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29 フリード領 その一

 東の村を出発してから2日が経過していた、滅びの森を抜けてフリード領の領主が住む町を目指しているのだが、さすがに白姫に全員が乗るのも厳しいのと、空を飛ぶのは目立つかもしれないという警戒もかねて、あえて陸路を歩いて進んでいた。


 食材やテントなど荷物類はクルルの時計で保管して必要時に出せばいいので、みんなは手ぶら状態だった。本来ならありえないのだが……。


 時おり出現する魔物は、戦闘訓練をかねて積極的に狩っていった。

 クルルも知っているダガーウルフや双頭鷲、巨大な毒蜘蛛、猿のような獣などかなりの確率で接触していくので思わずクルルが溜め息をついた。


「エンカウント率が高すぎね?」

「マスター?」

「パパの言葉がわからないよー」

「旦那様はたまに不思議な言葉を使う」

「うん」

「だワン」


 そうこう言っていたらまたも魔物だ。ウサギを大きくしたような魔物だった。


「切り裂きウサギだワン」

「マスター。すでに囲まれています」


 切り裂きウサギは一匹でも鋭利な出っ歯で獲物の足や腕を切り裂いて動けなくするのを得意とした攻撃をしかけてくる。スピードもあり厄介だったが更に群れるともっと厳しくなる。

 クルルを中心に女声陣が囲み、切り裂きウサギの攻撃を防ぎながら減らしていくことにする。

 オリヒメの剣達が飛び込んでくる切り裂きウサギの息の根を次々と止めていくが、数で押す相手は剣を突破して黒姫、白姫、、初芽に迫る。しかしたどり着いたのは少数だったために問題なく排除された。ほとんどの切り裂きウサギを倒してホッとした一瞬をついて、5匹ほどの塊がクルルめがけて突っ込んできた。ずっと様子をうかがっていた群れのリーダーであろう、気配を殺していたので白姫でもワンテンポ気づくのが遅れたのだ。


「ご主人様ー。切り裂きウサギがワン」

「マスターとルルは下がってって。護衛用の2本で問題ありませんから」


 オリヒメが剣を誘導したその時だった。バコーンバコーンと連続で物がぶつかった音がすると5匹の切り裂きウサギが四方へ吹っ飛んでいった。そこには正拳突きを繰り出したあとで腕を伸ばしきっているルルが立っていた。


「パパの敵はルルの敵なんだから。ねーパパっ」

「……そうだね。ルルありがとう」


 テヘッと笑いクルルにしがみつく……白いキャミソールがフワフワと揺れる。

 こんなスレンダーバディのどこに力があるのか不思議な気分でルルのお山を見るのだった。


「マスターそこを見るのは必要ですか?」

「ハハハ……すみません」


 倒した切り裂きウサギは300を越えていた……とりあえずホーリーシャワーをかけた後にクルルの時計に保管した。


 まだ少し日は高かったが今日はここで休むことにした。魔除けの祝福水は移動で使わないようにしていたのでまだ余裕があったが、みんな疲れた顔をしていたのでクルルとしてもちょうどいいかなと判断したのだった。すぐにテントを準備し食事の前に風呂に入ることにをする。クルルが大量に水を保管して持ってきたので、大きなたらいに水を入れて薪で沸かした風呂だ。以外と女性陣には好評でみんな喜んでいた。


 風呂の後は食事を作りみんなで食べて寝る……。


「こうやってると目的を忘れそうになるな〜」

「マスターは自由に動けばいいんじゃないですか?」

「うん。でもね魔法協会は俺が……潰すよ」

「私はマスターに着いていきますよ……どこまでも」


 オリヒメはクルルが眠りについたのを確認してから目を閉じた。


 ◇◆◇◆


 クルル達が東の村を出発してすぐに動き出した者達がいた。


「あいつら東の村を出るみたいですね」

「ああ……俺はスラント総帥に報告する。お前はこのまま追跡しろ」


男達二人が行動を開始した。


 指示を出していた男は親衛隊の隊長だ。以前にクルルをかばって

反逆罪で拘束された隊長の代わりに隊長になった男で名前はゴルドス。クルルの追跡を開始したのは隠密行動を得意とする部隊の者だった。


「とにかく急がねば……」


 ゴルドスは東の魔法協会に帰還すべく東の村を後にした。

だてに親衛隊に所属している訳ではなく飛行の魔法を駆使しながら4日程で到着した。

 クルル達を追跡している者からの連絡は鳥を使った方法が支流の為、タイムラグが発生するがまだフリード領主のいる町には入ってないと予測はついた。


 ゴルドスは魔法協会の建物に入ると最上階の一室に入る。


「戻ったか。親衛隊長ゴルドスよ……どうだったのだ? 東の村は全滅したか? そういえば戻るのが遅かったな? 金目のものでもあさっていたかな」


 嫌みったらしい物言いでゴルドスを睨む男……スラント


「申し訳ありません総帥。実は……」


 ゴルドスの説明を聞くとスラントが怒り狂ったように騒ぐ。


「なんだとーー! 作戦は成功したが村はクルルシアンが復元したので結局は失敗だとーぐぬぬぬぬ……くそーーあのガキがーー」


 真っ赤な顔で地団駄を踏むスラントの血管は切れそうなほどだった。


「それで戻って来ましたで終わりか……おいゴルドス」

「すみません、もう一度結界の破壊も考えましたが、現在は警備の兵が多数で守っており……難しいかと」

「こっちに向かっているのか?」

「一度フリード領主に会ってからと思われます。現在は滅びの森を越えてフリード領主の住む町へ向かっているとのことです」

「こうなったら領主ごと殺してくれるわ」

「しかしスラント総帥……あまりやりすぎると国の耳に入るやもしれません」

「構うものか! 東の魔法協会の全勢力を使えば……国など恐るるに足りんわ」


 ゴルドスはスラントの狂気の沙汰にゴクリと唾を飲んだ。


「国と戦争でも起こす気ですか?」

「ふん……その前にフリード領だ……今度こそ……ブヒャヒャヒャヒャヒャ」


 ◇◆◇◆


(……はぁ。神々しい気配を感じる……マスターを起こすべきか……)

(オリヒメ……気づいた?)

(マスター。起きてたんですか?)

(なんとなくね……気になって)


 クルルはオリヒメと周囲を見回した、神々しい気配はあるけれど……。


(うーん? 勘違いかな〜)

(パパ)


 えっ? と驚いてテントの方を見る。そこにはルルが立っていた……。


「どうしたの? 眠れないの?」

「んーん……パパを連れてきてってお願いされたから」

「えっ? 誰に?」

「よくわからなかったけど……竜宮城で待ってますって」

「竜宮城!? うーん……まさかね〜よし行ってみよう」

「うん」

「マスターでもどうやって?」

「きっとルルが連れて行ってくれるよ……ね?」

「うん。ついてきてー」


 とりあえず行ってみようと行動を開始するクルルの背中がちょいちょいと引っ張ぱられて振り返った先には……黒姫、白姫、初芽が立っていた。


 三人はどこにいくのか? といった表情でクルルを見ている……ここは正直に言っておいたほうがいいと思い行き先を告げた。


「ちょっと竜宮城まで行ってきます」


 えっ? 三人は少し躊躇したようだが、ついていくと言い出した。クルルは神様に会うことになると念のために説明したが、構わないとのことだ。クルルが八百万の加護を持っているのだからこういったことは今後も増えてくるので彼女達も慣れておきたいと思っているのだ。


「パパーみんなで行こうねっね?」

「うーん……まっいいか。じゃあルル案内をよろしくね」


 了解とばかりにクルルの手を引いてルルが案内を始めた。少し歩くと奥の方で白くぼやっとだが輝く場所が現れた、ルルが先に入るよと手を強く引っ張る。そこは空間と空間をつなぐトンネルのようなものだった。

 すぐに到着したようで、目の前には竜宮城が現れた。


 ――子供の頃に絵本で見たのと同じだ〜これは期待できそうだなー――


 クルルは竜宮城と言われた時点で女神様の正体が推測できたが一番気になっていたのは、鯛やヒラメの舞い踊りだった。そんな妄想に気づいたのか黒姫にムッとした目で見られた……。


 女神様のことを考えていると思われたようだ。


「旦那様あまり……さないで……ほしい」

「ん? 黒姫どした?」

「あまり女性の知り合いを増やさないで……ううん。旦那様のスキルは理解してる……ごめん」


 ギュッ……。


「えっ? ひゃーー!? だっだんな様いったいどうしたの」

「いつも心配させてばかりでごめんね」


 思わず抱きしめてしまった……黒姫がかわいくてたまらなかった。

 いつもクールで聞き分けがいいのを当たり前だと思って我慢させてたようだ。


 ――ちゃんと見ててあげなきゃな……いつもありがとね――


 ん? 白姫、初芽、オリヒメ、ルルの順番でクルルの前に列ができていた。


「次はあたちだワン」

「…………」


 全員を順番にギュッしてあげていると……ギギギと入口の扉が開いた。


「……あのうずいぶんと待ってるんですけど……まだですか?」


 まるで絵本から飛び出したような風貌の美少女が登場した。巫女に羽衣を着せたーまさに乙姫様そのものだった。


「……乙姫様ですよね?」

「そうだよパパ。知ってたの? ……あっ、ごめんなさい乙姫様」

「フフフいいですのよ。それよりも無事に生まれて嬉しいです」


 ルルの頭をいい子いい子と撫でる乙姫がクルルに軽く会釈をした。

クルルはしまったと思い慌てて挨拶をする。


「すみません乙姫様……ご挨拶が遅れましてすみません。初めましてクルルシアンです」

「ルルから話は聞いてますよ。今日はよく来てくれましたねでも……女神の玄関の前で抱擁はやめてくださいね」

「……すみません」


 乙姫に案内されて敷地の中に入る。庭には竜の彫刻がいくつか飾ってあり、その一つ一つが素晴らしい作品で思わず溜息が漏れたほどだ。


「こちらでお待ちください」


 乙姫に通された部屋には大きなテーブルと奥の方にステージがある豪華な部屋だった。


「いよいよ鯛やヒラメが期待できるぞ」


 クルルことユウマは子供の頃に読んだ絵本で浦島太郎がいつも気になっていたのだ理由はくだらないことだが子供の時は本気で思っていたことだ。


 ――俺なら絶対に帰らないぞ! こんな楽しい世界を棄てた太郎が信じられん――


「すみません遅くなってしまって」

「大丈夫ですよ乙姫様それで……いったい今日は?」

「はい。ルルを救っていただいたお礼がしたくてお呼びしました。ご存じのようにルルは竜族では忌み子です。ですがルルの存在がいつしか竜族を救う日がくると信じています……私ではルルを救うことができませんでしたので、いつか出会うであろう八百万の加護を持つお方に託そうと思い陰ながら守って来ましたが本当によかった」

「乙姫様どうしていつか出会うと分かっていたのですか?」

「それは占いで見えてましたからウフフ」


 ――ルルを俺に会わせる為に導いてたってことか……――


「ということはルルとはここでお別れですかね?」


 えっ? そんなのは聞いてないよ。まさに寝耳に水って顔のルルが、うっすらと目に涙を溜める。


「嫌ですっ……絶対に嫌だよ……パパと離れるなんて」

「フフフ心配しないでルル。クルル様のオヨ……」


 まだ早いかと乙姫がそこで言葉を止めたがルル以外には……特に女性陣は気づいた様子で乙姫様をジト目で見ている。


(やっぱり……いずれはお嫁さんか)

(お嫁ワンねそんな気はしてたワン)

(あるじ……)

(マスター私も……お嫁さんにしてほしい……)


「クルル様ぜひ受け取って頂きたいものがございます」

「玉手箱なら遠慮します……」


 乙姫がクスクスと笑った。


「そのような物をクルル様に渡しませんよ〜。あれは……いえ、やめときましょう」

「乙姫様。ダメです聞きたいです」

「そこまでおっしゃるなら……。あれは水竜のお使いで地上に行った亀が、浜辺で乱暴を受けていたのを救った村人のウラシマダロウさんに、お礼で竜宮城にお呼びしましたが……毎日の宴会ですっかり怠け者になってしまい寄生虫となってしまったのを見かねて……眠ってる間に村に返しました。記憶を消すために老化させて物忘れを悪化させただけです」

「その老化させた物が玉手箱ですか?」

「はい。老化する煙を入れた箱です」

「…………」


 ――俺の知ってる話と少し違うけどな……――


「クルル様を老化させる意味がありませんから」

「でっですよねー」

「受け取って頂きたいのがこちらです」


 乙姫が目の前には箱を置いた……。


 緊張がはしる……乙姫が開けろと目で促す。


 ――開けたくない……――


「なにが入ってるワン?」


 白姫があっさり開けた……ボワッと煙が出た。


「ゴホゴホ……くしゅん」

「白姫ー! こんなに白い毛でおおわれちゃって……やはり玉手箱か」

「ご主人様……昔から白い毛があるワン」

「…………」

「あらら! 久しく開けてませんでしたので埃だらけでしたわ」

「……驚かさないでください」


 箱に入っていたのは金色に輝く槍だった。


「この槍は≪トライデント乙姫零式≫私の先代の乙姫がポセイドン様よりお借りした後に似せて作った魔法具です。竜神である乙姫の力が注がれた伝説の魔法具これをルルに使わせて下さい。きっとお役に立つでしょう」

「こんなすごい物を宜しいのですか?」

「はい。クルル様を守る妻になるのですからこれぐらいは持ってないと」

「……妻に?」

「あら! いやだちょっと滑りましたわ」

「…………」


 さっそくルルに渡すとあっさり持主登録が完了した。


「以上でございます。今日はありがとうございました」

「えっと……あのう……終わりですか?」

「はい……なにかございますか?」

「……鯛やヒラメの舞い踊りは?」


 …………


 竜神である乙姫に見送られて竜宮城を後にした……クルルはガッカリした顔で手を振った。

 ウラシマダロウのせいで、竜宮城での宴会は禁止事項らしく何も無く終わったのだった。


 ※※※

「くっ……ダロウのやつめ。ん?ダロウってなんだよタロウじゃねーじゃんか」

「旦那様が怒ってる」

「怖いワン」

「あるじ……」

「マスター」

「パパ……ちょっと怖い」

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