11 東村 その2
和風美人を忘れるという、ミスをおかしたがママさんは、穏やか
に話かけてきた。
「初めまして、黒姫と白姫の母で千と申します」
「あっすみません。初めまして、クルルシアン・トェル・フリード
と申します」
「あのう、クルルさん」
来たー!俺は身構えた。きっと2人の事だ……大事な娘をいった
いどういうことですか攻撃に備える。
「その、剣ですけど……閉まって頂けると嬉しいのですが」
「あっはい。これですね……ふう」
俺は剣達に待機を命じた。十本の剣が重なりあい俺の背中で浮い
ている。千はこちらへと、手で案内をする思わず見とれるほどの、
滑らかな動きだ。
案内された廊下を千の後に続いて歩いていく。わざと音が出るの
では? と思うぐらいギシギシと床が鳴る。黒姫は手を繋いでもら
いながら、白姫は頭を撫でてもらいながら歩いている。ぱっと見は
親子のホノボノとしたシーンだが……なんだこの違和感? 俺は歩
きながら感じる違和感がぬぐえない。
千が歩くときだけ音がしない……不意に千が振り返って俺を見た、
ニコリと笑ったかと思うと目が黄色く光った。俺の背中に隠れてい
た剣達が、一斉に臨戦態勢をとる。十本の剣が俺の前で輪を作り回
転する。キュインキュインキュイン、剣先は全て千を向いている。
「事情がつかめない、殺すなよ」
簡単な命令だけ出しながら千を確認した……黒姫達がいない。さ
っきまで廊下だったはず、壁が天井が床が歪んだかと思うと黒い空
間に変わった。
千と俺、二人だけがこの空間にいる。
「黒姫と白姫をどこにやった?」
「あらあら、怖いこと。心配ですか?」
千はそれだけ言うと、ゆっくりと俺の周りを歩きだす。少しづつ
間合いを詰めて来る。歩く速さが、だんだんあがってきた……千が
二人いや三,四……残像なのか分身なのか分からないが、俺はあっ
という間に囲まれてしまった。剣が防御の構えに移行する、殺すな
って命令しているので様子をみるのだろう。
千は、懐から取り出した鎖鎌をグルグルと回転させ始めた。たく
さんの千が回す鎖鎌が、ヒュンヒュンと鳴く。びびったら負けだ、
どうせ俺には戦闘は無理だ、剣を信じるしかない……がせめてだ敵
にビビってるところを見せちゃダメだ。
俺は、両手をズボンのポケットに入れる。体を開いて左肩を斜め
に敵の方へ向けて、ガッツリと睨む。
「フフフフ……それっ」
千の掛け声と共に、鎌が一斉に俺めがけて飛んできた、シャキー
ン……ゴトッ。
鋭い音の後に、鈍い音がした、真っ二つに切断された鎌が、床に
落下した。
「やるわね、ならこれはどうかしら?」
千が足を止めた……。辺りを霧が包み、その先には……。
「白姫? いや違うか、まさか……千さん?」
目の前に現れたのは、白姫よりも一回り大きく二本の尻尾を持っ
た、白い犬だ。
白姫も艶々でモフモフだったけど、さすが親子だね。千の毛並み
も色艶も素晴らしい……。
そんな俺の一瞬の隙を千は逃さなかった、バッ、と飛び上がると
爪を光らせ突っ込んで来た。
剣達は三本を護衛に残し、七本が千に突っ込む。千と剣が空中で
交差する……バキッ、ドサッ……。
千が床にドサッと落ちた……俺は急いで駆け寄る、よかった気絶
してるだけだ、剣は命令を守ったようだ。千は気絶したことで、半
獣人の姿に戻ったが裸であった。俺がアタフタとしていると目を覚
ましたようで、俺に抱きついてきて顔を耳元に近づける。
「合格です」
「……えっ?」
「双方そこまでだ」
男の声がした。黒かった空間が再度歪み……俺たちは廊下に戻っ
た。
「旦那様、どうゆうことですか?」
「ご主人様、はは様はダメですワン」
廊下の真中で抱き合う二人……千はしかも裸だし、言い訳もでき
ないこの状況に一人の男が近づいてきた。
「千、治療と服を着てきなさい」
「とと様だ」
「とと様だワン」
夏の浴衣をだらしなく着こなす、ちょい悪な感じの男だ。
「すまなかったな、どうしても千が試すって、きかなくてな」
俺は顔を青くした、とと様って事は、千さんのご主人であって、
俺は裸の千を抱っこしてた訳で……切腹もんだな。
「うん? さっきのか? 気にするな、千が悪い……まだまだ綺麗
だったろ」
「ええ、まぁ」
「旦那様キッ」
「ご主人ワン」
俺は婚約者2人に囲まれた。
「ガハハハハハハ、こっちに来なさい」
俺は、ちょい悪親父……じゃなく。名前もまだ聞いてなかったな。
黒姫と白姫の後にくっついて歩いて行く。
――また戦闘とか勘弁だしな……――
少し歩くと奥の大広間に到着した。部屋に入ると数人の男達が座
っている。
本当にここは、戦国時代ではなかろうかと思う。数人の男達はみ
な武士のような恰好だ。
ドカドカと部屋の中央をあるき、真ん中で座ったので、俺も向か
い合うように座った。
ザワザワと騒がしくなった。
「殿、なにゆえ上段の間にお座りにならんのですか?」
「同じ目線で話がしたいからな」
その言葉に何かを感じとったのか、シーンとなる。
俺の横に黒姫、白姫が座った、千は治療と着替えを済ませてから
現れた。
すっと音も立てずに、ご主人の横に座った。
「俺は信長! 織田信長だ。正式には四十九代目 織田 信長って
名前だ、宜しくな」
織田 信長……。まさかこの世界でその名を聞くとはね。どうも
この世界と俺のいた世界は、色々と繋がってる部分があるのかもし
れないな。眼前でニヤニヤと笑うちょい悪親父は、まさに信長だっ
た。
もちろん、俺の世界の歴史上の人物と名前が同じってだけかもし
れないが、なんらかの影響は受けているだろう。俺は深々と頭を下
げ挨拶をした。
「クルルシアン・トェル・フリードです。こちらこそ宜しくお願い
します」
「まぁ楽にしてくれ。っとその前に紹介しておくぜ。周りに座って
るのは家臣達だ、それと千はもう会ったよな……てか戦ったしな。
がはははは」
豪快に笑う。千は隣でニコニコしていた。
「とと様相談があります」
「とと様お願いがあるワン」
「二人ともちょっと待って」
黒姫と白姫が話をしようとしたが、俺が二人を遮った。
「信長様、千様 白姫が門番に受けた虐待をご存知ですか? 村の
者にもバカにされているみたいだし。二人ともあなた方の愛娘です
よね?」
「旦那様、やめて」
「ご主人様やめるワン」
二人に制止されるが、俺は続けた。
「なぜ白姫の事、守ってあげないんですか……なぜ黒姫を傷つける
んですか……」
気がつくと、俺は信長の胸ぐらを掴んでいた……そんな簡単に掴
めないな、きっと信長が掴ませてくれたんだろう。不思議な事に剣
達は、重なったまま背中で待機している。
「ダメだワン。クルル」
「クルル」
その二人の叫び声で、我にかえる……俺がこんなことしても、余
計に2人を傷つけるだけなのか……。
「キサマッ」
「殿から離れろー」
信長の家臣達が、怒りに震えて俺を取り囲む。
「待て」
信長が家臣を制止して、俺の肩を掴む。
「小僧、付き合え。」
庭の池に月が映る、信長が石を投げると月が歪んだ。そんな事を数
回やったあと、信長が重い口をひらいた。
「白姫と黒姫から、誕生日の話を聞いたのか……だがなあの話には
続きがあってな。
白姫は誕生日を迎えたころから、力を上手くコントロールできな
くてな、自我を失って何度か街を荒らしたら事がある。俺の直近の
家臣は、分かってくれたけどよ、怪我をした者や村の者の中には、
魔物扱いする者が増えてな……。押さえがきかなかった。不思議と
黒姫と一緒にいると落ち着いていられるらしく、黒姫の警護って理
由でいつも一緒にいさせた。街への噂も流した。白姫は非力な犬だ
から、怖くないってな。俺と千の娘なんだがな、白姫は獣の部分が
強くてな、変化して少しの間、人の姿になれる。千は変化して獣に
少しなれる。親子だが、タイプが違ったんだ。生まれた時から獣の
姿だったから、俺らの子って信じない者も多くてな」
「俺……情も知らずに……すみません」
「婿どの、呑めるんだろ?」
信長が酒を注いだ。俺はグッと飲み干すと、返杯した。
何度か繰り返す。
「もっと、やりようがあったかもな。お前に胸ぐらを掴まれてハッ
としたよ。しかし、この俺に掴みかかって来たのは、婿どの。お前
が初めてだ」
信長はスッと両手をつき頭を下げた。
「黒姫と白姫を頼む。幸せにしてくれ」
「はい」
「旦那様、とと様」
「ご主人様、とと様ワン」
二人が飛びついて来た。千も一緒にいる。
「ねっ。殿に任せて正解だったでしょ」
千は二人の頭を撫でながらニッコリ笑った。
「先程は大変申し訳ございませんでした、クルル様の力を試すなど
失礼致しました。クルル様はお強いですね。まさか獣化した私を打
ち負かすなんて、信長様以外では初めてです」
千はニコッと微笑んだ。ちょっとさっきの事を思い出して……赤
面してしまった。
「旦那様、はは様はダメです」
「ご主人様やらしいワン」
「なんだよ。なにも……やましいことなど……」
「あらあら、もう尻に敷かれて」
「まったくだ、婿どの」
それから、織田家の4人と一緒に月見をして過ごした。
黒姫と白姫は久しぶりの家族の団欒に、ご機嫌だった。
あの不思議な空間の事とか、まだ聞いてないし。
そもそも、ここに来た理由ってなんだったかな……。
俺は、酔って眠ってしまった。2人の用意した、フワフワの枕と
膝枕の上で。
色々と続きは、起きてからにしよう。
「千、見えるか?」
「はい。婿どのの回りにたくさんの神の気配を感じます。私の力で
は感じる事しかできませんが」
「やはりな、俺も感じていた、力のようなものを」
「とと様お静かに、旦那様が寝ています」
「とと様しーっだワン」
※※※
「もうご主人様は、無茶するワン。でも大好きですワン」
「旦那様ありがとう」
「その後どうなったかって? それは後程」
「また……誰かと話してる」




