていた部屋の、俺がいつも座っているソファ。そこに20代くらいのお兄さんが座っていた。不意に声をかけられビクッとした俺に、お兄さんが笑みを浮かべながら立ち上がった。


「おっと、驚かせて悪かったね」


 耳への負担を極限まで軽減したかのような優しい声。中性的な顔立ちだが、太い眉の下には意志の強そうな瞳。黒髪をマッシュヘアにした彼は一見すれば都会のイケてる大学生、に見えるのだが。何だろうこの違和感。立ち振る舞いがあまりに落ち着きすぎているせいか? そんな真っ直ぐすぎる目で見られるのは、『死んだ魚より目が死んでいる』とよく言われるような俺にはやりづらいんだけどな。対応に困っていると、お兄さんの方から話しかけてくる。


「キミは、照羽に用があってきたのかな?」


「……えっ」


 俺も周りもあいつのことを天川と呼ぶから、一瞬誰のことか分からなかったくらいだった。その名前を本人の口以外から聞くのは初めてだ。彼女を下の名前で呼ぶほどの仲。俺はお兄さんへの警戒を強めた。あいつと同類なら、すなわち俺の天敵だ。


「あの、あなたは……」


「相変わらず邪魔、リョート」


 いつぞやの時のように後ろから声をかけられ、俺は飛び上がった。噂をすれば影がさす。振り向くと、後ろで天川が冷たい目で俺のことを見上げていた。

 道を開けると、天川はスタスタと部屋に入ってきた。そして、部屋の中に俺以外の人物がいることに気付き、立ち止まった。こだちさんの時はまるで興味がなさそうだったのに、今回は相手の顔をじっと観察していた。

 お互いにじっと見つめ合う2人。狭い部屋に三人、妙な雰囲気が漂い始める。幾ばくかの沈黙の後、先に口を開いたのは天川だった。


「どっち?」


「当たり」


「問題は?」


「幾つか」


「緊急?」


「かもしれない。ところで、彼が例の?」


「ああ、それが……なるほど」


 俺は高速ラリーを追う卓球の審判のように、発言する二人を交互に見ていた。何一つ要領を得なかったが、ひょっとして今のは会話なのか?

 天川はデスクへ向かい、大きな椅子に座った。そして俺の目の前にある木製の丸椅子を手で示した。


「じゃあ、話を聞こうか、リョート」


「えっ、ああ」


 状況が理解できず困惑していた俺は、言われるがままに丸椅子に座る。お兄さんは再びソファに腰掛け、聞く姿勢を見せた。いつもとは位置が逆だ。


 俺は富田が倒れた顛末を天川に話した。聞き終えた天川は、背もたれに身を預けてお兄さんの方を見た。


「ユウキ、それで?」


「間違いない」


「そ。ならリョート、あとはユウキの質問に……」


「ちょっと、ちょっと待ってくれ。少しは説明してくれてもいいだろ」


 話の進行スピードが異次元な天川に待ったをかけた。これ以上流されても困る。天川は面倒さそうな目をしながらも説明してくれる。


「私の兄、天川優希(あまかわゆうき)。霊に関する調査のために全国を回っていて、今日はその過程でここに立ち寄った」


「……兄」


 お兄さんが天川の兄。なんだかややこしいが、そう聞くと驚きと共に、妙に納得できる部分もあった。こちらを見るあの目。X線のように内面を見透かされているような気分になる天川の目と同じだ。さっきの違和感の正体は、この既視感だったんだ。


「初めまして、多々羅田くん。僕は天川優希。いつも妹が世話になっているようだね」


 朗らかに挨拶してくる天川兄。顔立ちや雰囲気はあまり似ていないんだな。


「はい、どうも……って、俺のこと知ってるんですか?」


「照羽から聞いているよ。とてつもない受難体質らしいね。一体どんな目に遭うのか、とても興味深い」


 そう言ってしげしげと俺を観察する姿は、やっぱり天川の兄らしい。俺が若干引いていると、天川兄は姿勢を正して真面目な顔をした。


「さて、本題に移ろうか。僕は今回、宮関市に存在する、地元の人に『封魔の石』と呼ばれる物を調査していた。百年以上も昔、石見麓伝(いわみろくでん)という陰陽師が退治した妖怪変化をまとめて封印したという言い伝えが残されているんだが、先月何者かに破壊された。まあ石が破壊されただけでそれ以外に目立った被害はないんだけど」


 ユウキさんはカバンから鶯色のファイルを取り出し、天川に渡した。受け取った天川が机に置いて開いたので、俺も覗き込む。


「石見麓伝は『殲魔記(せんまき)』という妖怪の特性や危険度を示した記録を遺していた。封魔の石の近くにある神社に現物が保管されていたので見せてもらったよ。そのファイルには現物の写真、そして内容をまとめたレポートを綴じてある。封印された妖怪のページを見てもらえるかな」


 天川がページを捲ると、そこには妖怪の絵図とユウキさんが現代語訳したらしき説明文が載っていた。幾つか見て、俺はすぐに気づいた。


「これ、最近俺たちが遭遇した奴らばかりだ」


 どれもこれも、ここ2週間で俺が必死で逃げ回った妖怪たちだ。この前遭遇した鵺も載っている。封魔の石があるのが宮関市と言っていたか。確か上峰州の北部の市だ。ここ風咲は南の沿岸部。つまり、どういうことか。それは俺が気づくと同時に、ユウキさんの口から明かされた。


「封印が解かれた妖怪やその他諸々の霊達は、揃いも揃って数百キロも南進してきたんだろう。おそらく、リョートくんのことを目指して。いや何と言うか……まあ、そのおかげで一般の人々に被害らしいものは無いようだし、それはキミのおかげだよ」


 慰めてくれてるんだろうが、全然嬉しくない。自分の体質の影響が遠く離れた知らない土地まで波及している可能性を突きつけられ、俺は首をガクッと落とした。


「……話を続けるよ? それで、そのファイルの35ページを見て欲しいんだ」


 紙が擦れる音が聞こえる。俺は頭を上げ、天川と一緒にそのページを覗き込んだ。そこに描かれていたのは猫の絵。一目見てピンときた。天川が、目線を猫の絵から俺へと移す。


「どうやら当たりの様だね、リョート」


「多分な。やっぱり、あの猫の尻尾は2本あったんだ」


 絵に描かれている猫は、尻尾が二股に分かれていた。これは、グラウンドで一瞬見えたあの猫の尻尾と同じ特徴だ。あの時は見間違いだと思ったが、今の状況からして、俺はここに描かれた猫に遭遇したと考えるべきだろう。


「殲魔記には単に化け猫と記されているが、一般には猫又と呼ばれる妖怪だね。麓伝によれば、この猫又は触れた人の生気を吸い取り糧とするらしい。生気を吸われ続けると命に関わる可能性もあるそうだ。リョートくんの友人が倒れたと言うのも、これが原因なんだろう。僕は封魔の石から解き放たれた霊がどこに行ったのか調べていたんだが、こんな風に見つかるとはね」


 見た目は可愛らしいが、それなりに危ない霊らしい。ひとまず正体が分かって良かった。


「どうやら、その猫又はこの周辺に居る気配がするんだ。まだ校内に潜んでいるとなったら、体育祭に参加してる学生や保護者に新たな被害者が出るかも知れない。よって猫又を捜索、確保したいんだけど……どうやら、僕が追いかけ回してる間に警戒されたみたいでね。姿すら見せないんだ」


「それなら、俺が囮になりましょうか?」


 意図的ではないにしろ、俺が呼び寄せた霊だ。折角こんな快晴の元で体育祭が行われているんだ。みんなの準備を台無しにされてたまるか。俺の申し出に、ユウキさんは嬉しいような、困ったような顔をしていた。


「それはとても助かるんだけど、いいのかい? 体育祭中だろう?」


「いいですよ。こんなのはいつもの事です」


 今デスクでパソコンを開いてカタカタやってる奴のお陰様で、囮役にも抵抗がなくなってきた。あまり良くない事なんだろうけど。体育祭には最後まで参加していたかったが、仕方ない。もう十分楽しんだと思おう。


「ありがとう、助かるよ。それじゃあ、早速作戦会議と行きたいんだけど、照羽は……」


「私はいい。任せる」


 妹の方はマシンガンみたいな速度でキーを鳴らしながら素っ気なく返事した。いつもはこういうことに首を突っ込みたがるくせに、どうしたのか。


「珍しいな。いいのか、せっかくの事件だぞ?」


「キミとユウキが居れば十分。キミも、役割をもちたがっていたでしょ?」


 ディスプレイから目を離さず言った。俺が欲しかったのは自衛手段なんだが、まあいい。猫一匹をとっ捕まえるのにコイツを無理に引っ張って行く必要もない。たまには天川に頼らず霊に対処してみようじゃないか。





 ちょうどお昼休みの時間になった頃、俺は一度グラウンドへ戻った。今から学校を抜け出すのだが、誰にも言わずに行くと後が面倒だ。話が分かり、上手いこと誤魔化してくれそうな人物と言えば。


「あれ、リョートくん。どこに行ってたの?」


 グラウンドの端でうろついていると、白い鉢巻で長い髪をポニーにしたカンザシにバッタリと会った。


「ちょっと野暮用でな」


「そう? ねえ、さっき富田くんのお見舞いに行った人たちが、彼が何故か布団で簀巻きにされてたって言ってたんだけど。なんでそんなことになってるの?」


 ……養護教諭にまた余計なことを言ったんだなあいつ。それはともかく、ここでカンザシに出会えたのは都合がいい。


「富田はほっといて大丈夫だ。それよりカンザシ、ちょっと話がある」




 人前でできる話でも無いので、その場を離れてグラウンドの端にある木の陰に入った。振り向くと、ついてきたカンザシが周りをキョロキョロ見回し、上目遣いで妖しい笑みを見せてきた。


「こんな人けの無いところに連れてきて、何をするつもりなの? もしかして私、ヒドい目に遭わされちゃう?」


 自分の胸を強調するように腕を組んだカンザシが、煽るように言った。体操着のおかげで存在感を増した2つの水風船が二の腕の間でぷるんと揺れて、俺は大いにキョドった。


「おっ……いや……。か、からかうなカンザシ!」


「リョートくん、赤くなってる。かーわいっ」


 カンザシは口に手を当てクスクスと笑う。幼稚園の頃からイタズラ好きの彼女だが、高校で再会してからは「小悪魔な」手法を取るようになってきた。やめてくれカンザシ、その術は童貞(おれ)に効く。


 気を取り直し、俺は大雑把に今の状況を説明した。話を聞いたカンザシは呆れた顔をしていた。


「また変なことに巻き込まれてる」


「言うな。と言うことで、ちょっと抜けてくる。上手いこと誤魔化しといてくれ」


「簡単に言うけどね。それより、リョートくんはいいの? 体育祭、結構楽しみにしてたよね」


「いつもの事だから。じゃあ頼んだな」


 ユウキさんにも言った事を機械的に返して、カンザシに背を向け歩き出した。すると、カンザシが最後に俺に向かって一言。


「これは貸しだからね、リョートくん」


 カンザシの顔は見えないが、嬉しそうな笑顔でそう言っているのは声色で分かった。俺は振り向く事なく顔をしかめ、その場を立ち去る。次はどんなイタズラをされることやら。




 制服に着替えた後、俺は南棟の裏側からこっそり抜け出した。そのままユウキさんと合流し、かつて鵺が潜んでいた廃工場に来た。人が来ないこの場所は猫又を待ち伏せるのに最適だ。窓際の段差にユウキさんと二人並んで座る。標的が来るまでは暇なので、ユウキさんに色々と質問していた。


「それじゃあ、ユウキさんも霊能者なんですね」


「そうだね。でも、照羽よりは地味だよ」


 ユウキさんは向こうの入り口に落ちてる石に向かって手をかざす。すると、石がゆっくりと浮かび上がり始めた。浮かんだ石は、ユウキさんの腕の動きに合わせて上下左右自在に飛び回る。


「おおー。サイコキネシスってヤツですか」


「近いかな。石を透明な箱で囲って、持ち上げているイメージだ。箱の大きさを広げると物理的干渉は出来なくなるが、内部の霊的な気配は感じ取れる。1キロ四方の霊的存在は感知できるかな。これを使ってあの猫又を追ってきたんだ」


「へえー」


「……能力を披露してこんなに驚かれないのは初めてだよ」


「す、すいません……」


 高校に入ってから感情がますます希薄になっていくのを自分も感じてはいた。でも、こうなったのは貴方の妹さんの影響でもあるんですよ。


「それで、ユウキさんも天川……妹みたいな活動を?」


「似てるけど、ちょっと違うな。照羽は霊的事象が起こった時に事態の収集をする、即応的な活動。一方僕は霊の情報収集や調査、言うならば予防的な活動がメインだ。僕の能力は戦うことより調べることに向いているしね。もっとも二人とも、趣味的な活動であるのは間違いない。真っ当に霊で稼ぐ手段は、今はないから」


 さっきから思っていたが、ユウキさんの話し方はとても分かりやすい。話の構成、喋るペースの絶妙な具合。どこか頭の良さを感じさせられる。妹の方は口に文字数制限でもかかっているのかと思うくらい省略するからな。それでも伝わるから凄いけど。


「ちなみに、ユウキさんの本業は何を? 大学生ですか?」


「大学は卒業したよ。今はフリーターみたいなものだ。将来的には何か定職に就きたいけど、その時は……」


「その時は?」


「そうだね。適当に総理大臣とかになってみるのも悪くないかな?」


「!?」


 ユウキさんは優しい笑みを浮かべていた。え、今のは冗談なの? 謎のオーラがあるから、本当に国家の代表とかになってもおかしくなさそうなんだけど。






 夜来た時には感じなかったが、この廃工場の中はとにかく蒸し暑い。俺もユウキさんも汗を垂らしながら待っていた。頬を伝って顎の方に降りた汗が、コンクリートの地面にポタリと落ちた時、ついに来た。


 工場の広く開けられた入り口。照りつける日光を浴び、入ってきたのは一匹の猫……ではなく、ウチの制服を着た一人の女の子だった。スラリと伸びた褐色の手足に、癖っ毛の奥から俺たちを睨んでくるツリ目。校内で見かけたら印象に残りそうな美人だが、俺の記憶にはない。それもそのはず。


「やっときたね」


 ユウキさんが立ち上がって彼女と対峙する。

 そう、彼女こそが猫又。俺たちが待っていた標的。

 猫又は人の姿に化けることができるのだ。


「待たせして悪かったな。アタシもこの時をずっと待っていたよ」

 

 ボーイッシュな声で喋る猫又。人に化けることも、人語を解することも殲魔記に記されていた。しかし、書物で知るのと実際に見聞きするのは全く違う。猫又という非現実的な存在と対面して俺は衝撃を受けていた。


「語尾が『にゃ』じゃない……!」


「びっくりするところそこ?」


 人に化ける猫と聞いて期待していたのにガッカリだ。語尾もそうだが、彼女には猫耳の猫しっぽも生えてない。猫要素がまるでないのだ。まあ可愛ければ何でもいいんだけど。俺がしげしげと観察していたら、猫又の方はかなり不愉快そうな顔をしていた。


「ジロジロ見てんじゃねえよオマエ。引き裂くぞ」


「まあまあ。僕たちも戦いたいわけじゃない。話し合いで解決できることもあるかもしれないよ?」


 落ち着いてるなあユウキさん。妹の方なら開幕無言パナしですよ。思えば、今までの事件も武力で解決したものが多かったな。妖怪は大概、言葉が通じない上に問答無用で襲いかかってくるから仕方ないんだけど。猫又は、ただでさえ鋭い目つきをさらに険悪なものにした。


「今更何を! 散々追い回して、いろんな妖怪をけしかけてきたくせに! さっき若い人間から生気をもらったから、今までみたいにはいかない」


 猫又はユウキさんを凄まじい剣幕で睨みつける。もはや憎しみと言ってもいいその感情に俺は疑問を覚えた。


「めっちゃ怒ってますけど。ユウキさん一体何したんですか」


「何もしていない。確かに追ってはいたが、結局対面したのはこれが初めて……」


 俺たちのひそひそ話は途中で中断を余儀なくされる。猫又がしゃがんだと思ったら、いきなりとびかかってきたのだ。


「うらああああああああ!」


 高さ数メートルまでジャンプしたその身体能力はまさしく人間離れしたもの。猫又が右手を振りかざしてきたので、俺とユウキさんはそれぞれ左右に走って回避する。猫又の手は、さっきまでユウキさんの頭があった場所を空振りした。


 着地した猫又は、今度は俺の方に向かって走り出した。その両手の爪が、鋭い鉤爪状に伸びているのが見えた。余計なところの猫要素は残っているんだな。って感心している場合ではない!


 猫又の爪が連続で襲い掛かって来る。一撃、二撃目はスレスレでよけるが、三撃目で足がもつれた。尻餅をついたところに追い打ちの四撃目。偶然落ちていた鉄パイプで受け止めるが。


「げえっ!」


 猫又の爪は易々とそれを切り裂いた。そのまま、逃げる手段も受け止める手段も失った俺にトドメの五撃目が振るわれる。


 その寸前、猫又が見えない何かに額を殴られたかのように後ろに下がった。何事かと思ったが、反対側に退避していたユウキさんがこっちに手のひらを向けているのが見えた。きっと能力を使ったのだろう。おかげで命拾いした。

 ジャマされた猫又は、俺から離れてユウキさんの方へ駆けていく。ユウキさんは猫又に手をかざす。すると、猫又との間に立方体のモヤが浮かび上がった。ユウキさんのの能力だろう。しかし、猫又はそれをしっかり見ていた。吹き抜けになった二階の高さまで跳び、柱を蹴って急接近する。ユウキさんはさっき作った立方体の下をくぐって退避する。そうしなければ、猫又がクロスするように振った両腕の爪に八つ裂きにされていただろう。

 またしても避けられた猫又は、苛立ちを顕にしながら再び駆け出す。今度は真っ直ぐに突っ込むようなことはせず、柱や壁を使って立体的に跳び回る。ユウキさんに的を絞らせないようにするつもりだ。

 複雑かつ高速で飛び回る中で唐突に爪を突き立てる猫又に対し、ユウキさんは冷静に半透明な壁を展開し防ぐ。その攻防を俺は目で追うことしかできなかった。今の所両者の実力は拮抗しているように見えるが、攻撃手段に乏しいユウキさんはジリ貧か。なにか、なにか俺にできることはないか。あたりを見回しながら考えていた時、あることを思い出した。


「そうだ、あるじゃねえか奥の手が!」


 猫又と戦うことを想定して持ってきていたのだ。俺はポケットに入れてたそれを取り出す。


 一房の猫じゃらしを。


 ふざけているわけもなく、俺は大真面目である。霊は意外なことが弱点だったりするものなのだ。妖怪とはいえあいつは猫だ、ちょっとは気がそれるかもしれない。

 ポケットに入れていたせいでへなへなになった茎を握りしめ、俺はチェッカーフラッグのように猫じゃらしを振り回した。


「おらああああああ! こっちおいでえええええええ!」


 普通の猫にやったらこっちに来るどころか地の果てまで逃げ出すような形相になっていたかもしれない。高速で飛び回っていた猫又は、一瞬柱につかまって動きを止めた。よし、これで──


「うっとおしい! オマエから始末してやる!」


 柱にいた猫又が、瞬く間に俺の目の前に飛んできていた。さっきまでの数倍速い。こいつ、全力を隠していやがった……!

 猫又の貫手が俺の喉元に迫るのがスローで見える。俺は手でかばうこともできず、一歩後ろに下がり……


 さっき猫又が真っ二つにした鉄パイプを踏んづけ、足がズルっと滑った。


「え……?」


 俺が後ろ向きに倒れたせいで、猫又は間抜けな声を出し、スーパーマンみたいな姿勢をしたまま虚空を通過。高速で俺の後ろの壁に顔面から衝突していった。同時に、俺の後頭部も地面に叩きつけられた。

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