#8 冒険者試験
「どなたかは存じ上げませんが次はないですからね?」
然り気無く男に忠告するとフレデリカは僕の腕に自分の腕を絡めてきた。それはもう「自分はこの人の物ですよ」と周りに見せつけているように。
「くそぉぉ、ポーション職人の癖にあんないい女とイチャつきやがって……」
「あんな野郎の何処がいいってんだ……。俺ならあの身体を満足させてやれるのに……」
「おいバカっ、あの嬢ちゃんに聞こえてたらアイツと同じ末路を辿ることになるぞ」
「でも気に食わねぇだろ。……あの嬢ちゃんがいなくなれば弱っちいポーション職人の小僧が残るだけだ。その隙を突いて小僧を痛め付ければ……」
ああ……他の冒険者からの視線が痛い……。
不穏な計画を企てている集団もいるが今は無視だ無視。いちいち構っていたら日が暮れてしまう。
「ポルカ様、忠告を聞きそうにないあの方たちも懲らしめた方がよろしいでしょうか?」
前以て叩き潰すのは悪くないけど先も言ったようにギルドでの私闘は禁止だ。今回は正当防衛で片付けたがこれ以上は罰則を受けるかもしれない。
「しなくていいよ。それに彼らも馬鹿じゃない。ここでは何もしてこないさ。それよりも受付に行こう」
受付の窓口は大きく分けると四種。
依頼受注に依頼報告、資格受験と素材買取。
基本はこんな感じだがギルドの混み方次第では臨機応変に変わる。夕方に資格受験なんて利用する人間は少ないからな。効率的に動くには依頼報告や素材買取に回るのがいい。
まあ、今回はその資格受験の窓口を利用するわけなんだが、
「あの、冒険者の資格を取りたいんですけど……」
「はい! ……ってポルカさんですよね!? 昨日は色々とありましたが大丈夫でしたか?」
僕のことを気にかけてくれる彼女は受付嬢のアリア。歳も割りと近く、僕の職業を馬鹿にしない人間の一人だ。今日の彼女の担当はここらしい。
「アレスたちの件ならもう割り切ってるから。それよりも彼女の冒険者資格を取るための試験をしてほしい」
「フレデリカと申します。ポルカ様の〝嫁〟としてお世話になると思うのでよろしくお願いします」
「お、お、お嫁さんで……すか……。ポルカさん、お嫁さんがいらしゃったんですね……」
フレデリカは〝嫁〟という部分を強調したけど正式には違うからな。嫁になる予定の人だぞ。
アリアはアリアで何故かショックを受けて落ち込んでいるようだ。仕事に支障を起こさなければ良いのだが。
「それで資格の件はどうなる?」
「あっ、大丈夫ですよ。今日の試験官は……カルロスさんですね……。どうします?」
「ああ……それは運が悪いな」
「カルロスさんという方はそれだけ腕が立つ方なのですか?」
「ここのギルド職員では、な。あの人が試験官の時に試験に受かった人は少ない。まあ、もし受かったならその受験者は優秀な冒険者になるジンクスみたいなものがあるな。現にカルロスさんから合格をもぎ取った人は有名な冒険者として各地で名を馳せているって噂だ」
ちなみに僕の場合は定年退職寸前の職員だった。
あの時の試験内容は見るに絶えないものだったな。
合格したのもこれからに期待という年配者からの同情染みたものがあったし……。違う人が試験官だったら僕はまだ冒険者になれていないかもしれない。
──まあ、僕の黒歴史はここでは関係ない。
それよりもフレデリカだが、
「やります!」
なんてやる気に満ち溢れた表情。僕なら次に見送っている。
「本当によろしいのですか?」
「はい。ギルド職員一の実力者が出てきてくれるならこれ以上のものはないです。それにその人を倒せばポルカ様に私の実力を認めてもらえますので」
最初に男に絡まれた時の早業を目にして、僕は彼女の実力を認めているんだけどなぁ。
あれは一朝一夕でできる動きじゃない。相手をよく見て動きを合わせる。洗練された動きだ。
ん? 今更だけど男の件やカルロスさんとの試験も自信あり気なことからフレデリカってかなりの実力者なのでは?
それもこれもこの試験でわかることか。
「では試験を受けるということで。試験会場に案内しますのでフレデリカさんはこちらへ。ポルカさんもご一緒しますか?」
ご一緒しなければフレデリカが不満を言いそうだからな。それにフレデリカが万全な状態でカルロスさん相手にどれだけ戦えるのか興味もある。
僕はフレデリカの付き添いとして試験会場に向かうことにした。
それから20分後、会場の入り口から一人の男性が現れた。
「俺が試験官だからって試験を受けない根性無しばっかだと思ってたんだがな」
愚痴を言いながら来たのがカルロスさんだ。受験者がいないと今まで寝ていたのだろうか、後ろ髪が寝癖で跳ねている。
「アリアちゃん。試験を受ける奴がいるって聞いてたけど、女だとは聞いてないよ」
「男性でも女性でも受験者は受験者です! しっかりやらないとギルドマスターから減給されますよ」
「うげっ、それはやだな。それじゃあ時間も勿体ないし始めよっか。えっと、フレデリカちゃんだっけ? 試験である以上女でも容赦はしないから」
「そうして貰わなくては困ります。カルロスさんには本気を出していただけないと私が圧勝してしまうかもしれないので」
にこやかに言うフレデリカ。
その言葉を聞いてカルロスさんに笑みが溢れると同時に先程までの気楽な様子が消えた。
「へぇ、言うねぇ~。俺相手に挑発してくる奴なんて初めてだよ。それだけ自信があるってことだ」
「あら、自信ではなく事実を言ったまでですよ」
「アリアちゃん。早く合図を出して。試験官の立場を利用してこの女には教育せにゃならん」
「はぁ、ほどほどにしてくださいよ。それではフレデリカさんの試験を始めます。両者武器を構えて」
フレデリカは二本の短剣を、カルロスさんは背負っている片手剣を抜く。
「始め!」
合図と同時にフレデリカが一気にカルロスさんの懐に入る。
凄まじい速さだ。あれで『アクセルポーション』を飲んだ日には誰も追い付けない。
そのままフレデリカは短剣の剣先を振り上げる。
カルロスさんは奇襲を受けて驚いたのか防ぐので精一杯だ。
僕だって警戒はしていれどいきなり目の前に入り込まれたら攻撃など考えず防御に徹する。
キィィン、と金属がぶつかり合う音が響くとカルロスさんは勢いに流れるまま後退した。
「あっぶなぁ。あの速さに加え剣戟にも重さが乗ってた。さすがフレデリカちゃん、口だけじゃないようだね」
「カルロスさんもギルド職員一と言われるだけありますね。本当であれば一撃で終わらせるつもりで行ったのですが、考えてみればポルカ様に実力を見せるにはもっと時間をかけた方がいいですね」
うちのフレデリカさんは随分と余裕があるようで……。
それが満身に繋がらなければいいが、あの様子だと取り越し苦労だな。
「フ、フレデリカさんって何者なんですか? 今の攻撃も速すぎて私には見えませんでした」
フレデリカが何者かは僕にもわからない。それを知るための同棲生活なのだから。それと、あの攻撃に関しては僕の目にはちゃんと見えていたぞ。
「ポルカって最近パーティを追放されたひょろっちい奴のことか? 悪いけどあんなポーションしか作れない奴と一緒にいない方がいい。研ぎ澄まされた君の刃がなまくらになってしまう。その代わりどうかな、俺を君の専属受付にしてこの街、いや、他の国でも負けない冒険者に育ててあげるよ」
冒険者、ギルド職員共々僕の評価は変わらないようだな。
まあ、僕も気にしていない。言いたいなら言わせておけ。
でも僕が割り切ったところで、
「………ここにいるほとんどはポルカ様の実力を知らない愚か者ばかりですね……。それに男の人はすぐに私を自分のものにしようとする……しかも身体目当て………私の身体はポルカ様だけのものなのに……」
あれは非常にヤバい。完全に殺る目だ。このままじゃ死者が出る。
「フレデリカ! これは試験だ、感情に任せた殺しは無し! でも合格するためにも戦意を喪失させるぐらいなら許す!」
「はぁい! ポルカ様が仰るならそうしまぁす!」
振り返って僕に見せた表情は笑顔だったが、カルロスさんに視線を戻した時には元通りだった。本当に大丈夫なのか?
「カルロスさん、先の申し出はお断りします。それと、昔はどうであれ今のポルカ様は強いですよ」
「君は騙されている。生産職のポーション職人が冒険者としてやっていけるはずないだろ!?」
「何を言っても信じないようですね。ならいいです、もう終わらせましょう。あっ、言っておきますが、もうあなたは私には追い付けませんよ」
フレデリカがそういった瞬間、カルロスさんの片手剣が宙を舞う。
「へっ!?」
まったく、あれ以上の速さが出るのか。
フレデリカの短剣はカルロスさんの首もとで寸止めされていた。そのまま腰を抜かすカルロスさん。
「アリアさん、これでいいですか?」
「は、はい。カルロスさんを戦闘不能と見なしフレデリカさんは文句無しの合格です!」
「やりましたよポルカ様!」
これでフレデリカの冒険者試験は終わった。これからは冒険者についての講習がある。僕は受ける必要もないためギルド内で待つことにしたが、フレデリカに関して一つ言っておこう。
結論、状態が万全なフレデリカは僕の予想以上に強かった!
でも何でここまで強いのに奴隷になってしまったのだろう。謎が深まるばかりだ。
次回はフレデリカの講習が終わるまでのポルカの様子を書こうと思います。ざまぁ展開も多少あり。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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