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森の中は木々の隙間から太陽の光が降り注ぎ、想像していたよりも明るかった。
それに僕が今歩いているこの道。
獣道ではあるけど、まるで誰かが普段から行き来しているかのように踏み固められている。
「都合が良過ぎやしないか。僕にとっては嬉しいけど」
そんなことを言いながら僕は一人、森を進む。
地面から立ち上る湿気が鬱陶しい。
しかしそんなことは気にしていられない。
詩織に何か食べ物でも持ち帰ってあげなくては。
木の実でもなんでもいい。
運よく水でも流れている場所があれば…。
とにかく彼女の喜ぶ顔が見たい。
自分でも気持ちが悪いとは分かっていたけれど、詩織の笑顔を思い浮かべると自然とにやけてしまう。
彼女は、詩織は先輩であって、でもそうじゃない。
それでも、僕にとっては大切な人なのだ。
何があっても守り抜く。
固く拳を握った僕の耳に、微かな音が聞こえた。
水の流れる音だ。
僕はその音のする方へ走った。
草をかき分け、辿りついた先には澄んだ水の流れる小川があった。
「僕にとっては嬉しいけど、これはあまりにも…」
ころころと気持ちの良い音を立てて流れる川を前に、僕は苦笑する。
なんにせよ、一番欲しかった水の在処が見つかった。
それも砂浜からそう遠くない場所でだ。
僕は急いで詩織の待つ砂浜へ戻ることにした。
もと来た道を走り、森を抜け、さっきと同じ場所に彼女の座る後ろ姿を見つけた時、僕はなんだかとても安心した。
ここに来てからというもの、僕は常にいつ覚めるとも分からない夢の中に居るような気がしてならなかったからだ。
だが彼女はそこにいた。
それでもすぐに声を掛けることが出来なかったのには理由がある。
それは先ほどまでは被っていなかった、紺色のえらく鍔の広い帽子のせいだった。
先の尖った、彼女の肩まで隠すように大きなその帽子は言うまでもない。
初めて先輩と出会ったときに被っていた、決して趣味が良いとは言えないけれど不思議と目を奪われるような存在感のある、あの帽子だ。
「どうしたの、その帽子」
僕はなんとか心を落ち着かせて言った。
彼女は後ろに立つ僕に気付くと、それを押さえながらゆっくりと振り向いた。
さっきまで泣いていた目は帽子の鍔の下で潤み、微かに開かれた口はまるで今からとても大事なことでも言うのではないのだろうかという気がして、僕は思わず息を呑んだ。
いや、正直に話そう。
僕が緊張したのはそんなことが理由ではない。
美しかったのだ。
振り返った彼女が、よく練られた映画のワンシーンのように僕の心を奪ったのだ。
心臓の高鳴りを抑えきれず目を逸らす僕に、詩織は澄んだ声で答えた。
「気が付いたらね、そこに流れ着いていたの。見た目はちょっとおかしいけど、日よけにはなると思って。でも不思議。被ってみるとなんだか落ち着くのよね」
「似合ってるよ」
「…誉めてるのよね」
「もちろん。怪しい術でも使いそうで、すごく良いと思うよ」
「ありがとう」
詩織はそう言って不服そうに目を細めた。
僕はそんな彼女に、たった今見てきたことを伝えることにした。
「それより、川を見つけたんだ。もしかしたら飲める水かもしれない」
「本当? それなら、今度は一緒に行きましょうよ」
ふくれっ面だった詩織の顔がぱぁっと明るくなり、つい僕も表情をほころばせた。
「うん、ここからすぐだから、そんなに歩かなくても大丈夫だ」
「そうなのね。森の中だから、この趣味の悪い帽子はここに置いていくわ」
「悪かったって」
詩織が立ち上がるのを待ってから、僕は再び森へ歩き出した。
「こっちだよ」
白い砂浜に置かれた帽子に目をやり、そしてまた森の奥を見る。
隣には笑顔の詩織が並んで歩いている。
でも僕は不安だった。
この場所には、望んだものとそうでないものが同じように、しかも僕の意図しない形で現れる。
まるで夢を見ているようだ。
これがどうか覚めない夢であって欲しい。
もしこの場所が幻なら、僕には何も残らない。




