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4cm 浴場トラブル

三人称は初めて書いたので、もしかしたら定義から外れているかもしれません。

後、今話も短めです……。

「お布団は敷いておきますので。では……ごゆっくり」


 部屋を出てから廊下を少しを歩き、右に曲がった所にある浴場。

 完全仕事モードのセンリさんに見送られて扉を引き、するりと逃げ込む。

 そこにあった籠の中に衣類を放り込んで、用意されていた布を手に取った。


「……と、言われた訳ですけど、どっからどう考えてもただで泊まらせて貰ってる件」


 これじゃあ、犯罪者だな。うん。

 まだ金が無いことは話していないから、騙しているような気分になる。


「これでチャラになるか分からないけど、後で頼み込むか……。土下座して謝って、ここで働かせてもらおう」


 こうなった以上、こうするしかない。

 独り言を零しながら、タイルの上を僕は歩く。

 これが今の僕の決意。

 廊下を歩く途中に思い出した、違和感の答え。

 ーーともかく今は!


「温泉キタコレッ!!」


 そう!

 視界の悪く、緑の囲いで広がる白い湯気! 不規則に岩が作る凸凹の湯船!

 まさに温泉。ラ〇ュタは本当にあったんだっ!

 まさか異世界で出会えるとは思わなかった!

 感激を胸に、僕は周りを見回す。

 

「シャワーがないやっ!」


 あ、異世界だから当たり前か。

 井戸がある街だし。

 でも、日本での温泉を期待してたから、その分落胆が大きかった。

 ……文句を言える程の度胸は無いし、言う気もサラサラ無いから良しとしよう。

 そんな小さい問題を速攻で解決し、僕は足先からお湯へと浸からせていく。

 染み渡るように体の芯が温まっていき、次第に心が落ち着いていく。


「……それにしても、変な話だな」


 蓋が無く、街から外れた丘の景色の如く無数に煌めく鮮やかな星空を見上げる。

 疑問があった。

 それは、見るからに上質そうなこのタオル。泊まることになっている部屋。

 何より、部屋は全部で十室あるらしいけど、センリさんはたまにしか埋まらないと言う。

 それなのに、こんな沢山の物を買えんだろう? 普通は金欠になるはずだし。

 と言うか本当は。個人的には、新品の男性物の下着すらも用意できているのが気になるんだよ。

 ぶっちゃけ、そこが一番気になる。

 って、これは知らない方が良いか。

 踏んじゃいけない類のタブーか。

 ……と言っても、センリさんを疑ってる訳じゃないんだけど。

 むしろ、悪い人どころか純粋すぎる気がするし、悪の『あ』の文字も似合わないあの人をどう疑えと? って思うレベル。

 でも、結局最後に言いたい事は……。


「ほんっと、こんなに良い旅館なのに何で誰も泊まりにこないんだろうな〜……」


 そう口に出してから、手の平で汲んだお湯を顔にバシャリとかける。

 飛び散り、飛沫は着水した。

 そうしてまた、夜空を眺める。


「温かい。あったかいんだけど……」


 こうしていると、眠くなってくる。

 いけない事だって事は分かってる。

 分かってるんだけど、それでも瞼が重い。

 思い返してみれば、今日は色々ありすぎた。

 空から落ちた事。耳と尻尾が生えた事。これは言っていいのか分からないけど……センリさんと二人きりになった事。

 いずれも考えすぎた。

 だから、仕方ないと言っていいのかな。

 でもまだ体洗ってないし……待たせて……るだ、ろう……し……ーー


 瞬間。

 前髪からポトン、と。

 落ちた水滴が波紋を作り、広がった。



 ---



 桐川(キリカワ) 弥尋(ヤヒロ)が強烈な睡魔に打ち負け、眠りに落ちた数十分後。


「あっ! あのーっ! お背中を流しに……」


 タイルを踏む五本の指先。

 扉をゆっくりと開き、恐る恐る忍び込む一つの影があった。


「……あれ? もしかして寝てます? こんな所で?」


 だが、すぐにヤヒロは眠っている事に気付き、彼女の中で緊張が解ける。


「折角、特別にサービスしてあげようと思ってたのに……」


 それとは裏腹に、少し残念な気持ちへと変わっていた。

 その時にはもう、新たにセンリの眼はヤヒロの頭部に生えた耳を捉えている。


「でも……ふふ。やっぱり黒いな〜……私とは正反対の、黒。カワイイですぅ」


 純粋な笑顔で微笑むセンリ。

 やがて彼女は、何を思ったのか歩を進める。

 ヒタヒタと。

 裸足を濡らし、水面に潜り込む。


「……ちょ、ちょっとぐらい触っても、怒られませんよね……?」


 浴衣が濡れる事も気にせず、センリはヤヒロの前で立ち止まった。

 何を考えているのか。

 何をしようとしているのか。

 それは、ヤヒロが危惧した事。


「すいませんヤヒロさん、失礼しまーー」


 あまりの欲求に耐えきれず、センリがネコ耳へと手を伸ばし、ピトっと触れた、その瞬間。

 何かが。

 何かがセンリの目で捉えきれないスピードで動き、彼女の首元に銀色の何かを深く刺す。

 何が起こったのか、理解する時間も無く彼女の体は痺れ始め、センリは抱き着く形で倒れ込んだ。

 無防備で、隙だらけ。

 だが追撃は無く、すぐに静寂訪れ、ただただ昇っていく白い湯気が夜風に吹かれただけだった。

 朝日が昇ってからもずっと、その湯気は変わらずに立ち昇っていた。

今話も読んで頂きありがとうございました!

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