4 黒と白
……今俺はものすごく後悔をしながら森の中を進んでいる。
何を後悔したかって? 綺麗なお姉さんの前で、カッコつけた自分にだ。
一度、実家に戻り。歓迎と装備品を用意してもらって、馬車とかで東の魔法協会に乗り込んで総帥宣言をする。後は、ハッピーエンドぐらいにしか考えてなかった。
日本で暮らす温室ボーイが歩いて横浜から東京に行くぐらいにしか考えてなかった。
だからリリーノにも生活に必要な程度の知識しか聞かなかった。考えが甘かった、どこかにゲーム的な感覚があった。
とにかく魔物が多い。滅びの森って言ってたな。でも滅ぶのは森じゃない、入り込んだ者を滅ぼすって事か……。
リリーノは今朝がた高天原へ帰って行った。次にこれるのは早くても3ヶ月以上先らしい。
昨日は出発の準備ってことで、幽閉されていた小屋を調べたが、装備品らしき物はなかった。
地下の倉庫に、俺が着ていたと思われる服と、マントがあっただけでも助かった。
貴族の着ていた服にしてはボロだ。貧乏貴族なのか?白いマントが恥ずかしい。
絶対、前の世界でマントなんて着ないぞ。
48の異世界の力を持ってる俺だ。全てがチート状態だと思っていた。だが、俺にそんな力は無かった体力は5歳児、頭脳は凡人28歳、魔法の使い方は不明。
ゲーム的な要素とかは無いのかな? レベルアップとかしないのか?
ためしに、色々と中二病みたいな呪文は言ってみた……。
何も発動しなかった。とにかく魔物や猛獣などに見つからないように慎重に進む。
リリーノが用意してくれたカバンに、魔除けの祝福水が入っていた。
これを使うと、弱い魔物は出て来ないらしい。一番弱い魔物でも、今の俺では倒せないだろう。とても助かっていた。効果は一本で8時間程度、本数に限りがある節約したいところだが、そんな余裕は全くないのだ。
俺は、森の中で見つけた泉の近くに腰をおろして休憩をしながら、荷物とにらめっこだ、カバンの中に祝福水があと五本、パンが三個、水用の瓶が一本、水は泉で補充した。
「あと2日と少しで東の魔法協会なんてたどり着かないぞ……それどころか、実家にも着けるかどうかだ。どうしよう、間に合わんぞ」
「飛べ! 東の魔法協会へ」
「飛竜召喚……なんとかかんとか」
…………。
恥ずかしいからやめよう。
最後の望みのスキルもリリーノがいないから、確認できないし。
まだ50時間以上かかるだろう。これで取得したスキルが酷かったらどうしよう。とにかく少しでも進まないと、この森は危険だ。
いつになったら抜け出せるのか。食料も底をつき、最後の祝福水を使用してから、だいぶ時間がたっていた……5歳児の体は、とっくに悲鳴をあげている。精神年齢が28歳でなかったら耐えられな
かっただろう。しかし、それもここまでみたいだ。祝福水の効果が切れたらしい、森の雰囲気が一変したのだ。
グルルルル。どこからか聞こえる、獣か魔物か? 少しづつ足音が聞こえる。目の前に現れたのは、たくさんの狼の群れだ。犬ではない素人目にも分かる。
「魔物か……」
この世界で初めて出会った狼が、なぜ魔物だと分かったのかって? だって、爪がナイフみたいになってる……小さめのナイフが、前足に光ってる。左右で十本……後ろ足には無いのか。
たぶん、突進してあの足のナイフみたいな爪で刺すってところかな。
俺は、果物ナイフを取り出した。あの魔物のナイフの半分の大きさもない。リンゴの魔物なら倒せたかもな……。
俺は、魔物の攻撃に備えた。頭だとにかく頭を防御して、隙をみて逃げよう。
しかし、魔物は俺を中心にぐるっと囲んでいる。
逃げ道なんて見当たらない。グルル、グワー、吠えたという例えでいいのか?
物凄い音が響きわたり、圧力のような力が襲ってくる。
俺の全身は硬直した、震えるなんてレベルの咆哮じゃないぞ。
狼のような魔物が右足を上げた。俺は、とっさに身構えた……実際は動いていないが、頭を守るような格好で固まってたからな。
ヒュン、シュパー。空気を切り裂く音がした。
ドスドスドスドス。足元にナイフが刺さる。飛ばしたのか? 考える間もなく第二波が来る。またも、足元に刺さる。
なんだ? 遊んでやがるいつでも殺せるってことか?
俺……死ぬのかな? なんか涙が出てきた、何か女っけの無い人生だったな。最期に? テラスやリリーノといった女性達に出会えただけでも、めっけもんかな。
魔物が前足を上げる。回りを取り囲んでいた魔物達も同じように前足を上げた。
シュパ、シュパー。一斉にナイフが飛んでくる。その数は二百本近い数だ。避けきれる数ではないし、体は硬直して動けない。
せめて痛くしないで、と思ったその時だった。ヒュンっと風の音がしたと思うと目の前には、白いモフモフした固まりが見えた。一瞬のことで判断がつかない。
白い固まりだと思っていたのは……犬? いや違うな、犬にしてはデカイ。まるでライオンを二倍にしたような大きさの、白い獣だ、獣は俺を中心に一周した、俊敏な動きで一周したかと思えば、ナイフが全て地面に落ちる。ドスドス、ドスドス。
大量のナイフを一瞬にして払いのけたのか? そのモフモフな尻尾で。
白い獣は俺の方を向く。
「クゥーン」
小さく確認するように鳴いた後に、ペロペロと俺の顔をなめる。温かい舌がくすぐったい。硬直していた体に、血の気が戻って来るのが分かる、安心してしまったのだろうか?
俺は、腰を抜かしてしまったようだ、その場にしゃがみこんだ。
ヒュン、ヒュン……ドサドサ……魔物達の首が地面に落ちた。
辺り一面が血の池に変わる。白いモフモフが尻尾を振って回転したのだ、すごい早業だったほとんど見えなかった。魔物が全滅すると戦闘状態から切り替わったのだろう、尻尾を振り振りしながら、俺の前で伏せている尻尾がパタパタと揺れる。
かわいい……ぎゅってしたくなるな。
「ありがとう。助けてくれたのかい、名前は何て言うんだい?」
頭を撫でながら、俺は聞いてみた。
「クゥ〜ン クゥ〜ン」
撫でていた手を背中の方へ移動させる。やわらかいしフワフワだし、モフモフだし。
ん?
また足音が聞こえる、俺は撫でていた手を果物ナイフへと移動させる。
魔物か?それにしては足音が小さいな、多数ってわけじゃなさそうだが……ガサガサ、繁みの中から一人の少女が現れた。
「シロヒメ」
それだけ言うと少女が近づいてくる。まだ幼い感じではあるが、中学生くらいか? 六年生ってことはないかな? この感覚も前の世界での常識でしかないのだけれど。
――しかし可愛い子だな、
真っ黒な髪が肩まで伸びている、背は低い150センチないぐらいだが、けして幼児体型ってわけでもない。
小さい体につまった芸術って感じだな。
俺ってどうしようもないな、さっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったのにもう、少女の事を考えてる……生きるってこういう事なんだろ! そうさ、こんな可愛い子を見て、死にたいって思うやついるのか? いたら返事してくれよ。
自分勝手な理屈だが、俺は正しいと思っている。
「あなた、誰?」
「シロヒメが懐いている」
「そういう事か」
どうゆう事なんだ? 全くわからないぞ。喋るの苦手なのかな?口数も少ないし。少女が俺の隣に座った。
思わずドキッとしてしまった。ふわっといい香がする……この世界の女性ってみんな、いい香りがするのかな……?少女がシロヒメを撫でながら言った。
「突然、シロヒメが走り出したの」
その後はしばらく沈黙が続く、俺の頭の中は? でいっぱいだ。少女がしゃべるまで待つか? それともこっちから聞くかな……どうしたものかと悩んでいる俺に、少女の口が開いた。
「剥ぎ取らないのか?」
えっと? シロヒメが走り出したんだよな。シロヒメってこの白い獣の事だよな……。
剥ぎ取るって、いったい何の話だ?。
「消えてしまうぞ」
そう言うと少女は立ち上がり、全滅した魔物の前で何かを呟いた。
「……リーシャワー」
声ちっさ。全然聴こえなかったぞ。少女の右手が輝いたとたん、手のひらから、水が噴き出した、少女は魔物の亡骸に手を向けシャワーで洗うかのように、亡骸にかけ始めた。
それはとても不思議な光景だった。亡骸も地面も濡れていないのだ。
「あのさ、何をしてるの?」
少女はシャワーを止めて振り返った。
「魔払い」
…………。
誰かいませんかぁー?
意思の疎通ができないのか、俺が悪いのか? 前の世界の常識は通じないんだ。きっと知っててあたりまえなんじゃないのか? 魔物がいるのも、魔物がナイフを飛ばすのも、少女が言ってる事もそうに決まってる。
「ごめんね、信じてもらえないかもだけど、俺……過去の記憶がな
くて……」
嘘ではないぞ。この世界の過去の記憶が無いのは本当だ。無いと
いうより、知らんないってほうが、正確ではあるが。
「分かった。信じる」
だよね。そうだよね、信じ……る?
「魔物倒すと三十分で消滅する」
「ホーリーシャワーかけないとダメ」
ゆっくりと語る少女の言葉を黙って聞いた。時間はかかったが内容は理解できた。
魔物という種は、倒した後に 魔払いをしないと消えてしまうそうだ。
三十分も放置しておくと黒い霧状の物になり、消える。血も、骨も、肉も全部消える。
少女が呪文のように呟いたのは、ホーリーシャワー 魔払いの呪文だ。
痛いの痛いの飛んでゆけー。みたいなもらしい……。
ホーリーシャワーをかけた魔物は、素材として食べたり、売ったり、何かを作ったりと使えるらしい、捨てるとこなんて無いのだそうだ。ただし、液体はダメだ。ホーリーシャワーだけじゃ消滅してしまう。別の呪文か素材が必要らしい。
どうしても回収したい場合は、魔払のビンに入れて保管しておく、後で別の素材を混ぜるなり?、呪文を唱えればいいみたいだが、ビンは販売数が少なく、高額
らしい。毎年十本が、市場に出るか出ないからしい……。
「見て」
素材の回収が終わったが、地面に残っていた血の池が消滅した。
掃除要らずだ。
「名前?」
俺の事か?
「あっ。きちんと名乗ってもいなかったし、お礼も言ってないな。ありがとう君のシロヒメに助けてもらった、クルルシアンって言います」
「クルルって呼ぶ」
「おっ、おう。君は? 名前教えてほしいな」
「クロヒメ」
うーん 名は体を表すってこの事だな。まさにクロヒメだ。
「クルル……におうぞ」
えっ? 臭かったか。少しチビったのばれたのか? でも少しだぞ。
クロヒメが俺の手を掴むと、歩き始める、シロヒメが尻尾をフリフリしながら付いてくる。
どこにいくんだろ? 臭いって罪なのか?
「あの……どこに行くの?」
「もうすぐ」
しかし、今はクロヒメに付いて行こう。森の中にいる以上は魔物の事もあるしな。
「シロヒメって狼なの?」
思わず聞いてしまった。沈黙に耐えかねての事だ。クロヒメは、黙ったまま歩き続ける。怒らしたか? 地雷ふんだ
とか?
「聖獣」
せいじゅう。素敵な響きだ、聖獣シロヒメ。
「着いた。脱いで」
そこは泉のほとり、綺麗な花が咲き乱れ、鳥のなく声が聞こえる。なんだろう、この周りだけ明るいな、太陽の光がこの辺り一帯を包んでいる。
深く生い茂る森の中、陽の光を見た。
シュル、シュル、バサッ。クロヒメさん? 何で脱いでるの?
クロヒメの白いお尻をチラチラと見ながら、まるで挙動不審の体だけ児童がいる……クロヒメの可愛い、白いお尻には、フサフサが付いていた……。
「尻尾?」
さっきまで気がつかなかった、黒い艶々の尻尾と、頭には黒い耳が乗っている。
黒髪だったから気づかなかったよ。本当にクロヒメって名前が似合うのだ。
「洗う。来い」
クロヒメに無理やり脱がされた。キャー、キャー、イヤーッなんてね。
手を引かれて泉の中へ入る。水は少し冷たいが気持ちがいい。
「お姉さんが、洗う」
はいー?
クロヒメは俺を幼い子供ぐらいに思っているのだろう。
子供に裸を見られても恥ずかしくないって事か。
眠っていて本当なら23歳で魂は28歳の男に見られるのは、いいのかな?
まあいいや。俺が清い心、童心になって対応しよう。
クロヒメが、頭と体を洗ってくれた。脱いだ服も洗濯してくれた。久しぶりにスッキリした。
純粋な意味でだぞ。服が乾くまで休息を取る、この場所は太陽の光の恵みで魔物が入れないようだ。セーフゾーンってやつか。シロヒメもいる。俺は安心で眠ってしまった。




