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memory.Ⅲ

「UFOってね」


 聞こえてきた声に、僕は視線を隣へ移した。

 夜空を眺める先輩の横顔を、月明かりが優しく照らしている。

 光を受ける彼女の白い肌はいつもより美しく映える。


 まだ少し肌寒い春の夜。

 先輩と僕は今年初めて民俗学研究会として野外調査を行っていた。

 大学から車で20分ほどの距離にある小高い山。

 かつてのOBが未確認飛行物体の目撃情報をもとに泊まり込みで調査をした場所でもある。


 これといって収穫の無かったこの場所で、今は僕たちが何かを期待して空を眺めているのだ。

「UFOってね、その目撃情報のほとんどが飛行機だったり人工衛星の光と誤認したものらしいの。特に人工衛星の光は飛行機と違って点滅せずに移動するから間違えやすいらしいわ」

 そう言った先輩の無表情に、僕はたくさんの意味が含まれているんじゃないかと、つい探ってしまう。

 しかしいくら考えても分からなかった。


 今の僕は先輩の事を知らな過ぎる。

 そもそも意味は無いのかもしれない。

 それでも、先輩の言葉、仕草や表情、それら全てがいつも何かのメッセージに思えてならなかった。


「…そうなんですか」

「夢の無いことを言ったかしら」

 不意にこちらを向いた先輩が微かに微笑んで見せた。

 赤くなった僕の顔は暗闇ではきっと見えないが、破裂しそうな心臓の鼓動は聞こえてしまいそうだ。


 僕は不自然に空を見上げ、一番明るく光っている星を見つめて気持ちを落ち着かせることにした。

「…そんなことないです。ちゃんとした調査をするには、ちゃんとした知識が必要で、そのためにはちゃんとした、えーと…何が言いたいんだろ僕」

「ふふ、そうね。残されたたった二人の民研部員だもの、ちゃんと調査しないといけないわよね」

「はい」

 僕の返事は夜の闇に染み込み、訪れた静寂の中ふたたび先輩と僕はひたすらに空へ目を向ける。


 いくつかの小さな雲が流れ、月を隠してはまた光が僕らを照らしていく。

 瞬く星々を眺めているとき、その隙間を縫うように一筋の流れ星が過ぎ去っていった。

「……」

 僕はそれを先輩に言うべきか迷ったが、彼女にも見えていたはずだしこれといって言葉を発する気配もなかったので黙っておくことにした。


 先輩は流れ星などで感動を覚えるような人ではないのかもしれない。

 少しだけ寂しさを覚えつつ、僕は来るとも分からない未確認飛行物体の到来を待った。


「小さい頃は流れ星を見たら必死になってお願い事をしたものよね」

 先輩が呟くようにそう言ったのは、流れ星が消え去ってしまってからしばらく経ってからだった。

「あれほど一瞬なんだもの、消え去ってしまうまでに願い事を言えたらきっと叶うものだと本気で信じていたわ」

「僕の小さい頃も同じようなものでしたよ。あの頃もこうやってひたすら空を眺めて」

「そう、やっていることは同じなのよね。でも、大きくなっていくうちにそんな迷信は信じなくなってしまった。願い事なんて叶わないって思うようにね」


 僕は盗み見るように先輩へ視線を向けたが、そこには変わらず無表情の彼女がいた。

 けれども、やはりそれがただの思い出話に思えなくて僕は先輩の横顔に隠された意味を探した。

 何より、投げかけられた言葉の中に微かな寂しさを感じたのだ。

「誰だってそうだと思いますよ。誰もがサンタクロースを信じていたように、子供だからこそ本気で信じることが出来るものってありますよね」

「それなら、大人になってもオカルトを追いかける私達ってまだお子様ってことなのかしら」

「それは…」

 僕は言い淀んでしまう。

 もしかしたら先輩は自分がいつまでも大人になり切れないと考えて悩んでいるのだろうか。

 それとも、そんな彼女と周囲との温度差に孤独感のようなものを感じているのか。


 それとも……。

「もしかしたら私って、周りから相当な変わり者だと思われているのかもしれないわ。先輩達が卒業して一人になってもこんなサークルに残るくらいだもの」

 月と星だけの静かな夜、周囲には誰もいない澄んだ暗闇が先輩にそうさせたのかもしれない。

 僕は初めて先輩からそんな言葉を聞いた。


 先輩は綺麗で、ただでさえ多くの視線を集める。

 憧れや好意、彼女はそれらの中に混在するもっと違う意味の視線を感じているのだろう。

 奇異。

 変わり者に向けられる眼差し。

 全ては僕の憶測に過ぎない。

 深読みをし過ぎている可能性もある。


 それでも僕が言えることは一つ。

 一目惚れなんていうオカルトじみた出会いを教えてくれた先輩を、僕は変わり者だなんて思うことは出来ない。

 確かに不思議な一面もあるけど、だからこそ先輩のことが好きだ。

 知らないことがたくさんあって、だからもっと知りたい。

 先輩がオカルトを追いかけるように。

 同じなのだ、と思う。


「心配しなくてもこうして僕が入部したじゃないですか。みんな心のどこかではオカルトの存在を信じたいのに大人ぶっているだけですよ。もったいないですね、ロマンの塊を見て見ぬふりなんて」

 そう言うと、先輩はこちらを向いて僕の目をじっと見つめた。


 吸い込まれそうなその瞳は、まるで僕の全てを覗き込むように開かれている。

 空からの光が微かに映り込んで、もう一つの宇宙がそこにあるようだ。

「優しいのね」

「ど、どうしたんですか」

「それに良いことを言うわ。確かに、目の前にロマンの塊が転がっているのにそれを無視するなんて損よ。調べもしないで無いものとするなんて冷め切ってるわ」


 先輩はふふ、といつものように微笑んでから立ち上がって、風になびく髪を押さえながら後ろに停めていた車へと歩き出した。

「もういいんですか?」

「ええ、明日も授業があるし今日はそろそろ帰りましょう。何も見つけられなくて残念だわ」

「それにしては嬉しそうですね」

「次に来た時の楽しみが増えたと思ったらね。乗って」

「はい」

 僕は小走りで車へ向かい、助手席のシートへ座った。

 隣の先輩がまたふふ、と笑ってエンジンを掛ける。

 こんなに楽しそうな先輩を見るのも初めてで、僕も自然と口元が緩んでしまう。


「なんだかお腹が空いちゃったわ。途中どこかで軽く食べていかない? 今日は私が御馳走するわよ」

「いいんですか?」

「■■君の初めての野外調査を記念して、ってことで」

「そんなことで。ありがとうございます」

「何だっていいのよ。今日はそういう気分なんだから」


 僕たちを乗せた青色の軽自動車が緩やかに走り出す。

 上機嫌にハンドルを握る先輩を見て、僕は彼女が先ほど言った言葉を思い出した。

『次に来た時の楽しみが増えたと思ったらね』

 そう、今日は先輩と僕の初めての野外調査なのだ。

 きっとこれからたくさんの場所へ行き、たくさんのことを話すのだろう。

 そうして少しずつ先輩のことを知っていきたい。


「ふふ」

「どうしたの?」

「いえ、なんか楽しくて」

「変なの」

「先輩こそ」

 少しずつでいい。

 先輩との時間はまだ始まったばかりなのだから。

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