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08 即殺


 娘勇者を連れて帰ると、そこで初めて村の女たちは娘勇者のことを思い出したようで、突然心配を始めた。


「急にいなくなって、どこに行ってたんだい」

「心配したよ」

「がけから、落ちて」

「あら大変!」

「勇者さまに、助けてもらった」


 女たちの目がこちらに向く。


「また勇者さまに助けてもらって」

「いやいい」


 それよりも気になっていることがあった。


「このにおいはなんだ?」

「すき焼きです」

「スキヤキ?」


「勇者さまのおりこうな猫ちゃんが持ってきてくれたお醤油とお砂糖で、作ってみたんです」


 グレートグリズリーの肉をオショウユとオサトウで味をつけて焼いたらしい。


「どうぞ」


 ハシという二本の棒で食べるのが良いと言うのでそうした。

 使い方は見ればわかる。

 一切れ、口に入れた。


「これは……」

「どうですか」

「うまい!」


 やわらかい肉に甘みとしょっぱさが加わり、肉の味の力を強めているとでもいえばいいだろうか。

 熱が加わりさらにやわらかくなった肉が、それほどかまなくても口の中でほぐれていってしまう。

 残るのはうまみだけだ。


「もっともらうぞ」

「どうぞどうぞ!」


 肉の横に足されたネギという野菜はとろけるような食感だった。

 肉との風味の違いで、一緒に口に入れるとすばらしい力を発揮する。

 ミュラーにもわけてやると、黒目を糸のように細めて、しっぽをブルブル震わせ、夢中になって食べていた。


「どうぞ」

 と続けて出てきたのは。

 オムスビだ!


「そ、そうか……、これは……!」

 私はおそるおそるオムスビを口に入れた。

 

 やはりそうだった。


 無意識に、肉とネギとオムスビを食べてしまう。

 一回ずつ食べたつもりで五回ずつ食べている。


「まさか、オムスビは、なんにでも合うのか……?」

「そうですね、おかずになりそうなものなら」


 という会話の間にもオムスビは私の手から消えている。

 誰かが盗んだのでは、と一瞬思うほどだ。


「あとはお前たちで食べてくれ」

「もうよろしいのですか?」

「うむ。少しこのあたりを見回ってくる」

「あら、すみません」

「気にするな」


 私が村を歩きだすと、猫もついてきた。

「ミュラー。あの味、どう思う」

「おいしすぎます」

「そうであろう」


 人間とはこのような食生活をしてきたのか。

 だから生物として圧倒的に劣る存在であるにも関わらず、魔族と戦おうなどと考える活力を持っていたのだ。


「私たちの食生活が恥ずかしくなるな」

「……はい」


 私たちがやることといえば。

 肉を生で食べる、焼いて食べる。

 これだけだ。

 まさか穀物や野菜をあのような味付けでおいしく食べることができるなどとは、考えたこともなかった。


 私は立ち止まって考えてみた。

 色合いでいうと、醤油というものが調味料の中心的存在だったように思う。

 あの醤油というものがすごいのだろうか。

 

 足音が接近してきたので振り返ると、娘勇者がいた。


「勇者さま」

「なんだ」

 私は驚きを隠してこたえる。

 槍なら届く間合いだ。

 ここまで気づかないとは。

 

「勇者さまは、いつまでこの村にいてくれるのですか……」

「わからんが、それがどうした」


「勇者さまがいなくなったら、わたしたちは、魔物から身を守れなくなってしまいます」

「魔法は教えてやっただろう」

「ちがうんです」


 娘勇者は咳をした。


「病気か」

「いいえ。いつもです」


 娘勇者はじっと私を見る。

「わたし、もっと強くなりたいです」

 娘勇者は言った。


「わたしがこの村を守ること、できますか」


「わたし、魔力もなくて、体力もなくて、みんなのじゃまばっかりで……。だから、もっと強くなりたいです。勇者さまくらい」


 勇者の血なのだろうか。

 他の女たちからは出ない発想だ。


 それに娘勇者は、勇者という自覚がないのにこの発想にいきついている。

 私は魔王という自覚があってこその、現在の自分だ。

 自覚がなければどうなっていたかはわからない。


「力が欲しいか」

「はい」


 実に愉快だ。

 勇者というのは自分を知らなくても、勇者であるように生きるのだ。

「教えてください。わたしはなにをしたらいいですか」

 

「ではきこう。お前は何者だ」

「え……?」

「お前はなにができる。なにができない。なにができそうだ」


 娘勇者はじっと私を見た。

「わたしは、体が弱くて、魔力もありません」

「ああ」

「戦い方も、料理も、なにも知りません」

「それで?」


「それで……」


 娘勇者は必死に絞り出す。


「わたしは、よく忘れられます。みんなにいじめられてるのかと思ったんですけど、本当に知らないみたいな、そういうときがあります」


 その自覚はあったか。

「さっきも、そうなった、気がしました。わたしが、体調の悪いときに、よくなります」


 娘勇者が意識を集中して記憶を呼び覚まそうとしていると、気配が薄まる。

 私は必死に娘勇者の存在に気持ちを向けた。



「みんながわたしをわからなくなると、わたしはみんなの力になれますか?」

「ああ」


「お前が誰にも見えないなら、強い魔物が相手でも、見えないところから攻撃すれば当たる」

「あ!」

 娘勇者は一回喜んだが、すぐ真顔にもどる。



「でも、わたしは、攻撃をする方法がありません」

「それは私と考えることだ」

「あ、はいっ」


 娘勇者は笑った。

 晴れやかな笑顔だった。



「魔法は、集合魔法なら使えるだろうが不意をつけない。体力をつけるために体を鍛えることができるかどうかは、わからないわけだな」


「はい……」

 笑顔がしぼむ。


「つまり、魔法も力もいらない技を覚えればいい」

「そんなものがあるんですか」

「なくはない」


 私は、落ちていた石を拾った。

「見ていろ」

 私は、人さし指を立てた。


 その指先でそっと石をたたくと、石が砕けた。

「わっ」

 私はもうひとつ石を拾って娘勇者に渡す。


「ものにはすべて急所がある。そこを突けば壊れる」

「急所……」

 娘勇者はわたされた石をまじまじと見た。

「同じ原理で生物も倒せるが、難易度はずっと高い。動いているからな。まずは石を自由に壊せるようになることからだ」


 これ即殺という。


 相手の急所を攻撃することで、一撃で殺す。


 生物にも使えるが、あまりやったことはない。

 生物は急所の位置がわずかずつだが揺れ動くからだ。


 私のような存在感の強い者の場合、それが悪い影響を与える。

 私を強く意識するあまり、急所の位置がより動くのだ。

 結果、即殺を使える状況をつくるための努力が、即殺のメリットを削いでいるため、使いづらい。


「私は生物を対象としたところまでしか覚えられなかったが、極めれば、ありとあらゆるものを割ったり、穴を開けたりできるらしい」

「ありと、あらゆるもの?」


「空気。水。光。あらゆるものだ」

「そんなことができるんですか」

「私はできんが」



「コツは、目だ。急所の判別ができなければ一生できないし、できればすぐできる」

 娘勇者は、こつ、と石に指を当て、痛がっていた。


「お前が気配を完全に消し、相手の急所を確実に突ける、という技を磨き上げれば、この村を守ることくらいはなんの問題もないだろう」

「はい! がんばります!」



 娘勇者がなにか覚えるとしたら、こういう、積み重ねではなく、悟りを開くような、いつできるかわからないような技を覚えるしかないように思う。


 センスがあれば、数日で石くらいなら割れるようになるかもしれない。


 娘勇者の存在を消す能力、気配、急所。

 なにか接点があれば……。

 見込みがなければ他の技を考えなければならない。

 まずは体力づくりの方向にいくべきだろうか。

 誰かを鍛えるというのは難しいものだ。


「勇者さま!」

「なんだ」

 振り返ると、娘勇者は、どこか呆然とした顔をしていた。


 手のひらにのったものを見せる。

 石が砕けていた。


「ここかな、と思うところを、トン、とやったら、壊れました」


 まさか。


 勇者とは……。

 ここまでのものなのか……。


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