26 東(あずま)村 その十六
「あららどなた様ですか? いいとこでしたのに……」
天守閣に別の神々しい気配が広がる、それと一緒にすさまじい怒気も感じる。
「このばかちんオリヒメ! なんでもっと早く相談しないのですか?」
神々しく現れたのはスクナビコナだった。彼女は現われるやいなやオリヒメとヴィヴィアンの間に立ちふさがった。
「誰かと思えば……ふ〜んなんであなた達の顔がそっくりか分かった気がするわ。でもそんなことどうでもいいのよ。クルルさん! はやく窮屈な器なんて捨ててしまって私と出かけましょう。そうね〜アバロンなっていかがかしら、そこで二人で楽しく暮らすのよ……ねっクルルさん」
「そんなことは私が許しませんよ。ヴィヴィアン!」
呼び捨てにされたことに驚いたヴィヴィアンが声のほうへ振り向く。
「あなたは……東大神アマテラスオオミカミ様……」
「ヴィヴィアンさん。私の大事なユウマにちょっかいだすなんて許しませんよ」
「本当にお気に入りだったのね。ふ〜ん余計にほしくなってしまったわ」
天守閣の部屋の中で女神二人が一人の男を争っての戦いが勃発しつつある。お互いの目からはすでにビームが飛び交いぶつかり合ってはじけたのだ。
「いくらテラス様が私より身分が上であっても、口喧嘩ぐらいはできますわ。私とて、それくらいの身分ではありますからね」
「それはいくらなんでも言い過ぎではあありませんか? 受けてみますか? 私の力を……」
「まってテラス様。それよりはやくしないとオリヒメがそろそろまずいです」
さすがのテラスもスクナビコナの言葉にハッとして我にかえる。
(テラス様もクルル様のことになると見境がないこと……)
「そうでしたわ。はやくユウマの体と切り離さないとオリヒメが危ないわ」
「ですがテラス様……さすがにこの容体のクルル様からオリヒメを切り離せばすぐに……」
「フフフフそうね。その瞬間に完全に逝くわね。器から魂が出た瞬間に、フフフフ連れていってしまおうかしらね」
「ヴィヴィアン。それ以上は本当に許しませんよ。ユウマは私の大事なダーリンになる人なんですからね」
「はぁー! テラス様そういうのは後にして下さいな。今はオリヒメとクルル様を助ける方法を考えないといけません」
「はい……ごめんなさい。ヴィヴィアン今は一時休戦させてもらいます。ユウマとオリヒメが優先ですので」
ヴィヴィアンはクルルを心配する二人の大物女神を後ろで見ながら考えていた。はたから見ればすごい光景なのだ大物女神が二人も心配してここに来ているのだから……。
なにかを思いついたヴィヴィアンがニヤッとした笑みをこぼしながら二人に話しかけた。
「手伝ってあげようか?」
「なんですの急に……騙されませんよ。そうやってユウマを逝かせるつもりですよね?」
「テラス様、話だけでも聞いてみましょうよ。神様が嘘なんてつけないの知ってるでしょ」
そうなのだ! 神様に正義も悪もない自由なのだ何をてもいいし、しなくてもいい。もちろん神々の間で身分の違いはあるが、基本的には自由だ。
でも嘘はついてはいけないのだ。嘘ではない言い回しや、うまくごまかしている、うまく隠しているなどがあっても嘘は絶対についてはならない。
これは全ての神々の間での約束ごとなのだ。では嘘つきの神様はどうするのかと言われたら簡単だ。嘘をついた奴をゆるさない神様であって、嘘を許す神様ではないのだから。
「テラス様、スクナビコナ様……これ以上は……ごめんなさい」
ハッとする……オリヒメが真っ青な顔でふりしぼった言葉だった。クルルの生命維持の為に自分の力で無理やり心臓を動かしていたが、さすがに神様見習いの彼女は限界がきていた。
「ヴィヴィアン手伝うって? なにができるの?」
「私の作ったエクスカリバーの鞘が回復に特化したスキルを宿しているのは知ってるかしら? 普通に使ってもこの状況のクルルさんは助けられないけど……」
「それでは意味がないです」
「テラス様よく話を最後まできいて下さいな。普通に使って助かりませんが、私がクルルさんに接触して力を注ぎながらならあるいわ。もちろん二人にも協力をしてもらいたいわ」
「ただ〜テラス様が耐えられるならですけど〜。どうしますか?」
「意味深ですこと説明していただけますか?」
「私が唇にキスをして力を注ぎますので、二人には左右のホッペにキスをして力を注入してもらえますか?」
「なっ!」
「えっ!」
そう説明したヴィヴィアンの顔は明らかに勝ち誇ったようにニヤッと笑っている。テラス様を悔しがらせつつも恩を売れる最高で最大の作戦だったし成果の程も自信があったのだ。
「これならオリヒメを切り離しても心臓を止めず、さらには中枢MPタンクを回復させることができるはずですわ。三人の女神が力を注ぐんですもの回復どころではないかもしれませんけど……ウフフ」
「テラス様……ここは我慢をしてください」
「ふぇーん……しかたありませんわね」
交渉成立よと言わんばかりにヴィヴィアンが魔法具≪エクスカリバー≫を鞘ごとクルルの胸の上に置いて覆いがぶさった。
「テラス様もスクナビコナ様もどうぞ!」
「ここは堪えて下さいテラス様」
「わかってます」
テラスとスクナビコナがクルルの左右のホッペに近づく。右がスクナで左がテラスだ……助手席ホッペ争いはスクナがテラスに譲ったのだろう。
「あらちょうどいいわね。この子達にも手伝ってもらいましょうね。聖獣もいるし力は多いほどによろしくてよ」
「本当に大丈夫かしら……少し不安ですわ」
「テラス様……私もです」
ヴィヴィアンが結界の力をゆるめて三人の姫を起こした。寝ぼけまなこでキョトンとしていた三人だが、女神様が三人もお越しなっている事、しかも大物ばかりである事に一瞬で目が覚めたようで、
若干あとずさりしながらもなんとかクルルの手を握っていた。
「あなた達も手伝いなさい」
「はっはい」
「そのままクルルさんの手を握りなさい。黒姫は左を初芽は右をしっかり握ってね。それと聖獣白姫は変化したらクルルさんの額に手をあてて癒しを使いなさい」
ヴィヴィアンの指示で各々が自分の場所へ移動する。さすがのテラスもユウマ(クルル)の為と我慢しながらも支持にしたがっていた。
「オリヒメ、私がカウントダウンをします。ゼロの合図でクルルさんから抜け出しなさい」
「……はい……わかり……ました」
皆の配置を再度確認したヴィヴィアンがカウントダウンを始める。
「5,4,3……」
「2,1,ゼロ!」
オリヒメがクルルから抜け出した瞬間に口づけ組のヴィヴィアン、テラス、スクナがクルルにキスをする。黒姫、初芽が手をギュと握り、人白姫が額に手をあてて癒しを使った。オリヒメはクルルから抜け出したがそのまま意識を失い倒れていた。
パァァァァァ、クルルの体が輝きだし七色の光球に包まれて浮き上がった。もちろんクルルに触れている全員を包み込んでおり皆がまとめて同じ光球の中でクルルと浮いている。
時間にて10秒程度であったが、光球の中に皆は長いこと浮いていた気分になっていた。
ゆっくりと元の場所に降りると七色の光は小さくなりやがて消えた。
そのまま全員が意識を失ってしまった。神様でも力を消費しすぎれば意識を失うのである。
…………
「うっうーん……なんかすごく重たいな〜って!? なんなのこれは?」
クルルは目を覚まして体を起こす……どうしたらこうなるのか理解できなかったが、皆それぞれが気持ち良さそうに眠っているのを見て特に起こさないでいいかと思った。
少しのんびりと眠っている女声陣を眺めていたが、ハッと思い出したように慌てて布団から飛び出した。
「すっかり忘れていた……東村はどうなったんだ?」
天守閣から村を確認しようと外が見えるところまで進むクルルの右肩が突然に重さを感じた。
「マスター、マスターマスターマスターうぇぇぇぇーん……よがっっぐずっよがったよー」
「どうしたのオリヒメ? 泣かないで」
クルルの右肩で号泣するオリヒメ……なんどもクルルに拭いてもらうが、とめどなく流れてくる涙で、クルルの右肩はびしょ濡れだった。
その声が聞こえたらしく次々と起きてクルルに駆け寄ってきて飛びつかれて、また泣かれてと身動きがとれないほどであった。
(テラスも来てくれたんだね……なんとなくわかってきたよ。ありがとう)
(ユウマ、ユウマ……大好きなユウマ。無事に戻ってこれてよかった)
クルルが声に出して話せなかったのは、黒姫、白姫、初芽がいたからだ。さすがに東大神のテラスがいるなんて言うわけにいかない。
(またあとで会いましょう……本当によかった。それじゃあまたねユウマ)
(ああ、またねテラス)
「ちょっとクルルさん……。今回一番に貢献したのは私ですわよ。それなのにっもう」
「ごめんね。ありがとうヴィヴィアン様……デートの約束ごめんなさい。今度埋め合わせしますので」
「もうデート以上の物を頂きましたから今回はいいですわ。また誘いにきますわ」
「うん、いつでもどうぞ。ありがとうねヴィヴィアン」
これだけの人の前で、東大神をからかうのは、さすがにできなかったようでヴィヴィアンは含み笑いを残して帰って行った。
――なにかたくらんでたな〜まぁいいや――
「スクナビコナが来てるってことは、俺……迷惑かけたんだね」
「ウフフ迷惑なんてかけられてませんよ……それよりも遅くなってごめんなさいね」
「大丈夫だよ。ほらこうやって話せるし、俺は元気だよ」
クルルは、スクナビコナの前で、元気モリモリといたっ感じのポーズを取った。
なにか、やらかしたのだろうと感じていたクルルは深々と頭を下げてじっとしていた。
「マスター……頭を上げて下さい」
「そうです顔を見せて」
オリヒメがクルルの頭を撫でたあとに、姫様三人が一斉に声をかけた。
さっきまでいた女神の中に、テラスがいたのには気づいていないが、ヴィヴィアンやスクナビコナがいたのだし、今もスクナビコナはここにいらっしゃる。神の御前なので遠慮していた……というより我慢していたのだ。本当ならクルルと話したくてしかたがない……でも順番待ちをしていたのだ。そんな姫様三人とオリヒメの我慢が限界を超えて、しかも頭を下げてくるクルルに話しかけてしまった。
「スクナビコナ様……ごめんなさい。旦那様と話したくて……」
「ごめんなさいワン」
「申し訳ございません」
「私もマスターと話したくて……順番を……」
四人は泣きながら謝罪した。スクナビコナがそんな四人をあたたかい瞳で見つめながら神々しいオーラを発生させて少し高く浮きあがる。
「黒姫、白姫、初芽、オリヒメも、みなさん頭を上げなさい」
その声に女声陣が一斉に頭を上げて、スクナビコナを凝視する。クルルも下げていた頭を上げてその光景を見つめた。
「謝罪など無用です。私とて……クルル様を思う気持ちは同じです。よくがんばりましたね。お礼を言わせて下さいね。ご苦労様でした……ありがとう」
スクナビコナのから感謝の気持ちが伝えられ四人はホッとした表情に変わった。そして、どうぞクルル様の胸に飛び込みなさいな……そう目で促されたことで、感極まって皆でクルルに抱きついた……その光景を見たスクナビコナがクルルにウインクをした。
(ありがとうスクナビコナ)
「旦那様ーっ……うぇぇぇぇーん 」
「ご主人様……ご主人様びぇぇーん」
「あるじ……ぐすぐすぐす」
「マスターお帰りなざぁぁぁーい……」
「みんな……ただいま。ありがとうね」
クルルが四人の頭を順番にやさしくなんどもなんども撫でた。皆が落ち着きを取り戻すのをまってから、クルルが何があったのかを皆に聞いた。
「そんなことになっていたのか……」
「マスターごめんなさい……もっと早くに気づいていれば……私、守護者失格ですね」
「オリヒメ、なにをいってるのさ失格どころか命の恩人だよ! 君がいなければ本当に逝ってたと思うよ」
(ウフフ……もしそうなったら私とテラス様で黄泉に行ってでも……連れ戻しましたけどね。クルル様には納得のうえで、こっちにきてほしいですもの)
スクナビコナがニコニコしながらクルルの左肩に座った。
「……そろそろ帰りますがその前に話しておきますね」
スクナビコナがクルルに女性陣の前に座りなおすように耳元でお願いした。オリヒメはすぐに肩から降りて姫達と一緒に畏まる。
「まずはオリヒメですけど……本当に『ばかちん』なんだから。もし消滅していたらどうするつもりでしたの? たしかにクルル様の命を繋ぎとめるにはいい判断でしたけど……すぐに私を呼ばなかったのがいけません。今後同じことが無いようにして下さいね……本当に心配したんですよ」
「はい。申し訳ございませんでした」
「それとオリヒメには今後やって頂く事があります。それはクルル様から神格化する力を抜き取って自身に蓄えていく作業です。私が定期的に来たときは力を散らしますが、あなたでは散らすのにコン
トロールが難しいでしょうからね。すでに神格化が始まっていたのに今回は、ヴィヴィアン様、私、そしてもう一人の女神が力を追加してしまいましたから……もうこれしか方法がありません。溜めた力はオリヒメの判断で使用なさいきっと役にたつでしょう」
「かしこまりました。マスターの神格化する力は私が蓄えます」
「ウフフよろしくね。それから……黒姫、白姫、初芽あなた方は神々の力で作った光球……ゴッドレインボーオーブの中に入ってしまいました……神々の力に触れた形になります。今後あなたた方の体になんらかの変化があるかもしれません。定期的にクルル様に?、鑑定してもらうこと必ずですよ。念の為ですけど三人には私の加護を授けておきますので……ウフフフ」
三人の姫様は畏まりながらも目を丸くしていた……スクナビコナ様からの加護を授かったのだ。
しかも巫女でもない者がだ……きっとお赤飯だ。
帰り際に恒例のスクナビコナからのホッペにキスがあって、その時に耳元でささやかれた。
(クルル様にはとっくに私の加護が付いてるんですけど)
(……もしそうだとして村人の回復も俺がやってたら本当に逝ってたと思うよ)
(クスクスたしかにそうですね……また会いましょうねクルル様)
(うん、いつもありがとうねスクナビコナ……大好きだよ)
(きゃっ……うれしいです。あっ、クルル様この後も十分お気をつけて下さいね。東の魔法協会へ行くのでしょうから……)
(ありがとう。すぐにでもここを出発するつもりだよ)
(お気をつけて……大好きなクルル様)
クルルは帰って行くスクナビコナにウインクして別れの挨拶をしたのだった。
※※※
「もう一人いらした女神様……」
「ただものじゃないワンね」
「うん」




