その2
「それをバカだと言っているのだ」
国王陛下の声はワナワナと震えていた。
「父上。我国はこの大陸の経済の中心です。それは揺るぎないことなのですよ。そしてそれは我国の力です。
なぜそれを理解なさらないのですか?」
「何も理解していないのはお前だ。今でさえ、この状況なのだぞ! 周りをみろ」
国王陛下たちが走って来てからは、王子たち以外は誰も一歩も動いていない。それなのに、ナディア嬢と供に会場を出ようとする貴族で出口まわりはごった返しており、逆に王族席のまわりはガランとしている。
ポンシオ王子はそれでも理解できないようだ。貴族たちが出口にいるのは偶然だと思っているようだ。
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この国は実は大陸の中でも非常に小さな国である。この大陸はオーストラリアほどの大きさであり、その中でこの国は四国ほどの広さである。そんな小さな国がなぜこの大陸の経済の中心だと王子が曰うのか。
それは、この国が中心に近い場所で、ここから鉄道が六方に広がる形になっており、この国を通って流通させているからである。
城下町から少し離れた南側に、城下町より大きな駅があり、荷物や人がいつも行き来している。乗車券などに通行税を上乗せしてありそれがこの国のほぼ唯一の産業であった。
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「ナディア嬢。とにかく、悪いのはこちら側だ。なにをおいても…」
国王陛下の言葉の途中、扉が外側からゆっくりと開いた。
「ソラナス侯爵…」
国王陛下の声は怯えている。
そこには、貴族姿ではなく、スーツ姿の中年なのに中年に見えない紳士が立っていた。
「陛下。ラストチャンスだと、伝えたはずですよ」
低いバリトンボイスで優しげに語りかける。
「お父様……遅刻です」
「すまない。大きなビジネスチャンスだったんだ」
「それで?」
「きちんとまとめてきたさっ!」
ナディア嬢に向かって親指を立てて、グッと合図する。
「それはようございましたわ。ところで、わたくし、お肌に悪いのでもう帰りたいのですが」
「おお! そうだな! ここにいても意味はない。帰ろう!」
「ま、待ってくれ! この通りだ!」
「父上!」
空気を読まないポンシオ王子が国王陛下にまだたてつく。
「おいっ! このバカ二人を部屋に閉じ込めておけっ! 窓にも廊下にも騎士を配置せよ。ネズミ一匹通すなよ」
国王陛下が騎士たちに命令し、ポンシオ王子とビビアナ嬢は監禁される部屋まで連れていかれた。
「ふぅ。
国王陛下。すべてが遅すぎなんですよ。ヤツの不貞は何度目ですか?」
「そ、それは…」
「とにかく、ナディアも帰りたいと言っているし、私もここにいる意味がない」
「あ! 明日、もう一度だけ! もう一度だけ会ってもらえないだろうか?」
「そうですか。明日ねぇ」
スーツ男ソラナス侯爵は目を細めて国王陛下を見てから自分の声が会場に聞こえるように顎を上げた。
「明日の話し合いを見たい方はいますか?」
ソラナス侯爵が問うとほとんどの者が挙手する。
「「「あ…」」」
国王陛下と重鎮たちは情けない声を漏らした。
「陛下。こういうことです。これ以上、私とそちらとだけで密室で決めるのはよしましょう。
みなに聴衆権を与える。それでよろしければ、もう一度だけ、話をしてもいいです」
「わ、わかった。明日、朝9時によろしく頼む。みなが傍聴できるようにいたそう」
「もしものために、みんなの分の昼食も頼みますね。では、失礼しますよ」
ソラナス侯爵は振り返るとナディア嬢に腕を出す。ナディア嬢とともにソラナス侯爵が退場すると、後を追うようにほとんどの貴族がいなくなった。残った貴族も空気を読んで退場した。
残ったのは五人の重鎮と王族席で腰を抜かす王太后と王妃だけであった。
「ポンシオ王子はいかがいたしますか?」
「あの部屋なら何も不自由はないであろう。すべてが終わるまで、監禁しておけ」
「明日の会場は大会議場でよろしいですか?」
「そうだな。それは、文官に任せればよい」
「はっ!」
近くに待機していた文官が動く。
「おいっ! 奥と母上を王宮まで送ってまいれ」
騎士たちがメイドを伴い動く。
「我々は、会議だ。執務室へ急げ」
そして国王陛下たち重鎮も動いた。