04 村人に魔法を伝授
「もうすこし広がれ。よし、そのあたりでいい。お前はもうすこし後ろだ。よし」
私の指示で、村の広場に散った女たち。
半分の人数で大きな円をつくり。
残りの者は、円の中の要点に立たせた。
その中央には、魔法の経験があるという女を置いた。
娘勇者ではない。
娘勇者は未経験であり、魔力量はかなり少ない。
これで、中央の女が他の女たちから魔力を一定量吸い取る魔法陣の完成だ。
「魔力を感じるか」
私は中央の女に言った。
「はい」
それぞれの女は、口減らしで連れてこられただけあって、魔力は少ない。
だが、魔力がまったくない人間というのはいない。
ならば、30人の魔力を集めればいい。
小さな炎でも、30倍にすれば物を焼ける。
人間が持っている魔力はそんなものではない。
そんなものではないはずなのだが、娘勇者は女たちの魔法陣の外にいた。
あまりに魔力が少なく、奪うと体力の大幅な低下が予想された。
「すみません……」
「気にするな」
「あの、どういった詠唱をすればいいでしょうか」
中央の女が言った。
「ん? 詠唱などいらぬ」
「ですが、魔法はきちんとした詠唱がなければ使えないはずです」
「誰から聞いた」
「魔道士様です。魔法は、魔力を使用可能な状態にすることと、具体的なイメージをすることで準備をする。詠唱は、魔力の安定とイメージの固定に必要な手順だ、と言ってました」
「それは間違ってはいない。だが詠唱は時間がかかる。緊急時にいちいち詠唱をするのと、即座にイメージして魔法を使うのと、どちらが有効だ」
「もちろん、詠唱がないほうがいいですけれど」
「詠唱は慣れるとくせになる。詠唱なしではいられなくなるぞ」
「仕方ないです」
「そのうち、詠唱の間に人が死ぬだろうな」
「……!!」
「魔法陣の外側にいる人間から死んでいく。お前はしばらく死なずにすむだろう
「…………」
「まあいい。お前たちが使う魔法だ。私のものではない。だから詠唱を使っても構わない」
黙って私を見ていた中央の女。
その周囲にただよう魔力の流れがスムーズになった。
うまく集中できている。
「やればできるではないか。では具体的な話だ。お前たちが必要な魔法はなんだ?」
「……魔物、を倒せるものです」
「具体的にだ」
「倒しやすいものが……、あ、倒したあとも大切ですね。焼いてしまうと、食べるところがなくなってしまいます。動きを止める、氷がいいような気がします……」
「魔法名は決めたほうが使いやすいだろう。口に出しても、頭の中で浮かべるだけでもいい」
「はい!」
私は近くに生えていた、木を一本引っこ抜いた。
それを女たちの前に持ってきて、地面に突っ込んで立たせた。
「凍らせます」
「やってみろ」
女は深呼吸をし、木と向かい合う。
「では……、……」
魔力の流れがまたゆがむ。
「余計なことは考えるな。完成形をはっきり思い浮かべろ」
「はい」
女は深呼吸。
それから。
女の周囲に青白い光が集まって。
「……氷魔法、『フリーズ!』」
女が前方に向かって唱えると、木が地面と接しているあたりからどんどん凍りついていく。
木を殴ってみると、割れた。
「ちゃんと凍っている」
「やった!」
女が両手をあげた。
「だがそれほど広範囲に使えるわけではないな。相手によって、効果の範囲を絞れるよう、コントロールしろ」
女たちは、凍った木をまじまじと見た。
「わたしたちがやったの……?」
「これを……?」
「勇者さま」
中央の女が言う。
「なぜ、魔道士様は、なぜ、詠唱がなければできない、とおっしゃったのでしょう」
「知らん」
「……そうですよね。すいません」
女は頭を下げた。
魔道士という者は、古代の、複雑な魔法を指して言っていたのかもしれない。
それならば詠唱は必要だ。
だが、初心者に対してだからそれはないだろう。
本気で詠唱がなくては魔法が使えないと思っているわけではないだろうし……。
……500年でそこまでレベルが落ちている……?
「人数など、条件を変えて引き続き練習しろ」
『はい!』
「勇者さま」
娘勇者の声だ。
ささやかな声だが、不思議に耳に届く。
「なんだ」
「ただの氷を作ったとしたら、それは、なにでできてますか」
娘勇者は言った。
「世界にただよう水分だ」
「では、飲み水として使えるのですか?」
「……使えるだろうな」
すると、わっ、という声が上がった。
実行が早かった。
人よりも大きな氷の塊を作り出した。
「やった!」
「水だ!」
「この村では、飲み水が不安定なんです! 助かります!」
「やった!」
女たちが声をあげて喜び合っていた。
娘勇者も笑っている。
「これで田んぼが作れます!」
「なに?」
「田んぼは水がたくさん必要なので」
「あとはなにが必要だ」
「貯水池と、水路が」
私は手で地面を削り取って即座につくった。
「すごい……!」
「あっという間……!」
「勇者さまってなんでもできるの……!?」
女たちが、貯水池の前で氷を作り、溶かす。
水がみるみる用意できていく。
よし、これで田ができる。
コメができる。
オムスビだ。
これで、これで好きなだけオムスビを……!
おお、おお……!
「勇者さま?」
「いや、なんでもない」
ちょっと冷静さを失っていたようだ。
ところで、さっきの娘勇者の質問。
氷がどこから来たのか。
氷魔法を見て、そんな感想を持つ者がどれくらいいるだろう。
魔法の成分について考えたことはあった。
議論を交わしたこともあった。
だがそれは充分に威力などを考えた後の話だ。
娘勇者はそれほど氷魔法を見てきていないだろう。
それであの質問か?
人間はそういう疑問を持ちやすい生き物なのだろうか。
「ん?」
足音が近づいてくる。
重い、連続した足音だ。
さっきから気配は感じていたが、通り過ぎそうな素振りも見せていたのだが。
そのままあっさり近づいて。
林の間から、長いツノがのぞき、こちらを見た。
「イッカクだ、配置につけ!」
私が言うと、貯水池を満たそうとしていた女たちの声が止まり、すぐにさっきの魔法陣の配置にもどる。
魔物の体が見えた。
イッカクは、突進の勢いを利用し、額についている長く鋭いツノで獲物を狩る。
ツノは人間の大人の倍ほどもある長さで、太さは並の人間の体より太い。
先端は石などで研いでいるので、常に鋭い。
全身が現れると、女たちが息を飲むのがわかった。
「やってみろ」
「はい」
中心の女はすぐ言った。
生きるのに必要なものは、つまるところ、決断だ。
決断を覚えれば、あとは早いだろう。
中心の女が、やってくるイッカクに向けて両手を突き出し、集中を高める。
魔力が女のまわりをめぐる。
詠唱と違うのは、どの魔法にも転じることができる。
やや流れが悪いな。
「余計なことは考えるな」
「はい!」
女の体に効率よく流れてできあがる魔力の塊。
イッカクが体を振った。
足で地面をこすり、こちらを見る。
姿勢を低くした。
突進前の合図だ。
「ひきつけろ。お前の魔力では全身を凍らせるのは無理だ。足と地面をつなげろ」
イッカクが走り始めた。
振動が直接体に響いてくる。
これが緊張を誘うだろう。
「まだひきつけろ」
イッカクの体がどんどん大きくなってくる。
魔法陣、最前列の女に迫る。
「いまだ」
指示と同時に女が魔力を放った。
地面から盛り上がるように現れた青白い光に、イッカクの足が地面と合わさって凍りついていく。
が。
完全に凍りつく前にイッカクが次の一歩を踏み出した。
タイミングのズレか、魔力不足か。
最前列の女の体にツノが迫る。
「最初はこんなものか」
私は飛び出し、イッカクのツノと、魔法陣最前列の女の前に割り込んだ。
ツノつかんで引き上げ、根本から折る。
突っ込んできたイッカクの顔面をつかんで地面に叩きつけた。
突進力が残っていて、前転するように下半身が上がったが、ジャンプして後ろ足をつかみ、崖の向こうに投げ捨てた。
少しして、大きな音と、地響きで木が揺れた。
「すごい……!」
「勇者さま……!」
「平気か?」
きくと、最前列にいた女はガクガクとうなずいた。
「よく逃げなかったな。ほめてやろう」
すると女は顔を赤くしてうつむいた。
風邪でも引いていたのだろうか。
そのとき、また木の間からイッカクが顔を出した。
ゆるみかけた女たちの表情がまた険しくなる。
「修正できるチャンスではないか」
女たちが位置につく。
イッカクはまだ走りだしていない。
「さっきと同じではだめだな。今度はどうする?」
「……上から氷を出してぶつけて、いったん止まったところを凍らせます」
女は言った。
「やってみろ」
「はい!」
女は魔力の集まりを空中に浮かべた。
氷ができる前の状態を保っている。
教えてもいないのにできていた。
そう、詠唱では、こうした発想の飛躍というものについていけない。
その根本には、命を賭けた決断が常にあるのだ。
足音を立ててイッカクが突っ込んでくる。
その頭部に氷を落とした。
狙い通り突進が止まり、体がふらついた。
「フリーズ!」
イッカクの足元から冷気がかけあがった。
体の表面がキラキラと輝いている。
魔力の効率がいい。
イッカクの全身が凍りついた。
私は、イッカクの体を軽くたたいてみた。
「よく凍っている」
女たちが、わっ、と歓声を上げた。
「イッカクは、肉はまずいが食えないことはない。だがツノは良い材料だ」
私はイッカクのツノをもぎとった。
「死ねばすぐ、ツノの根本はもろくなる。このツノは、非常に頑丈でそうそう折れん。加工は難しいが、武器でも、柱でも、便利に使える」
それに軽い。
バランスさえ保てば子どもでも持てる。
ツノを手渡してやると、女たちは軽さに驚いていた。
「でも、いまは準備をする時間がありました。もっと早くできないと」
魔法役の女が言った。
「その方針を続けろ」
「はい!」
それからミュラーを呼び、このあたりで気配を感じる魔物の特徴を聞いて、女たちに伝えてやる。
スライムのような平和な魔物は少ないようだ。
「グレートグリズリー、イッカク、ウォーターフロッグ、ツリーツリー、それとレッドホークが特に、よく出る中では、危険な魔物だろうな」
「熊や、さっきのやつよりもですか?」
オムスビ担当女が言う。
「レッドホークを見たことがある者はいるか」
「いえ、わたしたちは、魔物を見たのは今日が初めてで」
「運がいいな」
「レッドホークは鳥だが、体を細長くして、降ってくる。空から槍が降ってくるようなものだ。草原の魔物で、山では出ないとは思うが、見晴らしの良い場所に行くときは気をつけろ。お前らなら即死だ」
そしてレッドホークは仕留めたところで食料にもならぬし、害ばかりの魔物だ。
私もかつては苦労した。
「どれくらいで、この村は自立できるだろうな……」
「勇者さま、まさか、滞在してくださるのですか!」
「うむ」
わあ! というたくさんの声。
「ありがとうございます、ありがとうございます。すぐにお宅も用意させていただきます!」
女たちは熱心でまじめだ。
すぐに生活が安定するだろう。
「……む?」
なにかが接近している。
速い。
空か。
気配が大きい。
まっすぐこちらに向かってくる。
ミュラーが肩にのってきてささやく。
「魔王さま」
「うむ」
その気配は、村の直上で止まった。
ドラゴンだった。