3cm 気まずい夜。
今話は少し短めです(^ω^;);););)
襖ではなく、引き戸の扉。
畳ではなく、フローリングの無い木製の床。
机も椅子も、日本で見るような良い材質では無い。
外見から僕の知っている温泉宿とは程遠い、コレジャナイ感が満載に漂う空間。
僕の現在の印象は、そんな感じだ。
多分、これが覆される事は無い。
けれど、これとは別にーー。
「お……おお落ち着かない……っ」
胸の鼓動が鐘を打ち続ける。
ソレは、何故か。
何故、こうも地に足が着かないのか。
全ては。
全ては、部屋に居座り続けるこの少女ーーセンリさんから来るものだった。
「……」
白い尻尾が高く、ゆらりと揺れて。
行儀正しく正座。
一言も喋らず、目は瞑りっぱなし。
そうして選んだ。
白ネコを彷彿させる彼女の、無言が辛い。
「あ、あの……」
「はい?」
パチリと目が開かれ、顔を向けられる。
「一人には……させてくれないんですか?」
と言うか、させてくれ。
僕は必死に、願いを切り出すがーー。
「無理です。仕事なのでっ」
コレダヨ。
仕事の一点張り。
そりゃあ、他の部屋は全部空席みたいだし? 暇なのかもしれないけども……。女性が苦手な男としては、辛いんだわ。
なんと言うか、こう。
美少女と二人っきりの状況が不味いんだよ。
嫌いな訳では無いんだけど……ただ。
とにかく気まずい。
打開の一手。話題すら見つからない。
「くっ、くそう……っ。ここでヘタレなのが悔やまれる……ぅ」
膝の上に置いた僕の拳に力が籠り、ジャージの布地を巻き込む。
皺ができてしまう。
「何か言いました?」
「いえ何も!?」
刹那。
僕の心臓が跳ね上がった。
「っそ……そうでしたか」
しかし、センリさんから発せられたのはか細い声。
怖がらせてしまったかもしれない。
会話も短いし、これじゃあ……沈黙が流れるのも無理は無い、か。
そう思うと溜め息を吐きたくなる。
別に、何か変わる訳でも無いのに。
「……夜、ですね」
そんな時。
センリさんはそっと呟いた。
「そ、そうですね」
だが僕には、こう返すのが精一杯。
身体中が熱い。
まるで真夏日の炎天下にいるようで、汗びっしょりになってたらどうしよう。
僕が空気を入れようと服の襟を少し引くと、センリさんは正座を僅かに崩す。
「そろそろ、お風呂にしますか?」
「え?」
……は?
ふ、ふろ?
……えあ、あぁ風呂……。風呂ね。
そんな事を聞いてくるセンリさん。
一瞬なんて言ったか分かんなかった。
緊張しすぎて、判断能力も鈍ってきたみたいだ。
「えっと……あっじゃあ、そうさせて貰います」
よくよく考えると、これが僕の生命線。
不思議な事に、案外、答える時は普通に返せてしまうのだ。
いやマジ。グッジョブ僕!
謎すぎる!
「承知しました。で、では……」
なんだろう?
途中、今にも消え入りそうな声へと変わり、本人は俯き始める。
「し、しし……」
歯切れの悪い、弱い声。
「し?」
「したっ! ……したひはっ! こちらでご用意させて頂きますので!」
今までより、大きい。
センリさんの声は、今までで一番大きく打って変わって……噛んだ。
……いやそれよりも。
顔が、近かった。
身を乗り出した彼女の顔は紅く、目と鼻の先。至近距離。
「しっ、したひ? ……もしかして、下着の事……?」
こんな状況なのに僕は、驚いた事に冷静だ。
普通に、違和感無く声が出る。
いやもう、ここまで来ると恥ずかしさを通り越して、逆に冷静になってくる。
そこに驚きを感じる程だった。
「う……ぅん」
コクリ。
頷かれた。
「プッ」
何を想像してるんだこの子。
笑いが堪えきれない。
「な、なんで笑うんですか!?」
怒ったらしく、センリさんは可愛らしく頬を膨らませる。
背後に見える尻尾は、ピンと一直線に伸びていた。
「あ、いやゴメンゴメン。ちょっと……いや、かなり可笑しくて」
自然と、言葉が紡がれる。
頭もしっかり回る。
「ひっ、酷いですぅっ!」
それはセンリさんも同じようで、その言葉に一切の揺るぎは無かった。
「はは……。なんかもう、緊張とかどうでも良くなってきた」
もう大丈夫。
さっきまでが嘘のように、ようやく僕は、いつもの僕に戻れた。
「ま、まあ……それはわたしもですけど」
センリさんがそう言って、右膝から先に立ち上がる。
僕も続いて、案内してもらおうと口を開いた。
「それじゃあ、風呂に……」
止まる。
……風呂に………?
あれ? 何か、忘れて……。
何かが僕の喉に引っ掛かり、言葉を途切らせる。
「案内します?」
そんな僕の言おうとした事を察したらしく、センリさんは代わりに聞いてきた。
「えっ、あぁうん。お願いします」
違和感が。
何かを忘れている気が。
はっきりしないこのモヤモヤが引っ掛かる中、僕にはそう答えるしか他に無かった。
今話も読んで頂きありがとうございました!