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葉桜が見ていた約束

葉桜が見ていた約束 (夏祭り編)

作者: 銘尾 友朗

こちらの作品は、遥彼方様主催『夏祭りと君』企画参加作品の、「葉桜が見ていた約束」の続編になります。前の話を読んでいなくても大丈夫かとは思いますが、分かりにくい箇所があったらごめんなさい。


 浴衣姿の茉梨子は待ち合わせのコンビニの雑誌コーナーで、ファッション誌を眺める振りをしていた。心臓が口から飛び出そうな気持ちで、けれど頬は明るく光っていた。


 ときどき背伸びをして、窓ガラスに貼られたポスターの隙間から外を覗いて、小さくため息をつく。


 幾度となくそれを繰り返していたが、ついに輝くような笑顔で店の入り口に駆け寄った。


「いやー、茉梨子! 浴衣似合ってるじゃーん」


「もう結香! 遅いよ!! どれだけ待ったと思ってるの!?」


「プリプリに怒っててもかわいいよ、茉梨子は」


 結香の言葉に茉梨子は頬を膨らませた。


 今日は隆行との、あの約束の日。中学校の近くの神社でお祭りが開かれているのである。


 しかし、茉梨子はどうしても二人きりでお祭りに行くことが気恥ずかしく、親友の結香を誘うことを隆行に了承して貰ったのだ。


「いいよ。俺も晃一を誘うから、四人で行こう」


 その話をしたとき隆行も、二人きりで出かけるのは思うところがあったようでホッとした顔をした。二人ともこんな些細(ささい)な会話でさえまともに目を合わすことが出来ず、顔が真っ赤になっていた。


「ちょっと買いたいものがあるからさー、茉梨子は先にお店を出てていいよ」


 そう言いながら結香は、茉梨子の足をじっと見ていた。


「何か付いてる?」


「足、ちょっと赤いよ。痛くない?」


 茉梨子の質問に結香が質問で返した。


「うーん、別に。大丈夫だけど」


「ならいいけど。じゃ、買い物をすませちゃうね」


「分かった。早く来てね」


 茉梨子は購入していた商品が入ったレジ袋を、ぶら下げながら店を出た。外から覗くとレジ前は同じような浴衣姿の人たちの、長蛇の列が出来ている。


「……」


 まだ時間がかかりそうなことを見て、袋からジュースを出して一口飲むと、ちりめんのきんちゃく袋の中にそれをしまった。レジ袋も丁寧に折り畳んでいれた。そして、茜色の空を行くカラスのシルエットを眺めたのだった。




 隆行との待ち合わせは神社の鳥居の前。茉梨子と結香の二人が早歩きでたどり着くと、すでに隆行が待っていた。


「ごめんね、遅くなって」


「あー、茉梨子は悪くないの。私が遅れちゃったから」


「いいよ。15分くらい、どうってことないって」


 隆行は浴衣姿の茉梨子を見て『ヤバい!』と思った。顔が赤くなるのを隠すように、両手で自分の頬をピシャリと叩いた。


「あ、ねぇ。晃一くんは?」


 結香に尋ねられる。


「あいつ、まだなんだ」


 ときに人は、好きな人の顔をまともに見られなくなるものである。このときの隆行はまさにそうであった。すると必然的に話しかけてくれた結香の方ばかり向くようになる。


「そうなんだー。一緒に帰って来たんでしょ?」


 続けて結香が隆行に話しかける。結香は気さくな性格で、男女共に友人が多い。質問された隆行は「まあ、そうだけど。何度も待ち合わせの時間を言っといたんだけどな」と言葉を続けた。


 二人の気軽なやり取りを見た茉梨子は、神社に来るまでのうきうきとした気持ちが急に(しぼ)んで来るのを感じた。


「わりい、遅くなった!」


 そこへ丁度、晃一が駆けて来た。


「妹のヤツが長風呂でさ、出てからもドライヤーをガンガン使ってて洗面所から出ていかなくて、なかなかシャワー出来なかったんだよ」


 茉梨子はクスリと笑い、晃一に相づちを打った。


「あの大きな妹さん? ちょっと有名人だよね」


「ああ、あいつオレより背が高いんだぜ。小学生の頃からミニ・バスケットをやっていたからかもしれないけど。女の子はま……、笹川さんくらいの身長の方がいいって!」


「茉梨子でいいよ。それ、私のことチビだって言いたいんでしょー!」


 女の子はときどきあまり深く考えずに、同性にでも異性にでも、下の名前を呼び捨てにすることを許容するものである。このときの茉梨子も晃一への親しみから、思わず言ってしまった一言であった。もちろんそれは晃一が隆行の友達だったからこそ、なのではあるが……。


「いや、オレが呼び捨てにするのは筋違いだから」


 しかしそこは晃一、遠慮する。何しろ二人の会話を聞いた隆行が、昼間の部活での試合中のような目つきで見ていたのだ。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 晃一は慌てて取り繕い、皆を(うなが)した。


 辺りはうっすらと暗くなり、ちょうちんに彩られた会場から祭り囃子が流れていた。昼間の太陽熱はいまだ冷めず、人々の喧騒がそこだけ更に気温を上げているかのようだった。




 茉梨子は隆行が好き。隆行も茉梨子が好き。結香は茉梨子を応援している。晃一も隆行を応援している。それは紛れもない事実であったのだが、なかなか歯車がかち合わないことがある。


 祭りというものは人の気持ちを(たかぶ)らせ、(かたく)なな思い込みをさせてしまう力も持っているのかもしれない……。




「さあ! 何から見てまわろうか?」


 周りの人のおしゃべりに負けないように、晃一は大きな声を出した。


「あっ、ヨーヨーすくいやりたいな。皆は?」


 茉梨子が言いながら他の三人の方を振り返ると、結香と隆行が人混みの影になりながら、何かをこそこそと話していた。それを見たとたん、茉莉子は胸が苦しくなった。


 そんな茉梨子の様子に気づいた晃一は、そっと視線の先を見、軽く舌打ちをして明るく茉梨子に話しかけた。


「悪い、走って来たからもう喉がカラカラでさ。かき氷、買いに行かないか?」


「あ、うん」


「隆行ーーっ、こっちこっち!!」


 返事を受け、晃一は大きく手を挙げて、声を張り上げたのだった。



 四人でわいわい言いながら、かき氷のシロップを選ぶ。心弾む彩りのシロップに、隆行も茉梨子も、先程の胸の中の小さな痛みは薄れていた。


 それから連れ立って神社の神様にお参りをすませ、戻ってきながらのんびりと屋台を物色した。


 お好み焼きや焼きそばでも食べようと、男子と女子で手分けして並び、合流して隅の方のベンチに腰かけ、楽しくおしゃべりしながら食べた。


 それから出口の方へ向かって歩いていると、「お、射的がある」と晃一が言った。


「へー、最近の祭りじゃ珍しいな。安全面からか分からないが、あんまりやってないところが多い気がする」


 男子二人が楽しそうに話し出した。


「ねえねえ、こういうものに()かれるのって、二人がテニス部だからかな?」


 結香が茉梨子に耳打ちする。「そうかもね」と茉梨子も答えた。


「よし! 女子二人にオレらからプレゼントを贈ろうぜ!!」


 突然、晃一が隆行に言い放つ。


「了解。……笹川さん、何が欲しい?」


 隆行はなるべく自然に聞こえるように言った。本心では「茉梨子」と呼びたくて堪らなかったのだが。


「えっと……、上から二段めで右から四個めの、ストラップかな」


 隆行から話しかけられて、茉梨子はドキドキしながら答えた。それは赤いビーズで出来た、可愛らしいストラップだった。


「ねえ、私には聞いてくれないの?」


 結香は晃一にねだる。


「もちろん、まかせろよ! 何がいいんだ?」


「じゃあねー、一番上のクマのぬいぐるみ! 的が大きくて狙い易いでしょ?」


 茉梨子は結香の返答を聞いて、しまったと思った。自分も気をきかせれば良かったと。結香の方は気さくな分、細かいことには気づかないところもあって、自分の言動が茉梨子を悩ませたことには気づかなかった。


「おじさーん、二人分ねー」


 違うものにしようと思ったが、もう選び直す暇はなかった。


「はい、(たま)は一人五発ね」


 隆行が放った一発めは、右に()れた。晃一の一発めは少し低い。


「なかなか難しいな」


「テニスボールとラケットなら自信があるんだけどな」


 二人はぶつくさ言う。そして二発め、今度も二人とも当てられない。


「男子二人、苦戦しております!」


 結香がアナウンサーのような物言いをする。もちろん二人の気持ちをほぐすためだ。三発め、隆行の(たま)は台に当たって右方向に跳ねた。晃一の弾はクマの脇腹に当たったが、クマはびくともしない。


「あーっ、二人とも惜しい!」


 茉梨子の口から言葉が漏れる。


 直後、隆行の四発め、ストラップを支えている箱の角に当たった。が、角度が変わっただけだった。晃一の四発めはクマの左肩に当たり、クマが少しだけぐらりと揺れた。


 あと少し、ほんの少しだけ……。茉梨子は両手を握り合わせ、祈った。もしストラップが取れたら、ちゃんと告白しよう。彼がそれを私に手渡してくれたなら……。


 運命の五発め、隆行の弾は確実にストラップに当たったのに、ど真ん中過ぎたそれは倒れなかった。晃一の五発めはクマの額に当たり、クマは大きく揺れて棚の後ろ側に落ちて行った。すぐに的屋のおじさんが、カランコロンと鐘を鳴らした。


「おめでとう! はい、コレねー」


 袋に入れたクマを晃一に渡す。それを晃一は結香に手渡した。


「はい……」


「あ、ありがとう……」


 晃一も結香も、意外な展開に戸惑っているみたいだった。


「おめでとう、晃一くん。結香、良かったね!」


 茉梨子は先程から続く苦い気持ちを押し込め、明るく結香に言った。


「う、うん」


「おう……」


「隆行くんも私の為に、疲れてるのにありがとう」


「いや、……」


 そのときだった。


「おい、そこにいるのは三年生か?」


 茉梨子たちの通う学校のうるさ型の生徒指導の先生が、人混みから現れたのだった。


「うちの県では、小中学生は保護者の同伴が無いときは、夜八時以降の屋外の出歩きは禁止されている。今、八時を過ぎたところだぞ」


「すみません、時間を気にしてませんでした。そろそろ帰ります」


 隆行が代表者になって、皆を(かば)ってくれた。


「お前、テニス部のやつか。……今日の大会の結果は聞いている。頑張ったそうだな。中学生最後の大会に、最後の祭りか。……それに免じて見逃してやるから、気をつけて帰れ。男子は遅くなっても女子を送っていくこと! じゃあな」


 そう言って先生は笑顔で片手を挙げ、(きびす)を返した。


「……びっくりしたぁ」


 結香は胸を撫で下ろした。急に先生が現れたこともだが、厳しい先生の滅多に見せない笑顔を見れたことは驚きである。


「隆行くんのお陰で怒られなくてすんだね。ありがとう」


 茉梨子は素直な気持ちで隆行にお礼を言った。


「いや、そんなこと……」


「まあ、酔っ払いが増えて来たし、本当にそろそろ帰った方がいいかもな」


 晃一が宴の終わりを告げる。


「オレ、橋本さんのことを送るよ」


「あら? ありがと!! じゃあ隆行くん、茉梨子のことお願いね!」


 そう言って結香は晃一の手首を掴み、逆の手で持ったぬいぐるみと手提げバッグを持ち上げながら手を振った。


 茉梨子と隆行は急に二人きりになり一瞬固まったが、どちらからともなく「帰ろう」となった。



 嬉しいのに恥ずかしい。……この感情は何なのだろう。どこからやって来て、どこへたどり着くのだろう。


 夜道で肩を並べ、祭囃子の放送に送られ歩きながら、それぞれ二人は考えていた。


「痛っ」


「どうしたの、笹川さん」


「足が……」


 隆行は茉梨子に手を貸して外灯の下まで連れて行き、ガードレールに寄りかからせて足を確認した。見ると足の指の、下駄の鼻緒が当たる部分が真っ赤になっていた。皮も少しむけているようだ。


 隆行は斜め掛けしていたバッグから新品の消毒薬とティッシュ、絆創膏を取り出すと「ちょっと痛いかも」、と言いながら傷の手当てをした。


 茉梨子はドキドキし、「自分でやるよ」と言ったが、「浴衣で膝を上に上げるの?」と、いたずらっぽく笑われ、真っ赤になりながらお願いしたのだった。


「ありがとう。薬、いつも持ってるの?」


「これ? 橋本さんだよ、神社に着いてすぐ渡された」


 あの結香と隆行が二人で話していたときか、と合点がいった。更にコンビニで買い物をしていたのも……。それなのに自分は焼きもちなんか焼いてしまって。


 結香の優しさに感動し、押し黙っていると隆行が心配してくれる。


「大丈夫? 俺、おんぶしようか?」


「あ、ううん、大丈夫。そこまでの傷にはなっていなかったし」


 茉梨子は結香の優しさ、隆行の優しさに突然決意した。今、大切なことを言わなくては、と。


「隆行くんに、お話があります」


 目を閉じ、深呼吸をする。かしこまった茉梨子の様子に、隆行の姿勢も伸びる。


「あなたが好きです」


「……ありがとう、オレも笹川さんのことが好きです」


 二人、顔を見合わせ、照れ臭くなって笑いあった。


 「帰ろうか」と、隆行は手をさし出し、茉梨子はそっとその手に、手を乗せた。


 ほてった体に、夜風が気持ち良かった。何もしゃべらなくても、二人はやっと分かり合えたのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きな相手の顔をまともに見られなくて、なんでもない人とは気軽にやり取りできるとか、じれじれのジレみですよね。そして、気持ちは少し下降気味。 でも心弾む彩りのシロップ(←素敵な表現でした!)…
[気になる点] はきなれない履物で、足をけがしてしまった茉莉子。機転のきく結香から、そういうときのために薬を手渡されていた隆行。 微笑ましい場面ですが、最初に、茉莉子が足痛いなあというのを聞いていたと…
[良い点] ずっと言いたくて言えなかった素直な気持ちを伝える時って、こんなふうに、ちょっと厳かな雰囲気になるんでしょうね。それぞれが思いやりを持って支え合っていて、いいな、と思いました。
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