35 王都をめざして その二
黒姫が宿へ着くと、すでにクルルがベッドの上でのんびりしていた。
「お帰りー。なにか掘り出し物とかあった?」
「なかった」
「小さな村だしワン」
「パパー、変な人がいたの」
クルルは、ゴロゴロしていたのをやめて、ガバッと起き上がった。
いぶかしげな顔のクルルに、黒姫が大丈夫と笑みを見せる。
それを見て、落ちついたのか雰囲気が少し穏やかになったのを見てから、黒姫は話す。
「たぶん、村人か旅の者。すごく下手な尾行だったから、普通の人ね」
「黒姫が、そう言うなら大丈夫かな。でも警戒はしておこうね」
「パパー。お腹がすいたよー」
「そうだね、食事してから風呂にいこうね」
「わーい、わーい」
ルルが喜び小躍りする。
「あるじ……お越しになります」
「えっ?」
「ユウマさん。初芽ちゃんが誰の巫女か忘れたの?」
「……リリーノ」
初芽を真ん中にして、女性陣が周りを囲み方膝をつく。これは研修を受けた女性陣へのテラスからの依頼のようだ。座礼とか大変だし、でも頭を下げなくていいと言っても無理だろうからと、このス
タイルにしたようだ。テラスいわく、騎士みたいでカッコいいでしょ。こんな感じだったらしい、たしかに自然な感じで、スッとできるし。見栄えも悪くないからいいのかもしれない。
――これを別の人がやったら……きっと怒るだろうな。黒姫達だけに許されたものだろう――
「ところで、リリーノは突然どうしたの? バカンスしてたんじゃないの」
「ユウマさん。常世で遊んでいただけじゃないです、きちんと仕事をしてたんですわ。どうぞ、いらっしゃい」
リリーノの呼ぶ声に、二人の女神が現れた。
少し驚いた女性陣だが、研修の成果なのか冷静に状況を見守っている。
「こちらは、イスちゃんとカイちゃん」
「イスです」
「カイです」
「カイ様って……あの元東の魔法神様の?」
「そうなの。イスちゃんが西の、カイちゃんが東ね」
「……駆け落ちしたんじゃなかったの? あれっ女神様だよね」
「女神同士の結婚は、よくあるのよ。二人で常世へのハネムーンに来ていたところを捕まえたのよ」
「ふ〜んそうなんだ」
「だけどね、問題もあってね女神同士の繋がりで生まれる子供は女の子のみなの、さらに男性の神が草食系だったことで、女神と繋がることが減ってしまってね。ここ数百年は男の子が増えないし、男
性の神は消滅してく一方だしで、ほとんどいなくなってしまって、また女神同士が繋がるからもう負の連鎖なの……いまや天界は女性だらけなのよ」
「だからなのか……。食べかけリンゴの神様以外に男性の神様に会ってないもんなー」
「それはまあ、おいといて。イスちゃんも今回の駆け落ちで西の魔
法神を辞めることになったの、次の魔法神は決まったんだけど、ゼウス様のお説教の後に引き継ぎになると思うので、ユウマさんのいる下界で数カ月後にならないと、西の魔法神が登場しないわね〜」
リリーノの話を聞きながら、しょぼんとした顔で、イスとカイが座っていた。
「話は分かったけど、西の魔法協会は混乱とかしてないのかな?」
「今のところは、大丈夫みたいだけど……今後はわからないわ」
西の魔法協会まで、暴走を始めたら一大事だ……。とにかく引き継ぎを早急に終わらせてもらいたいと、この話を聞いている皆がそう思っていた。
「リリーノ、もういいかしら?」
「ごめんなさい。大丈夫よ」
「どなた様?」
クルルの目の前に、もう一人女神が現れると、いきなり抱きついてきた。
「初めてましてだねー。僕はキルケーだよ、ルーちゃんって呼んでね」
「キルケーちゃん、ユウマさんから離れてちょうだい。くっつきすぎです」
「あっははー。ただのハグだよ、ハグ」
「…………」
「なかなか、活発な女神様ですね」
「ありがとう、クルル君。これから宜しくね〜、リリーノから計画のことは聞いたよ、まだゼウス様に話してないけど、僕は賛成だよ。いちいち祝福を授けに降りなくてすむしね。それに神様だって祝福
を授けた者の行動までは規制できないからね」
思わずクルルは、イスを見てしまった。申し訳なさそうにしてさらに落ち込んでいく、カイが一生懸命に頭を撫でていた。
「たしかに、祝福を授けた後までは、面倒みれないし……それに金儲けに使おうがどうしようが、神様には関係無いことでしたね」
「そんな訳だから、イスとカイを連れて今日は帰るけど、クルル君
ならいつでもOKだからね」
「キルケー様の言ってる意味が分かりませんが」
「まあいいじゃないの。また会おうね、クルル君」
「はい、キルケー様」
キルケーは、イスとカイを伴って帰っていった。帰り際にハグをされて頬にキスをされると、リリーノが怒ってキルケーの頭をチョップしていた。かわいそうなクルルガールズは、神様のイタズラなキスをジト目で見る事しかできなのだった。
「まったく、キルケーちゃんは。いつもあんな感じで困るわ」
「ボーイッシュな感じで、明るくていい子だね〜」
「ユウマさんにかかると、みんないい子ですね」
「……そうかな? ところでリリーノは、なんでユウマって呼び捨てにしないの? 今までユウマだったから気持ち悪いや」
「テラス様が、ユウマって呼べるのは私だけですって言い出したの」
「それで、さんづけなんだね」
「ユウマさんなら、いいですって……」
「アハハハハ。あいかわらずだねテラスは」
「笑いごとじゃないですよー」
「ごめんね。それより、普通に座って皆で話してもいいかな?」
リリーノが、あっ、という顔をして皆の肩をたたいて謝っていた。
その後、初芽にお茶を入れてもらって、一息いれた。
「お父さんに、リリーノこと話したよ。すごく喜んでた」
「ありがとう……でも、あと数日もすると記憶から消えますよ」
「記憶って、リリーノ事を忘れるってこと?」
「違いますよ、最初から存在しなかったことになります。記憶も遺品も何もかも全て消滅します」
「……なんでさ」
「神様の父親って、世間的には王様以上の存在になりますもの」
「だからって。全部なんて酷いよ!」
「ありがとうユウマさん。でも後悔していないから、私は平気よ」
「そんなの納得いかないよ。今度テラスに会ったら言ってみるから」
「もういいの。神々のルールってのもあるわ、それより父は元気でしたか?」
「ああ。元気だったよ、姉の娘でコロンって言うのだけど、慕われていたよ。そうそう耳がとがってたよ、リリーノよりも、とがってた」
「父は純粋なエルフですからね。私がハーフなのは、母が人間だか
らです。ずっとフリード家のメイドの家系だったんですよ。父が母に一目惚れをして……あとはそのまま」
「お母さんは……いまは?」
「私を産んですぐに逝きましたよ。……ユウマさんが落ち込むことないですよ、もう昔のことですから」
「でもそれでは、お父さん一人ぼっちじゃないか! リリーノのことも忘れて、愛する女性はすでにこの世にいないなんてさ……悲しすぎじゃんか」
「ユウマさん、泣かないで。いつかまた父に会うことがあったら、伝えてくださいな。もちろん私のことは知らない人になってるでしょうけど、まだ先の長いエルフの人生ですから、素敵な人を探して
下さいって。それが、娘と妻の願いですと。母もそう言ってましたから」
「わかったよ。必ず伝えるからね」
「はい。お願いしますユウマさん」
クルルは、リリーノを強く抱きしめた。リリーノの涙が乾くまでこうしててあげたかったのだ。
…………
「色々ありがとう、ユウマさん。また会いにきます」
「うん。待ってるよリリーノ」
「あっ、そうでした伝え忘れてました。ユウマさんに祝福を付けておいたの覚えてますか?」
「もちろん! そのおかげで洗礼の儀式ができたんだからね」
「今、加護に変えておきましたからね。本当は出会った時に加護が付与されるんですけど、私ったらそれを知らなかったから、祝福に書き換えちゃったの。ゴメンね、あとで鑑定で確認して下さいね、
まったく鑑定してないみたいですから、キチンと黒姫ちゃん達のもするんですよ!」
「……はい」
「それと、黒姫、白姫、初芽、ルル。あなた達にも私の加護を授けます。この先の試練に立ち向かっていってくださいね」
『はい。ありがとうございます』
リリーノは高天原に帰っていった……もちろん頬へのキスは忘れずに帰っていった。
「パパ、もう限界だよー。お腹すいたよー」
「そうだね。食事と風呂に向けて出発だー」
「旦那様、鑑定はしないの?」
「え〜。俺も腹減ったよー」
「じゃあ戻ったら」
「わかったよ、黒姫は真面目さんなんだから〜」
「旦那様の体が心配で……ごめんなさい」
「はい。戻ったら必ずします」
黒姫がコクッと頷いた。目に少し涙を溜めていた、本気の心配をちゃかして泣かせたクルルが悪いのだ。
気がついていた白姫に、なぐさめるように言われて、クルルが黒姫を抱きしめたのは、言うまでもない。
さらに言えば、その後に、白姫、初芽、ルル、オリヒメも抱きしめたのも当然だった……。
ひと段落ついて、宿を出た一行は食事できるところを探す。
探すといっても数件ほどしか店はないので、白姫の鼻で探してもらった。
「人白姫だと鼻はどうなの?」
「食べ物の匂いなら、問題ないワンね」
「変化したままで大丈夫? もし疲れたなら言ってね」
「大丈夫ですワン。寝るときだけでも戻れば、あとは変化したままでも平気になってきたワン」
「そっか、ならいいんだけど。東村じゃないからね、人白姫のほうがいいと思ってね、負担かけてごめんね」
「ご主人様、そんなことで謝らないでって、ここワン、この店がいいワン!」
白姫はそう言って、皆の了解も得ずに店に入っていった。
こうなると白姫についていくしかない、やれやれと思いながらも、期待して店に入った。
「おじさん、今いい匂いを出してる料理はなにワン?」
「ん? 今夜のおすすめの定食だよ」
「それを七人前ワン」
「あいよー。おすすめ漁師の焼き魚と嫁のうまいパン定食七つだ」
「うぃーす」
「お嬢さん、そこのテーブルで待っててくれ、水は適当に飲んでくれ。酒を飲む奴はいるか?」
「黒姫と白姫は成人だから飲んでもいいよ」
「いや、お酒は飲まなくていい」
「あたちもワン」
「じゃあ、今日はやめておこうね。おじさん、冷たい果物系の飲み物はある?」
「なら、モテコンだな。桃とシナモンとあとなんだっけ忘れたが、俺の女房の自信作だぜ」
「じゃあそれも七つね」
「はいよーまいどあり。モテコン七つだ」
「ちぃーす」
お嫁さんの作った自信作満載の定食みたいだ。
「パパー、いい匂いだよー。もうペコペコだよ」
ルルが、ぐずりだした時に勢いのいい声が聞こえた。
「へい、おまちー」
「パパ、きたよ。ごはんだよー!」
次々と運ばれてきた定食、焼き魚は香ばしく、新鮮でとても美味しかったが、なんといってもパンがすばらしくうまかったのだ。
「さすが、嫁のうまいパンだね」
「おいしいワン」
「旦那様、もって帰りたい。保管して」
「うん」
ルルとオリヒメは、会話することなく食事に夢中だった。
「おじさん、このパンは持ち帰りできるかな?」
「おう、いくつ持ってく?」
「100個」
「はいよー、まいどありー。嫁のうまいパン100個だ」
「うぇー? 本当っすか、すぐは無理っすよ」
「いくつならできるんだ?」
「30個までっす」
「どうする? 少年」
「じゃあ、30個でいいですよ」
「はいよー、了解だ」
パンを待ってる間に、モテコンを飲んだ。
女性陣の間では好評だったが、クルルには少し甘すぎたようで残してしまったが、ルルと白姫が、それを飲み干した。
『あまーい。おいしかったねー』
そうとう気に入ったようで、モテコンも持ってくことにした。お店から大きめの瓶を売ってもらって大量のモテコンを入れた。
パンが30個、大きな瓶が一つクルルの前に並ぶと、店のおやじは持って帰れるのかと心配したが、クルルが時計の中に保管すると、目を丸くしていた。
「ありやとやしたー」
おやじの勢いある声を後に店を出て、公衆浴場へむかう。
みんな、おいしい食事と保管したパンとモテコンにごきげんだった。
そんな、一行を凝視する三人が同じ店にいたことは、さすがのクルル達も気づいてはいなかった。
「おい、みたか?」
「見たよ、ツコイは、どうだ?」
「ああ、俺も見たぞ」
「おい、あのガキから奪うぞ。女は……うひひひひだ」
「うひょ、みんな美人だし可愛かったよな」
「ガキを痛めつけて、女は……だね、うひっ」
下品な会話を交わす男は、作戦を立てた。どうやら、浴場から出てきたとこを脅すようだ。
女はビビってすぐに言うことをきくだろうし、ガキは余裕で倒せると判断したのだろう。
やらしい顔をしながら男達は、公衆浴場の入口付近で待つことにしたのだった。
※※※
「これってなに?」
「怖いワン」
「……旦那様、怖いよー」
「…………」




