24 不可解な生還
自爆した私の体は指輪の力によってただちに再構成された。
闇の中に体があるのを感じる。
生きている。
念のために装着していたことで救われた。
私の影は、指輪など装備品まで複製できるわけではなかったようだ。
影の気配は爆発で散り、すぐ消えてしまった。
完全に死んだようだ。
異空間の出口をつくり、魔王城の前にもどった。
誰もいない。
私だけだ。
他の者たちは、単純に殺されたのなら指輪で復活できただろう。
しかし異空間で死んでは、異空間で復活するだけだ。
異空間で精神を保てればしばらく生きていられる。
だがそのことになんの意味があるだろう。
もう見つからないのだから。
異空間へ探しに行っても見つかることはない。
私が送ったのならともかく、彼らは私の管理下にない。
異空間は広すぎる。
私たちの生活する世界よりはるかに広い。
闇の海に落ちた砂粒を、なんのヒントもなく探すよりも難しいのではないか。
たくさんの指輪を身に着けた娘勇者は、何度も死を味わうことになる。
あきらめて、指輪をすべて外せば一度の死ですむのだが。
……娘勇者がいなくなった。
やることがなくなってしまった。
もう、世界を終わらせるか。
いや、待つのも手か?
今度は1000年くらい待つか。
それなら、人間が主導権を持った時代がまたやってくるかもしれない。
勇者が絶えても、またなにか生まれるものがあるかもしれない。
待っている間、異空間でまた体を鍛えるか。
いまのままでは人間と魔族のバランスが悪い。
グレゴリーは殺して、ライトフィールドにはある程度指示をするか。
ダーブルと娘勇者を戦わせようという意識がこんな事態を生んでしまった。
しかし私が積極的に戦っていたら娘勇者は成長しない。
なんだかどっと疲れた。
私にとって、他人を鍛えるというのは、自分を鍛えるよりもずっと難しいことのようだ。
そんなことは考えない方が良かったのだ。
もう終わりだ。
魔王城ごと異空間に……。
いや、グレゴリーは直接殺しに行こう。
魔王城が残っていれば、見るたび反省できるだろう。
一歩進むと、なにか踏んだ。
ダーブルの服の切れ端が落ちていた。
どうということのないゴミだ。
だが、間接的ではあるが、ダーブルのかけらが私に触れているという事実が、非常に不愉快だった。
同じ世界にもあってほしくない。
反射的に、それを異空間へ飛ばしていた。
そのときだった。
開いた異空間への出入り口から、にゅっ、となにかが出てきた。
人の腕だ。
左手。
その手には指輪がたくさんはまっている。
私はその手をつかんでひっぱり出した。
「わっ」
腕の先には体がついていて、それは床に転がった。
娘勇者だった。
床に転がった娘勇者は起き上がった。
「勇者さま!」
「まさか……」
バカな。
ありえない。
「良かった、もどってこられたんですね」
娘勇者は立ち上がった。
たまたま、私がいま出した異空間が、たまたま娘勇者がいる場所と重なって、ここにもどってきたとでもいうのか。
信じられない。
「どうやってもどってきた」
「あの、真っ暗なところに連れていかれて、苦しくて、光が見えて、ひっぱり出されて……」
「お前はなにをした」
「なにも……。あの、みなさんは……?」
娘勇者はまわりを見る。
「さっきの空間に連れていかれた。もうもどってくることはないだろう」
「え……?」
「死んだということだ」
「え? 助けに行けば、いいんじゃ」
娘勇者は不思議そうに言う。
もどってきたから、可能なのだと思っているのだ。
もちろん、絶対救助できないとは言い切れない。
異空間にいったものは、異空間のどこかにあるはずだし、たまたま、私が開いた異空間と重なる可能性はある。
だが、ごくごく微少な確率だ。
起こらないといっていい。
勇者ならばそういうことが可能だというのか。
「無理だ」
「でも。わたしはもどってきました」
「非常に確率は低い。ドランゴたちと出会う確率はほぼない」
「勇者さま!」
「それに、さっきの影が出てくる可能性もある」
「それでも、ちょっとでも可能性があるなら、やってみましょうよ!」
こういうことを言う者は、全体が見えていない者だ。
リスクも手間も確率も考えていない。
自己満足だ。
いや、まさか娘勇者は、やつらを仲間だという認識でいるのか。
だとしたら、勇者としては引いてくれないか。
私は、大きく異空間を開いた。
無理だろう? という言うだけのつもりでだ。
すると。
ドランゴ、ファイス、ガンショットが落ちてきた。
「お? ……帰ってきたー!」
ファイスが立ち上がってガッツポーズ。
ドランゴもまわりを見ながら、ほっとしたようだった。
「魔王さま、助けていただき、感謝のしようもありません……!」
なにが起こっている……。
絶対におかしい。
ありえない。
私が異空間に飛ばしたものなら、多少コントロールが効くのはわかる。
だがそうではない。
異空間に飛んで時間が経っていない、というのが理由なら、影や、ダーブルの死体も出てくるべきだ。
だがそうではない。
娘勇者の能力ではない。
娘勇者の能力は存在感を薄くすることだ。
さらに存在感を薄くしすぎると、娘勇者が、記憶からなくなってしまうという現象が起きるというだけで……。
……本当にそうか?
存在感が薄くなることと、記憶からなくなるというのは、つなげて良いことなのか?
私は本当に娘勇者の能力を把握しているのか?
私は彼らを見る。
娘勇者の能力が私の想像通りで、これは非常に低い確率のことがたまたま起きただけなのか。
娘勇者の能力を、まだ、私は把握してないのか……。
だとしたら……?
娘勇者の能力を、まだ私は見ていない……?
「ダーブルは、魔王さまが倒したんですか。さすがですねえ!」
「魔王さま……。感謝いたします……」
ドランゴは、この状況を私が解決したと思っているのだろう。
娘勇者でさえもそうだ。
「進むぞ」
私は扉を押した。
一階の広間の中には、たくさんの魔物がいた。
「行け」
私は娘勇者に言った。
娘勇者はちょっと驚いていたが、言われたとおり、突入していく。
魔物たちは、ただ数が多いだけだった。
娘勇者は問題なくそれらを始末していく。
ドランゴたちと戦った経験が大きく反映され、もはや一般的な魔物は問題ではなかった。
これは異常だ。
勇者という言葉では片付けてしまってはいけないだろう。
「二階へ行くぞ」
私たちは、相手から注目されるよう、広間の、目立つ階段を上がった。




