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9

 頬に感じる熱で僕は目を覚ました。

 ここの太陽はいつでも焼け付くような暑さでこの砂浜を照らしている。


 僕は身を起こし、汗ばんだ顔に付いた砂を手で払った。

「……」

 あんな夢を見たのは、どこかで寂しさを感じているからだろうか。

 思い出したところで余計に悲しくなるというのに。

 すぐそばにいる先輩だった彼女。

 詩織と、今はこの島で生きていくしかない。

 暗い気持ちを奥底に押し込めてから、僕はすぐ横へと目を向ける。

 しかし、昨夜はそこで眠っていたはずの詩織はいなかった。


 一瞬にして僕の胸は緊張感で満たされる。

 記憶も曖昧で自分の事さえおぼろげな詩織が、夢のように淡い存在の彼女が、眠っている間に消えてしまったのではないかという不安が襲う。


 けれどもそんな不安とは裏腹に、僕はすぐに少し離れた浅瀬に立つ詩織の姿を見つけることが出来た。

 何をするでもなく、穏やかな波を脚に受けながらただ遠くを眺めている。

 広い海にぽつんと立つ彼女はやっぱり儚げで、深い青のなかに溶けてしまいそうだ。

 もちろんそんなことは無くて確かにそこにいるのだけど、なぜだろう。

 どうしようもない悲しみが込み上げ、泣いてしまいそうだ。 


 そこにいるのは紛れもなく先輩なのに、そうではない。

 解決しようのない矛盾が、僕をこんなにも苦しめるのだ。


 その時、不意に詩織が振り向いたので僕は急いで零れそうな涙を拭った。

「やっと起きたのね」

「おはよう。おかげでいい夢が見られたよ」

「そう、それはよかったわ」

 詩織はそう言って砂浜へ戻ってくると僕の隣に座った。

 僕は涙で潤んだ目を見られないように、彼女の方は向かずに海を眺めていた。


「ここはいつも暑いわね。後でまた水を飲みに行きましょう」

「屋根でも作ろうか」

「出来るの?」

「やったことはないけど、落ちてる木を組めばなんとかならないかな」

「それなら森の入り口にたくさん落ちていたわ。ヤシ科の葉もあったし、暑さを凌ぐだけなら何とかなるかも」

「詩織は泉へ行って水を飲んできなよ。僕がやるからさ」

「大丈夫? 大変だったら、戻ってきてから手伝うわ」

「ありがとう」


 その後、僕と詩織は森の入り口まで一緒に向かいそこで別れた。

「あなたの分も汲んでくるわ」

 そう言った詩織の手には、昨日見つけたマグカップが握られていた。




「さてと」

 僕はまず、十分な長さのある木を探した。

 まっすぐで太さも申し分ないものを4本見つけ、それから2本をいつも僕たちが座っている辺りに石で打ち込む。

 そこへ残った木を立てかけるようにし、つる植物で結んで固定すると、砂浜には二つの三角形が出来上がった。


 だいたい形は見えてきた。

 あとは上にヤシの葉を乗せていけば、簡単な屋根が出来上がるはずだ。

 詩織の喜ぶ顔を思い浮かべ、僕は再び森の方へ向かった。





「凄いじゃない、これなら陽を避けることができるわ」

 出来上がった屋根の下で涼んでいると、帰ってきた詩織が嬉しそうな表情でそう言ってくれた。

 その顔が見たくて急いで作ったのだ。

 立ち上がれるほどの高さは無いが、寝転ぶだけの広さはある。


「頑丈じゃないかもしれないけど」

「ううん、十分よ。お疲れ様」

 僕は詩織から差し出された水の入ったマグカップを受け取った。

 詩織も屋根の下に入り、いつものように隣へ腰を下ろす。

 そしてふふ、と楽しそうに笑うのだった。


 それは思い出の中の先輩と全く同じだった。

 失われてしまった彼女を少しだけ取り戻すことが出来た気がして、僕もなんだか嬉しくなった。

「ふふっ」

「真似したの?」

「違うよ。喜んでくれて嬉しいんだ」

「…ありがとう」


 並んで座る僕たちに、気持ちの良い風が吹いてきた。

 一定のリズムで聞こえる波の音、揺れる水面、遠くで小さな雲がゆっくりと流れている。

 穏やかな風景に、つい眠ってしまいそうだ。


「どんな夢を見たの?」

 囁くような詩織の声が子守歌のようにスムーズに僕の耳へ届いた。

 微睡みの中、僕は答える。


「昨日言った、僕が憧れていた人の夢だよ」

「どんな人だったの?」

「綺麗で、しっかりしていて、でも少し不思議な人だった」

「ちょっと変わり者だったのかしら」

「そうじゃないよ。彼女の中にはちゃんと彼女の世界があって、僕にはとても魅力的に思えたんだ。僕には無いその世界をもっと知りたくて、いつもその人のことを考えてた」

「好きだったのね」

「うん、今でもそうだよ。多分、忘れることなんて出来ないと思う」

「その人、今はどうしてるの?」


 詩織の問いかけに僕の眠気は消え去り、吹く風がやけに冷たく感じられた。

 胸やけのような不快感が全身を襲い、僕はゆっくりと答える。

「今はいない」

「いない?」


「亡くなったんだ。事故で。ある日突然に」

「…そう」

「でも、あの人と過ごした時間は本当に楽しかった。初めこそぎこちなかったけど、僕たちは徐々に理解しあって、それで、お互いに大切に思ってた、と思う」

「ごめんなさい、辛い話よね」

「そんなことないよ。あの人は僕に素晴らしい思い出をたくさん残してくれたんだから。それを大事にしていこうと思うし、おかげで今は頑張れるんだ」


 先輩との思い出はどれもかけがえのないものだ。 

 思い描くだけで、いつだって穏やかな気持ちにさせてくれる。

 

 もう一度先輩に会いたい。

 そう思って僕は記憶の中に意識を沈め、また微睡む。

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