37 王都をめざして その四
深い眠りの中で、声が聞こえる……。
「お久し振りね。クルルさん」
「その声は……ヴィヴィアンなの?」
「あら、声を覚えてくれてるなんて嬉しいわね」
そんな会話を始めてすぐに、オリヒメと白姫がヴィヴィアンから、クルルを守るように壁になった。
「そんなに、警戒しないでよ。今日は、クルルさんに何かするつもりは無いんだから。あなたが、八百万の加護で色々と疑問があるみたいだから、教えてあげようと思ったのよ」
「……たしかに疑問は感じているけど、ヴィヴィアンが教えてくれるってのがね〜」
「クルルさんらしいわね〜。大丈夫よ! それとも、聞くのやめる?」
「……興味はあるな……せっかくだし、教えてもらおうかな〜」
(ウフフフ……クルルさんの、ビックリする顔が楽しみだわ。私っていけない女だわ)
「よく聞いてくださいね。私あれから色々調べたの、そして一つの結論に至りましたわ」
いつの間にか、起きてきた黒姫、初芽、ルルもクルルの前で壁になっている。
ヴィヴィアンは、やれやれと溜め息をついた。あの天守閣での一件があったので警戒されているのは、分かっていたがここまでとは思っていなかったからだ。
「警戒されたままというのは、あれですけどいいですわ。その結果なんですけれど、クルルさんは、神々と繋がる為に八百万の加護を授かったのですわ! いえ、授かったなんて言ったら、ありがたい
話みたいに聞こえてしまいますわね。この場合は、無理やりにこのスキルを掴まされたってとこかしら」
ヴィヴィアンの衝撃的発言に、誰もが黙っている。意味が分からないのか質問すら出てこない。
「……神々と繋がる為にって……いったい?」
(フフッ。動揺してますわ、可愛いこと)
「私の推測ですわ」
「推測の話で旦那様を悩ませるような事を言わないで下さい」
「あらら、ずいぶんな態度ですわね。黒姫さんでしたわね、あなたもアマテラス様に……利用されてるのが分からないのかしら?」
「くっ……。いくらヴィヴィアン様でも、アマテラスオオミカミ様への侮辱は許さないですよ」
「ウフッ。律儀ですこと、さすがにアマテラス様の巫女ですわね」
「ヴィヴィアン、ちょっと待ってよ。黒姫に絡むのはやめてくれるかな、いくらなんでも部が悪いよ」
ヴィヴィアンは、このクルルの言葉に嬉しそうな反応でニヤニヤと笑っている。
さすがにクルルも、頭にきたのかヴィヴィアンを睨んだ。
「からかいに来たのなら、もう充分だよ」
「あら、そんなつもりはないですわ。そちらのお姫様が最初に仕掛けてきたんですわよ。ねえ、黒姫さん、あなたアマテラス様から東西南北に属さない神々と相対する場合は、クルルさんを守るのを優先し、畏まらなくて構わないので警戒に力を入れるように教育されてますわよね〜」
「…………」
「あら、図星の黙りですわね」
「ヴィヴィアン、さっきから何なの? これ以上は許さないよ」
(あーもうダメだわ……なんでこんなに、いじめたくなるのかしら、クルルさん大好きよ、でも今日は、ここまでにして話を進めますわ)
「はいはい、続けますわ。八百万の加護を持ってて何か感じませんか?」
「……何が言いたいのさ」
「神様に出逢いすぎると思っいるのではなくて? だって神々が、クルルさんに会いたくなるような効果があるんですのよ。さらに言えば、出逢うと好意を抱いてしまうのよ」
「なにを言い出すんだワン」
クルルは、飛びかかろうとする白姫を押さなだめる。
「なぜ? 止めるワン」
「薄々、気づいていたのではなくて?」
「…………」
「あなたに会った女神は、なんで皆あなたに好意を抱くの? おかしいと思いませんか?」
「…………」
「あくまで、私の持論ですから作った四大神に聞いてみないと、分かりませんけどね」
「今、天界では女神ばかりが存在しているのは、ご存じですか?」
クルルは、一応反応して頷きはするが、目が半分死んでいる。
「天界での女神同士の繋がりには、限界が来ていますわ。分かりやすくいいますと、血が濃くなりすぎてきているのですわ。すぐに、代替わりしてしまうのもその為ですわ。消滅するのが早くなっていたり、体が極端に弱かったり、能力が低すぎたりと異常事態が起きているのですわ。男の神様が少ないのは、最近の草食男子化もありますけど、過去の神々の戦争による激減も原因の一つですわね。とにかく、クルルさんは濃くなった血を薄めて正常に戻す為の『水』ですわね」
「そんな……バカな話を信じるとでも」
「信じるかどうかは、クルルさん次第ですわ。ですけど神々に会いやすくなるのは本当の話ですわ、好意を持つ効果は……私はあると思いますけど」
ヴィヴィアンの話が全部本当だとは思わないが、嘘では無いのは分かる……。
神様は、嘘をつかないからだ。憶測や推測は嘘では無い、だが信じていいのだろうか? 最近の神々との出逢いを思い返しながら、クルルは深い悩みの迷宮に足を踏み入れてしまう。
(ウフフフ、悩んでる悩んでるわ。とどめをさしますわよ)
「クルルさん、なぜリリーノさんが自分の命と引き換えにするほどの秘術なんてご存じだったのかしら? 東の魔法協会の総帥だからって異世界の力を貰ってくる魔法なんて、知り得るのかしらね」
「たしかに……この世界で暮らしていても、そんな秘術の話は聞いたことがない……でも……それは、秘術だからだろ」
クルルは、いつの間にか立ち上がっていた。座っているヴィヴィアンを威圧するようにだ。
だが、その足も、体も小刻みに震えている。
「パパ、少し落ち着いて……」
「…………」
「旦那様」
「ご主人様」
「あるじ」
「マスター」
今は、誰の声も耳に入らない。
「だいたい、ヴィヴィアンの話は、どこで調べたのさ?」
「それは、言えないわ」
「なんだよ、んな話を信じろとでも」
「あのね、東西南北に属さない神々があるって言ったわよね。四大神と同じぐらいの力を持った神様は、たくさんいるのよ。こういった話を調べるのなんて簡単ですのよ」
「くっ、だとしてだよ。リリーノが、秘術を使ったからなんなんだよ」
「まだ、分からないかしら。リリーノは、以前はアマテラス様の巫女だったのよ、アマテラス様が、あの秘術であるマジックミサイルを教えたのよ。あなたの使ってる器を、アマテラス様の策略で幽閉したのよ。王宮にいる、アマテラス様の巫女が王に信託だと伝えたのですわ、呪いをかけて閉じ込めるようにね」
「……どういうことなんだよ」
(クルルさん、いい表情ですわ。はぁはぁ、クルルさん……)
「器のクルルさんは、MP999の突然変異種です。この子に異世界の力を入れて8枚翼の神様候補として育てる、この子の死後に神として天界に上げて、神々の繋ぎてとして迎える予定だったのよ、
そして秘術を使ったリリーノは死後、神としてアマテラス様の側近へ迎えて、全て丸く収まるはずだったの」
「……でも失敗して俺が来た」
「そう。たしかに失敗だったけど誤算もあった。あなたが異世界の力を手に入れたことでS級の魂になって現れた。後は、たくさんの神々に繋ぎての存在をアピールさせる事で、女神同士の繋がりを抑
止するのですわ。将来有望な神様候補がいるから女神同士などはやめて待ってなさいってね。会えたら加護をクルルさんに自動的に授けるのは、会いましたを証明するスタンプですわ。だって、クルルさんは八百万の加護があるのに、なんで今更同じ物を授けるのですか、必要ありませんわ」
「八百万の加護について、神々は知っているのか?」
「少なくとも、四大神の側近や上位の神々は知っているはずですわ。だって同じ各以上の神同士じゃないと繋がれないのよ。みんな相手がいなくて困ってますわ。8枚翼のアマテラス様のなんて、クルルさんがいないと一番、困るはずですわ。今は高天ヶ原に8枚翼の男の神様は存在しないですもの。女神ならいるけど、もう危険すぎて無理ですわね」
「自分達の血を薄める為に、子供に呪いをかけて幽閉して幼馴染みの女性に命を使わせて神様候補を作るなんて……神様のすることなのか」
「神様への生け贄とか、たくさん聞いたこあるでしょ? 神様には悪いことなどの認識はないですわ、嘘だと思うなら……王宮の巫女に聞いてみたら? 信託の事をね」
「……王都に行くには、船が必要なんだよ。そんなにすぐに、いけないのさ」
「そんなの、八百万の加護で水神様でも呼んでみたらどうなの、連れていってもらいなさいよ」
「……そんなこと」
「王都までは、どんどん八百万の加護の力を使って王宮で巫女に話を聞いてから、真実を判断しなさいな」
(フフフフフフッ……あなたは、絶対に王都に行くわ)
「よく考えてみてくださいな。またなにか分かれば来ますわ」
ヴィヴィアンは、姿を消した。たしかにクルルが疑問に感じたりしていたが、こんな展開は予想外だった。
しばらく沈黙が続いた。誰もクルルに声をかけられなかった。
クルルは、体育座りのまま壁の一点を見つめてるだけで動く気配すらなかった。
――スクナビコナも八百万の加護に寄って出逢う事が出来たのは事実だ、そこまでは、スキルとしての説明があれば納得はできるけど……。スクナビコナが、俺を好きになってくれたのは、催眠術みたいな物だってのか? 子孫を残す為だけの存在への好意ってことなのか? 器と魂があれば心は、要らないってことかな……前にタケミカズチが俺を見て、八百万の加護を持ってると言ってたよな……将来の繋がり候補として、スキルの力で俺に好意を抱いたってのか……。俺って道具じゃんかよ……――
なにもやる気が起きないし、誰も信じられない。ふて寝するしか今のクルルにはやれることがない。
そんな打ちのめされたクルルをそっとしておこうと、オリヒメを残し、隣の部屋に移動する女性陣達だった。
「ダメだ……考えても答えが出ないや」
「マスターは、どうしたいのですか?」
「テラスに真実を聞いてみたい……でも本当だったらと思うと……」
「マスター……」
「オリヒメ……もしかして、オリヒメも、俺の事が好きなのは八百万の加護の影響なのかい?」
「……マスター、正直にいいます。影響されてるのかは、分かりません、でも私はマスターを愛してます。自分では、影響されてるとか、繋がりてだからとか、無理やりにみたいな気はまったくありません。これが本当の気持ちです」
「その気持ちが自然にそう思えるように、コントロールされている可能性もあるよね」
「……それは、分かりません……でも本当に愛してます、信じてほしいです」
さすがに、今のクルルが、精神的に疑心暗鬼になっているのはオリヒメも分かってはいる。
だけど愛する人に、愛を疑われているのがこたえたのだろう……泣いていた。
「その涙だって、本当かどうかっ……イテッ」
黒姫が、涙を流しながらクルルの頬を叩いた。
パシンッと大きな音が響いた。
話を聞いてたのだろうか……。
「旦那様の気持ちは、分かります……でも、今のは酷いです。酷すぎです、今までのオリヒメの旦那様への態度が、行動が嘘や操られたものかどうかも分からないんですか?」
「……黒姫に、俺の気持ちが分かるものかー!」
クルルは、部屋を飛び出した。オリヒメは右肩の上で泣いたままだ。
「……もうどうでもいいや。どうせユウマに戻れない、もとの世界にも帰れない。はやく死んで魂になって、勝手に繋がりで使ってくれよ、もう知らねーよ」
クルルは、走った。どこに行くとか考えて走ってる訳じゃない。
このまま、魔物にでも殺されたらそれでいいやと思って走っている。
「村を抜けることもできない……もう息が切れたのかよ、情けないな。もうここでいいや。オリヒメ……」
「ぐす、ぐす。はいマスター、なんでしょうか?」
「俺を殺してくれよ。もう疲れたよ」
「…………」
「利用されただけなんだよ、しかも子供を死なせてまでも」
「マスター……」
「もう、いやなんだよ。辛いんだよ……殺して下さい。お願いします」
「ごめんなさい……マスター……私にはできません」
「…………」
「……マスター」
※※※
「旦那様……」




