60 神殺しの爪
ムシュー、プシュー、ゴフ―と息が漏れ、異臭が漂う。このまま
玉座の間にいる事は死を意味するであろう。それ程に、スラントの
吐く臭い息での汚染度が高いのである。
「旦那様、上部の窓を解放して空気を入れかえないと」
「ダメだな、そんな事をすれば王都はおろか、世界中にウイルスが
蔓延してしまう」
「どうするワン? 皆でファイアぶっ放して、あたちのスキルで3
776倍して燃やしちゃうワンはどうかワン?」
「白、それをやったら城ごと吹っ飛ぶぞ。別の方法を考えないとい
かんな……ユウ、呼んでほしい女神がおりのじゃが」
「……なんかミーコが皇后しいよ。そのキャラで決定なのかい?」
「いいからはよう。はよう呼ぶのだ」
ミーコが何を呼べと言っているのか察しがついているクルルが森
羅万象の加護から女神を一人呼び出すと、黒姫、白姫に魔法を使う
よう指示を出した。
現在、玉座の間は入口の大きな扉が閉ざされており上部の窓も閉
まっている。いわば密閉空間である、今の状況ならウイルスを外に
出さなければ、パンデミックは起きないはずだ。
ならば――凍らせてしまうまでと「ユキコおいで」クルルが森羅
万象の加護から直接女神を呼び出した。
クルルの傍に来るとペコッと可愛く挨拶をするユキコ。
「ちょっと……なんであの男の人が女神を呼び出したの? そうい
えば、ミーコや黒ちゃん、白ちゃんとも会話してるし」
「テラス様、まだ気づかなないんですか?」
当然のごとくクルルの左肩に座ったスクナビコナがテラスに問い
かけたが、テラスはキョトンとしながら頭に? マークを浮かべて
いたのだが「えっ? まさか、でもビコナちゃんがその定位置に座
って」と呟いき、いきなり顔を真っ赤にして両手で庇いつつしゃが
みこんだ。
「ユウマ……なの?」
「気づいてくれてありがとう、説明は後でいいかなっ、でい!」
クルルが踵を返すと、黒姫達の魔法詠唱に合流する。
『<マジックミサイル・フローズン・フェニックス>最大攻撃』
詠唱後に「白! 聖獣に変化して」と指示をしながらユキコの手
を掴む。
「きゃっ」少し驚いたユキコと白姫の背中に乗るとスラントへ突撃
する、フローズンフェニックスは玉座の間を周回しながら室内を絶
対零度の空間へ変えていく。
「ユキコ、俺達の魔法では玉座の間を絶対零度にするぐらいしかで
きない」
「はい、私が温度を維持すればいいのですね」
ユキコがクルルに微笑んだ。よろしく頼むねと頭を撫でるとクル
ルは白姫から飛び降りた。
「ご主人様」
「ユキコを頼む! スラントの上空を旋回するんだよ」
「わかったワン」
クルルがスラントの前に着地すると同時にオリヒメが合流した。
「ミーコ、黒姫を頼む」
「まかされたぞ」
「旦那様、私も手伝う」
「ダメよ。マイナス273.15度の世界です、この中で生きてい
られるのは神とモフモフだけ」
リリーノが黒姫を諭すとミーコが頭を撫でながら黒姫を包みこむ
ように抱きしめた。
「ユウを頼むぞ。四大神と女神達よ、スラントゾンビを抹殺するの
じゃ」
『はい』
もう完全に、のじゃキャラで行く気のミーコの指示が飛ぶと、四
大神を含めた女神達が個々に散っていく。のだが、マケマケはさり
げなくミーコの傍で女神達に手を振っていた。
「マスター、この戦いが終わったら相談があります」
キュンキュンと剣を回転させながら、スラントゾンビの前に立ち
ふさがるとオリヒメがクルルに重苦しい顔を向けた。「わかった」
と言うクルルの言葉を聞くと――――キュンキュンキュンキュンと
オリヒメに剣が呼応したように反応する。
「ブヒャヒャヒャ、俺の体から溢れるこの力……ブヒャヒャヒャヒ
ャヒャ」
スラントゾンビが両手をピンと前に向ける「いけ! 我が子達よ」
低いうなり声が発せられると指先から腐ったような液体が飛び出し
た――――ビチャビチャビチャビチャと気持ちの悪い音が聞こえ、
床に落ちるとそこには、粘土質の塊になりモゾモゾと姿を変えてい
った。
「きもっ……ワン」
上空から思わず白姫がボソッと呟いたが、誰もが同感といったと
ころだ。
目の前に二十体の粘土スラントが現れたのだから。
ニヤリと笑い『ブヒャ』と同時に言うと粘土スラントが口から黒
い塊をプップップと飛ばす、やがてそれはマシンガンの様に女神達
へ襲いかかった、殺傷力は弱いが大量の塊を避けきれずに次々と女
神が壁に張り付いていく。黒い塊の弾丸は粘着質成分たっぷりだっ
たのだ、悪趣味な攻撃で女神の動きを奪うと「ここからが本気のス
ラント様だ」とあいかわらずのブヒャヒャ顔を見せた。
天使達三人の光の盾で防いでいる四大神とスクナビコナが展開し
た障壁で守られているクルル、リリーノ以外は脱落といった状況だ
……ヴィヴィアンとマケマケは黒姫防衛隊に参加しておりミーコの
結界の中にいるしオリヒメは暗い顔のまま、かたっぱしから塊を切
り飛ばしていた。
ブヒャ顔スラントが舌なめずりをした瞬間だ――――シュパン!
両手と両足の指がゴム紐の様に伸びると壁に貼り付けの刑にされ
ていた女神を貫いたのだ! 「ごふっ」と血反吐を吐く者、「いや
あああ」と痛みと恐怖の悲鳴をあげる者でさながら地獄絵図といっ
た状況だ。
そんな中、リリーノが玉座の間の中心に陣取ると「<アメール>」
を連呼し始めた。東の魔法神が直々放つ上位治癒魔法だ、そうとう
なMPを消費するが対象者一名の全回復を見込める魔法を連発する
あたりは、さすがである。
だが……リリーノの魔法をかけても女神達は回復しなかった。い
や、できなかったのである。
「クルル様、少し離れますね」
スクナビコナがクルルの肩から離席すると「いかせるかよ、ブヒ
ャ」とスラントが指を伸ばして攻撃してきた――――キンキン!
すんでのところで襲いかる爪をクルルが刀ではじき飛ばすと、はじ
かれた爪が床へ突き刺さった――ドスドス、ピキピキ。大理石にヒ
ビがはいる。
「ブヒャ、お前が現れなければ全て上手くいっていたのだ。いいか
げん死ねやああああああ」
ぶはああああ、と臭いウイルス入りの息を吐くが現在は絶対零度
の玉座の間だ、ウイルスなど存在できない。
(ふう、効果はあったな。寒いけど、南極では風邪引かないって言
うもんな)
スラントゾンビの伸縮攻撃をあっさりと躱しながら、反撃の魔法
をぶちかますクルルの元にスクナビコナが戻ってきた。かなり慌て
ながら「死んでました……回復できないわけです」と報告するスク
ナビコナの目が潤んでいた。
「どういう事だ?」
いくらスラントがゾンビ化したとしても女神を殺すなど不可能だ。
クルルはスクナビコナの報告に「いくらなんでも相手は神だぞ」と
言ってしまいそうになるほどだった。
そんなクルルに声をかけてくる女神が一人。けっしてスラントが
攻撃の手を休めている訳ではない、全ての行動は絶え間ない戦闘中
に行われているのだ。「声をかけるタイミングに注意を払ってほし
いですね」とオリヒメが爪をはじきながらクルルのガードに気合い
をいれる。
話して来てください……そう理解するクルルが、オリヒメの頭を
撫でると少しだけ後ろにさがった。
「えっと、オーディンだっけ?」
「いかにも」
「……ミーコとキャラかぶってるよね。それでいいのかい?」
「しらん、妾は昔からこの話し方じゃ。かぶってる言うなら霊峰様
に言ってほしのじゃ」
「……それはまたの機会にするわ。それより」
「そうじゃったな、女神達の死はスクナビコナから聞いたじゃろ。
スラントだったかのう、あやつの爪は、ミストルティンじゃ」
「なんだ……と」
「さすがだな、霊峰の主神様」
しゅじん
「いや、すまん。しらん」
「…………」
「マスター、てい、はう、やあ……ハアハア……ミストルティンと
は」
「とは?」
「なんですの?」
したかたねえなと、クルルが食べかけリンゴウオッチの辞書機能
で検索する。
――――「まずいな……」そう言うことか見つめると、コクリと
オーディンが頷き返した。
「テラス! スラントゾンビの爪には絶対に触れるなよ。死んでし
まった女神達は、かわいそうだが……あの爪はミストルティンで作
られている」
「神を傷つける事ができるヤドリギですね」
「ああ、四大神の身体能力でも万が一がある……しかし、そこまで
の力を……いったい」
そこまで言うことクルルの脳裏にスラントに寄生した蠅を思い出
したのだ「ベルゼバブの仕業か……」もっとよく監察しておくべき
だったと後悔すると同時にクルルにある決断をするきっかけとなっ
た。
「俺がやる……オーディン、皆に伝えろ。ミーコの元に集まって結
界を張れ、オリヒメもだ急げ」
「嫌ですマスター……ここは、譲れません」
「ミストルティンの話は聞いただろ、あれはヤバいやつだ」
「……嫌です。さっきだって……しくじったのに……ここを逃げた
らマスターの守護神でいられない」
「オリヒメ!」
「……大切な事なので二回言います。ここは、譲れません」
固い決意……オリヒメは、マスターであるクルルをジッと見つめ
る。
ムギュ――――「えっ」と驚くオリヒメの頬っぺたを両方摘まむ
とグリグリしながらクルルも見つめ返す……「死ぬな、命令だ」ク
ルルの思いがオリヒメに伝わってくる。
「はいっ! マスター。私は死にません」
「じゃっかんフラグっぽい会話だな」
「ふらぐ? ですか?」
「くっくっ。オリヒメを死なせない為に俺にフラグを集中させとく
かな」
クルルが部屋の隅で結界を張りながら、ことの行く末を見守る女
神達、黒姫、白姫とユキコめがけて叫んだ。
「この戦いが終わったら、皆で飯を食うぞ」
シュタッ! クルルが、笑顔で敬礼をした。
(恥ずかしいほど、効果てきめんだ)
◇◆◇◆
「ユウ!」
「旦那様っえっちょ……」
「ご主人様っワン」
『ユウマ』
◇◆◇◆
「あっ! リリーノっ」
◇◆◇◆
◇◆◇
◇
※※※
「リリーノってなんだワン?」




