40 岩戸隠れ
テラスは、高天原に戻ってくると自室で一人泣いていた……。そ
して何を思ったのか、またも姿を消してしまった……。とぼとぼと
足を進めるテラス……一人になれるならどこでもよかった……ユウ
マとろくに話もできないまま、彼を苦しめてしまったこと、ユウマ
の心の叫びが、氷の塊となって彼を閉じ込めてしまったことを嘆い
た。
行く当てもなく彷徨っていくると、目の前に洞窟が現れた。
「ユウマを失ってしまった……」
テラスは、洞窟の中に入ると入口に扉を作り結界で封印してしま
った。
……岩戸隠れであった。
◇◆◇◆
テラスが、岩戸隠れをする数日前のことだ。
ブランガランの王宮にある、アメリアの部屋には氷の球体がその
ままに置かれていた。
中には、クルルとオリヒメが閉じ込められており二人とも目を閉
じたままだったので、生死に関しては不明であった……。ただ、ク
ルルの肩に乗ったままのオリヒメを見て、クルルが生きているので
はと思うのと、ごくごく僅かではあるが、クルルとオリヒメの気配
が感じられたののが生きていると思わせる要因だった。
「……どういう事なのか説明して頂けるかしら」
「えっとですワン、ご主人様がヴィヴィアン様に色々言われて、そ
れでここに来たら、氷の塊になったワン……グスン、グスグス」
「……えっと、白姫さんでしたね。落ち着いてゆっくり話せますか」
「はいですワン、ヒックヒック」
そう言ったものの、白姫は目に大粒の涙を溜めて必死に堪えてい
る。これ以上話すのは難しいと判断したのかアメリアの母が、皆を
椅子に座らせるとメイドに言ってお茶を準備するよう伝えた。
「まだ、自己紹介もしてませんでしたわね。私は、ミライラ・イー
ストクラウン・ブランガランです。あなた方のお名前をちゃんと伺
っても宜しいかしら? ウフフ、あなたも、目が覚めたならこちら
へどうぞ」
ミライラが、視線を向けた先にはベットから起き上がった黒姫が
座っていた。
それを見た白姫が、バッと駆け寄って黒姫に飛びついた……。泣
きながら喜びを伝える白姫の頭を撫でる黒姫の顔は、ボーッとした
感じで意味が分からないといった感じだった。
辺りを見渡す黒姫が、我にかえりガタガタと震えだした。
「私は……いったい?」
「その前に着替えていらしたらいかが?」
アメリアの一言に、黒姫は自分の姿を確認すると慌ててシーツで
体を隠した、港のはずれの小屋でのことは、殆ど記憶に無かったが
あの時あの場所にクルルが居たことは少しだけ覚えている。
「旦那様……来てくれたんだ……」
黒姫は、嬉しさと情けなさとクルルにしてしまった事を思い、泣
き出してしまった。
白姫が、優しく頭を撫でながら黒姫を抱きしめた。
「そこの、クローゼットにあるのを自由に選んでも構いませんわ」
「……ありがとう」
アメリアに教えてもらい、クローゼットにある洋服やドレスなど
から黒姫が選んだのは……ジャージのような感じの服だった。
「……それでよろしいの? 私がランニングなどのトレーニングで
使うものですわよ」
「……これがいい。動きやすい」
黒姫が選んだ服があまりにも質素なものだったのが、アメリアの
好感度を少しだけ上げたようだった。アメリアがテラスの巫女とし
て、常に気を使っているのが王族というきらびやかな雰囲気が出な
いようにしていることだ。
アメリアにとっては、お姫様として世間に見られるよりも、アマ
テラス様の巫女として見られたいと思っているからだ。王族の遊び
半分などと思われたくないのだ、神事の際にはそれ相応の格好をす
るが、普段は普通の巫女服で充分だと理解しているのだ。
黒姫の着替えも終わり、テーブルにメイドがお茶を準備したのを
確認するとミライラがさっきの続きとばかりに、自己紹介を求める。
黒姫、白姫、初芽、ルルの順番で自己紹介を済ませると、なぜこ
こにやってきたのかを聞かれた。
どこまで話すかを悩んだが、テラスとクルルの会話に出た、ユウ
マという名前やクルルがしていたテラスへの質問などは、アメリア
もミライラも聞いていたのでこの際、全部話してから、二人のでか
た次第では逃げてしまえばいいのでは……そう結論づけた。
クルルの名前を出す度に、黒姫が泣くので説明はルルがすること
になった。
淡々と話すルル。ユウマがこの世界に現れクルルとして生きてい
ること、テラス、リリーノとの関係やユウマから聞いた呼ばれた事
情などや東の魔法協会とのいきさつ、東村、フリード家とのことを
説明したのであった。
話を聞き終わった、ミライラとアメリアは、メイドにお茶のお代
わりをお願いしてから、二つ三つと深呼吸をした。
「お話は分かりました……アメリアは、アマテラス様から聞いてい
ましたか?」
「いいえ……最近はお忙しかったのでしょうか……あまりこちらに
お越しになっておりませんでしたわ」
ミライラは、その話でアマテラスがアメリアに、話をしていない
のは何か理由があるのではと考えていた。
……だが、過去にアマテラスの巫女としてすごしてきたが、東の
エリアでアマテラスの巫女だけでも数人はいたわけで、全ての巫女
に同じ情報が伝わっていた訳ではないことも理解していた。
「……特別な意味は無い……ですわよね……あらっ? たしか……」
ミライラが、ん? といった顔で天井を見上げる……。
何かを思い出しそうで出てこないそんなもどかしい状況だ、その
雰囲気をさっしたのか皆の視線が一同に集まっていく。
「ルルさん……クルルさんは眠りの呪いと衰弱の呪いが掛けられて
いたと、おっしゃいましたわね?」
「はい、間違いありません」
(おかしいですわ……アマテラス様の信託は、クルルさんの保護を
名目とした幽閉でしたわ。父上には絶対に傷をつけたりせずに幽閉
する旨を伝えたのに……)
「あっ、ごめんなさいね。なんでもありませんでしたわ……勘違い
ですわね」
(ちゃんと確かめてからでないと、うかつに話せませんことよ……
私が、調べますわ)
「ところで、この後はいかがなさるおつもりですか?」
アメリアは、氷の球体に閉じ込められているクルルを見た後に、
黒姫達に問いかけた。
「旦那様の氷を融かす」
「うん」
「ルルもがんばるよ」
「効果があるか分かりませんが……樹海へ行ってみたらどうかしら
?」
「えっ? 母上様、あそこは立入禁止のはずですわよ」
「……たしかにそうですわね。ですが霊峰富士から流れる力を蓄え
た、湖とその地下水で育った巨大な樹海……あそこなら、もしかし
たら……」
『そこは、どこにあるのですか?』
「立入禁止の島国……世界の真ん中にある……」
「もしかして昔、東国があった島ですか?」
「よくごぞんじですね、最近ではそんな話もすることはありません
からね、黒姫さんはどこでそれを? あっ……黒姫さん、白姫さん、
初芽さんでしたね。すぐにピンとこなくてごめんなさいね、あなた
達は東村のお生まれでしょ? なら知っていてあたりまえですわね」
ミライラが、少し待つように言うと足早に部屋を出ていった。三
十分ほどたったであろうか……数人の侍女を連れて戻ってきた。侍
女達は、大きな風呂敷と数個のリュックサックを持っていた。
「この風呂敷でクルルさんを包んでしまいましょう。食料や簡単な
生活用品も用意しましたわ」
「母上様……これはいったい?」
「あなた達は、真ん中の島へ行きなさい。それがアマテラス様のた
めにもなると思いますわ」
「母上様、なぜアマテラス様のためになるのですか?」
「……今は分かりませんが……クルルさんの目覚が重要なカギをに
ぎってる気がしますわ。アマテラス様とクルルさんは、ちゃんと話
すべきですのよ」
黒姫達は、ミライラに船も用意してもらい真ん中の島へ向けて旅
立った。
船には風呂敷で包まれたクルルとオリヒメを乗せている……。
◇◆◇◆
黒姫達が、東の国の王都から船で出発してから数日がたったころ、
それは突然に起こったのだ。
さっきまで明るかった空が、あっというまに闇で包まれてしまい
光が消えたのだ。
航海をしていると起きる、嵐などの悪天候とは違う……いきなり
夜になってしまったのだから、それだけでは無い、気温がグングン
と下がり始める。
「普通じゃない」
「おかしいワン。嵐にしても、ここまで真っ暗なんて普通じゃない
ワン」
「……うん」
「ママ……おかしいよ。気配を感じないよ」
誰の気配? まさかクルルのかと思い、風呂敷を少し開いて中を
覗く。
わずかだが、ほんのわずかではあるが一応クルルの気配はあった。
生きてはいると感じられる程度だが。
「ごめんママ達、パパじゃないよ……」
「黒姫ちゃん達……こんなところにいたのね?」
「えっ? スクナビコナ様」
即座に、四人は片膝をついて頭を下げるが、狭い船内と揺れで白
姫がひっくり返ってしまった……。
「神様の御前で……すみませんワン」
「白姫ちゃんは、元の姿でいいんじゃないのかしら?」
「ハッ、そうですワンね」
白姫が聖獣の姿に戻ると、スクナビコナは全員を見渡してからと
んでもない発表をしたのだった。
「テラス様が……いなくなってしまったの」
『えーーーっ!?』
全員が一斉にスクナビコナへむかって大きな声を出していた。
「いったいどいうことですか?」
「私にもよく分からないの……でもテラス様が、どこかに身を隠し
てしまったのは確かよ」
「……もしかして、テラス様の気配が消えたのもこの闇も……それ
が理由でしょうか?」
「ルルは、テラスの気配が消えたのが分かったのですね」
「このペンダントのおかげです……いつもテラス様を近くに感じて
いましたから、でも今は感じないし宝石の輝きも色あせています」
「……この風呂敷に包まれているのクルル様ですね。そしてオリヒ
メも一緒にいますね」
スクナビコナは、大風呂敷の結び目を勢いよく手で払った……ハ
ラりと結び目が切れて風呂敷が広がった。
現われた氷の球体にスクナビコナが驚いて言葉を失う……。
少し目に涙を溜めながら、氷の球体に手を近づけると目を閉じて
何か念じ始めた。
「はぁはぁ……私の力を持ってもこの氷は砕けませんでした……こ
れはクルル様の心その物ですね……なにがあったのか聞いてもいい
ですか?」
黒姫達が頷き、王宮であった事を話してクルルを救うべく霊峰富
士の力を求めて真ん中の島へ向かっている事を話した。
スクナビコナは少し難しい顔をすると、話の中で何度か出てきた
ヴィヴィアンの行動とシバ神、天界の事情などを呟き始めた……。
「うまく説明できませんし、本当かも分かりませんがクルル様とテ
ラス様は、はめられた……かもしれませんね」
「スクナビコナ様……あたち達どうすればいいワンか?」
「とにかく今は、テラス様の隠れた場所を特定することが先決です
ね。あっ、でもこれは神々の仕事ですから、あなた方はクルル様を
助けてあげないとね」
「アマテラス様が、どこに隠れたか検討はついているのですか?」
「今も必死に捜索をしていますが……まだ分かってはいません。大
丈夫ですよ、ルルはクルル様の事を心配してくださいね……」
スクナビコナは気丈に振る舞うが、顔は不安で一杯であった。
そんな不安を振りほどきたかったのだろう、氷の塊に顔をくっけ
るとしばらくそのままでいたのだ。
「すごく……冷たい……クルル様の悲しみが伝わってきます。たし
かに霊峰富士の力が漲る樹海と湖なら……可能性はあるかもしれな
い」
「スクナビコナ様も、八百万の加護の影響で……旦那様を好きにな
ったのですか? あっ……ごめんなさい。ものすごく失礼な事を…
…」
「気にしないで黒姫ちゃん。私は心の底からクルル様が好きよ、初
めて会った時を今でも覚えているわ……クルル様には内緒よ。すご
く弱くて今にも泣いてしまいそうな男の子がいたの、でも……その
男の子は、二人の女性を守ろうと必死だったのよ。死が目の前に迫
ってきても男の子は、二人を守ることしか考えていなかった……そ
んな男の子が、クルル様よ。一目惚れでしたのよ、たしかに八百万
の加護の話は、テラス様から聞いていたけど、私は嫌いな殿方と繋
がるなんて嫌ですもの……八百万の加護の影響で好意をもったなん
て、私の初恋が台無しです……そんな心の無いことをテラス様がす
るとは思えないわ。信じてほしいな。テラス様のことも、私のクル
ル様への気持ちも……」
「スクナビコナ様……気持ちはわかるけど……旦那様は譲れません」
「そうだワンでも、スクナビコナ様も繋がってしまえばいいんだワ
ン。既成事実がキャワン……痛いのワン」
そんなやりとりに、心が温まったスクナビコナは、テラスを探し
にと言い残すと姿を消したのだった。
テラスが隠れたことで、闇が広がり太陽の光は消えた……この先
どうなってしまうのか不安だらけだが、黒姫達は、クルルを救うべ
く真ん中の島を目指すのであった。
※※※
「テラス様は、どこにお隠れになったワン?」




