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名前を呼ばれた気がした。
でもそれは気のせいで、恐らく僕がまた先輩の夢を見ていたからだろう。
この場所で僕の名前を呼んでくれる者など存在しないのだから。
冷静な思考が徐々に僕の頭を覚ましていく。
「おはよう」
目を開けると、すでに起きていた詩織が僕を見下ろしていた。
僕は目を擦り、屋根に頭をぶつけないようにゆっくりと起き上がる。
「おはよう。いつも早起きだね」
「陽が昇るとね、自然と起きてしまうの」
そう言った詩織は微笑んだが、その表情はどこかぎこちなく、張り詰めていた。
「どうしたの?」
「私、昨日はあなたに悪いことをしたわ。本当にあなたの気持ちを知っていたら、あんなこと言わなかったのに。ごめんなさい」
「気にしないで欲しいな。詩織が僕のことを心配してくれていたってことくらい分かるよ。だからそんな辛そうな顔をしないで欲しいんだ」
昨日は僕も少しネガティブになっていたと思う。
先輩のことを考えるたびに焦りを感じてしまうのは確かだ。
それでも過去の思い出と詩織を比べるのは間違っている。
彼女も記憶を失い僕以上に不安を抱えているのだ。
僕がしっかりしなくては。
「お腹が空いたね。また泉に行って林檎でも取ってこようか」
「…そうね。今のところ林檎だけはたくさんあるし、行きましょうか」
今日も強烈な日差しが砂浜に降り注いでいる。
屋根が日光を防いでくれるものの、立ち上る熱気に額からは汗が浮かぶ。
多めに取ってきた林檎は後で食べるために傍へ置いておくことにした。
「昨日は屋根を作っておいて本当に良かった」
「そうね…」
詩織はまだ元気がない様子で短い返事を返した。
僕は昨日彼女が言ったことに関してもうこれぽっちも気にしていないのだが、それを伝えたところですんなり受け取ってくれるだろうか。
「あのさ、火も使えることだし魚でも採ろうか」
「……どうやって?」
「本で読んだことがあるんだ。まずこの砂浜に海とつながった小さいため池を作る。そのため池に魚が入ったところで入り口をふさぐんだ。本当は餌を置いて魚をおびき寄せる方法が一番なんだけど、今回は気長に待とう」
「…分かったわ」
黙っていても仕方がない。
詩織の気が紛れるならと、魚が取れるかどうかはともかく僕は彼女を屋根の外へと連れだした。
「しばらくこうして待っていよう」
ため池を作り終えた僕たちは、再び屋根の下で並んで座っている。
「……」
詩織からの返事はない。
どうすれば彼女を元気にすることが出来るのだろうか。
空と海。
眼前にはいつもと変わらない二つの深い青が広がっている。
それなのに、僕たちは全く違うものを見つめているような気がする。
「あの人に気持ちを伝えるのはとても勇気が必要だった」
「…え?」
そう言った僕に、詩織は驚いたようだったがやっとこちらを向いてくれた。
一生懸命に言葉を選ぶよりも、素直な心の内を明かすこと。
今はそれが必要だと思った。
「やっと打ち解けられたと思えた頃、僕はあの人に気持ちを伝えることにしたんだ。でも、うまくいかなくてね。意気地がなくて回りくどい言い方をしたせいで、ちゃんと伝わらなかったんだ」
「あなたはその人にどんな言葉で気持ちを伝えたの?」
僕は問いかける詩織から広い海へと視線を移した。
そして思い出す。
あの日の、夕日に染まる茜色の記憶を。




