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5 黒姫の魔法口座

 目が覚めてから慌てて起きた。

「しまった、寝ちゃったんだ……」

 シロヒメが俺の側で、尻尾をパタパタさせながら見つめる。どうしたの?って顔だ。

「問題あるのか?」

 クロヒメが言った。問題ありありだ、どのくらい寝てた? 俺が

シロヒメに助けてもらった時、残りの時間は後10時間程度だった! そう最後の祝福水が切れたのだ、逆算すればそんなものだろう。

 総帥宣言まで、残10時間だったが、今はどうなっているんだろうか、一日寝てしまったとか? 恐る恐る、クロヒメに聞いてみる。


俺がどれくらい寝ていたかを。


「3時間」


 ホッとした、脳内で計算する。魔物の討伐、素材回収、水浴び、睡眠……。


 残り4時間程度か……ホッ! としてる場合じゃなかった。ウン

ウンと唸りながら、方法を考えている俺にシロヒメがペロペロしてくる。そしてクロヒメに向かって、軽く吠えた。


「賛成だ」


「シロヒメのお気に入りだからな。乗れ」

 クロヒメが、シロヒメに股がった、ミニスカートから黒い下着がチラチラと見える。

 名前と下着は、リンクするのかな。ヤバっ。クロヒメに見られたか? 挙動不審の俺に、手を差し出してきた。俺は、柔らかい感触を堪能しながら、シロヒメに乗った。


「急いでるんだろ? どこに行きたいんだ?」

 シロヒメは二人を乗せたまま待機している。クロヒメの指示を待っているのだろう。


「東の魔法協会に行きたいんだ」

「問題無い」


 クロヒメが、シロヒメの頭を軽く撫でる。


「つかまれ」


 俺は、とっさにクロヒメへ手を回した。


「もう少し下で」


 あっ……あああ えっ? 俺の手はクロヒメマウテンの頂上を制

覇していた。


「ごめん」

「シロヒメ、東の魔法協会ね」


 そう言うと、シロヒメが走り始める、ザッザッザッザッ草を踏む音が聞こえる。その音がどんどん早くなると、次第に音がしなくなった。まるで飛行機の離陸する時の感じだ。


「飛んでる?」


 飛行機なんて、ほとんど乗ったことが無い、飛行機でも恐いと思うのに、こんなむき出しで飛んでいるなんて……思考が停止しそうだ、クロヒメの腰のあたりに回した手は、汗だくでつかまっている。


「心配ない。恐がるな」


 クロヒメが、俺の恐怖を感じたのか、手汗が気持ち悪かったのか……声をかけてきた。

 心配無いって言われてな……あれっ? 風が吹いてないな、景色

はどんどん変わっている。

 まだ地上は森だったが、すごい速さだって事は分かる。飛行機で窓を開けると大変なことになる、アニメや映画での知識だが、シロヒメの上は快適だった。


「ウインドウォール! 風の壁を作って防ぐ」

「バリアーみたいな物か?」

「……バリア?」


 この世界にバリアーという概念が無いようだ。だが、これなら恐くないし、シロヒメの背中はモフモフだし。


 問題無いな。


「どれくらいで着く?」

「3時間程度」


 ギリギリセーフってとこだな。少し安心したとたん、頭の中は疑問で一杯になる。余裕が出てきたって事かな? 悶々としててもしょうがない。クロヒメが答えてくれるか不安だが、聞いてみよう。


「なぜ助けてくれたんだ?」


 クロヒメは、少しうつむいてシロヒメの頭を撫でた。


「気がついたら、シロヒメが走り出していた。シロヒメが私に無断で行動したのは初めてだ」

「クゥ〜ン」

「怒ってない」


 クロヒメは、シロヒメにやさしく話しかける。

 シロヒメが突然の単独行動を取った。驚いて追いかけると、魔物の死骸と男の子がいた。

 クロヒメと、シロヒメは家族だと言っていた。俺は、一緒に育った、家族って意味にとらえていた。あまり多くは聞かなかった。聖獣で家族。いいじゃないか。


「シロヒメが助けた、私も助ける。クルルは未だ 子供だ」


 そこは、とても重要みたいだ。


「クロヒメは、いくつなの?」


 また、何も考えないで言ってしまった。


――いくら少女でも女性だ。よく母親に怒られたっけ――


よく考えてから行動しなさいって。


「二歳だ。大人の女だ」


 俺は目が点になっているであろう。映像でお見せできなのが残念だ。


「獣人種の二歳は、人間種の23歳くらいだ、大人の女だ。私は半獣人だが成長は獣人種と変わらない」


 クロヒメ……けっこうしゃべれるじゃん。


「クルル、子供なのに、少しスケベだぞ」


 てへっ……さっきのパンチら見てたのばれてたんだ。

 東の魔法協会に着くまでの間、クロヒメとしゃべった。

 話せば、けっこうしゃべれる。口数は少ないけど、人間種と会ったのが初めてで、緊張と恥ずかしさがあったらしい。クロヒメって可愛いな。

クロヒメ達の先祖は昔、前の世界で言う日本の位置に住んでいたみたいだ、何千年も前に世界が四つの国に別れた際に、国境の島ってことで無人島にするために、移り住んだらしい、フリード領の東の滅びの森の近くに村があるらしい。フリード領のほうが、後からできた地名だ。先住民のクロヒメ達の先祖は、とくにもめる事も無く暮らしていたようだ、それは今も変わらないらしい。

 滅びの森の魔物や獣の素材を売ったり、特産品を売って暮らしてるそうだ。


 クロヒメが、日本人ぽい名前だったのは、昔先祖が住んでいた島が、日の本の国と呼ばれて、独自の文化を発展させていた為だそうだ。日の本の、ずっと東に、移り住む際に、名前を変え、東の村としたらしい。それなりに、経緯はあったみたいだが、何千年も前だから……との事だ。村の中では、東語が主流らしい。エクスキャリント語は、商売で必要な程度使うようだ。


 だから、クロヒメは黒姫。シロヒメは白姫。なのだ。


 俺は、東語で彼女を呼んでみた。


「黒姫、黒姫」


 黒姫は、顔を真っ赤にしている。可愛い、可愛いいよ黒姫。


「休憩する」


 黒姫はそう言うと、白姫に着陸の指示を出す。


「水飲めるとこ、降りる」


 ものすごくシンプルな指示だ、ほとんど白姫に丸投げだ。程なくして、白姫は上空から水場らしき場所を見つけたのか、下降を開始した。もう滅びの森を抜けたらしく、見える景色は草原に変わっていた。


 白姫の飛行速度で、結構すすんだのに、やっと森をぬけたくらいだ。滅びの森の広大さが伺える。


小さな小川だろうか、水は綺麗だった。白姫はガブガブと水を飲んでいる。そんな白姫の背中を撫でながら、俺は辺りを伺っていた。

見晴らしのいい場所だ、何か出てきてもすぐに分かる。

 黒姫は、背負っていたリュックから、肉の塊を取り出した。さっき倒した魔物の肉だ。


「それ? どうするんだ」

「焼くと うまい」


 どうやら小腹が空いたらしく、肉を焼いて食べるようだ。黒姫は、腰に差していた刀を抜く。


 太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。


「おーっ!」


 思わず声をあげた。それぐらい美しい刀身だったのだ。きっと名のある刀であろう。刀はロマン。


 黒姫は、肉の塊を板の上にのせると……トントントン、サクサク

サク……。


「えっ、この刀で」


 黒姫……男のロマンを調理に使うとは、世の刀コレクターに怒ら

れるぞ、ここは異世界だけど。

 肉の塊を適当な大きさに切ったあと、胸元で刀を構えた。


「ファイア」


 また、聞き取れない。小さな声だ。黒姫が準備していた枯葉の山に、火がついた。


 さっと、刀を鞘にしまうと、黒姫は手際よく枯れ木をくべていく。適当な大きさの炎になったところで、さっきの肉を焼いていく。肉は1本づつ≪くない≫で刺してある。太ももに隠されていた武器だ。


 武器は生活の一部なんだな……ロマンとかって結局コレクターの

エゴなのかもしれない。

 そんな俺を気にもせず、黒姫は肉の番をしている。いい香りがしてきた。時折、ジュ! ジュっと肉汁が、火に落ちて蒸発していく音が、さらに食欲をさそう。白姫も匂いに釣られて近づいてきた。


「この肉食べて大丈夫なの?」


 黒姫は、えっ? て顔をした。


「問題ない」


 黒姫は、焼きあがった肉を口に運んだ。どうやら先に食べてみせてくれたようだ。

 さすがお姉さんだ。白姫には、焼いた肉と生肉の両方をあげていた。魔物の素材は、リュックの中に全部入らなかった為、肉類だけ入れて後は、白姫のお尻? 腰のあたりに、まとめて縛ってある。


「クルルも食べる」


 黒姫が、肉を渡してくれた。おもいきって齧ってみた、ジュワッと口に広がるお肉の味。


「うまい!」


 黒姫は、ニコニコしながら俺の口を拭いてくれた。


「ダガーウルフの肉は、なかなかだ」


 さっき倒した魔物は、どうやらダガーウルフと言うらしい。きっと中ボスクラスだ。


「素材、半分はクルルの取り分」


 黒姫が説明してきた。さっきの魔物は、俺と白姫で倒したのだから、素材は二人の物だと。

 俺が、戦闘に参加していない、一方的に助けてもらったので受け取れないと言ったのだが、黒姫は受け取らなかった。白姫が、そう言ってるの一点張りだ。しかたなく半分づつって事で了解した。

 俺は、肉を食べ終わり、白姫に寄っかかりながら黒姫に色々聞いてみた。少し黒姫との会話になれてきている。こっちが質問すれば、要点だけだが返ってくる。返ってきた答えが、意味不明の場合は、それを質問にすればいいのだ。黒姫は、可愛いな。


 ダガーウルフは、ランク低めの魔物だった……中ボスじゃなかっ

た……仲間を呼ぶのさえ気をつければ、通常は少数頭で行動する。

 足についているダガーを使いきると、ただの狼と変わらないらしい。あくまで、戦える事が前提であるが……初級のハンター達の、いい小遣いかせぎになるらしい。ダガーは飛ばされると、素材として回収できないので、その前に倒すと素材報酬が高くなるようだ。

しかし、ゲームなら荷物はアイテムBOXとか、魔法のカバンとか便利な道具があったけど、実際に魔物を討伐して、素材を回収すると大変だった。リュックには、毛皮を十頭分も入れるとパンパンだ! いつも空にしておくわけにもいかない、自分たちの必要な物も入れておかないと、ハントなんてできないからだ。

 ゲームとはその辺が違う訳だ、ちょっとハントすると荷物が一杯だ。空で出かけると遠出はできない。


 馬車なんて、魔物の餌食だし。ある程度の人数で、目的をもって行動しないとダメだな。赤字ばかりになりそうだ。それ以前に、死ぬ可能性が高い。


「そうだ黒姫、さっきの火が出たの魔法だよね? もう一回みたい

な」


 黒姫は無言で頷くと、刀を振り上げて呪文をとなえた。


「ファイア」


 今度は聞こえた! かっこいいぞ。刀の先から、火の玉が飛んで

川へ突っ込んだ。

 ジュワシュワワワ。火の玉が消えた。すばらしい、まさにファンタジーの世界だ。誰もここがファンタジーの世界だと教えてくれた訳じゃないけど。

俺は黒姫の真似をして手をあげて唱えてみた。

「ファイア」


 やはり出なかった……刀! そうか黒姫の持ってる刀が必要なの

かな? 黒姫に借りてみようかな。

 でも刀は武士の魂みたいに言われても嫌だしな。悩んでいる俺に黒姫が教えてくれた。


「記憶が無いなら、仕方ない」


 黒姫が、やさしく頭を撫でてくれた。黒姫先生の魔法講座が始まった。

 魔法を使うには、魔法具が必要らしい。魔法具は、簡単な物から伝説の一品まで色々あるそうだが、魔法具によって使える魔法が決まるとかでは無いらしい。但し一部の例外はあるようだ。魔法具を作成した者のレベルや使用素材によっては、最初から魔法がセットされている品もあるらしい、プリインストール品と言うそうだ……こうゆう言葉は、異世界の現代日本みたいだな……不思議だ……。


 プリインストール品など市場に出る筈もなく、王宮魔法軍でも持ってる者はいないらしい。

 まさに伝説や幻想級といった品なのだ。ほとんど噂の類という事で納得しているみたいだ。

 黒姫も見たことないのでと、説明はおざなりだった。

 話を戻す。魔法具は簡単な物から高価な物であっても、基本は同じ魔法が使える。但し高価な物は、素材の特性により、消費MPが軽減されたり、効果が上がったりと恩恵を受ける事ができるらしい。

 簡単な話、普通のバイオリンとストラスバ何とかでは、音色が違うと言うか、余計に分かりづらいかな? で魔法具で魔法を使う為には、使用したい魔法をダウンロードしないといけないのだ。

 今回、黒姫が使ったファイアだが、使用MPは2だ。MPの容量を2以上持っていれば誰でも使えるのだ。

 逆に言うと、どんなに良い魔法をダウンロードしてもMP容量が使用量以下だと使えないのだ。あたりまえだな。うん。


 黒姫は、他にライト(辺りを照らす魔法 MP1)

 ウインド(小さな風のカッターの魔法 MP2)ウインドウォール(風の壁を作る魔法 MP5) しか使えないそうだ。MPの容量が10なので、この組み合わせにして、刀にダウンロードしたらしい。MP容量は、修行や経験でレベルが上がると増えるみたいだが、200歳近い大魔道士でやっと100から130程度らしいので、黒姫の容

は、普通より大きい。だってまだ二歳なんだぜ。


「黒姫の刀借りてもいいか?」


「無駄」


 なんで? 刀に魔法が入ってるんだろ。刀は女の魂って事か?


「持主登録済だ。他の人は使えない」


 魔法具ってそうゆう物らしい、もし盗まれたらとか聞いてみたが、持主の所に帰ってくるそうだ。魔法具には、心があるらしく。持主登録もさせもらえない場合が、あるらしい。気に入られないとダメだそうだ。


 滅多にあることじゃ無いみたいだけどね。ここで俺は、ふと気が付いた……。


「ホーリーシャワーは?」


 たしか刀には、入ってなかったはず。


「MP使わない。魔法具もいらない。誰でも唱えれば使える」

 そうなのか、俺でも使える魔法があるみたいだ。言うぞいよいよ魔法とご対面だ。


「ホーリーシャワー!」


 手のひらから水が飛び出してきた。感動だ、これだけでも前異世界で食っていける。


――この時俺は、とんでもない勘違いをしていたのだが……――


 休憩も取った。残りは2時間切ってるはずだ! さあ東の魔法協

会へ乗り込もう。俺の、ホーリーシャワーをお見舞いしてやるぜ!

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