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06 村の外へ買い出し



「さて」


 私は村の女たちに言った。


「この村の守りはある程度安定してきたが。この村は、あまりに物が足りん」


 武具はもちろん、農具も足りない。

 料理に使うという刃物も古びて刃が欠けているものばかりだ。


 加えて、コメも足りない。


「正直に言え。コメは、もうあまりないな?」


「それは……、はい。しかし勇者さまに食べていただく分のお米は充分にございます! みんなも、勇者さまに食べていただくのならかまわないと申しております。ねえみんな!」


 女たちはうなずいたり、そうです、と肯定を示すような言葉を返した。


「一年くらい、お米なんて我慢します!」

「勇者さまに食べていただければそれでいいんですわ!」


「足りないものは買いに行けば良いだろう。私が行ってくる。ついでに買ってきて欲しいものはあるか?」


 女たちはざわつく。


「食べ物もそうだけど、調味料もないわよね」


「お味噌とか、お醤油は山じゃ手に入らないし」

「ああ!」

「お砂糖やお塩も欲しいわ」

 と白熱しかけて、私を見る。


「あ、いえいえ、そんなつもりではありません」

「そうなんですよ、本当に」


「オミソ、オショウユ、オサトウ、オシオ。コメ。あとはなんだ。この際だ、言え」


「ヤサイのタネもあると、育てられるので。おいももあると、種芋になっていいですね……」


「ヤサイのタネ、オイモ」


「でも、お金はないのよね……」


「ならば……、イッカクのツノを返してもらってもいいか」


「はい、もちろん」



 私はイッカクのツノを、手刀で加工した。

 5分割して、それぞれの先を細く、とがらせていく。


 すぐに終わった。

 こんなものだろう。


 5本の槍ができた。


「軽い!」


 手に取った女が声をあげた。


「イッカクのツノでつくった槍なら、木よりも軽い。鉄よりも頑丈だ。これなら金になるだろう。金にならなければ、村で使えばいいだろう。では行ってくる」


「これから行かれるのですか? 街までは、わたしたちの足では、二日はかかります」

「案ずるな」


 人間の街、人の気配が集まっている場所はすでにつかんでいた。

 異空間を活用すればすぐだろう。


「すぐもどるつもりだが、魔物が来たらドラゴンに頼れ。それでもだめなら自力で倒せ」

「はい」

「問題ないとは思うがな」



「あとは……」

 娘勇者をどうするか。

 村が滅びようとも、勇者を死なせるわけにはいかない。


「ミュラーがお守りします」

「良いのか。人間のことなど守りたくはないのだろう」

「魔王さまの命令とあれば」

「そうか。では早くもどる」


 ミュラーが肩から降りた。



「それではな」



 私は走り出し、林の中へ入る。


 ここから異空間を使えばすぐだ。

 そう思って異空間の入り口を展開し、中に入り、出ようとした。


 しかし出口が生成されない。


 何度出口をイメージしても、現れなかった。

 出口をつくることができなくなったのか、と思ったが、元の山の中へはすぐもどれた。


 どういうことだ。


 他の場所へは行けるようだが、残りの人間が住んでいる場所には、異空間を使っては入れないようだった。

 あらゆる魔法を封じるほどの、強力な結界が張ってある、ということだろうか。

 近くまで異空間で行くことはできそうだが、しかし。

 なにがあるかわからん。

 

 走っていってみるか。

 それほど時間もかわらぬだろう。


 私は人間の街の気配がする方向へと、山の中の林を直線的に走った。

 最低限、木だけは避け、あとはすべて突破した。

 ただただまっすぐ走ると、すぐ山道は終わり、視界が広がった。


 草原だ。

 ただただ広い。

 西の方、まだ距離があるが、ここからでも高い城壁が見えた。

 距離からすると、相当広い範囲を城壁で囲っているようだ。

 城壁というより、街壁といったところか。

 田畑などを囲っているとすれば、想像以上に広いかもしれない。


 行ってみるか。

 

 そちらへ走り出そうとしたとき、離れた場所にある集団を見つけた。


 北の方角。

 人間だ。

 

 粒のようにしか見えないので、集中して視力を上げる。

 

 全部で22人。

 軽装の兵15人と、ローブを着た魔法使いと思われる人間が4人。

 あとは馬に乗った男が3人いた。


 私はそちらへ走り出した。


 土煙をあげ向かっていくと、魔法使いたちに動きがあった。


 突然、私の周囲に魔法陣が浮かんだので立ち止まる。

 前後左右上下、それぞれに浮かんだ光る円形の魔法陣がすき間を埋めるように重なりあっていた。


 手をあてると、実体化している。

 壁化を利用し、魔法陣の檻、として利用したようだ。

 すき間だらけで、ドラゴンのものと比べるとだいぶ質が落ちる。


 人間たちは私が中に入っているのを確認し、こちらへと向かってくる。


 すでにおたがいの顔がわかる距離だった。



「これはどういうつもりだ」

 私が言うと、人間たちは立ち止まった。


「……人間か?」

 馬に乗った男が言った。

 身なりがしっかりした集団で、その中でも、私に声をかけてきた男は見た目が整っていた。


「そうだ」

「何者だ」

「冒険者だ」

「冒険者? 冒険者などもういない」


 そうなのか。

 あの壁の内側にしか人がいないとすれば、たしかにそうなのかもしれない。


「いるのだから仕方がない。お前たちは何者だ」


 私が言うと、男たちはややためらったようだが、応えた。

「王国警備隊だ」

「警備隊?」

「王国周辺の魔物の駆除をしている」

 男は言う。


「それで私も駆除をしに来たのか」

「そうだ」

「冒険者というだけで殺すのか?」

「魔物ならば。壁の外にいる人間は、王国警備隊と、開拓者だけだ。冒険者はいない」

「開拓者?」


 なるほど、口減らしたちのことか。

 口減らしでは体裁が悪いから、表面的には、壁の外に領地を求めた、開拓者、と呼んでいるわけだ。

 自分たちで領地の外に放り出しておきながら、その事実をねじまげるか。


 本当に人間はくだらん者たちばかりになってしまったな。



「私は冒険者であり、開拓者の村から来た。食料や物資をわけてほしい。ものと引き換えに、イッカクのツノでつくったこの槍をやる。それでどうだ」


 私は魔法陣のすき間から、五本の槍を出した。


 人間たちのひとりがやってきて、私を警戒しながら槍を持った。


「かるっ」


 ひとこともらして、もどっていく。

 男に一本、わたしていた。


「これは……!」


 男は槍を手に取り、見入っていた。

「これはたしかにイッカクのツノだ。ここまで精巧に、槍の形に削り出したとは……。まさかそなたがやったのか」


「そうだ」


「これは、かなりの期間かけて削り出したのだろうな……。一日二日ではとてもできん。冒険者というより、技工士のたぐいではないのか? いや、一流ともなれば魔物を自分で狩り、加工をするということか……。だからこそ生きのびることができた……。ああ、これはすばらしい仕事だ……」


 男は顔を近づけ、なめまわしそうな勢いでイッカク槍を詳細に見ていた。


「こちらは金がない。それを物と交換してもらいたいのだ。コメ、オミソ、オショウユ、オサトウ、オシオ、コメ、オイモ、ヤサイのタネや、中古でも良いので農具ももらいたい。あとコメだ。どうだ」


「この槍とかえてくれるなら、いくらでも持ってこよう。ここにはないから、城壁の近くまで一緒に行ってもらうことになるが」

 男は顔を上げた。


「コメは多めにくれ」

「任せてくれ」


「ところで、信用してもらえたのなら、ここから出してもらってもいいか」

「これは失礼した。開放してやってくれ」

「隊長、よろしいのですか?」

「なにがだ」


「わたしは、壁の外で生活していたということが信じられません」

 魔法使いの女は言う。

 この集団は全体的に身だしなみが整っているが、この女は、中でもどこにも服装の乱れがない。

 規律にうるさそうな女だった。


「しかし、彼が僕らに槍をゆずってくれるというのだ」

「こうやって油断させて、我々を襲うのです! 隊長は武具にすぐ夢中になるのが良くないところです!」

 規律女が言う。


「私はコメがもらえればいい。くれるのなら、ここで待っていてもいいが」

「あなたは黙っていなさい!」

 うるさい女だ。


「彼はおかしなことは言っていないぞ。それにたったひとりで、王国警備隊相手に、なにができるというわけでもないだろう?」

「それは……」

「ほら、開放してあげてくれ」


 と、まだ話をしている中。


 巨大な影が地表をよぎった。

 強い気配。


 見上げる。


「ブラックホークだ」


 私が言うと、警備隊が空を見た。


 ブラックホークが反転し、落下を始めた。


 ホーク系の魔物、たとえばレッドホークは槍のように地面に突き刺さり、またもどっていく。


 ブラックホークはもっと巨大だ。屋根より大きな羽を広げ、落ちてくる。

 地表すれすれで地面と平行になると、大きな翼を広げて地面近くにいる生き物を羽で襲うのだ。


 羽の端は鋼のように硬く鋭い。

 重装兵も鎧ごと叩き切ってしまう。

 それも、一度に数十人もだ。


 魔法使い4人が詠唱を始めた。

 遅い。


 ブラックホークが地面と並行になって、迫ってくる。

 だだっぴろい草原、逃げ場はない。


 やっと魔法陣の壁が出来上がったが、ブラックホークのくちばしでかんたんに割れた。



「強化呪文を結集させろ!」


 隊長が剣を掲げて馬を走らせブラックホークに向かっていく。

 勇ましいことだが、馬に乗って立ち向かえば勝てる相手ではない。


 全滅か。



 そう思ったときだった。

 隊長の背後が光り始めた。


 そこに、何十人、何百人もの人の姿が浮かび上がっていく。

 これは……。


 そのままブラックホークのくちばしと、振り下ろした隊長の剣がぶつかった。

 競り合う。

 隊長の背後に現れる人の光がどんどん数を増していくと、ついには隊長の剣が光り輝き、ブラックホークを弾いた。


 ブラックホークは叫びながら、空へ舞い上がった。


 どこかで見た。

 人間の、小国の王が使っていた技だ。


 国を背負い、人の安全を背負った者が、その責任を代償に本来の力をはるかに超えたものを発揮する。


 隊長は馬上でぐらついた。

 が、耐える。


 抱えた責任は重い。

 その技の構造を聞いて私はすぐ不採用とした。

 一日中それは肉体的な負担となって現れる。

 他人の期待は力であり攻撃ですらある。

 ほとんど呪いのような技だ。


 ブラックホークがまたやってきた。


「行くぞ!」


 隊長が勇ましく向かっていく。

 それについて、警備隊全体が走っていく。

 あれなら負けることはないだろう。


 ただ問題がひとつある。

 ブラックホークが反対側からもう1体、やってきていることだ。

 夢中になっていて見えていないのだろう、誰も気づいた様子がない。



 しょうのないやつらだ。


 私は魔法陣の壁を壊さないようそっと出て、思い切りジャンプした。

 筋力だけで、ブラックホークの高さまでいけた。

 500年分の筋肉だ。



 浮かんでいる私を見て、ブラックホークが接近してくる。


 私の目の前までやってきたタイミングで、異空間を開いた。

 方向転換できずブラックホークが異空間へ。

 入ったとたんに異空間の扉を閉じた。

 

 もう二度と会うことはないだろう。


 そのまま草原に着地し、警備隊がブラックホークに夢中なのを確認。


 私はすき間から、魔法陣の中にもどった。

 慎重に魔法陣をもどして、元通りだ。



 やっと、警備隊が戦っていたブラックホークが舞い上がる。

 そのまま去っていった。

 歓声があがった。


 

 殺ろうと思えばす殺せるが、目立つと面倒なことになりそうだからな。

 

 私は、ひっそり、を覚えた。


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