夏の逢瀬はバスの中
はじめてのデートは、とある夏の日のことだった。
焼き焦がす太陽から逃げるように、少年はバス停へ走りこむ。
しかし、申し訳程度の屋根は蒸し暑さを増すばかり。
「うへぇ……」
そんな少年をあざわらうかのように、閑静な住宅街にセミの鳴き声が響き渡っていた。
滲んだ汗が頰を伝う。
顎から滴り落ちるのは、きっと夏のせいだけじゃない。
はじめて出会い、はじめて話し、はじめて告白したあのバスで、今度ははじめての彼女とデート行こうとしている。
デートの計画を立てはじめた時からの、彼女のリクエストだった。
何を話そう。
何を聞こう。
あぁ、でも最初は服装とか褒めた方がいいって姉さんが言ってたっけ。
なんて、心の中は三日前から期待と緊張でいっぱいだ。
と、そこで交差点を曲がって市営バスが姿を表す。
外から彼女の姿どころか他の乗客すら伺えない。きっと中はがらんどう、いつも通りの乗客率なのだろう。
青空に押しつぶされた熱気をかき分け、バス停の前に到着する。
ぷしゅう、と音を立てて開く扉。
流れてくる涼しい風が少年にはまるで天からの救いのように思えた。
そのまま足早に冷房の効いた車内に乗りこむ。
「ぁ」
そんな少年に、横合いから声がかかった。
いや、それは声と言うにはあまりにか細く、そして澄んだ水のように綺麗な音。
奥の方にちょこんと座る少女を見た瞬間、少年の心は釘付けになっていた。
地味なんて自分では言うけれど、決してそんなことはない。
白を基調としたカットソーとスカートに身を包み、うっすらとメイクもした彼女は花のように可憐だった。
「こ、古葉くん?」
もう一度落とされた声にハッと我に帰る。
慌てて彼女の隣まで行って腰掛ける。
いつもは固いと文句を言うイスも、今はどこかふわふわとしていた。
「ごめん、待たせて」
「わ、私も乗ったばかりだから」
カップル同士のテンプレとも言える言葉を二人でかわす。
しかし、そこから問題が発生した。
「「……」」
会話が止まる。
言葉を紡ごうにも、口が回らない。
「あ、暑いな、今日」
「そ、そうだね」
「「……」」
また会話が止まった。
乗る前に考えていた会話なんて、全て吹き飛んでいた。
「……ねえ」
賢くない頭を回して何を言おうか考えていると、彼女が口を開く。
「うん?」
「えっとその、この格好どう……かな?」
「あ」
彼女は少し不安げに少年の方を見上げていた。
「どこか変、かな?」
「いやいやいや! かわいいよ。めちゃくちゃ可愛いし、似合ってると思う! 冗談とかそんなんじゃなくてマジで! マジでそう思ったから!」
「よかった……」
彼女は頰を赤らめながら、ぽつりとそう呟く。
その姿は言葉では言い表せないほど可愛くて、同時に何故会ってすぐに言わなかったのかと後悔が募った。
「死にてぇ……」
「し、死んじゃダメだよ! これから、で、デートなんだから……」
そう言いながらも、恥ずかしいのか言葉がどんどん尻すぼみになる。
少年の心の中は、彼女の可愛さや抱きしめたさ、劣情といった感情が心の中でぐちゃぐちゃになっていた。
「そ、そうだよな! デートなんだから二人で楽しく行かないとな!」
「う、うんっ」
はじめてのデートは、楽しい一日になりそうだった。