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屍を喰らう者達

作者: まんじゅ(´ん`)

 その人がやってきたのは先週の事だった。名は金城大輔と言う。私の家に来たのは、引っ越しをしてきてそのあいさつ周りでやってきた。

「いやー、ここまで自然が多いと空気がうまいですね」

大輔は少し痩せた街の人という印象を受けた。私にはそれが新鮮で、希望にさえ見えた。

「しかしこんな田舎だから、じいちゃんばあちゃんしか居ないと思ってたんですけど、道永さんみたいな人が居たなんてびっくりだなあ。しかもこんな立派な家に住んでて」

 大輔はやはりステレオタイプな田舎の印象を受けていたのだろうか、私にそんなことを話す。

「雫です。道永、雫」

 私も下まで名乗った彼に失礼にならないように下の名前を言っておく。

「この屋敷も私の物というわけではなくて、曽祖父の前から続く屋敷なんです。この屋敷がこの集落で一番大きいので、集会場としても使われますね」

 私はこの屋敷のことも少し紹介しておくことにした、この屋敷や集落の成り立ちに触れない程度に。

「すげーっ、そんな歴史のあるお屋敷なんですか。あっ、俺、東の方に引っ越してきて、これからインターネットビジネスを始めようと思ってるんですよ!」

 彼は私の心配したほど屋敷や集落のことについては尋ねなかった。取り越し苦労だったのかもしれない。

「すごいですね。この集落、そんなハイテクなことする人が居なくて。成功するといいですね」

 私がそう返事すると、彼はとても嬉しそうだった。

「いやあ、これからのビジネスって地方からだと思うんですよ! そうだ! これも何かの縁だと思いますし、名刺をお渡ししておきますね!」

 彼はそう言うと大きな肩かけバックから革の名刺ケースを取り出すと、手慣れた手つきで名刺を取り出し、私に差し出した。

「あ、すみません。私、名刺とか持ってなくて」

 彼がここまで私にかまってくるとは思っていなかったが、おそらく同年代の人がこの集落に居てよっぽど嬉しいのだろう。私は名刺を受け取った。

「いいえいいえ。あ、もしよかったらうちに気軽に来てくださいよ! 壊れた電化製品も簡単なのなら直せますし」

 彼は白い歯を見せながらにこやかにしていた。私は若干不気味な感じを覚えつつも名刺を受け取った。


 大輔が来たその日の晩、私の屋敷で葬儀があった。二宮さんの家のおじいさんだった。

 私は、この集落の葬儀が嫌いである。

 お坊さんも居ない、集落の出身者しか顔を出してはならないこの奇妙な葬儀は、他所では行わないことを最後に行う。

「さてと、みんなで手も合わせたことだし。バラしますか」

 私の祖母がそう言うと、遺体を屋敷のある特別な場所へ運ぶ。その後に続くのは祖父と父だった。

 しばらくすると、その部屋から響いてくるのは、鉄と石がこすれる音、細かい繊維質が切られ、裂ける音。そしてその音が静まってから件の部屋から出てくるのは、血まみれ姿で赤黒い塊を皿に乗せて台所へと向かう祖父と父。台所では祖母と母がすでに料理の準備にとりかかっていた。

 私は「後を継ぐのだから」という祖母の言いつけで台所でその様子を見させられる。

 祖母は慣れた手つきで、集落の外から嫁いできた母は恐る恐るといった調子で運ばれてきた赤黒い塊を鍋に入れる。


「できましたよ」

 祖母がそう言っておぼんに参列者分の料理をおわんに入れて客間にやってきた。その後に続く母の顔は、葬儀の時はいつも何かに怯えてるような顔であった。

 参列者に料理が行き渡ると、祖母が両手を合わせ口を開き、お経というよりは呪文のようなものを唱える。

 そしてそれが唱え終わると、皆が一斉に「いただきます」と一言言ってから料理に手を付ける。

 私は、この集落の葬儀が嫌いである。葬儀の最後に、屍を食らうのである。

 この集落の形式の葬儀は曽祖父の代の以前から続いているものらしく、その主な目的は「亡くなった者の意思や知恵を受け継ぐ」ことらしい。

 短大でこの集落から二年ほど離れていた私には、「意思や知恵を食らっている」としか思えない。

 死肉は私の口には合わなかった。

 これでも昔よりは調理法などが確立されて食べやすくなったらしいが、私にはこの葬儀が禁忌に思えるのも重なり、あらゆる調味料で隠している現実から目をそらすことができずに、味のしない肉を咀嚼している。

 この忌まわしい食卓での会話は、亡くなった故人を褒め称えるかのような、そんな思い出話で賑わっていた。

 そんな故人を食らうこの集落の人達。

 まさに餓鬼ではないか。

「しかし雫ちゃん、なんにも喋ってないけど、二宮のじいちゃん嫌いだったかい?」

 小森さんが私に問い掛ける。彼に限らないが、この集落には猟師が多い。

「あ、いえ。その……短大に行ってたからか、あまり覚えてなくて」

 私はこの人が得意ではない。

 中学生の頃、誘われたのでこの人の猟について行ったことがあるが、普段の温厚な性格からは想像できない鋭い目で獲物を追い、獲て、解体する姿に恐怖を覚えた。

「箸も進んでないな。亡くなった人が最後に残していったものなんだ。しっかり食べないと失礼だぞ」

 小森さんの口元は笑っていたが、その目は鋭かった。

 私はその目の奥に、鬼の姿が見えそうな気がした。


 葬儀と言う名の食事が終わり、私も片付けを手伝い、片付けを終える。

 この集落の男の人達はお酒を飲んで故人の話で盛り上がっていた。

 私は一言「外の空気を吸ってくる」と告げて、月と星の明かりしか無い夜道を歩いていた。

 気づけば私は集落の入り口に向かっていた。

――そういえばこの方向には、越してきた金城さんの家があるんだっけ。

 私はふとそんなことを思い出すと同時に、家の外で空を見上げている大輔の姿を見つけた。

「あれ? 道永さんじゃないですか!」

 大輔は私に気づくなり声を掛けてくる。

「ああ、こんばんは」

 私もそれに、普段と変わらない調子で返事をするように心がける。

「いやー。やっぱり田舎は夜空が綺麗ですね! 星って本当にこんなにあるんですね」

 彼はそう言うとまた夜空を見上げる。

「そうですね。田舎ですから」

 街に住んでいた人はやはりそういう感動をするのだろうか。

「こう月も綺麗だと、誰か好きな人とお酒でも飲みながら眺めたいですね」

 彼はそんなことを言うと、チラとこちらを見る。

「そうですか。結構、ロマンチックな人なんですね」

 誘われているのだろうか。そう思ったことを覚られないように返事をする。

 思えばこれが彼とのなれ初めだったのかもしれない。

 その後彼はちょくちょく私の家を訪ねてはこの集落で上手くやっていくためのことを尋ね、私はそれにアドバイスする。そして私は、誰かの葬儀の晩に彼の家へ寄る様になった。

 

 大輔が来てから一ヶ月経った頃だろうか、私はその日も葬儀を半場抜け出すような形で彼の家の前に来ていた。

「こんばんは」

 私の声を聞きつけて彼が家から出てくる。

「おうおう、来たんだ。あがって。何もないけど」

 彼はいつもどおりだった。私としてはいつもその顔で迎えてくれるのが嬉しかった。


 居間に通された私は、勧められるまま彼がその場で用意した座布団に座る。彼の居間はケーブルのつながったノートパソコンがテーブルの上に置いているだけだった。

「ちゃんと食べてるの?」

 つい気になって聞いた。

「うーん、食べてるっちゃあ食べてるよ。昨日の晩は久々に魚食べたし」

 彼にできる料理と行ったらせいぜい焼き魚位だろう。

「ろくに野菜なんて食べて無いでしょ? そう思って、うちで取れたほうれん草とかぼちゃは持ってきたから」

 彼は何かこちらに期待している様子でやかんと湯のみ二つを持って来た。

「お、なになに? なんか作ってくれるの?」

 私がこの家に来る度に野菜類のおかずを作っている。そうしないとこの男はすぐに栄養失調で倒れそうなくらい細い体に見えた。ただ、この集落に来てから各所の畑の手入れの手伝いをするようになったため、あった当初よりは肉付きは良くなった気はする。

「あんた、もう少し自分で作ろうと思わないの?」

 せっかくインターネットに繋がる環境もあるのだ。彼にも少しは料理を覚えてもらいたい。

「いや、だって。やっぱりお前の作った料理が美味いし」

 彼は玄関で迎えた時のような、何の恥じらいもない笑みを浮かべる。何も悩みが無さそうで、この集落での生活を本当に楽しそうにしている。羨ましい。

「……仕方ない。コンピューターしか取り柄のないあんたのために作ってやるか」

 私は腰をあげる。

「いやいやどうもどうも。ごちになります!」

 この集落の本当の姿を知らない大輔が、本当に羨ましかった。


「いやー、晩飯食べてなかったから調度良かったよ」

 思えば大輔の顔はこの笑顔しか見ていない。仕事をしている時は真面目な顔をしているのかもしれないが。

 想像すると笑いがこみ上げてきた。

「おい、何笑ってるんだよ」

 彼は笑みを崩さずに聞いてくる。

「いや、あんたが真面目に仕事してたらどんな顔してるんだろうなと思って」

 すると彼の目から笑みが消えた。怒っただろうか。

「でもさ俺、やっぱり雫の料理、毎日食べたいよ」

 いつもの冗談だろう。そんなふうに思っていたが、上がっていた口角も下がっている。大輔の真面目な顔を見たのはこの時が初めてだったかもしれない。

「俺さ、やっぱり自分に素直になるよ。俺、雫のことが好きだ。会った時から。ずっと好きだった」

 彼の目は真っ直ぐに私を見つめていた。いつも会う彼の顔からは想像できなかった。

 しかし、私はこの集落から出ていける気がしなかった。祖父母は何と言うだろうか、父も反対だと言うだろう。そもそもだ、こんな汚れた血族の人間を、大輔は許してくれるのだろうか。

「……やっぱりだめだよ」

 思わず口から言葉がこぼれる。

「どうして! 俺は雫と一緒に暮らしたいし、家庭も作りたいと思ってるよ。もし家の事情があるんなら、俺が婿になるよ!」

 私はその言葉を信じた。信じて、しばらくの沈黙の後、告げた。

「後で話があるから。心の準備ができたら、部屋に来て」

 立ち上がり、隣の彼の寝室に歩いて行く。彼は来てくれるだろうか。聞いてくれるだろうか。


 彼の寝室に入り、ついていた明かりを消した。消したから何かあるかというわけではない。暗い部屋の方が落ち着いた。

 食器を片付ける音がする。

 ――彼は来てくれるだろうか。

 台所の明かりが消え、茶の間の明かりも消える。

 ――彼は聞いてくれるだろうか。

 月明かりも届かないこの部屋の隅で、私は待つ。

 茶の間から近づいてくる足音が聞こえる。期待のような、恐怖のような足音。

「どうしたんだよ。部屋の明かりも消しちゃって」

 大輔の声だ。月明かりで浮かぶシルエット。それがその時の私には、救済してくれる神々しい者に見えた。

「話しても、大丈夫?」

 そのシルエットに尋ねる。

「ああ、何を言われても驚かない」

 私はその言葉を確認して、赦しを求めるかのように話し始めていた。

「この集落ね、死んだ人の肉を食べるの。こんな文明が栄えた現代でさえも、死肉を食らうことで意思を継ぐっていう、ひどいことやってるの。それは私の曽祖父のその前の時代かららしくて。飢饉とかの時には生きた人間を殺してまで食ったとか食わないとか」

 返事はなく、そのシルエットは先ほどから全く動いていない。

「私、こんな集落にいるのは嫌。できることなら、もっと平凡な家庭に生まれたかった。でもこの集落に生まれた人は、特に集落の長の家に生まれた私は、嫁ぎに行くことも許されなくて……みんな死体を食うことなんて禁忌だって知ってるのよ。だけど、それを決して外に出さないようにしてるの、きっと」

 我慢ができなかった。私はそのシルエットに向かって走り、縋りつき、泣きわめいていた。

「こんなのもうたくさん! みんな汚れてる、汚れてるんだ! こんな汚れた集落なんて、血族なんて、無くなってしまえばいいんだ! 私何でもするから。何でもするからこの汚れた血をなんとかして!」

 そっと頭の上に暖かい感触が包む。月明かりのせいなのか涙のせいなのか、顔はよく確認できなかった。けれども、彼は真剣な顔をしているように思えた。

「俺、難しいことはよくわからないけどさ……一緒に出よう、ここから」

 彼はそう言うと私を抱いてくれた。

 それから私達は、愛しあった。彼は真剣に、私は彼の愛を確かめるように。

 

 その日から数日過ぎた時だった。

 日中に大輔の家に用があり向かうため玄関を出ようとしたときだ。

「あんた、最近は随分外にでるね。金城とかいう男のところかい?」

 祖母に呼び止められた。

「うん。何か問題でも?」

 私は尋ねる。

「あんた、あの余所者に惚れてるんじゃないだろうね?」

 こちらを睨む祖母。この集落の者達の目は皆、鬼のようである。

「そんなことないよ。ただ、年が近いから仲良くしてるだけ」

 若干動揺した。それが祖母に伝わっていなければ良かったと思っていた。

 だが、次の言葉でそんな心配は無用だったと気付かされた。

「ほう、それにしては葬儀の夜は必ずと言っていいほど彼奴の家に行ってるじゃないか。この間なんか部屋の明かりを消して、何をやっていたんだか」

 祖母の目は「何もかもお見通しだ」と言わんばかりに嘲笑っていた。

 比喩ではなく、私の顔から血の気が引いていくのを感じた。

「無粋な事は考えないほうが良いよ。あんたはこの村の長になる者なんだから。まあ、あの男がこの村で生涯を終える気があるんなら話は別かもしれないけど、そういう男には見えないねえ」

 祖母はそう言うと、家の奥へと下がっていこうとする。

「ああ、そうだ。なんでこの集落の人達が晩に森へ入らないのか、知ってるかい?」

 尋ねてくる祖母。確かにこの集落の人達は晩に森へは入らない。それどころか、葬儀の日でも無い限り夜には滅多に外出しない。

「あの森にはね、神様が居るんだよ。うちの集落の者達はその神様と仲が悪くてね。うちのご先祖様がこの集落を開拓して、人を食うようになってからさ。悪いことは言わない。夜中にここを出ようなんて、するんじゃないよ」

 祖母はそう言い残すと、家の奥へと消えていった。

 神と仲違いするとは。もうこの集落はとっくに鬼に魂を売っていたも同然ではないか。

 そう言い残す祖母の良心も、その時の私には汲み取れなかった。


 ついにその日が来た。

 あの日の夜は満月だった。

 大輔と立てた計画では、いつもどおりに葬儀の晩に私が抜けて彼の家に行く。

 葬儀で私の家に集まっている集落の人達はすぐには行動出来ないはず。

 そして彼の家についたらそのまま車でこの集落を抜けようというものだった。

 私はいつものように葬儀を途中で抜け出し、彼の家に向かった。彼は家の灯りを消して待機していた。

「大丈夫か? 誰にも後は付けられていないよな?」

 大輔の確認。大丈夫だ、入念に後ろは確認しながらここまで来た。足音さえ聞いていない。

「大丈夫。早く行こう」

 私がそう言うと彼は車に乗り込みエンジンをかける。しかしキーを何回ひねってもエンジンは強い唸りを発しない。

「くそっ、こんな時に故障かよ? 今日の昼にガソリンを満タンに入れたのに」

 ふと、異質な油の臭いに気づく。車の窓にノックをして彼に呼びかける。彼が手元のスイッチを操作すると、パワーウィンドウは開いた。

「なんだかガソリンの臭いがするんだけど」

 私は気のせいだと思いたかった。

「ちょっと待てよ」

 彼が車から降りて、トランクから懐中電灯を取り出す。車の下を確認する。機械油特有の虹彩を認知する私達。

「……危なかった。もし俺があのままエンジンをかけようとしたら、二人ともふっ飛んでいたかもしれない」

 しかしここで安心しても居られない。

「ねえ、どうするの?」

 私は尋ねる。

「どうするったって、集落を出るまで走るしか。町までの近道とか知ってる?」

 彼も不安そうだった。むしろ彼はここまでなるとは思ってもいなかったかもしれないし、ましてや私でさえここまでされるとは思わなかった。

「いつもあなたが車で走ってく道が一番の近道だけど」

 私は不安を隠せなかった。そんなすぐに目に付く道を走っていたらすぐに見つかる。

「……二〇キロメートルくらいか。行こう」

 彼は諦めなかった。確かにその目には希望が宿っていた。


 私達は、町へと続く山道を走っていた。舗装もされておらず、車の轍で作られたその道をひたすらに。

 懐中電灯は持ってきたが、万が一付けられていた場合には目立つため、灯りは点けず月明かりを頼りに走っていた。

 周囲の森は異様に静かであった。私達の足音以外には、虫の鳴き声さえも聞こえない。

「この調子なら案外大丈夫かもしれない」

 大輔が歩調を少し緩める。それでも駆け足くらいで私は少し遅れを取る。

 ふと、脇に広がる森から草木が揺れる音が聞こえた。

「大輔、後を付けられてる!」

 呼びかける。

「そんな! もしかして待ち伏せされてたとか」

 左脇からも草が揺れる音。そして乾いた破裂音。

 思わず脚が竦む。彼も身をかがめていた。

「進もう! 立ち止まってたらいい的だ」

 大輔がそう言った刹那、先ほどの方向から男の人の悲鳴が聞こえる。確かあの声は、集落の三島さん。

 息も切れ切れに走っている私達は、何が起こっているのか検討もつかなかった。

 後ろから何かに照らされていると気づいた時には軽自動車のエンジン音が耳に入る。

「雫! 金城!」

 後ろから来た軽トラックの主は小森さんだった。そして私達の数メートル前で止まると、運転席から降りてくる。

 ああ、ダメだったんだ。私はそう思いながら走るのをやめようとしていた。大輔も小森さんの前で立ち止まる。

「小森さん。あんたにはお世話になったけど、あの集落はいかれてる。俺は彼女と集落の外に出るんだ」

 大輔は小森さんにそう言うが、小森さんは狩りの時の鋭い目であった。いや、違う。どこか何かに怯えている様子もある。

「今はそれどころじゃねえ……金城、お前だけでも逃げろ。車はやる」

 小森さんの答えは意外だった。てっきり私は大輔を始末しに小森さんはやってきたのかと思っていた。

「何を言ってるんですか小森さん。僕は彼女と一緒に行くと決めたんだ!」

 大輔がそう言った途端、

「そういう話じゃねえんだ! うちらがどんなことをやってきたかは分かってる。ただ集落でアレを食ってないお前さんを巻き込みたくねえ!」

 と小森さんが怒鳴る。その目には涙が溢れているようにも見えた。

「一体何の話ですか? もういい、僕は雫と行きます」

 大輔はそう言うと私のところに戻ってきて軽トラックの助手席へ乗るように促す。

 私には何となく事態が把握できた。今何が起こっているのか、このまま大輔と行ったら何が起こるのか。

 確かに私は、集落を出て普通の人として暮らしたかった。しかし今更だが、誰かを不幸にしてまでとは思っていなかった。

「大輔、ごめん。やっぱり私いけない」

 私は告げた。

「何言ってるんだよ、ここまで来たのに」

 大輔が問い詰める。

「大輔を、巻き込みたくない。大輔を、これ以上不幸にしたくないの」

 いつの間にか私の目から涙が溢れていた。

 大輔はため息をつき、こちらに向かってきた。そして私を抱き上げた。

「ちょっと、なにするの?」

 思わず大輔に問う。

「お前を連れて行く。何がなんでも」

 私は軽トラックの助手席に半ば押し込まれるように乗せられる。

「ちょっと!」

 私が降りようとした時には、大輔は車の前から回りこみ、運転席に座っていた。

「おい、バカな真似は止せ!」

 小森さんがそういった時には既に、アクセルはめいいっぱい踏み込まれていた。


 暗い森の中、轍で出来た道をヘッドライトが照らしている。

 車はエンジンをうならせてその道を走る。

「相変わらず道が悪いことを除けば、何もないじゃないか」

 大輔はアクセルをめいいっぱい踏み込んでいる。ギアはこの悪路である、トップに入れずに走っている。

 こんなに飛ばしていて大丈夫なのだろうか。私は不安になる。車の揺れが強くなってきた気がする。

 不意に揺れが収まった。フロントガラス越しの景色が左に回転していた。

 彼は目を見開いていた。それを認知した瞬間に、大きな衝撃が襲った。


 私が気づいた時には、車は横転していた。

 彼の下敷きになっている状態で、身動きがほとんど取れない。

 遠くまで照らしていたヘッドライトの灯りの先端が途切れる。

 なにか来る。足音もなく、それは近づいてきている気がした。

 黒い影はどんどん大きくなっている。最初は指の長さほどの大きさだった影はいつの間にか周りの木々ほどの大きさになっている。

 そしてライトがついにその影の主を映し出す。

 ひとつ目の大猿が、そこには居た。



 俺が次に光を見たのは、町の病院のベットの上だった。

 窓から見える景色は快晴。あの夜の出来事が悪い夢のようであった。

 俺はどうやらあの集落から町へ来る途中に事故に合った。車が何か大型の動物にぶつかり、そのまま横転。その際に俺は意識を失った。という事で処理されているらしい。

 雫のことを確認したが、同乗者が居た痕跡はないということだった。「むしろ同乗者が居なくてよかった。助手席側は座席が無くなってしまったくらいペシャンコになっていた」との事だった。

 

 退院後、俺はあの集落へ向かった。

 見慣れた古い民家がそこには並んでいた。

 集落は全く人の気配がなかった。

 噂によれば、とてつもなく大きな熊に集落全体が襲われたという。

 しかし、全く荒れた形跡がなく、突然人がいなくなってしまったかのような殺風景な風景だった。

 幸いなのかどうかはわからないが、俺のパソコンも無事だった。ちゃんと埃を取れば動くだろう。

 ガソリン漏れが疑われた車も何のことはなかった。ただガソリンが抜かれて地面に撒かれていただけだったのかもしれない。

 

 雫の屋敷に行ってみる。やはり何時からか突然人がいなくなったかのような殺風景な風景だった。

「この屋敷も立派なのになあ」

 つい、ぼやく。

 不意に、人の気配を感じた。

「誰だ?」

 人の気配を感じたところへ行く。すると、カメラを持った俺と同じくらいの歳の男が居た。

「え? もしかして、このお屋敷の方ですか?」

 男が尋ねる。

「……いや。それよりあんた誰だ?」

 俺も尋ねる。

「あ、僕、斎川と言いまして、廃墟の探索を趣味でしているんですよ」

 斎川と名乗った男はそう言う。なるほど、ここも廃墟扱いか。

「そうか、ところで、この辺に伝わる昔話とか、興味ない?」

 斎川に尋ねてみる。

「お、それは面白そうですね。ぜひ聞きたいです」

 斎川は目をらんらんとさせていた。

「そうだなあ、何から話せばいいか……」

 俺はこの集落に伝わっていた道永家の曽祖父の以前から伝わる話を語り始めた。

 


蜂谷涼先生の講座提出課題その3、課題は「悪い人」

「悪を作るのは文化や風習ではないか」

という観点で作った物語ではある。それと個人的には性的シーンを入れたいためにああいう展開にした。もっと濃厚に描きたかったが、文才がないのでアレが限界。

残念ながら金銭的な事情で講座は受けられなかったため、果たしてどんな嘲笑をされていたのかはわからない。

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