その1
ここは、ある大陸のど真ん中より少しだけ北側にある、トルエバ王国。国の東側に大きな湖があり、その西側の畔に王城が立っている。王城の西側には、城下町が栄えていた。
今夜は、国中の貴族を集めた夜会である。夜会が始まる直前、国王陛下夫妻はまだ入場していない。そんなタイミングであった。
「ナディア・ソラナスよ。君との婚約を今ここで解消したい」
この国の第一王子であり唯一の国王陛下夫妻のお子であるポンシオ・トルエバ王子が声を大にして叫んだ。
「ポンシオ王子殿下。なぜでございますか?」
ナディア・ソラナス侯爵令嬢は、慌てた様子も悲しむ様子もなく質問をする。
「私は! 君の地味な顔が許せないのだ!」
「え?」
「ビビアナよ、こちらへ」
ビビアナと呼ばれた女性がポンシオ王子の元まで来ると、ポンシオ王子はビビアナ嬢の腰を抱いて引き寄せた。
「私はビビアナのような顔もスタイルもゴージャスな女性が好みなのだ。君はどちらも普通すぎる」
確認しておくがナディア嬢は決して普通ではなく、間違いなく大変な美人である。スタイルも抜群で出るところはイヤミでない程度にしっかりと出ている。
ただし、ビビアナ嬢の方が美人には違いない。ナディア嬢が国で三番目くらいの美人で、ビビアナ嬢は『傾国の美女』と言われるほど世界で三番目くらいの美人であるくらいの差であり、どちらも美人には違いない。好みによってはナディア嬢を選ぶ審査員もいるだろう。
かくいうポンシオ王子は……全くもって普通である。
顔も普通でスタイルは少しチビでオーラは全くと言っていいほどない。町に平民服でいたら絶対に埋もれてしまう。
「畏まりました。婚約解消は受け入れますわ。確認させていただきますが、ポンシオ王子の心変わりということでよろしいですわね?」
ナディア嬢はわざと『殿下』を外したのだがポンシオ王子は気がつかない。
「ああ。これが運命の愛というものなのだろうな。私はこの愛を貫くと約束しよう」
「ポンシオ王子殿下ぁ~」
ビビアナ嬢がポンシオ王子にしなだれかかった。ポンシオ王子も自分に酔っているようだ。
「ポンシオ王子との婚約解消となれば、わたくしはこの国にいては恥となります。わたくしは家族とともに国を出ますわ」
「それは勝手にするといい。国を出るなら慰謝料は払わんぞ」
「そんなものいりませんわ」
「ふん! なら、好きにしろ」
ナディア嬢は会場へと向き直った。
「皆様。わたくしどものためにお時間をいただきまして、申し訳ありませんでしたわ。王子殿下との話し合いは済みましたので、皆様は、どうかこのままお楽しみくださいませ。
わたくしは、お先に失礼させていただきますわ。
皆様、ご機嫌よう」
ナディア嬢は会場に挨拶をするためキレイなカーテシーを披露した。
ナディア嬢が会場の出口に向かい王城の騎士が扉を開けようとした瞬間、奥から声が掛かかる。
「ナディア嬢! 待ってくれ!」
ナディア嬢の元まで、全力で走ってくる男性五人がその場でスライディング土下座を披露した。
「はぁ! はぁ! はぁ!
ぐ、愚息が、本当に申し訳ないっ!
はぁ! はぁ! はぁ! すぐに廃嫡するゆえ、どうか、どうか、許してほしい」
なんと! 息も切れ切れに一番前で土下座していたのはポンシオ王子の父親、つまりトルエバ国王陛下であった。後ろで土下座しているのは、ポンシオ王子がやらかした瞬間に国王陛下を呼びに行った国の重鎮たちである。
「国王陛下。ここで土下座はさすがにおやめくださいませ。わたくしの品位が問われてしまいますわ…」
「そ、そうか」
五人は立ち上がる。
「父上! 何をしていらっしゃるのですかっ!
国中の貴族の前ですよ。恥ずかしくないのですかっ!」
ポンシオ王子がビビアナ嬢の腰を抱いたまま国王陛下の元まで来る。
「恥ずかしいのはお前だっ! 何も知らないバカをさらしおって! ナディア嬢が国の宝だとなぜ知らんのだ?」
「何をおっしゃっているのです?
ナディアの家族、貴族家一家など失おうとも、我国にはなんの影響もありませんよ」
ポンシオ王子の言葉にそこここでため息や悲鳴が漏れた。