表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/49

1-2

 クラス役員が全て決定した後、教科書が配布された。手提げ袋がはち切れんばかりの量に俺は愕然とした。高校ってこんなに勉強するのか。


「連絡は以上だ。では、明日からは授業だからな」


 帰りのホームルームが終わる。クラスメイトたちが立ち上がり、ガタガタと椅子の音が鳴る。俺も帰ろうと荷物をまとめていたら、先生に呼ばれた。


「早速君に委員長の仕事をやる」


「あの……本当に俺がやるんですか? 不安しかないんですが」


「大丈夫だ。やることは私が順次教えていく。難しい事ではないよ」


「でも委員長って、クラスのまとめ役ですよね? 俺そうゆうの苦手なんすよ。うまくやっていけるかどうか」


「困ったら四条と協力すればいい。失敗したらしっかり叱ってやる。クラスで問題があったら、それは私が責任を取る。教師とはその為にいるんだからな。君はやるべき事を考え、どんどん実行すればいいんだよ」


「はぁ……まあ、頑張ってみます」


「うん、頼んだぞ」


 こうなったら仕方がない。成すべきことを成そう。不安しかないのは相変わらずだけど。


「それで、俺の最初の仕事はなんですか」






「これは委員長の仕事なのか……?」


 俺は今体育館方向へ廊下を進む。手には玉ひも付き封筒を持っている。


『この封筒を情報準備室まで持って行ってくれ。南棟2階だ』


 これが売木先生から与えられた仕事だった。校内地図を確認すると、南棟はかなり遠くにあった。間違いなく、委員長の仕事という名のパシリだ。


 4組の前を通り過ぎるとき、吾妻に声をかけられた。


「ちょうどよかった。今からテニス部の見学に行こうと思ってたんだけど、多々羅田も一緒に行かない?」


「悪りぃ、ちょっと用事があるんだ。後で行くよ」


「おっけー。じゃあ後で」


 早くこのパシリを終わらせてしまおう。




 体育館横の屋根付き通路を抜けて行く。


「いちにーさんしー」


 体育館の開けられた窓からは部活動の声が聞こえてきた。それを聞き流して体育館の裏へ。


 体育館裏はひと気がなく、僅かに聞こえる部活動の音以外は静かなものだった。通路の左側は体育館の壁、右側には草木が生い茂っていた。

 これ、本当にこっちで合ってるのか? 一応通路は一本道で続いているので、迷うことはないが。


 通路に沿って右に曲がると、建物が見えた。


「あれか」


 おそらくあれが南棟だろう。2階建ての白いシンプルな建物。壁には汚れが目立ち、俺たちがいる西棟より古い建物であると伺える。


 ようやく南棟までたどり着いた。俺がドアノブを回し、金属製の扉を引くと、重い扉が軋みながら開いた。

 扉を通り、廊下を進んでく。床は西棟のような樹脂製のものではなく、木のタイルが敷き詰められている。廊下の右側の窓からはグラウンドが見える。左側には、生徒指導室、自習室、そして階段がある。階段の向こうにも教室があるが、そちらにもひと気はない。不気味なほど静かだった。


 階段を登って左側に、ようやく情報準備室を見つけた。


 扉の磨りガラスからは中の明かりが漏れていた。誰か中にいるのだろうか。一応、ノックしてから扉を開けた。


「失礼しまーす」


 それほど広くない部屋だ。俺たちの教室の3分の1くらいか。扉を閉めて部屋に入ると、向かって正面に木製のデスクが構えていた。

 そこには、ひとりの少女が座っていた。長い黒髪に、人形と見間違うほど可愛らしい顔立ち。そして、心の中まで見られてるような感覚になるその眼差しを、忘れるはずがない。


「き、昨日の……!」


「ああ、キミ。路地裏で会った覗き魔」


「違う」


「じゃあ足フェチ」


「……違う」


 会って早々言いたい放題の少女。女の子に性癖を暴かれるのは辛すぎる。とっとと用を済ませよう。


「これ。売木先生にこの部屋に持ってくるように言われた。君に渡せばいいのか?」


「そうだね。受け取る」


 俺が差し出した封筒を少女の小さな手が受け取る。封筒を一瞥して脇に置き、俺の方を見て口を開いた。


「やはり興味深い」


「えっ?」


「いや、独り言。とりあえず座ったら? 話をしよう」


 気だるげな、囁くような声で俺に椅子を勧める少女。俺は彼女の顔を見るが、そこから何かを読み取ることはできなかった。

 言われるがまま、目の前の木椅子に座る。デスクを挟んで少女と向かい合って座る形となる。なんだか面接を受けているようだ。


「キミに聞いてもらいたい話がある」


「は、はい。なんでしょう」


 少女が真面目な雰囲気を出すので、俺も思わず姿勢を正す。少女が口を開くまで、じっと待っていた。


「…………実は、私は霊能者なんだ」


「はあ…………。そうですか」


「…………」


「…………」


「えっ」


「えっ」


 少女が真顔のまま素っ頓狂な声を出した。つられて俺も同じような声を出してしまった。な、なんか間違えたか?


「聞いてた? 私は霊能者なんだよ。超常的な力を行使できちゃうんだよ」


「聞いてたって。てか言われなくても何となく分かってたよ。昨日懐中電灯からビームぶっ放してたし」


「…………驚かないの?」


「あー…………。何というか、俺って昔からすごく運が悪いというか、トラブルや厄介事を吸い寄せちゃうんだ。今までロクでもない目にあってばかりだったけど、中には常識とか物理法則はどこに行ったと思えるような、意味不明な事態に巻き込まれたこともあるよ」


 超能力者とか魔法使いみたいな人間には出会ったことはないが、いても不思議ではないと思っていた。だから、あまり驚きがなかったんだと思う。

 そんな俺に、少女は頬杖をして、売れない芸人を見るような目を向けてくる。


「ふーん、つまんないの。普通の人間はもっと面白い反応をするよ」


「悪かったな、普通じゃなくて。それで、俺にその話をしてどうするんだ?」


 少女は息を吐き、背もたれに身を預けた。椅子が大きいので、少女の小ささがより際立っていた。


「キミもお察しの通り、超常的な存在や現象は確かに存在する。私は『霊』と呼んでいるけど。問題なのは、それらが存在することそのものではなくて、存在することがあまり認知されていないこと。私が霊能者と言って、キミはあっさり信じた。しかし、半分以上の人間は、『はあ、何言ってんのこいつ』みたいな目を向けてくるもの」


「そりゃ信じない人の方が多いのは分かる。でも、何で知られていないのが問題なんだ?」


「霊に対処できないから。例えば、昨日の鳥。キミ、あの鳥が火を放つのを見た?」


「うんざりするほど見たよ」


「知らないかな。ここ最近あの辺りで不審火が続いているんだけど、実はあの鳥が犯人の可能性が高い」


「…………マジか」


 そのニュースなら今朝もやっていた。先月から続いており、すでに5件ほどあったようだ。


「幸い今まではボヤ騒ぎ程度で、大きな火災には至っていない。しかし、これは深刻な事態。何故なら、まさか鳥が放火犯だなんて誰も思わないから。警察だって、鳥を逮捕する訳にはいかない」


「確かに。間抜けすぎる絵面だな」


 鶏を捕まえる手錠なんてないだろうしな。存在が認知されていないことが問題。この子が言っていたことがよく分かった。


「今の警察では霊に対処できない。しかし、私ならできる。霊に対する能力も知識もある。だから私は、霊絡みの事件を調査したり、依頼や相談を受けたり。言うなれば、何でも屋、探偵のような活動をしている。今回の鳥も、私は調査し、後を追っていた。その途中で……」


「俺と出会った。なるほどな、あそこにいたのは偶然じゃなかった訳だ」


 結果的に言えば、俺はこの少女に助けられたことになる。改めて感謝の言葉くらい言っておくべきだろう。


「言いそびれていたけど、昨日は助かったよ、ありがとう。しかしすごいな。自分の能力を社会に役立てるために、そんな活動しているなんて」


「いや、この活動は単なる退屈しのぎ。この件だって、面白そうだからなんとなく首を突っ込んだだけだし。まあそもそも、私があの鳥を追いかけ回さなかったら、あの路地裏に行くこともなかっただろう」


「俺の感謝と感心を返せ」


 思ったよりロクでもないぞこいつ!


「だって退屈なんだよ。つまらない日常を延々と続けるなんて耐えられない。霊の専門家なんてほかにいないだろうから、様々な依頼が私のところへ集まってくるはず。退屈を紛らわすには最高の活動。もちろん、依頼に対しては誠実に仕事をするし、顧客の満足度も高い。だから、そんな目で私を見るのはやめてほしい」


「まあ、俺は君に助けてもらった立場だし。文句は言えないが」


 だんだんこの少女のことが分かってきた。ただ退屈だからという理由だけで、自分から厄介事に首を突っ込む変なやつ。俺とは正反対だ。


「私の事はどうでもいい。本題はキミの不幸体質」


「……そう言えば、昨日も言ってたな。俺の体質がどうって。なんでその事を知ってた? ……もしかして、君が言う霊が絡んでいるのか」


「その通り。キミの体質については、昨日一目見て分かった。霊気の乱れとでも言うべきかな。初めて見るよ、キミのような状態は」


「そうか……」


 多少のショックはあるが、ある程度は予想していたことだった。神様に嫌われてるんじゃないかと思うほど、俺は運が悪い。普通じゃない事態に巻き込まれてばかりの俺が、1番普通じゃないのでは? 薄々感じていたことだ。

 しかし、そんな俺にもついに希望の光が見えた。この少女だ。


「なあ、キミはさっき、自分なら霊に対処できるって言ったよな?」


「言ったよ」


「なら、俺のこの体質を治す心当たりはないのか?」


 言うなれば、この子は霊の専門家だ。それならば、神社でお祓いを受けても治らなかった俺の体質を、なんとか出来るかも知れない。


「いや、それは出来ない」


「そ、そっか……」


 しかし、その希望はあっさりと雲散霧消した。期待の分、俺はかなりへこんだ。

 しょぼくれている俺に対して、少女が声をかける。


「たとえ心当たりがあったとしても、キミの体質を治すなんて勿体無いこと、しないけど」


「………………は?」


 少女が言ったことを理解するのに、幾ばくかの時間を要した。


「え、何言ってんの? 勿体無いってなんなの? 俺言ったじゃん。この体質のせいで何回もエライ目にあってるんだって」


「楽しそう。羨ましい」


 俺は呆気にとられ固まった。もはや彼女の意図を考えることすら放棄した。石像のようになっている俺に、彼女は話を続ける。


「私の活動については話した通りだけれど、同業者がいないとは言え、そもそも知名度があまりない。前は顧客の紹介なんかで依頼があったけど、最近は依頼が来なくて、結局退屈なんだよ。そこで、キミの体質。何もしなくてもトラブルを呼び寄せるんだよね?」


「ああ……そうだな」


「つまり、キミの側に居ればトラブルの方から勝手にやってくるということ。退屈せずに済むということ」


 語る少女は、前のめりになり、口角が緩んでいた。

 初めて見る少女の笑顔。その笑顔は──魔女の微笑みだった。


「ねえキミ、取引しない? 私の活動に協力してよ。 と言っても、基本的に放課後にここに来てくれればいい。その代わり、降りかかる火の粉は私が払ってあげよう」


 さっき俺は、少女を変なやつだと思った。


「どうかな? お互いに利益があると思うけど」


 訂正だ。変なやつでは到底言い表せられない。


「私と一緒に、不幸になろう」


 イカれてる。こんな笑顔でそんなことを言うやつを、それ以外の言葉で表現できない。


「たとえどんな妖怪変化が襲ってこようと、守ってあげる」

 

 今の俺にとって1番の妖怪変化はお前や。


「……お前、怖くないのか? 不幸になるのが」


 少女が口を開こうとする。だが言葉が発せられる前に、扉をノックする音が響いた。

 後ろを振り返ると、扉の磨りガラスの向こうに人影が見えた。


「どうぞ」


 少女が言うと、扉が開けられた。


「失礼します」


 開けられた扉から姿を現したのは、1人の女性。セミロングの髪と眼鏡。それくらいしか特徴が挙げられない、素朴な女性だ。


「あの、天川(あまかわ)さん。そろそろセミナーの時間なんですけど……」


「そんな時間か。分かりました。すぐに行きます」


「はい、よろしくお願いします」


 女性はそのまま出て行ってしまった。

 今のはなんなんだ?


「さて、行かなくては。明日もここに来て。返事を待ってる」


 少女はデスクの引き出しから手帳とノートパソコンを取り出し、立ち上がって扉の方へ。俺は振り返って、扉を開けて部屋を出て行く少女の後ろ姿に声をかける。


「ま、待って。最後に1つ。君の名前はなんて言うんだ?」


 少女は立ち止まり、俺に横顔を見せて答えた。


「私の名前は天川照羽(あまかわてるは)。それじゃあ、また明日」


 少女が出て行き、俺は部屋にひとりぼっちになった。






 俺はテニス部の見学を軽く済ませ、家へ帰ることにした。折角だから現役部員と打っていかないかと誘われたが、丁重に断った。

 家へ帰る途中。電車に揺られながら、あの天川という少女が言っていた取引について考えていた。

 天川の活動に協力する代わりに身を守ってもらう。いい話に聞こえるが、要は俺が事件を呼び寄せる餌になるという事だ。彼女はトラブルを望んでいる。結局のところ、俺はますます不幸な目に遭うことになる気がする。


 電車が駅に到着する。電車を降り、改札を抜けると。


「すみません、お願いします。お願いします……!」


 中年の男性が、必死な顔でビラを配っていた。男は口髭をたくわえ、高級そうな背広の似合うこれぞ紳士といった風貌だった。


「うちのピーちゃんが逃げ出して……! 見かけましたらご連絡下さい!」


 どうやら、ペットが逃げ出したようだ。縋るようにビラを差し出すが、受け取る人は少ない。若干同情しつつ、通り過ぎようと思ったら。


「…………あっ」


 目が合ってしまった。男は俺の方に近付き、ビラを差し出す。


「ピーちゃんが逃げてしまって……。家族も同然なんです。この写真の子を、どこかで見かけましたらご一報下さい。お願いします」


この状況で受け取らないのは変だろう。俺はビラを受け取る。


「はあ、そうですか。わかりましてえええッ!?」


 ビラを見た俺は大声をあげてしまった。それに男はびっくりしたようだった。


「!? ど、どうされました!?」


 どうしたもこうしたもない。


 ピーちゃんって、昨日のイカれた鶏じゃねえか!



 ……もうあの鶏とは関わりたくない。俺は何とか冷静を装う。


「い、いえ……。何でもありません、失礼しました」


 男は俺の顔をじっと見てくる。その目には、疑いの色が混ざっていた。


「……………………もしかして、心当たりが?」


 俺は男の視線から逃れるように顔を逸らす。


「……いえ、なんのことかさっぱり」


「絶対嘘ですよね! わああああああ、お願いしますううううう! ピーちゃんは何処に、何処にいいいいい!」


「は、離せェ! 抱きついてくんなよ! むさ苦しい!むさ苦しい!」


 顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きついてくる男と、引き剥がそうとする俺。男同士の闘いは、数分に渡って続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ