33 フリード領 その五
女神様との相談も終わり無事に帰ってきたクルル達を探していたニールが呼びに来た。
「坊ちゃま、どこにいってたのですか? 先ほど見た時は部屋に誰もおりませんでしたので」
「すみません。ちょっと別のところに行ってたので」
「ちょうど、ガルム様がお戻りになりましたので、夕食にしたいと思いますがいかがでしょうか?」
「はい、大丈夫です。着替えたら伺いますので……あのう、すみません部屋を貸して頂ければと思います」
「なにを他人行儀なことをおっしゃいますか、フレイ様から坊ちゃまの部屋に皆さまのベッドを運んでありますので、そちらをご使用下さい。今も残してあったクルル坊ちゃまのお部屋ですから、気兼
ねなくおくつろぎ下さい」
ニールがクルル達を部屋へ案内する。クルルはそのニールの顔を見て思い出した。
――しまった! リリーノへお父さんのこと伝えるの忘れてたよ。あとで連絡はしておこう――
ニールは、クルルを案内すると夕食の準備ができたら、再度呼びに来ると言って戻って行った。
「ここが、旦那様の使っていた部屋」
「くんくん、いい香がするワン」
なにがそんなに嬉しいのかなと思いながら、喜び部屋を物色する女性陣を見つめる。
「あれ? みんなその首飾りはどうしたの?」
「東大神アマテラスオオミカミ様から頂戴いたしました」
黒姫が代表して答えると、四人がクルルの前に集まってきて首飾りを見せてきた。
金色の丸い枠に小さな三角のが六個装飾されていて、まるで太陽を思わせるデザインだ。
枠の中に埋め込まれているのは赤い宝石だった、まさに天照の名にふさわしい一品だ。
「肌身離さず首にかけていなさいって言われたワン」
「強く念じれば連絡が取れるって言ってたよ。あとはパパに鑑定してもらいなさいって」
「……そういえば全くやっていないな。今度まとめてやります」
「旦那様、こんなすごい物をいいのかな」
「いいんじゃないかな? テラスってそんな感じのいい子だよ」
「東大神をいい子という旦那様が……すごい」
「でもよくテラスだってわかったね、黒姫は知ってたの?」
「最初は分からなかったけど、旦那様を助けるときにお越しになってた女神様でヴィヴィアン様と対等以上に話をしていたので、かなり位の高い方だとは思っていたけど……今日、お会いした時に気づきました」
「ご主人様はすごいワン、いつもあんなすごい女神様と、しかもタメ口でってキャワン痛いワン」
休憩の意味で聖獣に戻った白姫が黒姫に、また尻尾を踏んだと追いかけながら頭をポカポカ叩いて部屋中を走り回る。みんな女神様の前で緊張していたらしく、ほのぼのとした感じが心地よかった。
「そういえば、ルルはなんで俺達といるときは甘えんぼ口調なの?」
「あれが、本当のルル。大人びて話すルルは心を許していない」
「だからテラスの前ではあんな口調で話すのかな?」
「それは違うと思う。あれほどの高位の女神を前にして普通に話せるほうがおかしいっ……えっとその」
「黒姫姉たま、やっちまったワンね〜。ご主人様にのおかしい人って言ったワンね」
黒姫が白姫を追いかけながら頭をポカポカ叩いて部屋中を走り回る。
そんなドタバタの中、ドアをノックする音が響いた。
「クルル、入ってもいいかしら?」
「どうぞ大丈夫ですよフレイ姉さん」
フレイがコロンと二人で現われた。
「ちょうど皆さんいらしたのね。もしよければ……今夜の夕食で着るドレスをプレゼントしたいのですが、いかがかしら?」
「ドレスですか? でも五人もいますし、そんなことしてもらうのも……なんか申し訳ないですよ」
「それは気にしないで、私が若いころに着ていた物がほとんどなので、ごめんなさいねお古になっちゃうけど……あら、クルル? 今、五人っていいましたか」
「はい。先ほどは紹介できなかったんですけど、オリヒメです」
紹介されたオリヒメは、嬉しそうにフレイの前で挨拶をした。もちろん空中で浮きながらだ。
クルルにありのままの姿で構わないと言われていたのだ。ただし、剣達はクルルの背中にまとまって張り付いているけれど。
「あら、あらあら」
「可愛いー! 妖精さんですか?」
「初めまして、マスタークルルの守護神見習いのオリヒメです」
フレイとコロンは、驚きながらもすぐに床に座ると深々と頭をさげた。
「立ち話だなんて、大変申し訳ございませんでした。神様とは気づかずに……なにとぞお許しを」
「ごめんなさい、ごめんなさい。妖精さんですかなんて失礼なこと言ってごめんなさい」
クルルがすかさず二人に話しかける。
「姉さん、コロン大丈夫だよ。普通にしてあげてくれるかな? オリヒメは俺の婚約者なんだよ」
なぬっ! 聞いてませんよと女性陣がクルルを見た。
またもやらかしたクルルだったが、とにかく今はドレスだと思い、ごまかすようにフレイに話す。
「姉さん、みんなにドレスをお願いできますか?」
フレイは深呼吸をすると黒姫たちを衣装部屋へ案内するために皆で部屋をでた。
「クルル、あとで説明してもらえるかしら……」
「あのね、オリヒメ様もよかったら一緒にどうですか?」
コロンが、おそるおそるだがオリヒメを誘った。
子供の頃から、神様の話を聞いて育ったコロンにはオリヒメは畏敬の念を抱く存在だが、自己紹介してくれた後にコロンがとった行動でオリヒメが少し悲しそうな顔をしたのが気になったのだ。
「あのう……クルル様、本当に普通にお話したり、お食事や、遊んだりしてもよいのですか?」
「いいよ! 大丈夫だよ。もしよかったらだけど……」
オリヒメが、コロンの肩に座って頬をツンツンしている。
「キャハ、くすぐったいよ〜」
「ありがとうコロンちゃん、そういうわけで……マスターもついてきてもらっていいですか?」
「俺から離れるのは無理なのだからそうなるねー。了解だよ」
なんか東村でも同じようなことがあって、皆で行ったような気がするなとクルルは思いながら、女性陣についていった。
フレイの衣装部屋には、昔に着ていたものから最近まで着ていた物まで大切に保管されていた。さっそくドレスの試着が始まると、クルルはいづらいので困っていた。
そこへコロンの部屋にオリヒメに合うサイズの人形のドレスがあるので、来てほしいと誘われた。
黒姫達に事情を話してコロンの部屋へ向かった。
コロンはさっそく人形の衣装ケースからドレスを何着か取り出すとオリヒメと選び始めた。クルルが少し触らせてもらって、驚く。
なかなかの出来ばえなのだ。さすが貴族のお嬢様の人形のドレスだ。
かなり丁寧に作られていた。オリヒメはコロンにドレスを着せてもらうと喜びのあまり部屋中を飛び回る。
「あんまりはしゃぐと脱げちゃうよー」
「きゃっ。マスターの意地悪〜」
「大丈夫ですよ。ちゃんと背中の紐も縛ってあるし、すごく可愛いよ、オリヒメ様」
赤いゴージャスな感じのドレスだが、たしかによく似合っている。
オリヒメの支度ができたので、先ほどの衣装部屋へ戻ると皆がドレスに着替え終わっていた。
「ほう」
黒姫達の初めてのドレスに、思わずクルルから感嘆の声がでた。
「みんな可愛いよー」
ドレスとテラスの首飾りが、セレブなお姫様を演出していた。
実際にお姫様だし、お金も素材を売ったのがあるのでセレブには違いないのかもしれない。
そんなドレス姿のお姫様が完成したところで、ニールが夕食の準備ができたと迎えに来た。
ニールの案内でフレイを先頭に皆でついていく。
食堂には、すでにガルムが座って皆を待っていた。
「あなた、ごめんなさい。遅くなってしまいました」
「パパ、おかえりなさい」
「気にしないで大丈夫。コロン、ただいま」
家族の会話を交わすとガルムが席を立って、クルルのところへやって来た。
スッと右手を差し出す、クルルもすぐに手を差し出して握手を交わした。
「よく来てくれましたね。私はガルムです、一応ここの主で領主をやっています」
「初めまして、クルルシアンです」
「そちらのお姫様がたは?」
「はい、私の婚約者達です」
「うーん、みんなとても美しいですね。これだけでもクルル君に会えてよかったかな」
「あなた……」
「アッハッハッハッハ」
「あなたったら、わざとらしいですこと」
フレイがジト目でガルムを見た。
クルルも少しだけだが、ガルムの不自然な感じに疑問はあったが、初めてあった妻の弟が、見た目は12歳なのだから仕方がないかと思うことにした。
「さあ座って下さい。食事にしましょう」
ガルムの案内で席に座ると夕食が始まった。
当然、クルルが目覚めてから今日までの事を聞かれたので、東の魔法協会とのこと、神様のこと、東村が襲われたことなどを省きながら話していく。婚約者の紹介の中で、オリヒメに土下座をしようとしたガルムを止めたりと慌ただしいところもあったが、終始なごやかな雰囲気な夕食だった。
クルルは、この夕食の席でガルムにお願いしたいことがあったのだが、せっかくのもてなしを台無しにするのも失礼かと思い遠慮していた。それに気が付いたのだろうか、別の意図があったのか分からないが、ガルムが少し話さないかと誘ってきた。
クルルはその誘いを受け黒姫達を伴ってガルムの部屋へついていく。
「あとからフレイもくるので少しまってもらえますか。今はコロンを寝かしつけていますので」
ガルムは、おだやかな口調で話してくる。夕食の時も同じ感じであったし、貴族としてのゆとりなのか、生まれもった性格なのか、とにかくゆったりした雰囲気をかもしだす人だった。
「かまいません。誘ってもらってよかったです、実はお願いしたいことがあります」
「もしかして、東の魔法協会がからんでますか?」
一瞬だが、クルルは黙ってしまう。夕食の席ではそういった話はしていなかったので知らないものかと思っていたからだ。
「ガルム様は、色々ご存知のようですね」
「本日、私が外出していたのはちょうど東の魔法協会の件でね、王都より使者がきていて貴族が数名集めらたんだよ」
ガルムは、少しだけグラスのワインを口に含むと、慎重な面持ちで続けた。
「すこし前に、なにかをぶら下げて数人の魔法使いが飛行していた件、魔法使いを追いかけるように飛竜が飛んでいた件……二件ともがフリード領内に入ったと情報が入ってね。すぐに調査をしたのだが、どうも東村のあたりで消息を絶ったとこで情報も入ってこなくなってね……。ただ、滅びの森で狩りをしているハンター達から、東村で大規模な火災があったと思うが、すぐに元に戻っていたと報告もあってね。夢でもみていたのでは、なんて話にもなってるぐらいだよ……私も情報に翻弄されて困っているんだよ」
ガルムは、残ったワインをグイッと飲み干すと、空いたグラスにワインを注ぐ。
ルビーのような輝きで、ゆっくりと揺れる液体をじっと見つめるとまたもグッと飲み干したのだ。
「あなた、飲みすぎですよ」
「ああ……すまない」
フレイは、コロンを寝かしつけたようで部屋に戻ってきた。
「少し酒の力でも借りようかなと思ってしまってね。アハハハハ」
ガルムが笑ってごまかすが、クルルは何かを感じていた。
きっと王都からの使者で何かを知っているのか、もしくわ言われているのかであろうか、それとも……。
「ガルム様、王都からの使者との話とは、いったいどのような事ですか? おさしつかえなければ伺ってもいいのですが」
「東の魔法協会の総帥が変わってから、ブライ・ヴィ・ドーン辺境伯の態度もすっかり変わってしまい、どうもこの二人が組んでいるようなのだ。東の魔法協会は法外な礼金を請求するようになり、魔法使いの派遣に関しても色々と条件をつけてくるようになった。酷い時は王国の依頼であっても無礼な態度をとってくる始末で困っている状態だし、辺境伯も周辺の領主に対して力を誇示するような対応が増えている。このような状況を遺憾に感じてる王より状況の調査と場合によっては……」
「戦争でも始めるつもりですか?」
「……いや、まだそこまでの話は……いや、クルル君に嘘を付いてもしかたないね。たしかに少しはそんな話もでてはいる。だが今すぐにって訳ではない、様子をみながら十分に注意して守りを固める
べきかなとは思っているが……」
ガルムは、そこまで話すと口ごもってしまった。
東の魔法協会は、ブライ辺境伯領内にある、前異世界でいうブラジル全部が、ブライ辺境伯領になるのだ。
きっと話づらい内容なのであろう、なんとなく自分がお願いしようとしてる事と同じなのではと思いクルルから伝えようと思ったのだ。
「ガルム様、俺はフリードの名を捨てるつもりで今日は来たんです」
驚いたフレイがソファーから立ち上がるって、クルルにかけよる。
フレイにしてみれば、これから失った時間を取り戻そうと思っているのだから、あたりまえだ。
黒姫達は、うすうす気づいていたようで見守ることに徹していた。
「東の魔法協会を襲撃して、東村へ逃亡するも村は襲撃にあい壊滅する。なぜ復元できたかは不明だが、逃亡者は現在もどこかに潜んでいる……その逃亡者が俺ってとこですかね」
「ああ……その通りだよクルル君」
「次に狙われるのはフリード領かもしれない。フリードの名を語り襲撃したことへの報復の可能性。もちろんこれも重要だけど、もっと別の悩みがあるようですね。ガルム様」
ガルムは、赤く光るワインの入ったグラスを一気に飲み干して、突然フレイに頭を下げた。
「王都の使者、辺境伯を除いた周辺の貴族達との話の中で、クルル君の協会襲撃はさほど問題では無い。だが今すぐにドーン領に攻め込んで、ブライ辺境伯とスラント東魔法協会総帥をたたく訳ではないのだ、これ以上に酷くなるなら一致団結しましょうという感じだからだ。ただ、フリード領は別だろう確実に報復がくると思う。周辺の貴族もこの報復に援軍を出すと、次に狙われることになるので助けはないであろう。私は、すでにクルル君を見捨てたのだ、東の魔法協会宛てに、当家とクルル君はすでに絶縁しており、一切無関係であると手紙を出してある」
フレイが泣き崩れる。ガルムの足に掴まってひたすらに泣いている。
フリード領を守るために男二人が取った行動は、悲しい結論を導くことになるのだった。
※※※
「旦那様、フレイ様」
「捨てるとどうなるの? 絶縁するともう会えないのワン?」
「本当は、ここにいるのも出来なかったのかもしれませんね。マス
ター……」
「あるじ」
「パパ……」




