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5

 風に舞い上がった花びらは、空に溶け見えなくなってしまった。

 それと同時に強く吹いていた風は止み、僕の意識は遠い思い出から呼び戻される。


 空はただ青く、そこには再び追憶に浸る余地など残されていなかった。

 だからと言って、大切な記憶が失われてしまったわけではないのだ。


 何度も言うが、先輩との出会いは何があっても失われることはない。

 この僕の中に、まるで呪いのように残り続ける。


「大丈夫? なんだか悲しそうな顔をしているけど」

 詩織の声がして、僕は彼女の顔を見た。

 そして答える。


「詩織こそ大丈夫?」

「え?」


 詩織は涙を流していた。

 僕に言われて気付いたらしく、慌ててその涙を拭っている。

 しかし涙はとめどなく流れて来る。


「どうしたのかしら。なんだかとても大切なことを思い出せそうな、でも、それが何なのか分からないのがとても悲しくて…。ごめんなさい」

 上手に笑顔を作れずに、詩織はそのまま声を上げて泣き出してしまった。


 それを見て、僕も同じように泣き出したい気持ちになった。

 悲しいからではない。

 詩織は、先輩は記憶を失っても僕との出会いを形のないままちゃんと覚えていたからだ。


 それが嬉しいのだ。

 出来ることなら伝えたい。

 あなたがどうやっても思い出すことが出来ない記憶の全てを。


 でもそれをしてはいけない。

 僕には見守る事しか出来ない。

 今は目の前で訳の分からぬ悲しみに涙するこの女性を。


「大丈夫、少しずつ思い出していけばいいよ」

「そんなこと出来るのかしら。何があっても忘れてはいけないことだったような気がして、それを失ってしまったと思うと、とても怖いわ。ねぇ、もしかして、あなたは何か知っているんじゃないのかしら」

「……知らない。君に分からないことを、僕が知ってるわけないよ」

「でも、あなたは私の名前を…」

「ごめん、知らないんだ。それは君が思い出すしかないんだ」


 僕は突き放すように言った。

 それは僕の覚悟が揺らいでしまわぬようにそうしたのだ。


 悲しみに暮れる彼女をそれ以上見ていたくなくて、僕は背を向けた。

「森へは僕一人で行くよ。君は気持ちが落ち着くまでしばらくここに居て」

「……」

 詩織は何も答えずに、波打ち際まで歩いていきそこに腰を下ろした。

 僕はそれを確認してから薄暗い森へと歩き出した。


 海を見つめる淋しげな背中がいつまでも頭から離れずにいる。

 僕がすべきことはそれを慰めることではない。

 彼女は詩織であって、先輩ではないからだ。


 今の僕には、先輩を取り戻すためにすべきことがある。


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