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07 勇者の才能



 ブラックホークを撃退した警備隊は、どこか得意げに私のところへもどってきた。



「大変な仕事だな」


「いや、まだまだ未熟で」

 隊長は本気で言っているようだ。

 自分を大きく見せようという感覚がないのかもしれない。

 だからこそ責任を力とする技が使えるのだろう。



「これ、いいか」

 私は魔法陣に触れた。

「ああ、これは失礼。魔法陣を消してくれ」


 隊長は、規律女に言う。

 規律女は私を、きっ、と見て、いかにもしぶしぶといった動きで魔法陣を消した。


「では行こう」

「うむ。歩いていくのか?」

 壁までは距離がある。

 歩いていたらしばらくかかってしまう。


「馬に乗せろって? 歩きなさい」

 規律女が言う。


「うむ」


 それよりも走っていきたいのだが。

 馬より速く行ける。


「あなた、なんでそんなに偉そうなのよ」

 規律女が言う。

「それを言ったらお前も同じではないか」

「はあ? わたしたちは実際偉いの」

 規律女が胸に手をあて、主張する。

 この女は隊長になれないだろうな。


「偉い者が、自分が偉い! と言っているところは見たことがないが」

 

 つい言うと、規律女の眉がピクピクと震えていた。


「ははは。たしかに」

 隊長は笑って、馬からおりた。


「失礼した。さあ行こう」

 身分が平等、ということを示したのかもしれない。

 人が良さそうだから、腐った人間にこき使われていることだろう。


 そのとき、ある気配が接近しているのを感じた。


 察知していたが、気づかないふりをして進む。


「あれはなんだ」

 隊長が早いうちに気づいた。


 鳥だ。

 しかし警備隊は撃墜体勢をとらない。


 小さな鳥は、警備隊に近づいてきて、私の肩にとまった。


 ミュラーだ。


「その鳥、あなたものですか?」

 隊長が言った。

「まあな」


「どうした」

 私は人間の言葉できいた。

 この状況で目立ちたくないということはミュラーも理解しているはず。

 それでも来たのは、あまり良くない知らせだろう。


「娘が消えました」

 ミュラーは魔族の言葉で言った。

 周囲には小鳥の鳴き声にしか聞こえていないはず。


「なに?」

「村民は気づいていないようです」

「全員で探せば……」


 私は言いかけて止めた。

 勇者の能力が関係しているとしたら、探したところで大事にするだけだからだ。

 存在感が消える能力を持っている相手を探しに出ても、魔物の犠牲になる可能性を上げてしまうだろう。


 村の方角の気配を探ってみる。

 あの青い特殊な気配が感じられない。


 しくじったか。

 買い物などしている場合ではなかった。


「その鳥、魔族の言葉話してない?」

 規律女が言った。


「わかるのか」

「こいつ、やっぱり魔族とつながってます!」


 規律女が飛び退いて、手を前に出して構え、詠唱を始める。

 だから詠唱はやめろ。

 魔法も知られやすくなるし時間もかかる。


「隊長!」


 警備隊にも緊張が走る。


 全員殺すか?

 ただ、地位のある者を殺すと、あとがな。



「どういうことだ」

 隊長が言う。


 この男相手には、嘘はつかないほうが良さそうだ。


「……魔族を使って生き残るのは当然だろう。まわりに人間がいないのだから」


「………」

 隊長は黙って見ている。


「これは私の使い魔のようなものだ。命令は聞くし、問題があれば報告に来る」

「問題?」

「村で娘がひとりいなくなったらしい」

 私は規律女を見た。


「この鳥のいったことはわかるか? 私が嘘を言っているかどうか」

「……」


「どうなんだ?」

 隊長が規律女をうながす。

「……はい、その鳥はそういう報告をしていました」


「魔物もいることだ。村民に森をうろつかせるわけにもいかぬ。私はもどる」

「そうか」

「では、必要なものは、カゴかなにかに入れて、この鳥に持たせてくれるか」


「この鳥に?」

「こんな鳥に持てるわけないでしょ」

「ミュラー」

「はい」


 返事をしたミュラーは、警備隊の中でも体の大きい者の鎧をくちばしでつかむと、持ち上げてみせた」


「お、おお」

 脚を軽くばたつかせている。


「問題あるか?」

「……」

 規律女は黙る。


「ミュラー。魔法陣の土台を出せ」

「はい」


 ミュラーはすぐに、魔法陣を私の前出した。

 上に乗る。 

 久しぶりの魔法だ。

 空を飛ぶ力を覚える前、このミュラーの円盤に良く乗った。


 身構える規律女。


「心配するな。ミュラーは補助魔法しか使えない。頼むぞミュラー」

「はい」

「じゃあ、飛ばしてくれ」

「はい」


 ミュラーが返事をしてすぐ、円盤は村に向かって飛び出した。

 草原を鳥より速く飛ぶ。

 魔族の言葉を理解できる者がいるなら、ミュラーならうまくやってくれるだろう。

 

 山が近づいてきて、林に突っ込む。

 私はそこで円盤から飛び降りた。

 円盤は斜面にぶつかって消滅する。

 私は山をかけあがった。


 どこだ。

 娘勇者の気配を全く感じない。

 走っていたら、村についてしまった。


「勇者さま。もうおもどりですか?」

 最初に私を見つけた女の声で、他の女の注意も集まった。


「さっきの猫ちゃんが、急にいなくなってしまって」

 オムスビ担当女が言う。


「警備隊というやつらに会って、槍と交換で希望の物をもらえることになった。物はあとであの猫が持ってくる」

「そうなんですか!」

「警備隊と話ができたんですか!」

「さすが勇者さま!」


「ドランゴ」

 呼ぶと素早く、私の前に飛んできた。

「変わったことはあったか」

「いえ」

 ドランゴの口調に、なにかを偽る雰囲気は感じられなかった。


「お前たちはどうだ」

「なにもありませんけれども」

 女たちが不思議そうにした。


 いくら私の手が入って安心感が出たとはいえ、村の者がいなくなって、誰も気づかないということがあるだろうか。

 いつでも命がおびやかされ場所であることは変わらない。

 その上、子どもが消えたとなったら。

「誰も、欠けたものはいないな?」


「え? ええ。どうみんな」

「はい」

「別に、誰も」


 女たちはそれぞれを確認している。


「全員いる、ということか」

「勇者さま、どうかされたのですか?」

「途中、大きな魔物を見たのでな。犠牲になっているのではないかと思っただけだ。練習はしておくように」

「はい」

「私はまだそのあたりにいないか見てくる。ドランゴ、守りを欠かすなよ」

「はい!」


 私は適当なことを言って女たちから離れた。

 ここまで入念に確認して、気づかない、ということがあるだろうか。

 女たち全員が、娘勇者のことを完全に忘れてしまったかのようだ。


 私は林に入って誰もいないのを確認すると、目を閉じ、全力で気配察知に入った。

 巨大な地図を、いやこの星をはるかな高みから見ているかのように、詳細な分布がわかる。

 遠くからだんだんこの村に近づく。


 人間たちの街は結界にさえぎられてわからないが、そちらに向かう警備隊とミュラーもわかる。


 さらに近づく。

 集まっている女たち。

 近くにいるドランゴ。

 

 近くにいる魔物は、ドランゴを察してか、離れていったようだ。

 小動物や虫の気配も察したが、娘勇者は……。



 いた。


 本当にかけらのような気配だったが見つかった。

 川の方だ。


 走っていくと、崖の下に倒れている影が見つかった。

 娘勇者だ。

 飛び降りる。


 地面に倒れていた娘勇者を抱き起こした。

 体中にケガをしていて、ほとんど呼吸がない。


 治療魔法は苦手なのだが。

 イメージをつくって、娘勇者に光を与える。


「ん、んん……」


 娘勇者が目を開けた。


「どうした」

「……勇者、さま……?」

「落ちたのか」

「……はい」

 娘勇者は自分で立ち上がった。


「なぜだ」

「あの……、近くに、きれいな鳥がいて……、それを、追いかけていたら……」

「そうか」

「勇者さまが、助けてくださったのですか……」

「まあな」


「ありがとう、ございます……」


 娘勇者は顔を赤らめた。


 この村の人間はすぐ顔を赤くする。

 規律女はそうしたところはなかった。

 変な病気でなければいいのだが。


 

 私は勇者を抱えてジャンプし、崖の上に到着した。

 なるほど、ここに崖がないようにも見える。

 一緒に村にもどると、女たちが寄ってきた。


「どこに行ってたの?」

「勝手に行ったらだめでしょ」

「ごめんなさい……」

 娘勇者は、女たちに迎えられていた。


 これはなんだ?

 ついさっきまで、女たちは娘勇者のことを気にしていなかった。

 完全に忘れていたようですらあった。


 しかしいまは、これまで通り、普通に受け入れられている。

 考えてみると、最初に気配があやふやだったとき、体調が悪そうだった。


 いまは、生命が終わりそうなときだった。


 ……勇者は、自分の命が危険にさらされると、存在感が薄まる能力を持っているのだろうか。

 それが極まると、これまで存在していなかったことにすらなるというのか。


 存在を薄めるというのは暗殺者の技術にある。

 だがこんなものは聞いたこともない。

 私とミュラーだからこそ、記憶までは変えられなかったのだろう。

 だがここで終わりとはかぎらない。


 他人の記憶すら変えるほどの、存在感の薄さ。

 もしこれをコントロールできるとしたら。


 勇者というのは、どのような育ち方をするかに関係なく、唯一の能力を手に入れるようだ。


 私を殺せるとしたら勇者しかいないだろう。

 どのような戦いになるだろう。

 それを思うと血が踊る。



 現状はまだまだだ。

 もっと、確かな力を身に着けてもらわなければな。



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