31 フリード領 その三
姉のフレイとの感動の再開も終わり、滅びの森の小屋で目覚めてから今日までの経緯を説明していた。もちろん婚約者の黒姫、白姫、初芽、娘? ルルを紹介した。
フリード家の当主でフリード領主のガルムは、今日の夜には帰って来るとのことでその時に色々と話すこともあるだろうと、それまでは休憩と自由な時間を取ることにした。
女性陣はフレイにクルルの幼少時の話を聞きたいとせがみ、このままお茶会が始まった。
ルルはコロンと庭に遊びに行ってしまった。
クルルは、ニールのことを伝えたかったのと話したいこともあったので静かに一人になれる場所を教えてもらい、資料保管室に来ていた。
「ここなら大丈夫かな……」
クルルは、食べかけリンゴウオッチの通信機能でリリーノを呼び出してみる。
しばらくコール音のようなものが聞こえたが出ることはなかった。
「マスター、まだ今もリリーノ様は調査で出かけているのでしょうか?」
「うーん、そのへんも含めて本人と話したかったんだけどな……しかたないから」
「マスター、しかたないで連絡をとる相手じゃないですよ」
「オリヒメには分かっちゃった、たしかにそうだね」
クルルが、ごめんごめんといった仕草でオリヒメにあやまりながら、通信を開始した。
コール音が数回なると、バリバリと雑音が聞こえたあとに、いつもの可愛らしい声が聞こえた。
「ゆうまー! どうしたのかしらウフフ、あなたから連絡くれるなんて嬉しいな」
――うーん、リリーノのことを聞きたいなんて言ったら怒るかな〜――
「やあテラス、いつも可愛い声だね」
「やだなウフフ、声だけなの?」
「えっと……なんか今さ電波? が悪いみたいで音声のみなんだよね。だからテラスの顔がみれなくて」
「あー、それはここが常世の国だからかもしれないわ」
「トコヨノクニ? どこにある国なの」
「マスター、常世の国とは異世界にあり神々が、バカンスを楽しむ為の世界です」
「へー、神様も旅行とか観光とか遊びに行くんだね」
「あら、その声はオリヒメちゃんね。その後はどうですか元気ですか?」
「はい。ありがとうございますテラス様。もう大丈夫です、その節は本当にありがとうございました」
「ウフフ、そんな畏まらないでくださいね〜。そういえば……ユウマ、私になにか用事ですか?」
「うん……少し相談したいというか」
「あら、それはちょうどいいですね。こっちにはリリーノちゃんもいますし。遊びにいらっしゃいな」
「えっ、リリーノもいるの?」
「細かい話は、あとで〜。すぐに迎えを送りますからね〜。フフッ、ユウマとバカンスだわ〜」
「…………」
通信は、これで切れてしまった。少しばかりこの部屋で待っていたが、誰も現れなかったので多少の時間の誤差とかがあるのだろうと思い、テラスが言っていた迎えが来てからでいいだろうと、皆のところへ戻ることにして借りていた部屋を出ようとした時に、オリヒメがツンツンとクルルの頬を突いてきた。
「ん? どうしたのオリヒメ」
「あのー……私も、マスターのお姉様やご家族の方に紹介してもらえたらなんて……ごめんなさい。そんなことしたら、皆さんがビックリしちゃいますよね。エへへ……私ったら何をいってるのかしら、今こんなに幸せなのに。ごめんなさいマスター」
「すまない、オリヒメを傷つけるつもりはなかったんだけど、たしかに色々聞かれるのを面倒くさがったのも事実だ……俺……なんてバカなことを考えてたのだろう。オリヒメは大切な家族なのに……」
「いいんですマスター、私のような存在を知ればどんな態度をとってくるか……わかってます。マスターは面倒っておっしゃいましたけど、そうすることで普通でいられることってありますよね。ごめんなさい、最近……心の奥の方がモヤモヤします。ずっとそばにいて、毎日を一緒にすごしていられるのに。それ以上を求めてしまう」
クルルがオリヒメに頭をさげて謝罪する。フリード家にオリヒメを紹介した場合の混乱を考慮しての対応だったが、さわがれて奉納品だとかに発展しても面倒くさいと思ったのみ事実だ。オリヒメに相談してからにするべきだったと反省していた。
「マスター、頭をあげて……私どうしたんだろう。あの騒動の後から胸が苦しくて、切なくて……」
「……それは、オリヒメがクルル様とつながったことにより……お嫁さんになったからですよ!」
スクナビコナが仁王立ちで浮いていた、若干だが顔が怒っているようにも見える。
「はぁー、やはりこうなりましたね」
怒りの表情から溜息一つで切なげな表情へかわる。
「スクナビコナ、いらっしゃい。元気だった?」
「はい。クルル様はその後、調子はいかがですか?」
「おかげさまで大丈夫だよ。いつもありがとね」
ニコニコ顔に変わったスクナビコナがクルルの左肩へ座った。
クルルの顔を挟んで、小さな女神様が二人座っている。そんなうらやましくもある微笑ましい光景だった。
「オリヒメ、よく聞いてね。神も下界の者と結婚したりする場合があるの、滅多にありませんけどね」
「あのう、話の流れがよくわからないよ」
「ごめんさないクルル様。順を追って説明しますね」
スクナビコナが、クルルとオリヒメの前に移動してフワフワと浮いている。
「クルル様が倒れられた時に、オリヒメが生命を維持させる為にクルル様と接続しましたよね。本当は繋がると言います。今回はオリヒメが緊急かつ別の理由で繋がりましたが、本来は繋がるとは神との結婚を意味します」
「なんですと!」
「えっ。私はマスターと結婚していたの?」
スクナビコナが額に手をあてて、溜息をつく。
「はいはい。クルル様もオリヒメもお静かにお願いします。続けますね、オリヒメは神様見習いでしたので、結婚したことにならないと思っていたので何も言わなかったのですが……先ほどからのオリヒメの心境を聞くと完全に結婚による心の変化がでていますね」
「心の変化ですか? それっていったいどんなものですか?」
「クルル様は、もうしこし乙女心を学んでくださいね。オリヒメの言った、心の奥のモヤモヤ、苦しくて、切なくて……これは恋ですよ。神様だって恋をしますけど、繋がるとその恋心がずっと強くな
るのです」
「…………」
オリヒメの心境とは、熱い恋心なのであった。
スクナビコナに指摘されて初めて気がついた二人もかなり恋に疎いのだろう。
とくに、クルルことユウマは酷いぐらいに乙女心、恋心がわからん男だ。
「オリヒメ、クルル様と繋がってから体のどこかで熱く感じる部分はありませんか?」
「あります。首の後ろが最近ずっと熱いような痛いような感じです」
クルルとスクナビコナは、オリヒメの髪をかき上げると、うなじから首のあたりを調べた。
小さなオリヒメの首に赤い丸と何か模様のようなものが丸の中に書いてある印を見つけた。
「これはいったいなんだろう?」
「丸の中には、有真と書いてあるようですね」
「有真……まさかユウマとか?」
「そうみたいですね。ウフフ、ユウマ様だから有真ですね。ユウマ様の妻という意味ですよ」
スクナビコナの顔がまた怒った感じに変わった。
クルルは少し心配そうに覗きこんできた。
「スクナビコナ、何かあった? 怒ってるの?」
(クルル様は、鈍感だから……私の恋心には気づいていないでしょうね)
「なにもありませんよ。クルル様」
ニコッと笑うビコナの目は笑っていなかった。
(私も繋がってしまおうから……オリヒメがうらやましいな)
「オリヒメ、神様見習いのあなたが今すぐにクルル様と結婚という訳にはまいりません。見習いが終わるまでは、婚約者ということにしてクルル様を今後もお守りすること。よろしいですか?」
「はい。ありがとうございます」
「……それは決定事項なのですかー?」
「マスター、私のこと嫌いですか?」
「そうじゃないよ。そうじゃなくて……」
クルルがオリヒメの頭を撫でてキチンと正座する。
「オリヒメさん。見習いが終わったら、俺と結婚してください」
「はい。マスターありがとうございます。大好きですマスター」
オリヒメがクルルの右の頬にキスをした。
さすがにこの時ばかりは、スクナビコナもやさしい笑みで二人を
見ていた。
…………
「ところで、スクナビコナは何をしにここへ?」
「……忘れてました。テラス様のご指示で、お迎えに来たんですよ」
「お迎えにスクナビコナが来たの? テラスも神使いがあらいなー」
「フフフ、しかたないですよ。すぐに行きたいのですがいいですか?」
「えっと。夜には帰ってきたいのですが大丈夫かな」
「分かりました。テラス様にはそうお伝えしておきますね。じゃあついて来てください」
スクナビコナについて歩くとすぐに白く光る場所が現れた。乙姫様の竜宮城に行ったときと同じ空間に入るような入口だった。あの時と同じようにすぐに出口が現れると目の前に広がる風景をみてクルルは驚いていた。
「ハワイじゃん」
いきなりの白い砂浜、照りつける太陽、エメラルドグリーンと濃い青色の海、ヤシの木が目に入った。
海岸の景色を一望して、後ろを振り返るとそこは……。
「スキー場じゃん」
雪山にスキー場とコテージのような建物があり、リフトが稼働していたのだ。
ここはいったいなんなんだ!? 常世の国とはいったいなんなのだろうか?
「ユウマ―、こっちこっち」
薄いピンクのビキニを着た美少女が手を振っている。その横には、黒いビキニの女性が同じように手を振ってくる。
「テラスとリリーノなの?」
「はやくー! とにかく早くこの建物の中へ入って」
クルルは言われるがままに急いで、テラスが案内する白い南国風の建物の中に入った。
「ユウマー元気してた? 時間があまりないみたいだから、今回はこの部屋で話しましょうね」
「どういうこと? 俺も海水浴したいなー」
「ウフフー。どうユウマこの水着、可愛いかな?」
「とっても可愛いよ。テラスはスタイルがいいねー」
「きゃっー。ウフフ、ユウマに褒められた〜うれしいな〜」
そんな会話をジト目で遮った、小さな少女も……可愛いワンピースの白い水着を着ていた。
「スクナビコナー! とっても可愛いよ」
「そうですか……うれしいです」
もう限界とばかりにそんな女神二人をジト目で遮ったのは、リリーのだった。
「そろそろいいですか? クルル様と話したいこともありますので……」
「リリーノも久しぶりだねー。元気だったの? その水着とっても似合ってるよ」
「……そうですか? うれしいな」
「マスター、そろそろ水着の話題は終わらせてください」
「ごめんね」
女神三人の水着のお披露目も、オリヒメの一言で終わり用意されたソファーに腰掛けた。
「ユウマ、今日は時間があまりないんですよね? スクナから聞いたのでこの建物からは出ないで下さいね。この建物にいる間は下界の時間が止まるからね」
「うん。わかったけど、なんでなの」
「天界と下界では、時間の流れ方が違うからですよ。もうすでに下界は夕方の六時頃でしょうね」
「そんなに進んでるの?」
「ユウマ、私が前に言ったの覚えてる? 次に会えるのは三カ月後くらいかなって話」
「小屋を出る前にリリーノが言ってたよね」
「それは、ここ天界での時間を計算して伝えたの」
「リリーノにしてみれば……数日間、俺と会えないだけだった。そういうことか」
「うん。きちんと説明してなくてごめんね、色々と時間のズレがあるから約束がしづらいので、日数を大きめに言ってみたの」
「大丈夫だよ、でもよかったリリーノとは数カ月は連絡取れないと思ってたから」
「それで〜。ユウマは何の用なの?」
テラスが、クルルの腕にしがみつきながら聞いてきた。
「実は……東の魔法協会を潰そうと思ってる。こんな制度はダメだと思うんだ。スラントを倒しても、また誰かが権力を握ろうとすれば同じことだし。魔法神からの信託で総帥を決めるのもいいけど、リリーノの件もあるから対策も必要だろうしね。テラス、魔法は信仰を集める為の力なんだよね?」
「そうよ。信仰してもらうことが神々の糧になるの」
「信仰さえしてもらえれば、魔法協会なんて必要ないよね? 人間だけの問題ってことにならないかな?」
「そうね〜。皆はどう思う?」
スクナビコナもリリーノも小首をかしげている。
「魔法協会を潰すって、具体的にどうなってしまうの?」
「リリーノが総帥にの時も洗礼の儀式って御礼金が必要だったの?」
「うーん、ゼロではなかったけど、協会の維持費にあてられてたし、いくらかは貰っていたかな」
「そもそも洗礼にお金が必要とか、祝福持ちを使ったお金稼ぎでしかないよ。会員登録してMP保有者を囲うのもだよ。力を持ちすぎるとやがて暴走する。人間の欲はきりがないよね。会員登録してる魔法使いを必要な場合は魔法協会のリストから金額に応じて派遣してまたお金を手に入れる。ハンターだけじゃない個人、村、町、貴族、国と必要としているところへお金で貸し出すまさに道具だよ」
「たしかに……なんでも御礼金を必要としてるとこはあったけど、高額じゃなかったし。なによりもそれで助かる人々からの信仰が神の力になるのだから必要なことだと思うけど」
リリーノは、この世界の住人だったのだから神様の為なら多少の金品の動きがあってもいいと思っている。だが、それはクルルであってもユウマであっても同じだ。協会で働く者への給金や建物などの維持費でお金は必要だけど、強い権力をもちすぎる事と独裁への危険を考えると改革が必要だとクルルは思っていた。
「ユウマの考えを聞きたいな。あるんでしょ?」
「あるよ!」
クルルの話を聞こうと身を乗り出してくる女神三人の胸の割れ目が眩しかった。
「マスター、説得力が低下しますから女神様の目を見て話をしてくださいね」
オリヒメが少しプンスカしていた。
※※※
「常世の国ってリゾートなんだね」
「マスター、ユートピアですから」
「ユートピアって、これでいいのかな?」




