32 フリード領 その四
女神様三人の視線を一身に受けながらクルルは自分の考えを話した。
「魔法神の祝福持ちの洗礼を廃止する事を考えてる」
リリーノがソファーから転げ落ちた。
「そんなことしたら、魔法を使える者がいなくなってしまうわよ」
「大丈夫さ。MP保有者を生まれたときから魔法を使えるように天界で仕組みを変えられないかな? たとえば生まれつきの、東の魔法神の祝福持ちとかにしてほしいな」
「生まれつきMP保有者全員を祝福持ちにするの? それは無理よー」
「なんで無理なの?」
「祝福や加護って、神様から授かる物ですしそれが信仰の力になるのよ」
「じゃあさ、祝福じゃなくて喜びってのはどう? 生まれついての喜び持ち!」
「…………」
「そうすればさ、お金が無くて魔法協会に来れない人も魔法が使えるようになるしさ、潜在するMP保有者ってすごく多いんじゃないのかな? 生まれたときに喜び持ちは、体のどこかが輝いて生まれるとかさできないかな? 生まれた瞬間から神様へ感謝するしそこから信仰が生まれるし」
「でもそれでは、生まれた時に信仰があっただけで、その後は薄れてしまうでしょ」
「それは洗礼も同じじゃない? 魔法を使う、使ってもらう、見る、聞くが神様の偉大さや感謝につながるなら魔法を使う人が多くなるほど信仰の力が増えるんじゃないかな」
「…………」
「魔法協会は教会になってさ、神様の偉大さと魔法への感謝を伝えていきながら、魔法の授業などをする寺子屋的なことをすればお金も入ってくるでしょ。授業料なんてリリーノが信託で金額を設定しちゃいなよ」
「生まれてくる子がMP保有者かどうか全部確認して、ユウマが言ってる喜びってのを私が授けるってこと?」
「リリーノの言うとおりだよ。ねえテラス、それじゃダメかな?」
「問題点が三つありますね」
いつものほんわかとしたテラスの顔じゃない……眼鏡をかけて社長秘書のようなコスプレのテラスを想像していまう。
「マスター、神格化を早めたいのですか?」
「すみません」
――いかんいかん、テラスの事を思うと神格化のスピードが上がってしまう――
テラスが一段と前のめりになり、クルルに近づく。
クルルもテラスの示す問題点を聞こうと真剣な面持ちでテラスをじっと見つめる。
「ちゅっ」
「…………」
「真剣な表情のユウマを見てたらつい……」
スクナビコナ、リリーノ、オリヒメのジト目の中、テラスはご機嫌で鼻歌を歌っている。
「テラス様、これで二度目ですよ。しかもクルル様を救う為に頬にキスもしてますし。本当にクルル様が神様になっても知りませんよ」
「あら、ビコナちゃん。私は別にかまわないですよ、そうだユウマ今度あなたと繋がりたいなー」
「テラス様……二度目ってなんですか? 頬にもキスって……」
問題が三つあるみたいだが、別の問題で話が頓挫してしまった。
しばらくクルルとオリヒメは三人の女神の可愛い口げんかを見学して待つのであった。
◇◆◇◆
黒姫達は姉フレイとのお茶会を終わらせて、クルルを探して資料保管室へ向かっていた。
コロンと遊んでいたルルが、急に寂しくなったようで泣きながら戻ってきたからだ。
コロンが一生懸命にあやしていたが、泣き止まずそのまま二人で泣き出してしまったようだ。
黒姫に怒られたルルは、コロンに謝った後に一緒に資料保管室へ行くことになった。
「庭で何をして遊んでいたの?」
「ボールで遊んだり、おままごとしたりしたよー。おやつも食べたんだよ」
もう泣きやんで、黒姫とおしゃべりしているルルを皆が可愛いなと思っていた。
資料保管室の前までくると、女性陣は扉をあけるかで迷っていた。
以前にも結界が張られていて入れなかったことなどを思うと、考えてしまう。いくらクルルが八百万の加護というスキルを持っていて、けっこうな回数で神様達がお越しになっていても、全然平気です、もう慣れましたという訳ではないのだ。
神様に会うというのは、黒姫達にとっては息もしてはいけないのでは? という思いになるそんなものなのだ。
「はやく開けようよ。ルルが開けてもいーい?」
「どうしようか」
「悩むワンね」
「あるじ……」
悩んだすえに、四人で一緒に開けることになった。一人よりも四人なのだろう……きっと。
『せーの! えい』
ガラガラガラ、引き戸が音を立てて開く。
思わずドアから離れて少し走ってしまった、まるでピンポンダッシュだ。
(開いた方がビックリワン)
こわごわと入口に近づく。
「あー! 神様の香りがするよー」
「あたちより鼻がいいワン」
さっきまでここに、クルルとオリヒメと神様がいたのであろう。
ルルが白姫より鼻がきく訳ではない、ルルは神々の香りには特に敏感なのだ、それに白姫は変化して人白姫になっているからという理由も大きい。
「旦那様は、神様と一緒なのかも」
「追いかけるワン」
「ルルが連れていくー」
「ルル……」
ルルが、なにかを探しながら部屋のなかをウロウロと歩く。そして何かを見つけたらしく皆を呼んだ
。
「まだね、すこし残ってたよ」
「ヴィヴィアン様の件もあるし……旦那様のところに連れていってほしい」
「あたちもワン」
「うん」
「はーい。やってみるよー」
ルルがなんのことを言ってるのかわからなかったが、クルルのところに行けるのではと皆が思って頼んでみた。ルルは目をつむり、なにもない所に手をかざしている。
少しそのままでいると白い光が大きくなってくる。
「これって、乙姫様の竜宮城へのトンネルと同じだ」
「あたりでーす。少し残ってたので広げてみました」
ルルが黒姫にウインクした。
一度入ったことがある空間移動のトンネルだったので、皆は躊躇せずに入って行ったのだ。
◇◆◇◆
クルルは、女神達のコミュニケーションをのんびりと待ちながら、窓の外から見える海岸を眺めていた。
――海なんて久しぶりに見たな〜。落ち着いたら皆で海水浴に行こう、バーベキューとかして楽しむんだ〜、そして黒姫、白姫、初芽、オリヒメ、ルルの水着姿を堪能する。いいな〜本当に今度企画しよう――
少しぐらいなら建物から出てもいいのでは……そんな衝動にかられる。
目の前には海、後ろの山ではスキーが、女神はもめてるしと思い
……キョロキョロと様子を伺いながら、ドアノブに手をかける。
「マスター、本当にやめたほうがいいですよ」
「でもさ、久しぶりの海だよ。しかもハワイなみだよ」
「でも、遊んだで帰ったら数ヵ月経過してたなんてまずいですよー」
「うーん、じゃあ音だけね。ドア開けても部屋からでないから、お
願いだよオリヒメ」
「もうマスターって、たまに子供みたいになりますよね」
「まぁまぁ、そう言うなって」
ガチャ! ドタドタ、バタン、グシャ……。
「押すなだワン」
「私じゃない」
「うん」
「えへん。ルルが押したの」
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突然の黒姫達に驚いて目を丸くしているクルルとオリヒメ、そし
てこの音に気がついた女神達が様子を見にきた。
「あらあら、どうやってここに来たのかしら?」
テラスは少し考えたがルルに気がつくと、ニコッと微笑んで語り
かけてきた。
「あなたが、ルルちゃんね」
「はい、お声をかけていただきありがとうございます」
「そんなに緊張しないで、私はそんなに怖くないですよー」
「東大神様、そういう訳にはまいりません」
ルルは床に座ると深々と頭を下げる。それを見ていた黒姫、白姫、
初芽が覆い被さっていたお互いの体を戻して急ぎ座礼をした。
――ルルが俺と初めて会った時みたいな口調になってるな……――
「う〜ん、困りましたね〜。ユウマ、皆さんに普通にしてほしいと
説明してもらえるかしら」
「……話してはみるけど、生まれた時から神の偉大さを聞いて育ち、
魔法からの神への信仰もあついからねー」
「せめて、ソファーでお話ししたいですわ」
クルルが女性陣にテラスからの意向を説明していく。
「でもねパパ、東大神様だよ。本当に大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。テラスは優しいよ」
「わかった、パパがそういうなら。少しだけ普通にする」
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――いつもの口調だな〜。こんど黒姫にルルのことを聞いてみよっ
と――
渋々ではあるがテラスの頼みでもある……しかたない感がすごい
が、ソファーに腰かける。
「ウフフ、このほうが話やすいわ。ルルちゃんの事は乙姫ちゃんか
ら伺ってますよ。竜族なら天界への移動も不可能ではないのでしょ
うね……ですが、あなたは生まれたばかりで幼いですね……どうや
ってここに来たのかしら?」
「申し訳ございません。空間移動の時に使われた力の残り香があり
ましたので、それを利用しました」
「……生まれたばかりでそれをするなんて、才に恵まれてるのかし
ら」
スクナビコナが思わず口を挟んでしまったらしく、テラスにごめ
んねと謝っていた。
もちろん、そんなことで怒るわけもなくニコニコとテラスは笑っ
ている。
「理由は分かりましたがけど……。許可なく来るのは少し問題です
ね〜。ここは天界ですから神々に呼ばれない以外の立ち入りはいけ
ないことですよ」
「待ってください」
黒姫が、テラスの前に座り土下座した。これにはテラスも他の女
神達も驚いている。
「東大神アマテラスオオミカミ様、私がルルに頼みました」
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「なに言ってワン! 一人で罪を被るとかいつもいつも黒姫は……
みんなで頼んだワン」
「うん……私も頼んだよ」
「だいたい、いつも黒姫は優等生でずるいワン」
「ずるいって……白姫ひどい」
「二人とも……やめて」
「なんでも一人で解決しようとするワン、お姉ちゃんだからってそ
れはないワン」
「別にそんなつもりじゃない」
「あのう二人とも……」
「みんなで頼んだんじゃワン」
神様からルルを守ろうとしたのに、神の御前でもめるクルルガー
ルズ達だった。
「もうそのへんで……テラス様の御前ですよ」
三人を止めたのは、スクナビコナだった。ハッとした表情で三人
がテラスを見る。
テラスは、ニコニコしながら気にもしていない、それどころか少
しだけ羨ましそうな顔だった。
「みんながみんなを大好きなのね。いいわね〜羨ましいな」
『申し訳ございませんでした』
三人が同時に謝罪した。
「フフフ、黒姫ちゃん。何を心配してここに来たのですか?」
「すみません、ヴィヴィアン様の件もございましたので……」
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テラスは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
(ヴィヴィアンがいた時にも黒姫ちゃんはいたんでしたね〜。さす
がにユウマを女性達で囲んだのは恥ずかしかったわ〜)
「それで、またヴィヴィアンにユウマが襲われてると思ったのね…
…なるほどね〜心配してあたりまえよね〜」
テラスは小首をかしげたがすぐになにか閃いたようで、パッと顔
を明るくした。
「たしかに、ヴィヴィアンのような女神が他にもいる可能性がある
から心配なのは理解できるわ。それにああなた方は、神々との交流
にも数回は携わっているから経験としての問題はないですし〜。決
めましたわ! みなさん私の巫女になりませんか?」
そのテラスの一言に、初芽が気絶した、黒姫と白姫はかろうじて
意識はあるが目が点になっていた。
ルルはそっとテラスに向かって座礼をする。
「ちょっとまってテラス様! この四人を全員ですか? ルルはす
でに乙姫の巫女ですよ。黒姫も白姫も真神ちゃんの巫女候補ですし
……もう少しお考えになられたらどうですか?」
「え〜、そうなんですか。せっかくいいアイディアだと思いました
のに……では、こういたしましょう。四人は、私の巫女と兼任で、
黒姫ちゃんは、ビコナちゃんの巫女。白姫ちゃんは、真神ちゃんの
巫女。初芽ちゃんはリリーノちゃんの巫女。ルルは乙姫ちゃんの巫
女。これで問題ないですね」
「……問題ありますよ。他の神々の了解をどうされるのですか?」
「それなら大丈夫よ。あとで話しておくもの」
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「また……勝手なことをすぐするんだから」
「それじゃあこの話はこれでおしまいね。そうそう四人にはあとで
渡す物があるからね。それと隣の部屋でビコナちゃんから、研修を
受けておいてね」
スクナビコナが溜息を一つついてからテラスをジト目で見ると、
黒姫達を別室へ連れていった。
初芽は気絶したままなので、奥の方に寝かしておくことにした。
…………
「ところでテラス、さっきの話の続きをいいかな? 問題点が三つ
あるって言ったでしょ教えてくれるかな」
「そうでした〜。いいですか、まず一つね、子供への仕組み変更は
サクヤちゃんの許可が必要です。そして二つめ、<喜び>これをリ
リーノちゃんが作る必要があります。最後に三つめ、東西南北の魔
法神と四大神の許可が必要でーす」
「うーん。なかなかハードルが高いけど……できなくはないのかな
?」
「サクヤ様とは誰なのか聞いてもいいかな」
「サクヤちゃんは、コノハナノサクヤビメですよ」
「すぐに会えるかな? テラスに頼めるの?」
「ごめんねユウマ……自分から会うか、サクヤちゃんから会うかじ
ゃないとダメなの」
「そうなのかー」
残念そうにうつむくクルルをテラスは見つめながら「ゴメンね」
と呟いた。
(ユウマも少し気づいてるかもしれないけど、八百万の加護の秘密
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に……)
「とにかくやってみるよ! このままにはしておけないし。俺のや
りかたで進めてもいいかな?」
「かまわないわよ。ユウマの好きにやればいいのよ。成功や失敗は
ユウマが感じることであって神は関係ないから。でも無理はしない
でね」
「ありがとうテラス。ところでこの話に東大神と東の魔法神の意見
はある?」
「私はユウマを支持するわ。<喜び>が授けられるように作ってみ
るわ」
「東大神テラスとしてユウマの考えに賛成します。もっと多くの潜
在MP保有者の掘り起しは将来の信仰への仕組みとして支持できま
すから」
「二人ともありがとう。まずは東の魔法協会を潰してからだな……
いっちょやりますかね」
すぐに解決できないこともあるが、クルルの中での方向性も決ま
り、研修が終わるまでの間は、テラス、リリーノとお茶を飲みなが
らすごした。
初芽も意識を取り戻したところで、研修に参加していた。
全て終わり、フリード家の資料保管室へ戻った時に窓の外はちょ
うど日も落ちて夜がきたころだった。
女神達との帰りの挨拶で、祝福のキスと言われて頬を許したクル
ルに婚約者達のジト目が厳しかったのはいうまでもない。
※※※
「研修お疲れ様〜」
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