2cm 生えた黒。
遅れてすいませんでした。
学業が忙しく、今後も遅れる時があるかもしれませんが、暇を見つけて書こうとは思います。
隙間の無い石と石。
水面で日光が反射され、明るさがゆらりと変わる。
一切の汚れ無く透き通った川の両端に直方体の石を積み上げて舗装した足場。
割と広い。
その突き当たりには、形の悪い石段がある。
俺はその側で立ちながら、非現実的な現象を前に酷く悩んでいた。
「尻尾と……耳ぃ?」
思わず顔を顰め呟いて、腰と首を捻るが、これで二度目だ。
さっきも見たが、そこには人間のモノとは思えない細長い尾が見え、頭を触ると対称的な三角形のトンガリ耳が動いた。
無意識に。ピクピクと。
尻尾はゆらりと、大きく。
「なんぞこれ」
触るとフサフサ。
真っ黒の毛並み。
「かんっっぜんにコレ……」
信じられないけど。
と言うか、信じたくないけど。
と言うか、さっきからずっと思ってるけど。
「猫、だよなぁ……?」
だよな。と言うより、うん。
紛れもなくネコだ、どう考えても。
だからと言って、自分で自分の体を撫で続けるーーもとい、モフるってのは全く良い気分じゃない。かなり気持ちイーーおっと、これ以上は止めておこう。
……とにかく。
モフればモフる程、コレは猫のだと思わせる。
でも。
やっぱり。
「納得出来ねぇ……」
むしろ、納得出来る気がしない。
耳と尻尾が生えた事と言い、無傷だった事と言い、謎すぎる。
それだけあれば、自分の体がどうなったのか流石に不安にもなってくる。
明らかに、俺の知る人間では無くなってしまった。
それも、他でも無い俺が。
「い……いや違う。そうじゃない。そもそも俺はモフられるよりも、モフる方が好きなんだ。だから、モフられるとどうなるかは多分、自分が一番良く分かってる。……そうだ。こんなのを人に握られたら、俺は俺で無くなってしまう。腰が砕けて死んでしまう。そ、それだけはダメだ。絶対にダメだ。死守しないと死んでしまう。違う。違う、違う。違う違う違う。敵だ。俺のコレに触る者は、全員敵だ。それが誰であっても、命にかけて俺は俺を守ーーハッ!? 俺は一体何を!?」
瞬間。
意識が戻るが、流れに任せて、とんでもない事を呟いていた気がする。
一生呟かなそうなセリフを。
危ない言葉が頭の中をよぎった気もする。
だけど……本当に。
未だに、この体を受け入れられる気がしない。
周りの世界と同等、意味の分からないこの体を。
だからこそ、何をしてでも守り抜かないといけないと今知った。
この体を。
「ーーヴックシッ!!」
……。
…………。
寒っ。
「乾かそ……」
---
太陽は、ほぼ真上。
あれからさほど時間は経ってないが。
「うわぁ……まだ湿ってるよ……。幸い、耳と尻尾の方は乾いてるけど。……あー。幸い、とは言わないか。うん」
服の裾辺りを摘むと、僅かに不快で陰気な冷たさが感じられる。
場所こそは違うけど、そう呟くのも石段の上。取り敢えず、ここがどこなのか知る為に移動した結果だった。
……結局、日本ではないどこか、と言う事ぐらいしか分からなかったんだけど。
ついでとして、歩いている内に乾くかな、と言う思いもあった。
乾かなかったけど。
でもまあ、それは良いんだけど……。
「こっから……どうするかな」
アニメじゃあるまいし、普通の高校生は、こんな場所に独り置いてけぼりにされて『はい、そうですか』と、すんなり受け入れる程出来てはいない。
ポツリと。
現実を前に呻くしかない。
「いや、もちろん帰りたい、けど。車も! 船も! 飛行機すらも通ってないんだよ!? 徒歩で帰れってか? 死ぬわっ!」
仰向けに倒れて叫ぶが、周りを見渡しても、人っ子一人見当たらない。
それどころか、あの少女に会って以来、誰とも顔を合わせていなかった。
ただ、高く遠くに中世の王城が見えるだけ。その下を城下町と言うべきか、馬車らしき物が走り、賑わいが見えた。
多分、あの城は夜に見たのと同じだろう。天辺のトンガリがテカってる。
出来るものならへし折りたい。
「……でも、どうしようもないしなー。そろそろ認めるしかないかー……」
ここが異世界だって事を。
隅から隅まで……とまでは言わないが、小説やゲームでの異世界と酷似している。
この耳も、尻尾も。
異世界転移で付いてきたオマケだと考えた方が、まだ納得出来る。
そもそも、今時、馬車なんて使わないだろうし、文明の利器と言える物が全くと言っていい程存在していないのが、根拠の一つ。
そうやって常識的に考えたが、結局は異世界だと言う結論が出た。
憶測だけど、間違いないだろう。
……多分。
「宿。探すしかないよなー……」
一文無しを泊めてくれるような所があるか、謎だけど。
考えれば考えるほど深まる絶望に、溜め息を吐きたい気持ちに駆られながら、上半身をゆっくり上げた、その時。
キィィ。
「ーーあ」
背後で高く綺麗な声。
軋むような音が鳴り、扉が開いたと思ったら、真っ白いエプロン姿の少女が藁の籠を片腕にぶら下げていた。
口を小さく動かし、目を見開いている。
対して俺には、純白に限りなく近い銀の髪と人目を惹きつける整った顔。大きく、丸く。宝石の如く色鮮やかな、少し垂れ気味の蒼い眼。袖と裾の長い茶色い服に、膝元を隠す丈の長いスカート。それなのに、何故か地味な色のローブ。
見覚えがあった。
と言うか、確実に。
「君は、さっきのーー」
「人違いです」
「え、即答!? 俺、まだ何も言ってないんですけど!?」
まさか言い終わる前に、速攻で拒否られるとは思ってもみなかった。
「っ……。で、でしたら、わたしの双子の姉でしょう」
突っ込む俺に、面食らったように苦しそうに仰け反る美少女。
別に困らせるつもりは無かったが。
別に困らせるつもりは無かったんだが。
「いやぁー……。それは流石に無理があると思いますよー……」
「ちち、違いますから! きっと、それは他人の空似でしょうし……とにかく! わたしじゃありませんので!」
しまった。
出過ぎた事を言い過ぎたか。
怒ってしまったか?
少女はスタスタと、俺から離れるようにして歩を進める。
「ーー待って!」
「キャッ!?」
咄嗟だった。
気付いたら、彼女の腕を掴んでいた。
「待ってください。一つ、教えて欲しい事があるんです」
「は、はい……っ」
怯えてる。
顔が赤い。
無抵抗だ。
見つめ合う形で、この状況を作り出した前の俺を殴りたくなる。
「そのフードの下には……一体何が?」
でも、聞かないといけない気がする。
さっきから気になっていた。
何故、ローブの紐をずっと掴んでいるのか。
素朴な疑問として、何故フードなんて被っているのか。
ファッションだとしても、地味すぎる。
一番疑問なのが、何故、何かを隠すような振る舞いを取っているのか。
明らかに、おかしい。
「ーーうっ」
俯き加減で、小さく漏れた声。
「うっ?」
なんだろう。
嫌な予感がする。
「……う、うぅ……」
「えっ、ちょ……ぉっ……!?」
ま、待って。待て待て待て。
予感的中?
もしかして……泣いちゃった……!?
こういう時、どうすれば良いのか分からない。
力が緩み、遂には手が離れる。
すると、彼女はトボトボと扉の前まで歩いていく。
僅かに俯きながら。
振り返り。
そしてーー
「いらっしゃいませ、お客様……我が宿【七色温泉】へ。部屋は空席なので、どうぞご好きな部屋でお待ち下さい……っ」
七色温泉。
不思議な響きを持つ、湯気の亭。
俺を誘う、異世界の宿。
彼女は、静かにそう告げた。
今話も読んで頂き、ありがとうございました!
誤字脱字等がありましたら、ご指摘して下さると嬉しいです。
もし良かったら、アドバイスもお願いします(⌒▽⌒)。