03 白い三角の衝撃
立ち去ろうとした私の周囲を女どもが囲う。
「なにかお礼を! なにかお礼を!」
呪われているのかと思うくらい、女どもが私を囲んで、礼を礼をと叫ぶので、私は仕方なくそれを受けることにした。
女が用意した敷物に座る。
ミュラーも私の横に座った。
「あらかわいい猫ちゃんねー」
するとまず桶と手ぬぐいを持って女がやってくる。
「これで手を洗ってください」
グレートグリズリーの血は風圧で払ったのだがな。
まあいい。
すると次は、盆が置かれた。
「お口に合うかわかりませんが、いまはこんなものしかありませんで」
「なんだこれは」
盆の上の皿には、白い、三角形の物がのっていた。
細かな、白い粒でできたものだ。
ほのかに湯気があがっている。
「すみません、おむすびくらいしかありませんが」
「おむす、び……?」
「あら、勇者さまはおむすびは食べませんか」
「食べ物か?」
「はい」
女はにっこり笑う。
皿にのっているということは、まあ、そうなのだろうが。
言われたとおり、その白いものを持つ。
やわらかく、あたたかい。
どういうものなのか。
口に入れてみる。
「む!」
これは。
やわらかい粒が口の中でほどけ、粘り気を含んだ食感と、甘み。
ほのかな塩味が味をまとめている。
肉をそのまま食べるか、焼くかしか知らない私にとっては、未知の食べ物だった。
味そのものは弱いが、弱い中にも微妙な、味の元のようなものが感じられる。
「これはうまい……」
「よかったわあ。たくさんありますからどんどん食べてください」
「? これはなんだ」
添えてあるのは、黄色がかった、薄切りにされた半円形のものだ。
つまんで口に入れる。
「む」
これは塩気が強い。
酸味もあって、あまりうまいものとは……。
……いや?
この味を残したまま白い三角のものを食べると、口の中の味が、また別の形で調和する。
「お漬物です」
「なるほど、オツケモノのおかげでこの白いものが欲しくなり、白いものを食べるとオツケモノがなければ物足りなくなる。リャリンスキー兄弟のようなバランスだな」
「リャリン……?」
私は白いものをぱくついた。
「おむすびです」
「うむ。オムスビか。覚えておこう」
「お母さん、勇者さまに全部あげちゃうの?」
子どもの声がした。
娘勇者より、やや下の年齢の人間がいる。
「これ!」
母親らしい女がたしなめると、こちらへ作った笑顔を向けていた。
「……これは貴重品か?」
「え? あ、ははは」
さっきから私の近くで働く女があいまいに笑う。
「貴重品かときいている」
「え、ええ、お米はたまに炊くくらいしかありませんので……」
「コメというのか。コメは、ここで育てられんのか? 植物だろう?」
「時間も手間もかかりますので……」
コメというのは、水を張った畑のようなところで、数ヶ月かけてつくるらしい。
「持ってきただけのコメしかないということか」
「はあ……」
また女はあいまいに笑う。
「たくさんあります。どんどん食べてください」
「お前たちの食べ物はあるのか」
「わたしたちはなんでもありますから」
「普段、なにを食べている」
「汁や煮物などを」
よくわからないが、おそらくオムスビよりも数倍まずいものだろう。
こいつらが食べ物に困っているのはまちがいない。
ここでこいつらが死に絶えてしまえば勇者も死ぬだろう。
どんな才能があっても、人間は食べなければ生きていけない。
それは困る。
私はダークエネルギーで生きていけるが。
などと考えながら、10個ほどオムスビを食べた。
食べ飽きないというのがオムスビのすごいところだ。
ミュラーにも与えてみると、脇目も振らずにオムスビを1個平らげた。
「500年ぶりの食事だ。いくらでも入りそうだな」
「はい?」
「お前たち、肉は食べるか」
「お肉ですか? 家畜もおりませんし……」
「食べるか食べんかときいている」
「あれば食べます」
「最初からそう言え」
私は立ち上がり、グレートグリズリーの死体のところへ向かった。
まず血を抜く。
太い血管に傷をつけ、そこを異空間とつないだ。
人間は、血は飲まぬだろう。
それから血管に空気を送り、逆側から吸い取りつつ、完全に血を抜いた。
続けて毛皮をはぎとり、内臓を抜いて、捨てる。
うまくもないし、一部に毒が含まれていて処理が面倒だ。
そして肉をさばく。
手刀で切っていった。
グレートグリズリーは良く食べたから、わかっている。
さばいた肉は、大皿を用意させその上に置いていった。
それを持って、オムスビのところまでもどる。
「食べてみろ」
私は、おにぎりを持ってきた女に皿を指し示した。
「え、ええ……」
女の表情はさえない。
「案ずるな。グレートグリズリーは熊とは別種だ」
おそるおそる、といった様子で、オムスビ女が肉を一枚食べた。
「……おいしい!」
「そうであろう」
「ちょっと、みんな食べてみなさいよ」
大皿に盛られた肉を、女たちがそっとつまんでいく。
「あらおいしい」
「ほんとう」
「やわらかいし、クセもないねえ」
「グレートグリズリーの肉は味も良いし養分もある。焼いても悪くない。干せば保存食にもなる。3体分もあるのだ。作物が取れなかったとしても、当分食料には困らないのではないか?」
人間がどれほど食べるか知らないが。
「本当に、勇者さまにはお世話になりっぱなしで。ありがとうございます、ありがとうございます」
「オムスビの礼だ」
「いえ、これでわたしたちも来年まで生き延びられそうです。このくらいなら、おむすびなど、いくらでもご用意させていただきます、ありがとうございます、ありがとうございます」
私は残りの肉もすべてさばいた。
大部分は、魔法で熱を加えて乾燥させた。
「毛皮は防寒に使え。寒さは通さん」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「代わりに、コメをすべてもらいたい」
「すべて、ですか」
「オムスビをいくらでも出す、というのは口だけか?」
「いえとんでもない! ですが、お米をご存知ないということで。炊き方はご存知ですか」
「炊き方?」
コメは、湯で熱する必要があるという。
その工程を聞くとデリケートなものだった。
工程自体は記憶できたが、慣れが必要なようだし、完成までにコメを無駄にしてしまいそうだ。
だいたい、あんな量のものに、こんな手間をいちいちかけなければならないのかと思うと、イライラで山を吹き飛ばしてしまいそうだった。
さらにいえば、コメは、それ自体が種でもあるので、すべてわたしてしまうと、増やせなくなってしまうという。
「言っていただければ、わたしたちが炊きます」
「そうしろ」
「そうなると、お前たちが死ねば、私はオムスビを食べられなくなる、というわけだな」
「そうですね」
「では、なにか生き抜く方法を教えよう」
「生き抜く方法?」
「うむ。死なぬよう、稽古をつけてやる」
「わたしたちが、勇者さまのように戦うなんて無理です」
「私のようには戦えん。だがこれだけの人数がいれば、グレートグリズリーくらいはやれるようになるだろう」
私の言葉に、女たちの間にとまどいが広がっていた。
「信じられぬか」
「いえ……」
女の声、表情は、まったく信じていない。
「魔法を教えてやろう」




