2 器移し
柔らかいそよ風が顔をくすぐる。とてもいい香りがする。
そろそろ起きなければな。たぶん俺は、原付で帰宅中に事故って
気絶したんだろうな。明日も忙しい、色々と事故処理もあるだろうし。
「なんか気持ちがいいな〜」
気絶もいいものだな。頭に柔らかい感触を感じてそう思った。
軽く伸びをしたくなり、腕を上げると……ポヨヨン。
「なん? えっ?」
はっと我にかえって目を開ける。俺の顔を覗き込む美少女と目があった。
「……。誰?」
そして意識が、脳が動きだす。俺を覗き込む美少女は、クスクスと笑っている。その笑顔もたまらない。美少女すぎて吸い込まれそうだ。
「目が覚めました?」
覚めたよ。覚めない奴いるか? 俺はいまの状況を把握したのだ。
美少女による膝枕、ラッキースケベな胸タッチイベント、笑顔にやられた思考回路そんな事を考えていた時だった、突然! 美少女の顔が近づいた。
チュッ……軽く触れただけではあったが唇と唇が出会ったのだ。
高校の時の以来だったかな久しくキスなんて……してなかったな。
甘いあまりにも甘い彼女の唇が目の前にある。
「なっ? えっと? どうゆうこと?」
本心と裏腹に、ビックリして困惑的な声を出してしまった。
「これでもう大丈夫よ。魂が異世界から転移してくるなんて今までなかったのよ! この世界に繋ぐには、こうするしかなかったの。初めてだったんだぞ! 私のファーストキスなんだからね」
美少女がはにかみながらクスクスと笑うと同時に、聞き覚えのある声が悲鳴?
「ダメよぉ。テラス様から離れなさいな」
腕を引っ張られ、膝枕から引きずり下ろされる。そこには白いローブを纏った綺麗なお姉さんが立っていた。お姉さんは美少女の前で座礼をする。
「リリーノちゃん。逝ったのですね、今までご苦労様でした。これからは此処で、私を支えてくださいね」
「もったいないお言葉。そして最後の頼みを聞いてくださり誠にありが……」
そこまで言うとテラスはリリーノの言葉を遮り頭に手をかざした。
「高天原の神たる我に仕えし子供たちよ 我は命ず この小さき子に 東の魔法の神として生きる事を。新たに八百万の一員として」
リリーノが眩い光に包まれた。神の祝福? いやちがう。神化
だ。 リリーノのから光が消えると、その背中に四枚の白い翼が見える。
「魔法神となったリリーノと私ならきっと、器移しが出来ると思います。今まで誰もやった事はございませんが、きっと成功しますわ」
成功しないとどうなるんだ? それとこんな自分勝手な願いを聞いても大丈夫なのかな……?疑問と不安でいっぱいだ。神様も勝手に増やしちゃうし、いったい? この美少女は何者なんだろう……テラスと言ったか。俺はマジマジとテラスを観察した。
「あのさ、質問があるんだけど! いやその前に リリーノのさん……これはいったい全体どうゆうことなんですか?」
もっと怒鳴ってもよかったかな……。この怒りは事実だし。
「ごめんなさい……ユウマさん。本当に迷惑ばかりかけて」
「ちょ、んん? 何で俺の名前しってるの?」
リリーノは少し困惑しながら俺の目を見て言った。
「神様になったからかしら。あなたのホッペに書いてあるのが見えるの。【松波 ユウマ〉 男性28歳 職業 魂Sランク スキル空 HP0(256) MP999 特別スキル テラスの加護、リリーノの祝福】って書いてあるわ」
なんじゃそりゃ? 職業 魂とか意味分からんし。ホッペに書いてある?
「誰にでも見える訳じゃないわ。リリーノちゃんは、私の直系の配下で四枚翼の神だから見えるのね。それにユウマの疑問も答えとくわ」
テラスはクスクスと笑いながら話だした。心が読める? 考えが読める?
「エヘヘ ユウマの思ってることは、すべて分かるのよ。そんなに私の胸って 触ってみたい? フフフフ」
…………。
俺はその場で固まった。まずいまずいぞ違うこと考えて、ニニンガシ、ニサンガロク、ニサンガ ニサンガ。ダメダメだ考えるほどに彼女を見てしまう。
巫女っぽい服装だけど、とてもゴージャスな感じ、スタイルも良く、巨乳だし髪は薄い紫色。おっとりとしている感じだけど、一本心の通った感じの美少女だ。
「心の中が全部分かる訳じゃないわよ。でも……巨乳って、ユウマったら」
「私の名前は、テラス。此処、高天原で神様しているの。リリーノちゃんから、助けてほしいって連絡があったのよ、リリーノちゃんたらマジックミサイルをぶっぱなしたようで! 気持ちは分かるのよ。幼なじみの大事な人の命がかってたし」
ふとリリーノを見ると、彼女が震えている。リリーノはテラスに、坐礼をしたまま目を閉じていたが怒りで震えてもいた。
「そこから先は、私が話しますわ」
「私とクルルは同じ魔法協会に所属する協会員でした、クルルは貴族の出身で名をクルルシアン・トェル・フリードと言います。私は、フリード家代々のメイド一家であり、クルル様の専属メイドになる予定の子供でした。この世界では、五歳を迎えた子供は魔法の素質を調べられます。王族であっても平民であっても、MPが1ポイントでもあった者は、魔法協会員になります。そこで訓練、座学、研究と色々な経験を積んでいきます。魔法使いという特殊な職業につけるのは、ごくわずかなの、国をあげて素質者探しに必死なのですわ」
そうだよな。魔法を戦争に利用すれば天下も夢じゃないのかもな……クルルシアン……か俺と同じ顔の子か……。
あれ? たしか病弱な子供って言ってたよな? 幼なじみ 強引なフラグか?
「私には生まれながらにMPが200はあったそうです。普通優秀な魔法使いの上位職業 魔道士ですら、MPは100程度です。ですがクルル様は特別でした。MPが999なのです。これには素質検査官も驚いたそうです。瞬く間にその情報は王都へも伝わりました。そしてクルル様はフリード領内にある滅びの森奥深くに幽閉されてしまいました。膨大なMPに恐れたのでしょう。さらにクルル様には眠りの呪い、衰弱の呪いがかけられており、成長もせず病弱なまま眠りつづけていました。さっきまでは……眠りの呪いだけでは死にません。寝ている間は食事も必要ないですから、ですが衰弱の呪いの重ねがけがクルル様を殺したのです」
俺は理解してしまった、彼女の愛を。全てはクルルの為に。
「私は必死でした、クルル様には及びませんがMP200です。神童として優遇された環境の中、魔法の勉強に取り組みました。東の魔法協会 総帥になればクルルを助けられると信じて」
それからは、聞くも涙の努力物語だった。平民であったリリーノは、ひがみや、イジメなど貴族からの嫌がらせの毎日だったようだ。
魔法協会は貴族でも平民でも素質のあった者が入会できる。たとえ王様であっても魔法協会に介入することは許されない。完全に独立した存在らしい。
そして魔法協会の総帥に選ばれる者は、神託によって選ばれるらしい。リリーノは先代の東の魔法神から啓示を受けたようだ、事前の神託により啓示される日が決まっており、魔法協会大聖堂の祭壇に神
が降臨したのだそうだ。幹部以上しかいなかったとは言え、たくさんの人が体験したのだから、嘘ではないと証明できるそうだ、だがリリーノの時は少し事情が違ったらしい。神はリリーノの次も啓示したのだ、リリーノ引退後はクルルシアンと。
なぜそんな事をしたのだろう。俺はテラスを覗きこんだ。
「えっと〜。その時の東の魔法神って カイちゃんだったんだけど〜。西の魔法神と駆け落ちしちゃったの。たぶん今後の啓示が面倒くさかったのね。神託でも疲れるのに、降臨なんてしたら肌荒れちゃうしね」
ケラケラと笑うテラスだった。
突然リリーノがガクッと頭を降ろし、ジト目をテラスに送った。
「やっと謎が解けましたわ。私が総帥になってから5年間。神託すらない状況でしたもの。ちょうど! あいつがやって来た。あいつは知っていたんだわ」
「あいつ?」
「副総帥のスラント・バン・ホーテよ。元々、西の国の貴族なの何故かこっちに来てね魔法の力もあったので、あっとゆうまに出世していったの。彼はあっとゆう間に幹部連中を配下に納めたの。そして東の魔法協会は貴族による身分制度が濃くなって行った」
リリーノは語りながらも肩が震えていた。
「魔法って素質としてのMPがあるだけじゃダメなのよ。魔法神の祝福を受けた者に洗礼の儀式をしてもらい初めて魔法使いになるってわけ。東の魔法協会で祝福を持っているのは私だけだったの」
それじゃあ、祝福を持ったリリーノが行方不明では、魔法使いの洗礼ができず大変だったのではないだろうか? 5年間も新しい魔法使いの発掘をせずにいたのだろうか?
「それがね、スラントは魔法神の祝福持ちだったのよ。西のですけどね。だから洗礼の儀式は可能だったのよ。そしてその儀式は貴族のみに施されたの、しかもお布施という高額な謝礼が条件でね。それに気づいた時は、私は捕らわれの身、魔法が使えない部屋でね。5年間で魔封じの効き目が薄くなったのを見計らって、一発だけマジックミサイルを発射させたわ。特別な秘術を施して。それが原因
で私は死んでしまったし。クルル様も死んでしまった」
リリーノのは泣きじゃくりながら俺にすがってきた。つかまれた腕が熱い。リリーノの悲しみ、怒りが伝わってくる。
「あのさ、事情は分かったよ。どうせ地球には戻れないみたいだしたださ……テラスって神様じゃん、リリーノも、神がそんな理由で色々やってもいいの? あとで天罰とかって」
「ユウマ、ありがとう。でも大丈夫よ。だって神様で一番偉いのが私なの」
テラスはそう言うと、背中の翼を見せてくる。八枚の美しい金色の翼がそこにはあった。リリーノは側で畏まっている。
「ユウマは勘違いしてるみたいね。神様って正義の味方ではないのよ。人が思う、正しさ、悪さなんて関係ないの。神ほど身分制度が厳しい世界はないわ。そして神は神だから、自分に素直で、ワガママで純粋なの。神が良しとすれば良しなのよ。そして、私は神々のトップだから、私への意見は冒涜ってことになるわ。神罰が下るでしょう。一枚や二程度の翼の神なら存在が消滅しますわ」
「リリーノちゃんが、少しだけフレンドリーなのは私が許可してるからよ。本当はもっと砕けて欲しいの」
リリーノは無理無理と顔をブンブン振った。
「説明が長くなったわ。とにかく早くクルルの器にあなたを移すわ。そうしないと高天原もまずいのよ。ユウマって48の世界の力を吸収した魂なの。ランクはSね。人は地上世界での実績や個々の能力によって魂が磨かれていくのね。過去に悟りを開き、崇高な僧侶だった子でもBランクだったのよ。その子なんて名前だったかしら、えっと・・。サンちゃん そうそう三蔵法師のサンちゃん。可愛い女の子で今は神様として修行中だったわ。もうすぐ翼持ちになれるはずよ」
三蔵法師様って実在したんだっけ? 俺そうゆうの苦手だしな……でも名前くらいは知ってるよ。そんなすごい方でも翼持ちへの修行中とはね。リリーノってすげーんだな。四枚持ちだ。
「とにかく、Sランクの魂なんて八枚翼持ち確定なのよ。新人の神が八枚翼なんて知れてごらんなさい。ユウマの取り合いで大戦争がラグナロクが起きかねないわ」
テラスは俺を手招きした……俺はテラスの前に座った。
「目を閉じて。今から器移しの儀式をします。次に目が開いたとき、あなたはクルルシアンの体の中にいるはずよ。短い間だったけど楽しかったわ。それとねさっきリリーノが、あなたのホッペを読み上げた時、テラスの加護ってあったでしょ。私からのプレゼントよ。これでユウマは高天原に条件付きだけど来ることができるわ。また会いましょうね」
テラスの手が頭の上に置かれた。リリーノの手が背中に触れた。
「私の可愛い子、器に注ぐ魂を見守りたまえ、繋ぎたまえ、我アマテラスオオミカミノの名において」
テラスって天照大御神って事? 俺がっつりタメ口だったし、胸ばっか見てたし。神罰が下るかも。
頭がボーッとしてきた、かすかに声が聞こえてくる。行くのか……。
「ごめん〜ん ユウマ、いい忘れたわ。目が覚めたとき48種類の異世界から持ってきたスキルをひとつだけ選べるわ。よーく考えて選ぶのよ、変更できないからね」
スキル? もっと早く言っといてよ。もう頭がフワフワって……体が浮く感じがしたかと思ったら、俺は意識を失ってしまった。
「行ってしまったわね」
「はい。テラス様ありがとうございました」
テラスは、少し寂しそうな顔して光の飛び立った先を見つめた。
「クルルシアンの体では、48種類のスキルは入らないわ。ユウマ
が何のスキルを選ぶかしらね? リリーノちゃん、心配そうね」
「ユウマ……少しエッチだから心配です」
テラスは、クスクスと笑いながらリリーノの手を取った。
「大丈夫よ、様子は此処でも見れるしお茶にしましょう」
こうして俺は、器移しの儀式によってクルルシアンとして生きることになった。




