16 東(あずま)村 その六
翌日は朝から皆、忙しく動き回っていた。それでも朝食は一緒に食べたかっので千様に無理を言って、信長様と家臣の皆さんに大広間に来てもらった。
正宗さんを筆頭に家臣の者はそれぞれ城の近くに、住居を構えているので朝は食べてから来るそうだが、特別に来てもらった。こんな食事もやっと慣れてきたようで、ワイワイと楽しく朝食を
堪能した。
落ち着いたところで、千から洗礼の儀式の話しをしてもらう。
信長様を始め皆おどろいていたが、自分達の部下にも該当者がいるらしくすぐに、儀式に向けて動いてくれることになった。家康さんに、東の魔法協会の情報収集について聞いてみたが、ま
だ報告がきていないとの事だ。それについては待つしかないか……。
食事も終わり、千や家臣達は儀式の準備に出掛けて行った。
もちろん黒姫も白姫もお手伝いで一緒に行った。
俺は、書庫へ行こうかと思い城内を歩いていた。そこへ信長様が現れた。
「少しいいかな?」
断る理由もないコクりと頷いた。信長様は付いてこいとばかりに歩きだす。連れていかれた先は天守閣だった。大きく開放された先には、城下町が一望できる。なんで村なのか不思議なぐらい大きいな。
「ここに移住してから数千年……この世界の中心の島で国をおさめていた、先祖がどうしてここに来たのかを知ってる者はいないが、元々は国だったからな、他の貴族達よりも立場が上であるってプライドが、鎖国的な習慣を生んだのだろう。必要以上の交流はせず、気にしない気にされない、そんな村になっちまってた。俺もそれを気にせずに、世襲してきた」
信長様はどかっと座った。物悲しい顔で天守閣から見える青空の先に目をやった。
「東の村って地名は国から言われたのさ。移り住んで大分たってからな! すでに村の規模ではなかったけどな、ご先祖様も悔しかっただろうな! でも元々は国家だった意地が……かってに呼べば的な態度を取ったのだろう。呼びたい奴には呼ばせとけってな。俺達はお前らと違う。関わるなみたいにして数千年の時が流れた……後に残ったのは、あまり介入しないで暮らしていく風習ってわけだ」
今まで他で何が起きてるか興味もなかったし、その影響で村民が困っていても介入しようとは思わなかった……それが東の村の風習!
「だが今回は犠牲が大きかったと?」
「婿殿の思っている通りだ」
魔法は四大欲求の一つ。このバランスが崩れるとストレスになる。
今まで、放っておいた村長(君主)としての責任は重いな。
「婿殿! 俺には分かる、お前は何かを成す者だと、ざっくりした事しか言えないがな。ありがとう礼を言わせてくれ。俺は婿殿がやろうとしてることに協力したい、そしてそれが片付いた時に隠居す
るつもりだ。その時は!」
ハッ! として俺は、慌てて信長様の話しを遮った!
「今は出来ることを一緒に頑張りましょう」
「ああ……そうだな。婿殿これからも宜しく頼む」
あぶないところだった!危うく村長の後継者になるとこだったぜ!
信長と別れて今度こそ書庫へ行こうと歩いていると、白姫が抱きついてきた。
「ご主人様〜。オリハルコンちゃん達と遊びに行きたいのですワン」
ん? なんだ唐突に。
「昨日! 約束したワン。隠れんぼするんだワン」
オリハルコン達をチラッと見ると……約束したと言っている。
「いいよ。どうせなら十本全員と遊んでおいでよ」
「それではご主人様が一人になるワン。それはダメワン」
「大丈夫だよ。城内からは出ないから」
「でもワン。困ったワン」
「では、私が一緒にいましょうか?」
振り返ると家康さんが立っていた。
「いいのかワン」
「はい。喜んで」
せっかくなのでそうさせてもらおう。
オリハルコン達は1本は残ると言ったが、たまにはと強引に白姫と行かせた。
「クルル殿お茶でもどうですか?」
「では、お言葉に甘えて」
家康の案内で城内の茶室へやってきた。
ん? 部屋の中にはすでに誰かがいる……。お坊さん?
その者は俺を見つけると頭を下げた。
「クルル殿! 初めまして、千利休と申します」
この世界では必ずしも名前と人物が一致するわけでないけれど。
茶聖! 千利休がいる。俺でも名前ぐらい知っている。
しかし東の村は半獣人の村だから当たり前なのだが、頭に犬耳と尻尾が生えている。でも……坊主の犬耳は少し怖いな。
家康さんと二人して座り、利休と向かい合う。
「茶をたてましょう」
「すみません、お茶の作法がわからなくて……」
「ハハハハ! 楽しく飲んで頂ければいいですよ」
「普通でいて普通じゃない答えですな」
家康さん……。なんかカッコいいですね。普通でいいって事ですか。
利休のお茶は普通に美味しかった。なんだろうこの空間のなかでは、色んなしがらみが消えて、個人として普通な……平等な感じがする。自分では、神々の知り合いが増え、加護を授かってることを上から目線で見てはいないのだが、どこかに優越感があったのかな。
そんな奢りが消えていくような感覚。この気持ちを大切にしないとね。
「クルル殿。先程! 服部から連絡がありました」
「もしや服部半蔵という方では?」
「ん? 名前を言ったことありましたかな?」
「あっ! いやその……勘ですよ。勘!」
「勘で……すか」
やばいやばい。
「で? どんな感じなのでしょうか?」
「詳しくは、服部が戻ったら話しをさせましょう。三日後に戻ると連絡が来ただけでて……。期待させましたな、申し訳ない」
「いえいえ、三日という事だけでも知らないよりいいですので」
「そういえば……! クルル殿も忍を配下に持ちませぬか?」
「俺が? ですか……必要ありませんよ〜。それに俺は無職ですよお給料とか払えませんし」
「まだ主が決まっていない見習いですから大丈夫です。もちろん給金として生活費ぐらいは必要ですが、ぜひとも検討を! 大丈夫見習いといっても、優秀ですから。お役にたちますよ」
助け船ほしさに利休をチラチラ見るが、サッと目を剃らされた……。
「初芽」
家康が名前を呼んだ。
「こちらに」
真っ赤な髪の色の美少女が家康の後ろで方膝を突いている。
赤髪の頭の上の犬耳は白くたれている! 紅白で縁起がいいね。
尻尾は……見えないな。相変わらずミニスカなくの一の格好だがどこにも尻尾がないな〜。ってそんなことはいいか。
「家康さん! 困りますよ〜」
「なかなか可愛いいでしょ! 私の孫娘でしてな」
「初芽です」
家康の熱心なアピールとは裏腹に彼女の視線が厳しい。
絶対に睨んでる、間違いなく迷惑って顔だ!こんな厄介ごとに、巻き込まれるのはゴメンだ! 絶対断るぞ。
「クルル殿、遠慮しないでまずはお試しってことで!」
くわー! 睨んでる睨んでる。お試しって言葉は地雷じゃね?
「家康さん、さっきも言いましたけど無職の俺には……。初芽さんにはもっと相応の主を探してあげたほうが……お孫さんならなおさらですよ」
「相応の主ですか……」
分かってくれたようだな……。ふぅっと息をはいた、疲れた〜。
「相応ってことなら! そうですな」
「そうですよ!」
「そうですか!」
「はい。そうですよ!」
「初芽! よかったな、決まったぞ。今日からクルル殿を主としてお仕えしなさい」
「家康さん! なんでそうなるんですか?」
家康はニコニコしながらお茶をすすった。
「相応の主っていえばクルル殿しかおりませんからな」
あの! 『そうですな』は、こういう意味か……くっ……タヌキ
犬オヤジめ!
「初芽を宜しくお願い致します」
そういって家康は利休と二人で去っていった。去り際にあのタヌキは、後は若い者同士でとか抜かしやがって〜。
…………。
気まずい……非常に気まずい雰囲気の茶室だ。
「クルルシアンです。宜しくね」
こうなったら先制攻撃だ!
「挨拶は済ませてありますので……ご用事が無ければこれで……」
「あっうん……えっとね色々と聞いておきたいのだけど! いいかな?」
「本当は嫌ですが、なんでしょうか?」
――嫌ならいいんだけど……はぁ――
「お給金とか休暇とかさ! 労働契約とか必要でしょ? 36協定とかさあるゃじゃん」
「詮索ですか? いやらしいですね。さぶろうって名前の知り合いはおりません。すごく嫌ですが、主に仕える忍ですので、ご用命があるまでは終日側で護衛の任につきますが……本当に嫌ですが。給金は見習いですので基本給20万テラス+責任手当5万テラスです。この給金では嫌ですけど。特殊任務は等級で変わりますが別途です経費も別途です。嫌なら解雇でもいいですけど」
「…………」
「沈黙は了解の証明。嫌ですが、宜しくお願い申し上げます」
それだけ言うと初芽はシュッッ! と跳んで消えた。見習いとは思えない動きだ。
特別に偵察とか潜伏とか依頼しない場合は、終日側で警護なんて……。
いつ寝るんだろ……?
「初芽ちゃん」
シュタッ!
「主! 嫌ですが、ご用件は?」
「初芽っていつ寝るの?」
「主! 死ねばいいのに」
シュッッ! 消えた。
結局いつ寝るんだよ……教えて……。
それよりこれから毎月最低でも25万テラスかよ。前の世界の俺の月給より多いじゃんかよ。どうすっかな〜。狩りに行くしかないか〜。あっ! 保管してある素材っていくらで売れるんだろう。て
かどこで売ればいいんだろう……初芽に聞いたらまた怒られそうだしな。
黒姫に聞こっと。
茶室を出てウロウロしていたら、稽古場の庭で白姫がまだ遊んでいる。
そろそろお昼だしと思って白姫を呼んだ。
バウバウ吠えながらこっちにやって来た。剣達も一緒に付いてきた。
「あれっ? 黒姫もいたんだね! 皆で隠れんぼかい?」
「旦那様! 大人のお姉さんは、隠れんぼはしない」
「ご主人様! 嘘ですワン。少しやったワキャン! 痛いワン」
白姫がつねられた尻尾をフウフウしてる。
「そうだご主人様! この子達に名前をつけたいワン」
「旦那様! 私からもお願いしたい」
「えっ? このオリハルコンソード達に? 一本づつ?」
「一式でいいワン」
「名前を欲しがってる」
「二人は話ができたの?」
「仲良くなった! 声が聞こえた」
「仲良しだワン。話せるワン」
俺は、縁側で考える人となる……。思い浮かばないな〜。困った!
「ご主人様! オリヒメだワン」
「旦那様! オリヒメがいい」
「オリハルコンのオリヒメか〜。いいんじゃないかな? ん? 女子なの?」
「女子です」
「乙女ワン」
オッケーです! 確かにオリハルコンソードじゃ長いし! 剣達ではそっけないもんな、最近自分の意思をはっきり出すしな……名前をつけるのは有りだな。
「オリハルコンソードさん! 今から君の名は、オリヒメだよ。これからも宜しくね! オリヒメ」
「よろしく! オリヒメ」
「オリヒメ〜。よろしくワン」
オリヒメも嬉しかったのだろうか、俺の周りでキュインキュイン回転してる。
「旦那様! ところで……」
黒姫がそう言ったとたんにスッっと稽古場へ移動し壁を叩いた。
「きゃ!」
天井から少女が落ちてきた……。
「初芽?」
「さすが黒姫様」
黒姫がじっとりと俺を見た。白姫は初芽に尻尾をフリフリしてる。
「旦那様! ところで彼女が何故ここに?」
「えっとね。うん! 秘書みたいな!」
「初芽?」
「主に仕える忍として警護中でございます」
――黒姫の前では普通じゃね?――
「旦那様! 何も聞いてない」
「ご主人様! 増やすときは声をかけるきキャワン! 痛いワン」
「ごめんなさい! 家康さんに……」
黒姫はジト目ではあるが、はぁっとため息をつくと元の黒姫に戻った。
「旦那様! 問題無いです。初芽は優秀なくの一ですから。ですが彼女はまだ1歳です。成人してませんから」
「未成年ワン! まずいワキャン! 痛いワン」
「白姫! ハレンチです」
「あのね〜。初芽は秘書だから……うん」
まあ色々あるがそれはさておき、質問があるのさ。
「黒姫! 素材を売りに行きたいんだ。どこかにある?」
「旦那様、村に素材屋があります」
「ご主人様! 行くワン。あと村の食堂で昼を食べるワン」
「それはいいな! よし行こう」
すぐに出発! と思ったら仕度するからと二人は部屋へ走って行った。俺は、初芽にも声をかけた!
「初芽も行こうよ! 昼も一緒に食べようよ」
「はぁ嫌ですけど……主に仕える身ですから……はぁ」
――俺と2人だと態度が別人じゃね?――
「はぁ……」
俺達は城下町(村)へ出掛けるのだった!
※※※
「嫌ですけど、しかたありません……お祖父様の命令ですから」
「嫌なら別に無理しないでも」




